続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
七月に入った。
ついこの間まで雨の日が続いていたかと思えば、最近は雲の切れ間から強い日差しが差し込むようになった。梅雨明けはまだ先らしいが、夏が近づいていることは嫌でも感じられる。
通学路の街路樹は青々と葉を茂らせ、朝から蝉の声が聞こえる日もある。水瀬洋装店でも、店先に並ぶ服はすっかり夏物が中心になっていた。
学校へ着くころには、額にうっすらと汗が浮かんでいる。
「水瀬、おはよー」
「おはよう、佐藤」
教室に入ると、前の席に座っていた佐藤が下敷きで顔を扇いでいた。
「今日も暑いなあ」
「蒸してるから余計にね」
「早く夏休みになんねえかな」
「その前に期末テストがあるけど」
「……言うなよ」
佐藤が嫌そうな顔をする。
「せっかく楽しいこと考えてたのに」
「考えないようにしても、テストはなくならないよ」
「分かってるって!」
そう言いながらも、佐藤は机に突っ伏した。
俺は苦笑しながら鞄を置く。
期末テスト。
夏休みが近づいてきたのは嬉しいけど、その前に越えなければならないものがある。
中間テストの結果は悪くなかったものの、数学には少し不安が残っていた。
今回も、ちゃんと勉強しておかないとな。
◇
昼休み。
「期末テスト、どうしよう……」
高坂さんが弁当を食べながら、机に突っ伏した。
今日は高坂さん、南さん、園田さんと一緒に昼食を取っている。
「穂乃果、まだ一週間以上ありますよ」
「でも、範囲広いんだもん!」
「だからこそ、今から勉強するんです」
「海未ちゃんはもう始めてるの?」
「当然です」
「うぅ……」
高坂さんが情けない声を漏らす。
その様子に南さんがくすくす笑った。
「ことりも、そろそろ復習しないとなあ」
「南さんは何か苦手な教科あるの?」
「うーん……数学かな。文章問題がちょっと苦手で」
「ああ、分かる」
「水瀬君も?」
「うん。計算だけならまだいいんだけど、問題文が長いと途中で分からなくなることがあって」
「そうなんだ」
南さんが少し意外そうな顔をした。
「水瀬君って、勉強も得意なのかと思ってた」
「そんなことないよ。普通だって」
「ふふっ、そっか」
すると、高坂さんが勢いよく顔を上げた。
「ねえねえ! だったら、みんなで勉強しない?」
「勉強会ですか?」
園田さんが聞き返す。
「うん! 一人でやるより、みんなでやった方が楽しいし!」
「楽しいかどうかはともかく、分からないところを教え合うのはいいと思います」
「でしょ!?」
「ただし、ちゃんと勉強することが条件です」
「分かってるよー!」
高坂さんが頬を膨らませる。
南さんは楽しそうに笑いながら、俺を見た。
「水瀬君も一緒にどう?」
「俺も?」
「うん。数学、分からないところがあったら一緒に考えられるし」
「それなら、参加しようかな」
「やった!」
高坂さんが嬉しそうに声を上げる。
「じゃあ、どこでやる?」
「それなら、私の家はどうでしょう」
園田さんが提案した。
「道具を広げられる部屋もありますし、落ち着いて勉強できると思います」
「海未ちゃんのお家!」
「穂乃果、遊びに来るわけではありませんからね」
「分かってるってば!」
そんなやり取りを経て、土曜日に園田さんの家で勉強会をすることになった。
◇
土曜日の午後。
朝から降っていた雨は、昼前には上がっていた。
ただ、雲はまだ厚く、空気も湿っている。家を出て少し歩いただけで、背中にじんわりと汗が滲んできた。
待ち合わせ場所に着くと、高坂さんと南さんが先に来ていた。
「あっ、水瀬君!」
「こんにちは」
「こんにちは、高坂さん、南さん」
「今日は暑いねえ」
高坂さんが手で顔を扇ぐ。
「うん。雨が止んだのはよかったけど」
「ことり、髪が湿気でまとまらなくて大変だったよ」
南さんが困ったように笑う。
「そうなの? いつもと変わらない気がするけど」
「えへへ、そうかな?」
そんな話をしていると、園田さんがやってきた。
「皆さん、お待たせしました」
「海未ちゃん!」
「こんにちは、園田さん」
「こんにちは。では、行きましょうか」
俺たちは園田さんの案内で歩き始めた。
◇
「こちらです」
園田さんが足を止めた。
目の前には、落ち着いた佇まいの和風の家があった。
「へえ……立派な家だね」
「そうでしょうか?」
「うん。うちとは雰囲気が全然違うから」
水瀬洋装店も古くからある建物だけど、こちらはまた違った趣がある。
「海未ちゃんのお家、久しぶりだね!」
「穂乃果、先月も来たでしょう」
「あれ? そうだっけ?」
「来ましたよ。ことりも一緒に」
「えへへ……」
高坂さんが笑ってごまかす。
「じゃあ、入りましょう」
園田さんが玄関を開けた。
「ただいま戻りました」
すると、奥から足音が聞こえてきた。
「おかえりなさい、海未」
姿を現したのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「お母さん。ただいま戻りました」
「あら、穂乃果ちゃんにことりちゃんも。いらっしゃい」
「こんにちは!」
「お邪魔します」
高坂さんと南さんが慣れた様子で挨拶する。
どうやら、園田さんのお母さんとも顔馴染みらしい。
「それで、こちらが……」
園田さんが俺へ視線を向けた。
「水瀬拓海君です。ことりと同じクラスで、私たちとも仲良くしてくださっているんです」
「初めまして。水瀬拓海です。今日はお邪魔します」
頭を下げると、お母さんは柔らかく微笑んだ。
「初めまして。海未の母です。どうぞゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
「海未、お部屋の準備はできているの?」
「はい。先ほど済ませてあります」
「そう。では、皆さんをご案内してあげて」
「はい」
園田さんに促され、俺たちは靴を脱いで家へ上がった。
◇
案内されたのは、畳の敷かれた部屋だった。
低い机が置かれ、窓の向こうには手入れされた庭が見える。
雨に濡れた葉が、時折吹く風に揺れていた。
「ここで勉強しましょう」
「わあ、涼しい!」
高坂さんが嬉しそうに声を上げる。
「穂乃果、まだ何もしていませんよ」
「だって、外が暑かったんだもん」
「それは分かりますが……」
園田さんが小さく息をつく。
俺も荷物を置き、机の前に座った。
窓から入ってくる風は思ったより涼しく、外を歩いていたときの暑さが少し和らいだ。
「じゃあ、始めましょうか」
園田さんの言葉に、俺たちは教科書とノートを広げた。
◇
最初に取りかかったのは数学だった。
「うーん……」
俺は問題集を見つめたまま、鉛筆を止める。
計算そのものは分かる。
でも、文章問題になると、どの式を立てればいいのか迷ってしまう。
「水瀬君、どうかしましたか?」
隣に座っていた園田さんが声をかけてくれた。
「ああ、ここの問題がちょっと分からなくて」
「どれですか?」
問題集を見せると、園田さんはしばらく文章を読んだ。
「まず、分かっている数字を整理してみましょう」
「うん」
「この問題では、最初の数量と増えた分が分かっていますよね」
「そうだね」
「でしたら、求めたいものを文字に置き換えて考えるといいと思います」
「ああ、なるほど」
園田さんの説明を聞きながら、ノートに式を書いていく。
さっきまで複雑に見えていた問題が、少しずつ整理されていった。
「……できた」
「答えは合っていますか?」
「うん。合ってる」
「よかったです」
「ありがとう、園田さん。助かったよ」
「いえ。お役に立てたなら何よりです」
園田さんが微笑む。
普段は高坂さんや南さんと一緒にいることが多いから、こうして園田さんと落ち着いて話すのは少し新鮮だった。
「海未ちゃーん!」
そのとき、反対側から高坂さんの声が響いた。
「今度は何ですか、穂乃果」
「ここの問題が分かんない!」
「……穂乃果。それはさっき説明したところでしょう」
「えっ、そうだっけ?」
「そうです!」
園田さんが立ち上がる。
南さんは隣でくすくす笑っていた。
「穂乃果ちゃん、さっきは分かったって言ってたのに」
「そのときは分かったんだよ!」
「じゃあ、もう一回一緒にやってみよっか」
「ことりちゃーん!」
高坂さんが南さんに助けを求める。
俺はその様子を眺めながら、思わず笑ってしまった。
◇
一時間ほど勉強したところで、園田さんが声をかけた。
「そろそろ休憩にしましょうか」
「やったー!」
高坂さんが勢いよく顔を上げる。
「穂乃果、まだ終わりではありませんよ」
「分かってるよー」
俺たちは教科書を閉じ、少し休むことにした。
冷たい麦茶を飲みながら休んでいると、廊下から足音が聞こえてきた。
「海未、お客さんが来ているそうだね」
「あ、お父さん」
部屋の入口に姿を見せたのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「お久しぶりです!」
「こんにちは」
高坂さんと南さんが挨拶する。
「やあ、穂乃果ちゃん、ことりちゃん。いらっしゃい」
お父さんは二人に笑いかけると、俺へ目を向けた。
「こちらは初めて見る子だね」
「はい。ことりと同じクラスの水瀬拓海君です」
「初めまして。水瀬拓海です」
「初めまして。海未の父です。今日は勉強会だそうだね」
「はい。園田さんに数学を教えてもらっていました」
「そうか。海未、人に教えるのも勉強になる。しっかり頑張りなさい」
「はい、お父さん」
園田さんが背筋を伸ばして答える。
その様子に、お父さんは小さく頷いた。
「それでは、邪魔をしてはいけないね。皆さん、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
お父さんはそう言い残し、部屋を出ていった。
俺はその背中を見送りながら、園田さんを見る。
「優しそうなお父さんだね」
「ええ。礼儀には少し厳しいところもありますが、いつも私のことを気にかけてくれています」
「そうなんだ」
「ふふっ、海未ちゃんのお父さん、昔から変わらないね」
南さんが笑うと、園田さんも小さく微笑んだ。
◇
休憩のあとも勉強を続けた。
今度は英語と理科。
英語は比較的順調だったけど、理科では覚えることが多くて少し苦労した。
「水瀬君、これ分かる?」
南さんが問題集を見せてくる。
「ああ、そこなら分かるよ」
「ほんと? 教えてほしいな」
「いいよ」
俺はノートに簡単な図を書きながら説明した。
「ここがこうなってるから、答えはこっちになるんだと思う」
「あっ、そっか!」
「分かった?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
さっきは園田さんに教わったし、今度は俺が教える番だ。
こうして分からないところを聞き合えるのは、勉強会のいいところかもしれない。
その横では、高坂さんが英単語を覚えようと必死になっていた。
「うぅ……覚えられない……」
「穂乃果、声に出して読んでみてはどうですか?」
「もう何回も読んだよー」
「では、書いて覚えましょう」
「書くのもやった!」
「それなら、もう少し続けてみましょう」
「海未ちゃん、厳しい!」
「まだ始めて一時間も経っていませんよ!」
相変わらず賑やかだ。
でも、不思議と勉強の邪魔にはならなかった。
◇
夕方。
「ふぅ……今日は頑張った!」
高坂さんが机に突っ伏す。
「穂乃果、最後までよく頑張りましたね」
園田さんが微笑む。
「えへへ。海未ちゃんに褒められた!」
「ですが、家でも復習してくださいね」
「……はーい」
高坂さんの返事が少し小さくなる。
俺もノートを閉じた。
今日だけで、苦手だった数学の問題がいくつか解けるようになった。
これなら、期末テストも少しは安心できそうだ。
「園田さん、今日はありがとう」
「いえ。こちらこそ、皆さんと勉強できてよかったです」
「俺も助かったよ。数学、分かりやすかったし」
「それならよかったです」
園田さんが穏やかに笑った。
◇
帰り際。
「今日はお邪魔しました」
「ありがとうございました!」
「またね、海未ちゃん」
玄関で挨拶すると、園田さんが見送ってくれた。
「皆さん、気をつけて帰ってくださいね」
「海未ちゃん、また学校で!」
「ええ。また月曜日に」
高坂さんと南さんが手を振る。
俺も軽く頭を下げた。
「また学校で、園田さん」
「はい。水瀬君も」
帰り道。
雨はすっかり上がり、雲の切れ間から夕日が差し込んでいた。
濡れた道路が、橙色の光を反射している。
「ねえねえ、テスト終わったら何しようか?」
高坂さんが楽しそうに声を上げた。
「もう終わったあとの話?」
俺が聞くと、高坂さんは胸を張る。
「だって、夏休みが近いんだよ!」
「その前にテストですよ、って海未ちゃんに言われそうだね」
南さんが笑う。
「うぅ、言われそう……」
「でも、楽しみを考えておくのはいいんじゃない?」
「でしょ!?」
高坂さんが嬉しそうに笑った。
夏休み。
その言葉を聞くだけで、少し気持ちが浮き立つ。
まだ期末テストは残っているけれど、それが終われば長い休みが待っている。
水瀬洋装店の手伝いもあるだろうし、佐藤とまたゲームセンターへ行くのもいい。
もちろん、高坂さんたちと遊ぶ機会もあるかもしれない。
そんなことを考えながら、俺たちは夕暮れの道を歩いていった。
また投稿しますー。
では、また∠( ゚д゚)