筋肉無双~みんなはいつも俺に笑顔を向ける~ 作:ビスケッチュⅡ世
エクスプロードが蒸発し、後には静けさだけが残る。
ムーンを除く山賊たちや、魔法使いは皆、伏し倒れて動かない。
息はあるが、降下中心地に近かったため熱に体力を奪われたのだ。
後に残されたのは、
息を吞んで成り行きを見守るパイジィと、黙って空を見上げるジョー。
そして――
「さあて。これでまあ、俺しか任務をこなせなくなったわけだが。」
――苦笑いをしながらジョーに向かい合うムーンだけだった。
ジョーは一瞥すると、少し眉根にしわを寄せて言った。
「君なら、もう理解していると思っていた」
「は。まあな。俺とアンタじゃ、俺に万が一つも勝ち目はねえし、なにより、どっちかというとお礼を言いたい気分ではあるんだが……こればっかりはケジメでね」
「……何が狙いだ?」
「簡単なことさ。……そこに転がってる馬鹿どもがいるだろ。アイツらは、俺が無理やり巻き込んだんだ。俺がアンタと戦って負けて死んだら、見逃しちゃくれねえか。」
「……」
微笑みながら言うムーン。
ジョーは、少しため息をつくと、腕組をしてパイジィを見た。
「難しいな。彼らは少なくとも、パイジィさんを害そうとした。しかも……必要のない辱めまでしようとしたんだ。少なくとも、俺にはそう見えた。」
「それなんだが……お嬢さん。アンタを殺そうとしてる人間の言葉なんざ、信用できねえかもしれねえがな。デインは……アンタを捕まえたそこのひげ面はな、そういう目的で言ったんじゃねえ。」
「……え」
パイジィは目を見開く。
でも、あれはどう考えても……
「あぁ。あのな、デインは、洋服づくりが趣味なんだよ。裁縫だな。
……ほら、アンタのスカート。どっかにひっかけたときに破れちまってる。
アイツ馬鹿だからな。どうせ、女として死にてえだろとかなんとか言ったんだろ」
確かに、そうだ。
もし最初からそのつもりだったなら、すぐに洋服を破いてコトに及んでもおかしくはない。
にもかかわらず、デインの視線は、パイジィのスカートに注がれていたように思える。
その意図が下心だったのか、それとも、ムーンの言う通り、死に装束だけでも整えようとした善意だったのか?
どちらにせよ、恐怖を抱いたのは事実で、結局殺されるところだったことも事実。
それでも……少し、心が揺れる。
ムーンの目には、先ほどと違う光があるように見えたから。
それは、きっと今、私の目に宿った光と根が同じ、なにか。
「……私……私、わから――」
「まって……ください……」
わからない、と答えようとしたとき、デインのかすれた声がそれを遮った。
「う……うそで……す……。俺たちが……ムーン……さんを……巻き込んだん……です……だから……殺すなら……俺たちを……。ムーンさんだけは……どうか……」
ほかの山賊たちも、ボロボロでうめき声をあげながら、賛同しているようだった。
「バカ!半分死体のてめえらがうるせえことぬかすな!!……もういい。あんまりしゃべるんじゃねえ」
ムーンの号令で、山賊たちは再び口を閉じた。
気まずそうに頭をかくと、ムーンはジョーとパイジィに向き直った。
「……悪かったな。変な約束させようとして。 結局、どこまで行っても俺たちは悪党だ。アンタが勇者なら、さしずめ俺たちは最初の雑魚ってとこだろ。忘れてくれ。さあ、決着をつけようじゃねえか」
にっと笑い、懐から最初にジョーに突き立てようとして曲がった短剣を取り出すムーン。
ジョーは、ぐっと目を閉じて開きなおし、腕組みを解いてムーンに向かい合う。
「いいんだな」
「あぁ。あ!そうだ……あのさ」
「ん?」
ムーンは、ニコッと笑って言った。
「ありがとな……それじゃ、やるか」
「ああ……」
すっ、と構えるムーン。
それに対するように、ジョーはおもむろに地面に伏せ……腕立て伏せの体勢をとった。
「……構えろ。」
「は?」
呆気にとられるムーン。
ジョーは至極当然といった面持ちで淡々と告げる。
「お前は、今のお前を超えなければならない」
「壁とは、禊とは、決着とは、誰かにつけてもらうものではない」
「常に。自分自身でつけるほかないものだ」
「その先に許しを他人に乞うべきであって、救いを他人に求めることは破綻している」
「ゆえに――お前は。腕立て伏せで俺に勝たねばならん」
みるみるうちに、ジョーの体が収縮を始める。
ムーンと同じ体格へ変化する。
それはまるで、自らの強靭な筋肉で、本来の力を押し込めるかのように。
「さあ。これがお前と同じ筋力まで肉体レベルを制限した俺だ。今ここで、俺と勝負してもらう」
誰も、何も、言わない。
意味不明すぎてツッコミをすべきなのだろうが、ジョーの顔は真剣そのもので、
当事者であるはずのパイジィすら、理解に時間がかかり、フリーズしている。
しかし、あまりの空気に耐え切れず、それでもパイジィがおずおずと言った。
「……なんで?」
しかし、それをさえぎるようにムーンが叫ぶ。
既に姿勢は腕立て伏せを取り、目がらんらんと輝いている。
「ああ……!!わかったぜ。ジョー……いや。ジョーさん!!!アンタに、見ててほしい。俺が、俺を超えるところを……!!」
「いや……え?なんで?というか誰?これ私だけ?私だけおかしいの?絶対そんなノリじゃなか」
倒れていた山賊たちも熱い涙を流している。
唯一正気であるパイジィだけ置き去りにしたまま、状況は意味不明な方向へ加熱していた。
「善し!!!!では、俺とお前、どちらが限界の先へ迎えるか、勝負だ!!!!」
「応!!!!!!!」
「いくぞ!!!!腕立て伏せサドンデス。先に起き上がれなくなった方の負けだ!!!!パイジィさん!!二人のカウントを頼む!!!!」
「えっ!?は、はい!!!」
勢いに押されて承諾するパイジィ。
そこから、二人の勝負が始まった。
「1、2、3――」
ジョーがムーンのレベルまで筋力を制限したのは本当らしい。
まったく同じタイミングで腕立て伏せが進んでいく。
はじめはまだまだ余裕そうな二人だったが、
しかし、カウントが500を超えるあたりから……様子が明らかに変わる。
「――501、502、503」
「ッ……」
「……」
二人とも滝のような汗。
既に体の下の地面に水が溜まっている。
だが、その表情はまるで違っていた。
ムーンの表情は苦悶にゆがみ、息が乱れ、相当な負担を思わせる。
対するジョーは、同じく歯を食いしばりながらも、ただ、その視線は遠く、前だけを見据えていた。
筋力の制限。それは、間違いなく適切に行われていた。
故に、ジョーを支えるものは既に物理的な肉体ではなく。
ただ、その心に燃える遥かな理想――
(みんなの笑顔を支えられる自分へ)
――たどり着くべき景色を、そこに見ていた。
「……!」
ムーンはちらりとジョーの顔を見て、驚愕した。
これほどまでに苦しいはずなのに。
ジョーは少しも、その目を曇らせない。
汗にまみれながらも、口角は常に上がり、前だけを。
ひたすら、前だけを……
腕がきしむ。
相手も同じだ。
食いしばりすぎて歯の感覚がない。
相手も同じだ。
体が震える。
相手も同じだ。
ムーンは、横を見た自分を恥じた。
いつか、俺だって。この人の隣に立ちたい。
たとえそれが――どれほど遠い道のりだったとしても。
「ッ……うおおおおっ……!!」
まだ。まだ歩ける、歩いて行ける。
これから先へ、まだ先へ――
――今からでも。
「……すごい」
パイジィの心に去来するのは、許しでも、恐怖でもなかった。
理屈ではない。
理屈では、あの時の恐怖は消えない。
だけど、今ここで、必死に自分と戦っている人間の姿は、かつて。
自分も向き合ったものだったから。
なぜ、私は不器用なのか?
なぜ、私は父の器用さも、母のセンスも持たずに生まれてきたのか。
料理人の娘として生まれながら、自分自身には何もないことだけが積み重なっていく。
だからこそ、私は家を出た。
そんな自分と戦うために。
だから、わかる。
本気で自分を乗り越えようとする人間の眼が。
恐怖は嘘じゃない。殺されかけたのもわかる。
こんなジャッジはまともじゃない。だけれども――
――もう少し、見ていてもいい。
そう、思った。