隣の席は南ことり   作:Gussan0

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どうもΣ(゚Д゚)

続き書けたで候。

では、どうぞ∠( ゚д゚)/


第三話 はじめての来店

 休日の昼下がり。

 

 俺は一階の作業場で、母さんから頼まれた仕事を片付けていた。

 

「拓海、それ終わったらこっちお願い」

 

「分かった」

 

 返事をしながら、仕上がった服を丁寧に畳んでいく。

 

 今日は学校も休みだが、だからといって俺まで完全に休みになるとは限らない。

 

 水瀬家は、一階が洋装店と作業場、二階が家族の生活スペースになっている。

 

 店では既製品も多少扱っているが、仕事の中心は洋服の仕立てやサイズ直し、リメイクなど。母さんが主に服を仕立て、父さんは接客や仕入れ、経理なんかを担当している。

 

 俺も物心ついたころから店を手伝ってきた。

 

 小さいころはボタンや糸を運ぶ程度だったが、今では簡単な作業なら任せてもらえる。

 

 学校が休みの日に店を手伝うのも、俺にとっては珍しいことじゃない。

 

 いつもの休日。

 

 いつもの店。

 

 ただ、今日は一つだけ普段と違うことがあった。

 

「……」

 

 壁に掛かった時計を見る。

 

 午後一時五十分。

 

 約束は二時。

 

 あと十分か。

 

 俺は畳んだ服を置いて、次の一枚を手に取る。

 

「……」

 

 もう一度時計を見る。

 

 一時五十一分。

 

 そりゃそうだ。

 

 一分しか経ってない。

 

「拓海」

 

「ん?」

 

「さっきから時計ばっかり見てるけど」

 

「見てないよ」

 

「見てるわよ」

 

 作業台の向こうから母さんが笑う。

 

「二時にお友達が来るんでしょう?」

 

「そうだけど」

 

「女の子の」

 

「……そうだけど」

 

「へえ」

 

「何?」

 

「別に?」

 

 その顔で「別に」は無理があるだろ。

 

「同じクラスの子だよ。この前言ったじゃん。服が好きだから店を見てみたいって」

 

「分かってるわよ」

 

「ならいいけど」

 

「拓海が学校のお友達を連れてくるなんて久しぶりだから、お母さん楽しみにしてるだけ」

 

「店を見に来るだけだって」

 

「はいはい」

 

 なんだその返事。

 

 母さんは楽しそうに笑いながら、再びミシンへ向かった。

 

 俺は小さく息を吐き、作業へ戻る。

 

 今日ここへ来るのは南さんだ。

 

 家庭科の授業で実家が洋装店だと話したところ、思っていた以上に食いつかれた。

 

 店を見てみたい。

 

 そう言われたので、家に帰って両親へ話してみた。

 

 母さんは、

 

『別にいいんじゃない? お店なんだから』

 

 父さんも、

 

『友達なら連れてくればいいだろ』

 

 それだけだった。

 

 考えてみれば当然である。

 

 店なんだから、誰かが来ること自体は何もおかしくない。

 

 まして南さんは服に興味がある。

 

 うちみたいな店を見てみたいと思うのも不思議じゃない。

 

 つまり。

 

 ただのクラスメイトが、実家の店を見学しに来るだけだ。

 

「……よし」

 

 何もおかしくない。

 

「何がよしなの?」

 

「なんでもない」

 

「変な子ねえ」

 

「ほっといてよ」

 

 俺は再び服を畳み始めた。

 

 その直後。

 

 ――カラン。

 

 入口のベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 反射的に顔を上げる。

 

「あ」

 

 店へ入ってきた女の子と目が合った。

 

「水瀬君」

 

「南さん」

 

 南さんが小さく手を振る。

 

「こんにちは♪」

 

「いらっしゃい。迷わなかった?」

 

「うん。教えてもらった通りに来たから大丈夫だったよ」

 

「そっか」

 

 そこまで答えてから、俺は一瞬言葉に詰まった。

 

 学校では当然、制服姿しか見たことがない。

 

 だから私服姿を見るのは今日が初めてだった。

 

 淡い色合いのカーディガンに、膝丈のスカート。

 

 派手ではないけれど、柔らかな雰囲気の南さんによく似合っている。

 

 ――私服のことりちゃんだ。

 

 そんな前世由来の感想が真っ先に浮かんだ。

 

 ……いや、落ち着け。

 

「水瀬君?」

 

「あ、ごめん」

 

「どうしたの?」

 

「いや……学校と雰囲気違うなと思って」

 

「私服だから?」

 

「たぶん」

 

「変かな?」

 

「いや。似合ってると思う」

 

 答えてから、自分でも少し驚いた。

 

 思ったことをそのまま口にしてしまった。

 

「……」

 

 南さんも少し目を丸くしている。

 

「その……スカートとか」

 

 何を言い訳してるんだ俺。

 

「形もそうだし、色も南さんに合ってるなって」

 

 服屋の息子として、服装について話すこと自体は珍しくない。

 

 店へ来た客の服を見ることもあるし、母さんと服について話すことだって日常茶飯事だ。

 

 でも。

 

 相手が南ことりとなると、どうにも勝手が違う。

 

「ふふっ」

 

 南さんが嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう♪」

 

「……うん」

 

「このスカート、ことりも気に入ってるの」

 

「そうなんだ」

 

「お母さんと一緒に選んだんだよ」

 

「へえ」

 

 やっぱり服の話になると楽しそうだ。

 

 そこでふと気づく。

 

 俺はさっき、南さんらしい服だと思った。

 

 でも。

 

 俺はまだ、今の南さんが普段どんな服を着ているのかほとんど知らない。

 

 俺が知っているのは、前世で画面越しに見ていた南ことり。

 

 今、目の前にいる南さんについては、まだ知らないことの方が多い。

 

 ……まあ。

 

 それはこれから知っていけばいいのか。

 

「拓海?」

 

「あ」

 

 奥から母さんが顔を出した。

 

「その子?」

 

「うん。この前話した南さん」

 

「初めまして」

 

 南さんが姿勢を正し、ぺこりと頭を下げる。

 

「南ことりです。水瀬君と同じクラスで……今日はお店を見せてもらいに来ました」

 

「あらあら。そんなにかしこまらなくていいのよ」

 

 母さんは手を拭きながらこちらへやって来た。

 

「拓海の母です。ゆっくり見ていってね」

 

「はい。ありがとうございます♪」

 

「お洋服が好きなんですって?」

 

「はい!」

 

 返事が早い。

 

 母さんも少し驚いたあと、楽しそうに笑った。

 

「それなら、うちみたいな店でも楽しめるかもしれないわね」

 

「すごく楽しみにしてました」

 

「そうなの?」

 

「はい♪」

 

 ……なんか俺と話していたときより嬉しそうじゃないか?

 

 まあいいけど。

 

 ◇

 

「わぁ……」

 

 店内を見回した南さんから、感嘆の声が漏れる。

 

 普段の俺には見慣れた光景だ。

 

 棚に並んだ糸やボタン、生地のサンプル。壁際にはトルソーが置かれ、その近くには母さんが仕立てた服が何着か並んでいる。

 

 特別大きな店でも、洒落た店でもない。

 

 けれど南さんにとっては違うらしい。

 

「あっ、水瀬君」

 

「ん?」

 

「これ、見ても大丈夫?」

 

 南さんが指したのは、生地見本をまとめたサンプル帳だった。

 

「それなら大丈夫だよ」

 

「触っても?」

 

「うん」

 

 サンプル帳を渡すと、南さんは嬉しそうにページをめくり始めた。

 

「こんなに種類あるんだ……」

 

「それでも一部だけどね」

 

「これとこれ、同じ白なのに全然違う」

 

「素材が違うから。触ってみたらもっと分かるよ」

 

「ほんと?」

 

 南さんが二種類の生地へ指を滑らせる。

 

「あ……こっちは柔らかい」

 

「そっちは少し厚いでしょ?」

 

「うん」

 

「同じような色でも、作る服とか季節によって変えたりするから」

 

「へぇ~……」

 

 目が真剣だ。

 

「こっちは?」

 

「それは――」

 

 説明する。

 

 また次を聞かれる。

 

 説明する。

 

 さらに次。

 

「南さん、ほんとに好きなんだね」

 

「え?」

 

「さっきからずっと楽しそうだから」

 

「……うん♪」

 

 サンプル帳を抱えながら笑う。

 

「だって、こんなにいっぱい一度に見たことなかったから」

 

「そっか」

 

 俺には当たり前のものでも、南さんには珍しい。

 

 なんだか妙な感じだった。

 

 ◇

 

「こっちが作業場」

 

「入っていいの?」

 

「いいよ。母さんにも確認してるから」

 

 店の奥へ案内する。

 

 南さんが一歩入ったところで立ち止まった。

 

「……すごい」

 

 広めの裁断台。

 

 業務用のミシン。

 

 アイロン台。

 

 壁際には裁縫道具が整理され、巻かれた生地も置かれている。

 

 作業途中の服を着せたトルソーもあった。

 

「学校の家庭科室よりすごい……」

 

「仕事場だからね」

 

「このミシン、学校のと全然違う」

 

「業務用だから」

 

「使うの難しい?」

 

「慣れればそこまで。でも最初は速くてびっくりすると思う」

 

「水瀬君も使えるの?」

 

「一応ね」

 

「やっぱりすごいね」

 

「小さいころから触ってるからだよ」

 

「それでもすごいよ」

 

「……そっか」

 

 真正面から褒められると、少し照れる。

 

 そのとき。

 

「拓海」

 

「ん?」

 

 母さんに呼ばれた。

 

「これ、お願いしてもいい?」

 

 渡されたのは、ボタンの取れたブラウスだった。

 

「ボタン付け?」

 

「ええ。お客さんが夕方取りに来るから」

 

「分かった」

 

 裁縫箱を引き寄せる。

 

 すると。

 

「……」

 

「南さん?」

 

 めちゃくちゃ見ている。

 

「どうしたの?」

 

「見ててもいい?」

 

「これを?」

 

「うん」

 

「別にいいけど……そんな面白いものじゃないよ?」

 

「見たい」

 

「そっか」

 

 そこまで言われたら断る理由もない。

 

 椅子に座り、針へ糸を通す。

 

 取れた場所を確認してからボタンを合わせ、縫い付けていく。

 

「……」

 

 視線を感じる。

 

「南さん」

 

「なに?」

 

「そんなに見られると、ちょっとやりづらいんだけど」

 

「あっ。ご、ごめんね」

 

「いや、見ちゃ駄目ってわけじゃないけど」

 

「じゃあ見ててもいい?」

 

「……どうぞ」

 

「えへへ♪」

 

 楽しそうだな。

 

 俺は苦笑しながら作業を続けた。

 

「速いね」

 

「これくらいならね」

 

「綺麗」

 

「仕事で出す服だから、適当にはできないし」

 

「水瀬君、本当にこういうことしてるんだね」

 

「嘘だと思ってた?」

 

「そうじゃないよ。ただ、学校にいるときと全然違うなって」

 

「そう?」

 

「うん。なんだか慣れてる感じ」

 

「家だからじゃない?」

 

「そうなのかな」

 

 何度か針を通して、最後に糸を処理する。

 

「はい、終わり」

 

「もう?」

 

「ボタン一個だよ?」

 

「それでも」

 

 南さんがブラウスを眺める。

 

「どこが取れてたのか分からないね」

 

「それなら成功かな」

 

「すごいなぁ……」

 

 感心したように呟く。

 

「南さんもやってみる?」

 

「え?」

 

「ボタン付けじゃないけど」

 

 俺は母さんを見る。

 

「母さん、余ってる端切れって使っていい?」

 

「そこの箱にあるのならいいわよ」

 

「だって」

 

「いいの?」

 

「練習用の余りだから」

 

「やってみたい!」

 

 やっぱり返事が早かった。

 

 ◇

 

 端切れをいくつか裁断台へ並べる。

 

「何作るの?」

 

「何がいいかな」

 

「小さい袋くらいならすぐできるけど」

 

「じゃあ、それにする」

 

「分かった」

 

 といっても、俺が全部教える必要はなかった。

 

 南さんは家庭科の授業でもかなり手慣れていたし、基本的な縫い方は知っている。

 

「ここ、こうかな?」

 

「うん。それで大丈夫だと思う」

 

「水瀬君ならどうする?」

 

「俺なら……こっちを少し折るかな。その方が仕上がり綺麗になるし」

 

「なるほど……」

 

 俺の言葉を聞きながら、南さんが自分で考えて手を動かしていく。

 

「……南さん、結構上手いじゃん」

 

「ほんと?」

 

「うん。俺が最初にやったときより全然上手い」

 

「水瀬君が最初にやったのって何歳?」

 

「六歳くらい」

 

「……それと比べるのはずるくない?」

 

「あ」

 

 言われて気づいた。

 

「確かに」

 

「もう」

 

「ごめんごめん」

 

 二人で笑う。

 

 しばらくして、小さな袋が出来上がった。

 

「できた!」

 

「おお」

 

 南さんが嬉しそうに持ち上げる。

 

 初めてにしては十分綺麗だ。

 

「いいじゃん」

 

「ほんと?」

 

「うん。普通に使えると思う」

 

「やった♪」

 

 嬉しそうに何度も眺めている。

 

 そんな南さんを見ていると、俺まで妙に嬉しくなった。

 

「それ、持って帰っていいよ」

 

「いいの?」

 

「余り布だし。母さんもいいよね?」

 

「もちろん」

 

「ありがとうございます!」

 

 南さんは大事そうに袋を鞄へしまった。

 

 ◇

 

「二人とも、少し休憩したら?」

 

 母さんが飲み物を持ってきたころには、かなり時間が経っていた。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう」

 

 作業場の端にある小さなテーブルへ移動する。

 

 南さんはまだ少し名残惜しそうに作業場を見ていた。

 

「そんなに気に入った?」

 

「うん」

 

「即答だね」

 

「だって楽しいもん」

 

「そっか」

 

 飲み物に口をつける。

 

「南さんって、休みの日も高坂さんたちと遊ぶこと多いの?」

 

「うん。三人で遊ぶことも多いよ。でも今日は穂乃果ちゃんも海未ちゃんも予定があったの」

 

「そうなんだ」

 

「水瀬君は?」

 

「俺?」

 

「お休みの日」

 

「店の手伝いしてることが多いかな。友達と出かけることもあるけど」

 

「大変じゃない?」

 

「慣れてるし、別に嫌じゃないよ」

 

 小さいころから続けてきたことだ。

 

 むしろ何もしない休日の方が落ち着かないときすらある。

 

「じゃあ、水瀬君もお洋服作るの好きなんだね」

 

「俺?」

 

「うん」

 

「うーん……」

 

 家庭科の授業でも似たようなことを聞かれた。

 

 あのときは、好きというより慣れていると答えた。

 

 改めて聞かれると。

 

「……まあ、嫌いじゃないかな」

 

「ふふっ」

 

「何?」

 

「やっぱり好きなんじゃない?」

 

「そうなる?」

 

「なるよ♪」

 

「そっかぁ……」

 

 今まで、あまり考えたことがなかった。

 

 家が洋装店だったから覚えた。

 

 家族がやっていたから手伝った。

 

 それだけだと思っていた。

 

 でも。

 

 嫌だったら、ここまで続けてないのかもしれない。

 

「南さんは本当に好きなんだね」

 

「うん」

 

 迷いのない返事だった。

 

「もっと色々作れるようになりたいな」

 

「服とか?」

 

「うん。自分で考えたお洋服を、自分で作れたら素敵だなって」

 

「いいんじゃない?」

 

「できるかな?」

 

「できると思うよ」

 

「簡単に言うね」

 

「だって、今日の見てたら普通にできそうだし」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

 南さんが少しだけ嬉しそうに笑う。

 

 その顔を見ながら思う。

 

 数年後。

 

 この子は本当に、自分で考えた衣装を作る。

 

 それを着て、仲間たちとステージに立つ。

 

 俺はその未来を知っている。

 

 でも。

 

 今それを言うことはできない。

 

 だから代わりに。

 

「そのうち作ってみれば?」

 

「え?」

 

「服。いきなり難しいのじゃなくて、簡単なのから」

 

「……うん」

 

 南さんが頷く。

 

「作ってみたい」

 

「じゃあ、そのときは頑張って」

 

「水瀬君も手伝ってね?」

 

「俺も?」

 

「だって、水瀬君の方が詳しいもん」

 

「まあ、分かる範囲なら」

 

「約束ね♪」

 

「はいはい」

 

「ちゃんと約束」

 

「分かったって」

 

「えへへ」

 

 なんだか。

 

 妙な約束をしてしまった気がする。

 

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

 ◇

 

 夕方。

 

「今日はありがとうございました」

 

 店の前で、南さんが母さんへ頭を下げる。

 

「またいつでもいらっしゃい」

 

「はい♪」

 

「南さん、忘れ物ない?」

 

「大丈夫」

 

 鞄を確認してから、南さんがこちらを見る。

 

「水瀬君もありがとう」

 

「俺はそんなに何もしてないけど」

 

「いっぱい教えてもらったよ?」

 

「ならいいけど」

 

 南さんが少しだけ店の中を振り返る。

 

「……また来てもいい?」

 

「母さんもいいって言ってたし、大丈夫だよ」

 

「うん」

 

 そこで、なぜか南さんは動かなかった。

 

「どうしたの?」

 

「水瀬君は?」

 

「俺?」

 

「水瀬君も、ことりがまた来てもいい?」

 

 一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。

 

 母さんがいいと言っているなら、それでいいんじゃないのか?

 

 そう思ったが。

 

 南さんは俺の返事を待っている。

 

「……そりゃ、いいよ」

 

「ほんと?」

 

「うん。俺も南さんと服の話するの楽しかったし」

 

「……!」

 

 南さんの目が少し大きくなる。

 

「あれ?」

 

「ううん」

 

 すぐに首を横へ振った。

 

「そっか」

 

 それから、嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ、また来るね♪」

 

「うん」

 

「また学校で」

 

「またね」

 

 南さんが歩いていく。

 

 角を曲がるところで一度こちらを振り返り、小さく手を振った。

 

 俺も軽く手を上げて返す。

 

 その姿が見えなくなってから店へ戻った。

 

「可愛い子ね」

 

「うわっ」

 

 入口のすぐ近くに母さんがいた。

 

「いたの?」

 

「私のお店なんだけど?」

 

「それはそうだけど……」

 

 母さんは南さんが帰っていった方向を見ている。

 

「礼儀正しいし、本当にお洋服が好きみたいね」

 

「うん。俺もちょっと驚いた」

 

「あれだけ楽しそうに見てもらえると、こっちも嬉しいわ」

 

「また来ると思うよ」

 

「あら」

 

「何?」

 

「別に?」

 

「……今日それ何回目?」

 

 母さんが笑う。

 

 俺はため息をつきながら作業場へ戻った。

 

 裁断台には、南さんが使った端切れが少しだけ残っている。

 

 今日一日を思い返す。

 

 学校では見たことのなかった私服姿。

 

 生地を触って目を輝かせていた顔。

 

 俺の作業をじっと見ていたこと。

 

 自分で作った小さな袋を嬉しそうに眺めていたこと。

 

 前世から、南ことりが服を好きなのは知っていた。

 

 でも。

 

 知識として知っているのと。

 

 目の前でその人が楽しそうにしているのを見るのは。

 

 やっぱり、全然違う。

 

「……南さん、か」

 

 俺は小さく呟いた。

 

 前世では、画面の向こうにいた推し。

 

 今は同じ教室で、隣の席に座っているクラスメイト。

 

 そして今日。

 

 俺の家へ遊びに来た、服が好きな女の子。

 

 少しずつ。

 

 本当に少しずつだけど。

 

 俺の中で『南ことり』という存在が、前世で知っていたものとは違うものになり始めている気がした。

 

 ――まあ。

 

 このときの俺は、まだ知らなかった。

 

 南さんがこの店をかなり気に入ったことも。

 

 これから何度も遊びに来るようになることも。

 

 そして、この場所が俺たち二人にとって大切な場所になっていくことも。

 

 始まりはただ。

 

 服が好きなクラスメイトが、俺の実家の店へ遊びに来た。

 

 それだけだった。




また投稿します。

では、また∠( ゚д゚)
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