続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
六月も半ばを過ぎたころ。
朝のホームルームで、担任が何気なく告げた。
「今日、席替えするぞ」
その一言で、教室の空気が一気に変わった。
「やった!」
「先生、くじですか?」
「今の席気に入ってるのにー」
「くじだ。文句は受け付けん」
黒板の前で担任が答えると、またあちこちから声が上がる。
席替え。
学校生活では別に珍しくもないイベントだ。俺だって前世を含めれば、何度経験したか分からない。
だから、特に気にすることでもない。
……はずなんだけど。
「席替えかぁ」
隣から聞こえた声に、俺は横を向いた。
南さんが自分の机に頬杖をついている。
「嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけど……」
そう答えてから、南さんは俺の席と自分の席を交互に見た。
「次も隣だったらすごいね」
「確かに」
「入学してからずっとだもんね」
「まだ二ヶ月ちょっとだけど」
「もう二ヶ月だよ?」
「そう言われると、結構長いような気もする」
「でしょ?」
南さんが笑う。
入学式の日。
この席に座って、隣にいた女の子の名前を知って。
前世で画面越しに見ていた南ことりが本当に目の前にいると分かったときは、まともに顔を見るだけでも緊張した。
それが今では、こうして普通に話している。
南さんはうちの店にも来るようになったし、高坂さんや園田さんとも知り合った。
たった二ヶ月。
でも、その二ヶ月で随分変わった。
「水瀬君?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「何考えてたの?」
「次の席、窓際がいいなって」
「ほんと?」
「……半分くらい」
「じゃあ、もう半分は?」
「内緒」
「ずるい」
南さんが小さく笑う。
そして少しだけ間を置いてから、俺の方を見た。
「ことりはね、次も水瀬君の隣だったらいいな」
さらっと言うなぁ。
「水瀬君は嫌?」
「そんなことないよ」
「じゃあ一緒だね」
「うん」
俺も、できればそう思う。
けれど――。
◇
「引いた番号の席に移動しろー」
結果から言えば、そんなに都合よくはいかなかった。
新しい席に鞄を置き、俺は教室の反対側を見る。
「……遠いな」
南さんは窓側。
俺はそこから何列か離れた場所になった。
隣どころか、間には何人もいる。
向こうもこちらを見ていた。
目が合うと、南さんが困ったように笑って小さく手を振る。
俺も手を振り返した。
まあ、こうなるよな。
二回続けて隣の方が出来すぎだ。
「水瀬君、よろしくね」
「あ、うん。よろしく」
新しく隣になった女子と挨拶を交わす。
同じクラスなのだから当然顔も名前も知っているし、これまでにも何度か話したことはある。ただ、席が離れていたから長く話す機会は少なかった。
「南さんと離れちゃったね」
「結構遠くなった」
「ずっと隣だったもんね」
「入学してからね」
「でも私も水瀬君なら話しやすいからよかった」
「それならよかったよ。よろしく」
「うん」
それだけの、ごく普通のやり取りだった。
そして椅子を引こうとしたところで、前の席から男子が振り返った。
「よろしく、水瀬」
「ああ。佐藤か」
「佐藤だよ。佐藤直樹」
「知ってるよ。同じクラスなんだから」
「いや、こういうのは改めて言っとくもんだろ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
「じゃあ改めて。よろしく、佐藤」
「おう」
佐藤直樹。
クラスでは特別目立つ方ではない。休み時間になると男子数人で漫画やゲームの話をしているのをよく見る。
俺も何度か話したことはあるけれど、今までは挨拶に少し会話が加わる程度だった。
「ところで水瀬」
「何?」
「漫画読む?」
「読むよ」
「最近何読んでる?」
いくつか作品名を挙げる。
すると、佐藤の顔が明らかに変わった。
「それ俺も読んでる!」
「ほんと?」
「先週の読んだ?」
「読んだよ。最後のあれでしょ?」
「そう! あれ絶対――」
気づけば、そのまま話し込んでいた。
◇
席替えをして数日。
教室で話す相手が、少しだけ増えた。
「水瀬、昨日のドラマ見た?」
休み時間になると、前の席の佐藤が当然のように振り返ってくる。
「見た。あの犯人は予想できなかった」
「だよな! 俺、絶対あいつだと思ってた」
「俺も」
「二人とも外してるじゃん」
隣から笑い声が飛んでくる。
「じゃあ分かったの?」
「途中から何となく」
「絶対嘘だ」
「何でよ!」
「佐藤は?」
「俺も嘘だと思う」
「二対一はずるくない?」
三人で笑う。
席が変われば、当然近くにいる人も変わる。
今までもクラスの連中と話していなかったわけじゃない。昼休みに男子と飯を食べることもあったし、体育のときに馬鹿な話をすることもあった。
ただ、毎日近くに座っていれば自然と会話は増える。
「楽しそうだね」
聞き慣れた声がした。
「あ、南さん」
顔を上げると、南さんが俺たちのところまで来ていた。
「何の話?」
「昨日のドラマ」
「ことりも見たよ」
「じゃあ南さん、犯人分かった?」
「全然分からなかった」
「よかった」
「なんで安心してるの?」
「仲間が増えたから」
「俺も仲間」
佐藤が手を挙げる。
「佐藤君も分からなかったの?」
「うん。ちなみにこいつは分かったって言ってる」
「本当に分かったよ!」
「ふふっ」
南さんが笑う。
そのまま少し話していると、佐藤が俺と南さんを交互に見た。
「水瀬と南さんって仲いいよな」
「うん。入学してからずっと隣だったし」
「そうだよ」
南さんも頷く。
それから自分の今の席へ目を向けた。
「でも離れちゃった」
「結構遠くなったよな」
「うん。ちょっと寂しい」
「え」
思わず南さんを見る。
「何?」
「いや、普通に言うんだなと思って」
「だって本当にちょっと寂しいもん」
そう言われると返答に困る。
「水瀬君は?」
「俺も、ちょっとは寂しいよ」
「ちょっとだけ?」
「南さんが『ちょっと』って言ったから合わせたの」
「あ、ずるい」
「じゃあ南さんは?」
「……内緒」
「そっちもずるいじゃん」
「ふふっ」
南さんが楽しそうに笑う。
ふと佐藤を見ると、何とも言えない顔をしていた。
「何?」
「いや、別に」
「ならその顔やめてよ」
「どんな顔だよ」
「今の顔」
「分かんねえよ」
今度は隣の女子まで笑っていた。
◇
昼休み。
「水瀬、一緒に食おうぜ」
「いいよ」
佐藤たちに誘われ、今日は男子数人で机を囲んだ。
漫画の話。
ゲームの話。
昨日のテレビ。
次の体育が面倒だとか、数学の小テストが嫌だとか。
中学生らしい、どうでもいい話ばかりだ。
でも、こういう時間も嫌いじゃない。
「水瀬って放課後あんまり遊べないの?」
佐藤が弁当を食べながら聞いてきた。
「毎日じゃないよ。でも店の手伝いがあるから」
「この前言ってた服屋?」
「洋装店」
「そこ拘るよな」
「一応ね」
「今度見に行っていい?」
「いいけど、佐藤が見て楽しいかな」
「なんだよそれ」
「服に興味ある?」
「ない」
「即答じゃん」
「でも友達ん家が店って、ちょっと気になるだろ」
「まあ、来るのは別にいいよ」
「じゃあ今度行く」
そんな話をしていると、近くで弁当を食べていた女子が会話に加わってきた。
「水瀬君のお家って、本当に服作ってるの?」
「うん。仕立てもやってるよ」
「水瀬君も?」
「簡単なのなら。基本は親だけど」
「へえ、すごい」
「家が店だから覚えただけだよ」
「でも男子で裁縫できるの珍しくない?」
「そうかな」
「珍しいよ」
そこから何人かで店の話になった。
少し離れたところを見ると、南さんも女子数人で昼食を食べている。
楽しそうに笑っていた。
俺だけじゃない。
南さんにも俺の知らない友達がいる。
当たり前のことだ。
俺たちは隣の席だったけれど、四六時中二人だけでいたわけじゃない。
それでいいんだと思う。
◇
放課後。
「水瀬」
帰り支度をしていると、佐藤が声をかけてきた。
「今日、駅前のゲーセン寄らね?」
「今日?」
「一時間くらい。ほかの奴も来るって」
今日は店の手伝いがある。
ただ、急いで帰らないといけない日ではない。
「一時間くらいならいいよ」
「よし。じゃあ――」
「あ、水瀬君」
そこへ南さんがやって来た。
「今日、お店行こうと思ってたんだけど」
「あ」
予定が重なった。
「店?」
佐藤が尋ねる。
「うん。ちょっと見たい生地があって」
南さんが答える。
「水瀬、どうする?」
「んー……」
少しだけ考える。
入学したばかりのころなら、迷わず南さんと一緒に帰っていたかもしれない。
前世でずっと好きだった女の子が、自分を頼ってくれている。
それだけで十分すぎる理由になったはずだ。
でも、今は少し違う。
「南さん、ごめん。今日は佐藤たちと寄ってから帰るよ」
「うん、分かった」
南さんはあっさり頷いた。
「じゃあ、ことり一人で見ててもいい?」
「もちろん。母さんいると思うから」
「分からないところがあったら?」
「明日聞いて」
「はーい」
「南さんなら生地見るくらい大丈夫でしょ」
「でも水瀬君に聞いた方が早いもん」
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
「じゃあ明日ね」
「うん」
南さんは笑って、鞄を持ち上げた。
「佐藤君もまたね」
「おう。また明日」
南さんが教室を出ていく。
その姿を見送っていると、佐藤が横から顔を覗き込んできた。
「水瀬」
「何?」
「お前、本当に南さんと仲いいよな」
「友達だからね」
「ふーん」
「何?」
「いや、別に」
「さっきもそれ言ってたよね」
「気にすんな」
なんなんだ。
◇
翌朝。
「水瀬君」
「おはよう、南さん」
「おはよう」
教室へ入ってきた南さんは、自分の席へ行く前に俺のところまでやって来た。
「昨日ね、生地見てきたよ」
「いいのあった?」
「うん。でも二つで迷ってる」
「写真撮った?」
「撮ったよ」
携帯電話の画面を見せてもらう。
「こっちはちょっと厚いかな」
「やっぱり?」
「何作るかによるけどね」
「じゃあ、こっちは?」
「そっちの方が扱いやすいと思う」
「じゃあこっちにしようかなぁ」
「結局、何作るの?」
「まだ内緒」
「またそれ?」
「できてからのお楽しみ」
南さんが笑う。
ふと気づいた。
席は離れた。
前みたいに、横を向けば南さんがいるわけじゃない。
授業中に消しゴムを落としたら拾ってくれることもないし、先生の話が長いときに目が合って、こっそり苦笑することもなくなった。
それは少し寂しい。
「南さん」
「何?」
「席離れても、あんまり変わらないね」
「そう?」
「普通に話してるし」
すると、南さんは不思議そうに首を傾げた。
「当たり前だよ」
「当たり前?」
「だって、友達でしょ?」
「……うん」
そうだ。
考えてみれば、当たり前のことだった。
俺たちは、隣の席だったから出会った。
でも。
隣の席だから友達でいるわけじゃない。
「どうしたの?」
「何でもない」
「変な水瀬君」
「ほっといて」
「ふふっ」
「水瀬ー!」
前の席から佐藤が振り返る。
「昨日の続き!」
「何の?」
「ゲームの話だよ!」
「ああ、はいはい」
同時に、少し離れたところから南さんを呼ぶ声がした。
「南さーん! ちょっといい?」
「はーい!」
南さんがそちらを見る。
「じゃあ、また後でね」
「うん。また後で」
南さんは女子たちのところへ。
俺は佐藤たちのところへ。
隣の席には、今は別の子がいる。
それでも南さんと話したくなれば、どちらかが相手のところまで行けばいい。
最初のきっかけは、ただ偶然隣の席になったことだった。
けれど今はもう。
それだけじゃない。
そう思えることが、少しだけ嬉しかった。
また出来たら投稿します。
では、また∠( ゚д゚)