続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
昼休み。
「水瀬、昨日の見た?」
弁当箱を開けたところで、向かいの席から声が飛んできた。
「昨日のって?」
「九時からやってたドラマ。最後のところ、すごかっただろ」
「ああ、あれか。見たよ」
「だよな! あそこで終わるの反則じゃね?」
「来週に続くんだから、あんなもんじゃない?」
「お前、冷静すぎない?」
向かいの男子が呆れた顔をすると、隣でパンを食べていたもう一人が笑った。
「水瀬って意外とこういうところ冷めてるよな」
「意外って何?」
「入学したころは、もうちょい大人しい奴だと思ってた」
「それは俺も思った」
「二人して失礼だな」
入学してから何か月か経った。
最初のころは名前もろくに知らなかったクラスメートとも、今ではこうして昼飯を食べながらくだらない話をするくらいには馴染んでいる。
もちろん、いつも同じ相手と食べているわけじゃない。
南さんや高坂さん、園田さんと一緒になる日もあれば、こうしてクラスの男子と食べる日もある。南さんだって、今日は少し離れたところで女子たちと楽しそうに話していた。
これくらいが普通なんだと思う。
「水瀬君」
聞き慣れた声に振り向く。
いつの間にか話を終えたらしい南さんが、ノートを胸元に抱えて立っていた。
「ちょっといい?」
「いいよ。どうしたの?」
「見てもらいたいものがあるの」
「お、何々?」
向かいの男子が身を乗り出しかける。
「お前じゃないだろ」
「ちょっとくらいいいじゃん」
「女の子のノート勝手に見るなよ」
「はいはい。じゃあ俺ら向こう行くわ」
「別にそこまでしなくてもいいけど」
「ちょうど食い終わったしな。水瀬、またあとで」
「うん」
「南さんもまたな」
「うん、またあとで」
二人が別の席へ移っていく。南さんは空いた椅子を借りると、俺の隣へ座った。
「最近、あの二人とよく話してるね」
「同じクラスだからね。南さんもさっき友達と話してたでしょ?」
「うん。次の休みにどこか行こうって話してたの」
「いいじゃん」
「まだ何も決まってないけどね」
そう言って笑ったあと、南さんは「それより」とノートを机の上に置いた。
「これ、見てほしくて」
開かれたページに描かれていたのは、小さなポーチだった。
正面から見た絵だけじゃなく、横から見た形や大きさまで書こうとした跡がある。ところどころ消しゴムで消されていて、かなり悩みながら描いたのが分かった。
「これ、南さんが考えたの?」
「うん。前に水瀬君のお店で作ったの、楽しかったから……今度は自分で何か考えてみようかなって」
「へえ」
思わずノートへ顔を近づける。
まだ設計図と呼べるほど細かくはない。それでも、ただ何となく絵を描いたわけじゃないのは分かった。
「ここにファスナーを付けたいの?」
「そう。開けたら小物を入れられるようにして……ここにちょっと飾りを付けたら可愛いかなって」
「なるほど」
「……どうかな?」
「いいと思うよ」
「ほんと?」
「うん。ただ、このまま作るのはちょっと難しいかな」
「あ……やっぱり?」
南さんの肩が少し落ちた。
「いや、駄目って意味じゃないよ」
「そうなの?」
「作るなら決めないといけないことがまだあるってこと」
ノートを南さんの方へ向け、ポーチの上部を指で示す。
「まずファスナー。これ、どのくらいの長さにする?」
「えっと……このくらい?」
「それだと本体の大きさも合わせないといけない。それから生地。厚すぎるとこの形じゃ縫いにくいし、薄すぎるとへにゃってなる」
「そんなに考えることあるんだ……」
「あるよ。裏地を付けるかでも変わるし」
「裏地……」
「開けたときに中まで可愛くしたいなら、付けてもいいと思う」
「あ、それいい!」
南さんがぱっと顔を上げる。
「じゃあ裏地付けたい!」
「初めてなのに難易度上げるなぁ」
「だめ?」
「駄目じゃないけど、その分ちょっと大変だよ」
「水瀬君、教えてくれる?」
「もちろん」
「じゃあやる」
「即決だね」
「だって、そっちの方が可愛いもん」
その理由はいかにも南さんらしい。
「じゃあ放課後、店でちゃんと考えてみよっか。実際の生地とかファスナー見た方が分かりやすいし」
「今日行っていいの?」
「母さんにも聞くけど、たぶん大丈夫」
「やった」
嬉しそうにノートを閉じる。
その表情を見ていると、俺まで少し楽しみになってきた。
「でも、今日中に完成するとは限らないからね」
「分かってるよ~」
「本当に?」
「水瀬君、ことりのこと信用してない?」
「この前も簡単そうって言って難しいの選ぼうとしてたから」
「……覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるよ」
「むぅ」
頬を膨らませる南さんに、思わず笑ってしまった。
◇
放課後。
教科書を鞄へしまっていると、昼休みに一緒だった男子から声をかけられた。
「水瀬、今日駅前寄らね?」
「あー、ごめん。今日は店に戻る」
「また手伝い?」
「それもあるけど、今日はちょっと約束してて」
「約束?」
「水瀬君、準備できた?」
ちょうどそこへ南さんがやって来た。
「ああ、もうちょっと」
「……なるほど」
男子が妙に納得したような顔をする。
「何?」
「いや、別に?」
「その言い方なんか嫌だな」
「気にすんなって。じゃあまた今度な」
「うん。また」
「南さんもまた明日」
「また明日」
他の男子たちと一緒に教室を出ていく。
その背中を見送りながら、南さんが首を傾げた。
「何だったの?」
「さあ?」
「変なの」
「南さんに言われたくない気もする」
「どういう意味?」
「そのまま」
「もう」
そんな話をしながら、俺たちも教室を出た。
◇
学校から店までの道にも、すっかり慣れた。
最初のころは南さんと二人で帰っているだけで妙に意識していたのに、今では服の話をしたり、学校であったことを話したりする方が多い。
「そういえば、ポーチには何入れるの?」
「まだ決めてないよ」
「決めてないの?」
「うん」
「普通、入れたいものがあって作るんじゃない?」
「作りたいものが先でもいいでしょ?」
「まあ、いいけど」
「水瀬君はないの? 何か作りたいって思うこと」
「あるよ。店にある生地見て、これで何か作れそうだなって思ったり」
「ほら。一緒じゃない」
「……言われてみれば」
「でしょ?」
南さんが得意そうに笑う。
「じゃあ何入れるかは完成してから考える」
「それでいいんじゃない?」
「うん♪」
こういうところは、俺とは少し違う。
俺はどうしても、何を作るか、どう作るかを先に考えてしまう。
南さんはまず「可愛い」とか「作りたい」が先に来る。
でも、それが面白い。
俺だけなら選ばない生地や飾りを選ぶこともある。
同じ服や裁縫が好きでも、見ているところは結構違うらしい。
◇
店の扉を開けると、カランとベルが鳴った。
「ただいま」
「こんにちは。お邪魔します」
「あら、おかえり。ことりちゃんもいらっしゃい」
奥から顔を出した母さんは、南さんを見てももう驚かない。
「母さん、今日作業場使っていい?」
「いいけど、何を作るの?」
「南さんがポーチ作りたいんだって」
「自分で考えてみたんです」
南さんがノートを見せる。
母さんはしばらくページを眺めてから、柔らかく笑った。
「いいじゃない。前よりずっと具体的になってるわね」
「本当ですか?」
「ええ。でも、これなら拓海に手伝ってもらった方がいいわね。ファスナーは初めてでしょう?」
「はい」
「拓海、ちゃんと教えてあげなさいよ」
「分かってるよ」
「自分が作っちゃ駄目よ?」
「それも分かってる」
母さんには先を読まれているらしい。
「じゃあ、作業場借りるね」
「ええ。困ったら呼びなさい」
「ありがとうございます」
南さんと一緒に奥の作業場へ入った。
◇
「まず生地から決めよっか」
「うん」
練習に使っても問題ない端切れをいくつか並べる。
南さんは一枚ずつ手に取って、色だけでなく手触りまで確かめていた。
「これ可愛い」
「それなら縫いやすいと思うよ」
「こっちは?」
「ちょっと薄いかな。裏地を付けるなら使えなくはないけど、初めてならこっちの方が楽」
「じゃあ……こっち」
「決まり?」
「待って。もうちょっと見る」
「やっぱり」
「だって大事だよ?」
「分かってるよ」
結局、何枚かを並べて悩んだ末に、最初に手に取った生地へ戻ってきた。
「これにする!」
「最初のやつじゃん」
「ちゃんと全部見てから決めたの」
「はいはい」
「その言い方~」
「でも、それでいいと思う。これなら扱いやすいし」
「じゃあ決まり♪」
次は裏地。
表と同じ色にするか、開いたときだけ違う色が見えるようにするか。
そこでも南さんはかなり悩んだ。
「こっちの方が合うかな?」
「俺ならこっちかな」
「どうして?」
「表が明るいから、中まで同じ感じにするより少し落ち着いた色にした方が締まると思う」
「なるほど……」
「でも南さんが作るんだから、最後は好きな方でいいよ」
「うーん……じゃあ、水瀬君が言った方にしてみる」
「いいの?」
「うん。ことりもそっち可愛いと思ったから」
こういうところは、ちゃんと意見を求めてくる。
だから俺も、分かる範囲なら曖昧にせず答えることにしていた。
◇
「次は型紙」
南さんのノートを横に置き、実際に作る大きさを決めていく。
「ノートに描いた形を、そのまま布に描くんじゃないの?」
「それでも作れなくはないけど、左右で形が変わったりするよ。縫い代も必要だし」
「縫い代?」
「実際に縫う部分の余裕。完成させたい大きさより少し大きく切るんだよ」
「あ、そっか」
「例えば完成したときにここをこの幅にしたいなら――」
紙に線を引きながら説明する。
南さんも自分のノートへ書き込んでいく。
「ここが完成する線で、その外側が切る線?」
「そうそう」
「じゃあ、こっちも?」
「うん。ただ角は――」
説明して。
南さんがやってみる。
違っていたら直す。
どうしてそうするのかも、できるだけ説明する。
ただ手順を覚えるより、その方が次に自分で作るとき役に立つ。
「水瀬君」
「ん?」
「先生みたい」
「やめてよ」
「分かりやすいよ?」
「母さんに何回も教えられたからね」
「小さいころから?」
「うん。最初は俺も全然できなかったよ」
「今は上手なのに」
「ずっと店にいるんだから、多少はね」
「ことりも上手くなれるかな」
「なるんじゃない?」
「ほんと?」
「好きなんでしょ?」
「うん」
「なら続ければ上手くなるよ」
それは別に、前世の知識があるから言ったわけじゃない。
ここまで楽しそうにやっている南さんを見ていれば、普通にそう思えた。
◇
裁断が終わると、いよいよ縫っていく。
「まずファスナーから付ける」
「先に?」
「後から付けようとするとやりにくいから。こっちとファスナーを合わせて――そう。ずれないように留める」
「ここ?」
「もう少し内側」
「こう?」
「うん。で、最初はゆっくり縫えばいい」
南さんが慎重に針を進める。
俺は隣から手元を見る。
「あ」
「止めて」
「曲がった……」
「少しくらいなら大丈夫だけど、気になる?」
「……気になる」
「じゃあ戻そう」
「うん」
糸をほどいて、もう一度。
今度はさっきより慎重に。
「力入れすぎなくていいよ。布引っ張るとずれるから」
「難しい……」
「最初はね。ほら、そこは綺麗にできてる」
「ほんとだ」
「その感じ」
「うん」
少しずつ進めていく。
途中で俺が見本を見せることもあった。
「ここは一回俺がやるね。見てて」
「うん」
「こうやって角まで来たら――」
「あ、向きを変えるんだ」
「そう。で、ここからまた縫う」
「なるほど……」
「じゃあ次、南さん」
「えっ、もう?」
「見ただけじゃ覚えないよ」
「水瀬先生厳しいです」
「先生じゃないって」
「はーい」
返事をしながらも、南さんは楽しそうだった。
◇
しばらくして。
「……できた」
作業台の上に、小さなポーチが置かれた。
完璧ではない。
縫い目が少し曲がっているところもあるし、よく見れば左右もわずかに違う。
でも。
「ちゃんとできてる」
「ポーチになった……!」
「そりゃポーチ作ってたからね」
「そういう意味じゃないよ~」
南さんがファスナーを開ける。
「あ、中も可愛い」
「裏地付けて正解だったね」
「うん!」
閉じる。
また開ける。
「壊れるまでやらないでよ」
「壊れないもん」
「最初なんだから分からないよ」
「水瀬君が教えてくれたから大丈夫」
「そこは自分の腕を信用しなよ」
「じゃあ、ことりが頑張ったから大丈夫」
「それならいい」
「ふふっ」
南さんは完成したポーチをしばらく眺めていた。
その顔は、前に店で小物を作ったときよりも嬉しそうに見える。
今回は自分で考えたものだからだろう。
「ねえ、水瀬君」
「ん?」
「次はもうちょっと難しいのでもいい?」
「もう次?」
「だめ?」
「駄目じゃないけど……段階は踏もうね」
「分かってるよ」
「今日も最初から裏地追加した人が言ってもなぁ」
「でもできたよ?」
「俺がかなり教えたからね」
「だから、また教えて?」
あっさり言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……いいよ」
「ほんと?」
「俺も楽しいし」
「そっか」
南さんが嬉しそうに笑う。
「じゃあ約束ね」
「約束するほど?」
「するの」
「はいはい」
「また適当」
「ちゃんと聞いてるって」
作業場に笑い声が響いた。
◇
夕方。
「今日はありがとう」
帰り支度を終えた南さんが、完成したポーチを大事そうに鞄へ入れる。
「どういたしまして」
「何入れようかな」
「まだ決めてなかったんだ」
「これから考えるのも楽しいの」
「南さんらしいね」
「そう?」
「うん」
店の外は、まだ少し明るい。
「じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
「ばいばい」
「気をつけて」
南さんが手を振り、店を出ていった。
姿が見えなくなってから作業場へ戻る。
机の上には切れ端や糸、使った道具が残っていた。
一つずつ片付けていく。
前世の俺は知っている。
南ことりは、いつか衣装を作る。
μ'sのステージ衣装を何着も生み出していく。
だから最初に南さんが裁縫や服に興味を示したとき、どこかで「やっぱり」と思っていた。
知っている未来へ近づいている。
そんなふうに。
でも、今は少し違う。
今日、俺が教えたことは多い。
生地のことも。
型紙のことも。
ファスナーの付け方も。
南さん一人だったら、完成までにもっと時間がかかったと思う。
それでも。
何を作りたいか考えたのは南さんだ。
生地を選んだのも。
裏地を付けたいと言ったのも。
失敗したところをやり直したのも。
全部、南さん自身だった。
俺が南ことりを衣装作りの得意な女の子にするわけじゃない。
きっと元々、そういうものが好きになる素質を持っている。
俺は少し先に知っていることを教えられるだけ。
「……それでいいか」
むしろ。
これから南さんが何を作るようになるのか。
前世で知っていたからではなく、今の俺自身が楽しみにしている。
「拓海」
奥から母さんに呼ばれた。
「何?」
「片付け終わった?」
「あと少し」
「終わったら夕飯手伝って」
「分かった」
最後の糸を片付ける。
明日になれば、また学校だ。
クラスの連中とくだらない話をして。
授業を受けて。
南さんとも話す。
そんな普通の毎日の中で。
また少しずつ、できることを増やしていけばいい。
南さんも。
俺も。
出来たらまた投稿します。
では、また∠( ゚д゚)