続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
休日の昼下がり。
俺は一階の作業場で、母さんから頼まれた仕事を片付けていた。
「拓海、それ終わったらこっちお願い」
「分かった」
返事をしながら、仕上がった服を丁寧に畳んでいく。
今日は学校も休みだが、だからといって俺まで完全に休みになるとは限らない。
水瀬家は、一階が洋装店と作業場、二階が家族の生活スペースになっている。
店では既製品も多少扱っているが、仕事の中心は洋服の仕立てやサイズ直し、リメイクなど。母さんが主に服を仕立て、父さんは接客や仕入れ、経理なんかを担当している。
俺も物心ついたころから店を手伝ってきた。
小さいころはボタンや糸を運ぶ程度だったが、今では簡単な作業なら任せてもらえる。
学校が休みの日に店を手伝うのも、俺にとっては珍しいことじゃない。
いつもの休日。
いつもの店。
ただ、今日は一つだけ普段と違うことがあった。
「……」
壁に掛かった時計を見る。
午後一時五十分。
約束は二時。
あと十分か。
俺は畳んだ服を置いて、次の一枚を手に取る。
「……」
もう一度時計を見る。
一時五十一分。
そりゃそうだ。
一分しか経ってない。
「拓海」
「ん?」
「さっきから時計ばっかり見てるけど」
「見てないよ」
「見てるわよ」
作業台の向こうから母さんが笑う。
「二時にお友達が来るんでしょう?」
「そうだけど」
「女の子の」
「……そうだけど」
「へえ」
「何?」
「別に?」
その顔で「別に」は無理があるだろ。
「同じクラスの子だよ。この前言ったじゃん。服が好きだから店を見てみたいって」
「分かってるわよ」
「ならいいけど」
「拓海が学校のお友達を連れてくるなんて久しぶりだから、お母さん楽しみにしてるだけ」
「店を見に来るだけだって」
「はいはい」
なんだその返事。
母さんは楽しそうに笑いながら、再びミシンへ向かった。
俺は小さく息を吐き、作業へ戻る。
今日ここへ来るのは南さんだ。
家庭科の授業で実家が洋装店だと話したところ、思っていた以上に食いつかれた。
店を見てみたい。
そう言われたので、家に帰って両親へ話してみた。
母さんは、
『別にいいんじゃない? お店なんだから』
父さんも、
『友達なら連れてくればいいだろ』
それだけだった。
考えてみれば当然である。
店なんだから、誰かが来ること自体は何もおかしくない。
まして南さんは服に興味がある。
うちみたいな店を見てみたいと思うのも不思議じゃない。
つまり。
ただのクラスメイトが、実家の店を見学しに来るだけだ。
「……よし」
何もおかしくない。
「何がよしなの?」
「なんでもない」
「変な子ねえ」
「ほっといてよ」
俺は再び服を畳み始めた。
その直後。
――カラン。
入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
反射的に顔を上げる。
「あ」
店へ入ってきた女の子と目が合った。
「水瀬君」
「南さん」
南さんが小さく手を振る。
「こんにちは♪」
「いらっしゃい。迷わなかった?」
「うん。教えてもらった通りに来たから大丈夫だったよ」
「そっか」
そこまで答えてから、俺は一瞬言葉に詰まった。
学校では当然、制服姿しか見たことがない。
だから私服姿を見るのは今日が初めてだった。
淡い色合いのカーディガンに、膝丈のスカート。
派手ではないけれど、柔らかな雰囲気の南さんによく似合っている。
――私服のことりちゃんだ。
そんな前世由来の感想が真っ先に浮かんだ。
……いや、落ち着け。
「水瀬君?」
「あ、ごめん」
「どうしたの?」
「いや……学校と雰囲気違うなと思って」
「私服だから?」
「たぶん」
「変かな?」
「いや。似合ってると思う」
答えてから、自分でも少し驚いた。
思ったことをそのまま口にしてしまった。
「……」
南さんも少し目を丸くしている。
「その……スカートとか」
何を言い訳してるんだ俺。
「形もそうだし、色も南さんに合ってるなって」
服屋の息子として、服装について話すこと自体は珍しくない。
店へ来た客の服を見ることもあるし、母さんと服について話すことだって日常茶飯事だ。
でも。
相手が南ことりとなると、どうにも勝手が違う。
「ふふっ」
南さんが嬉しそうに笑った。
「ありがとう♪」
「……うん」
「このスカート、ことりも気に入ってるの」
「そうなんだ」
「お母さんと一緒に選んだんだよ」
「へえ」
やっぱり服の話になると楽しそうだ。
そこでふと気づく。
俺はさっき、南さんらしい服だと思った。
でも。
俺はまだ、今の南さんが普段どんな服を着ているのかほとんど知らない。
俺が知っているのは、前世で画面越しに見ていた南ことり。
今、目の前にいる南さんについては、まだ知らないことの方が多い。
……まあ。
それはこれから知っていけばいいのか。
「拓海?」
「あ」
奥から母さんが顔を出した。
「その子?」
「うん。この前話した南さん」
「初めまして」
南さんが姿勢を正し、ぺこりと頭を下げる。
「南ことりです。水瀬君と同じクラスで……今日はお店を見せてもらいに来ました」
「あらあら。そんなにかしこまらなくていいのよ」
母さんは手を拭きながらこちらへやって来た。
「拓海の母です。ゆっくり見ていってね」
「はい。ありがとうございます♪」
「お洋服が好きなんですって?」
「はい!」
返事が早い。
母さんも少し驚いたあと、楽しそうに笑った。
「それなら、うちみたいな店でも楽しめるかもしれないわね」
「すごく楽しみにしてました」
「そうなの?」
「はい♪」
……なんか俺と話していたときより嬉しそうじゃないか?
まあいいけど。
◇
「わぁ……」
店内を見回した南さんから、感嘆の声が漏れる。
普段の俺には見慣れた光景だ。
棚に並んだ糸やボタン、生地のサンプル。壁際にはトルソーが置かれ、その近くには母さんが仕立てた服が何着か並んでいる。
特別大きな店でも、洒落た店でもない。
けれど南さんにとっては違うらしい。
「あっ、水瀬君」
「ん?」
「これ、見ても大丈夫?」
南さんが指したのは、生地見本をまとめたサンプル帳だった。
「それなら大丈夫だよ」
「触っても?」
「うん」
サンプル帳を渡すと、南さんは嬉しそうにページをめくり始めた。
「こんなに種類あるんだ……」
「それでも一部だけどね」
「これとこれ、同じ白なのに全然違う」
「素材が違うから。触ってみたらもっと分かるよ」
「ほんと?」
南さんが二種類の生地へ指を滑らせる。
「あ……こっちは柔らかい」
「そっちは少し厚いでしょ?」
「うん」
「同じような色でも、作る服とか季節によって変えたりするから」
「へぇ~……」
目が真剣だ。
「こっちは?」
「それは――」
説明する。
また次を聞かれる。
説明する。
さらに次。
「南さん、ほんとに好きなんだね」
「え?」
「さっきからずっと楽しそうだから」
「……うん♪」
サンプル帳を抱えながら笑う。
「だって、こんなにいっぱい一度に見たことなかったから」
「そっか」
俺には当たり前のものでも、南さんには珍しい。
なんだか妙な感じだった。
◇
「こっちが作業場」
「入っていいの?」
「いいよ。母さんにも確認してるから」
店の奥へ案内する。
南さんが一歩入ったところで立ち止まった。
「……すごい」
広めの裁断台。
業務用のミシン。
アイロン台。
壁際には裁縫道具が整理され、巻かれた生地も置かれている。
作業途中の服を着せたトルソーもあった。
「学校の家庭科室よりすごい……」
「仕事場だからね」
「このミシン、学校のと全然違う」
「業務用だから」
「使うの難しい?」
「慣れればそこまで。でも最初は速くてびっくりすると思う」
「水瀬君も使えるの?」
「一応ね」
「やっぱりすごいね」
「小さいころから触ってるからだよ」
「それでもすごいよ」
「……そっか」
真正面から褒められると、少し照れる。
そのとき。
「拓海」
「ん?」
母さんに呼ばれた。
「これ、お願いしてもいい?」
渡されたのは、ボタンの取れたブラウスだった。
「ボタン付け?」
「ええ。お客さんが夕方取りに来るから」
「分かった」
裁縫箱を引き寄せる。
すると。
「……」
「南さん?」
めちゃくちゃ見ている。
「どうしたの?」
「見ててもいい?」
「これを?」
「うん」
「別にいいけど……そんな面白いものじゃないよ?」
「見たい」
「そっか」
そこまで言われたら断る理由もない。
椅子に座り、針へ糸を通す。
取れた場所を確認してからボタンを合わせ、縫い付けていく。
「……」
視線を感じる。
「南さん」
「なに?」
「そんなに見られると、ちょっとやりづらいんだけど」
「あっ。ご、ごめんね」
「いや、見ちゃ駄目ってわけじゃないけど」
「じゃあ見ててもいい?」
「……どうぞ」
「えへへ♪」
楽しそうだな。
俺は苦笑しながら作業を続けた。
「速いね」
「これくらいならね」
「綺麗」
「仕事で出す服だから、適当にはできないし」
「水瀬君、本当にこういうことしてるんだね」
「嘘だと思ってた?」
「そうじゃないよ。ただ、学校にいるときと全然違うなって」
「そう?」
「うん。なんだか慣れてる感じ」
「家だからじゃない?」
「そうなのかな」
何度か針を通して、最後に糸を処理する。
「はい、終わり」
「もう?」
「ボタン一個だよ?」
「それでも」
南さんがブラウスを眺める。
「どこが取れてたのか分からないね」
「それなら成功かな」
「すごいなぁ……」
感心したように呟く。
「南さんもやってみる?」
「え?」
「ボタン付けじゃないけど」
俺は母さんを見る。
「母さん、余ってる端切れって使っていい?」
「そこの箱にあるのならいいわよ」
「だって」
「いいの?」
「練習用の余りだから」
「やってみたい!」
やっぱり返事が早かった。
◇
端切れをいくつか裁断台へ並べる。
「何作るの?」
「何がいいかな」
「小さい袋くらいならすぐできるけど」
「じゃあ、それにする」
「分かった」
といっても、俺が全部教える必要はなかった。
南さんは家庭科の授業でもかなり手慣れていたし、基本的な縫い方は知っている。
「ここ、こうかな?」
「うん。それで大丈夫だと思う」
「水瀬君ならどうする?」
「俺なら……こっちを少し折るかな。その方が仕上がり綺麗になるし」
「なるほど……」
俺の言葉を聞きながら、南さんが自分で考えて手を動かしていく。
「……南さん、結構上手いじゃん」
「ほんと?」
「うん。俺が最初にやったときより全然上手い」
「水瀬君が最初にやったのって何歳?」
「六歳くらい」
「……それと比べるのはずるくない?」
「あ」
言われて気づいた。
「確かに」
「もう」
「ごめんごめん」
二人で笑う。
しばらくして、小さな袋が出来上がった。
「できた!」
「おお」
南さんが嬉しそうに持ち上げる。
初めてにしては十分綺麗だ。
「いいじゃん」
「ほんと?」
「うん。普通に使えると思う」
「やった♪」
嬉しそうに何度も眺めている。
そんな南さんを見ていると、俺まで妙に嬉しくなった。
「それ、持って帰っていいよ」
「いいの?」
「余り布だし。母さんもいいよね?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
南さんは大事そうに袋を鞄へしまった。
◇
「二人とも、少し休憩したら?」
母さんが飲み物を持ってきたころには、かなり時間が経っていた。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
作業場の端にある小さなテーブルへ移動する。
南さんはまだ少し名残惜しそうに作業場を見ていた。
「そんなに気に入った?」
「うん」
「即答だね」
「だって楽しいもん」
「そっか」
飲み物に口をつける。
「南さんって、休みの日も高坂さんたちと遊ぶこと多いの?」
「うん。三人で遊ぶことも多いよ。でも今日は穂乃果ちゃんも海未ちゃんも予定があったの」
「そうなんだ」
「水瀬君は?」
「俺?」
「お休みの日」
「店の手伝いしてることが多いかな。友達と出かけることもあるけど」
「大変じゃない?」
「慣れてるし、別に嫌じゃないよ」
小さいころから続けてきたことだ。
むしろ何もしない休日の方が落ち着かないときすらある。
「じゃあ、水瀬君もお洋服作るの好きなんだね」
「俺?」
「うん」
「うーん……」
家庭科の授業でも似たようなことを聞かれた。
あのときは、好きというより慣れていると答えた。
改めて聞かれると。
「……まあ、嫌いじゃないかな」
「ふふっ」
「何?」
「やっぱり好きなんじゃない?」
「そうなる?」
「なるよ♪」
「そっかぁ……」
今まで、あまり考えたことがなかった。
家が洋装店だったから覚えた。
家族がやっていたから手伝った。
それだけだと思っていた。
でも。
嫌だったら、ここまで続けてないのかもしれない。
「南さんは本当に好きなんだね」
「うん」
迷いのない返事だった。
「もっと色々作れるようになりたいな」
「服とか?」
「うん。自分で考えたお洋服を、自分で作れたら素敵だなって」
「いいんじゃない?」
「できるかな?」
「できると思うよ」
「簡単に言うね」
「だって、今日の見てたら普通にできそうだし」
「ほんと?」
「うん」
南さんが少しだけ嬉しそうに笑う。
その顔を見ながら思う。
数年後。
この子は本当に、自分で考えた衣装を作る。
それを着て、仲間たちとステージに立つ。
俺はその未来を知っている。
でも。
今それを言うことはできない。
だから代わりに。
「そのうち作ってみれば?」
「え?」
「服。いきなり難しいのじゃなくて、簡単なのから」
「……うん」
南さんが頷く。
「作ってみたい」
「じゃあ、そのときは頑張って」
「水瀬君も手伝ってね?」
「俺も?」
「だって、水瀬君の方が詳しいもん」
「まあ、分かる範囲なら」
「約束ね♪」
「はいはい」
「ちゃんと約束」
「分かったって」
「えへへ」
なんだか。
妙な約束をしてしまった気がする。
でも、不思議と嫌ではなかった。
◇
夕方。
「今日はありがとうございました」
店の前で、南さんが母さんへ頭を下げる。
「またいつでもいらっしゃい」
「はい♪」
「南さん、忘れ物ない?」
「大丈夫」
鞄を確認してから、南さんがこちらを見る。
「水瀬君もありがとう」
「俺はそんなに何もしてないけど」
「いっぱい教えてもらったよ?」
「ならいいけど」
南さんが少しだけ店の中を振り返る。
「……また来てもいい?」
「母さんもいいって言ってたし、大丈夫だよ」
「うん」
そこで、なぜか南さんは動かなかった。
「どうしたの?」
「水瀬君は?」
「俺?」
「水瀬君も、ことりがまた来てもいい?」
一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。
母さんがいいと言っているなら、それでいいんじゃないのか?
そう思ったが。
南さんは俺の返事を待っている。
「……そりゃ、いいよ」
「ほんと?」
「うん。俺も南さんと服の話するの楽しかったし」
「……!」
南さんの目が少し大きくなる。
「あれ?」
「ううん」
すぐに首を横へ振った。
「そっか」
それから、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、また来るね♪」
「うん」
「また学校で」
「またね」
南さんが歩いていく。
角を曲がるところで一度こちらを振り返り、小さく手を振った。
俺も軽く手を上げて返す。
その姿が見えなくなってから店へ戻った。
「可愛い子ね」
「うわっ」
入口のすぐ近くに母さんがいた。
「いたの?」
「私のお店なんだけど?」
「それはそうだけど……」
母さんは南さんが帰っていった方向を見ている。
「礼儀正しいし、本当にお洋服が好きみたいね」
「うん。俺もちょっと驚いた」
「あれだけ楽しそうに見てもらえると、こっちも嬉しいわ」
「また来ると思うよ」
「あら」
「何?」
「別に?」
「……今日それ何回目?」
母さんが笑う。
俺はため息をつきながら作業場へ戻った。
裁断台には、南さんが使った端切れが少しだけ残っている。
今日一日を思い返す。
学校では見たことのなかった私服姿。
生地を触って目を輝かせていた顔。
俺の作業をじっと見ていたこと。
自分で作った小さな袋を嬉しそうに眺めていたこと。
前世から、南ことりが服を好きなのは知っていた。
でも。
知識として知っているのと。
目の前でその人が楽しそうにしているのを見るのは。
やっぱり、全然違う。
「……南さん、か」
俺は小さく呟いた。
前世では、画面の向こうにいた推し。
今は同じ教室で、隣の席に座っているクラスメイト。
そして今日。
俺の家へ遊びに来た、服が好きな女の子。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
俺の中で『南ことり』という存在が、前世で知っていたものとは違うものになり始めている気がした。
――まあ。
このときの俺は、まだ知らなかった。
南さんがこの店をかなり気に入ったことも。
これから何度も遊びに来るようになることも。
そして、この場所が俺たち二人にとって大切な場所になっていくことも。
始まりはただ。
服が好きなクラスメイトが、俺の実家の店へ遊びに来た。
それだけだった。
また投稿します。
では、また∠( ゚д゚)