筋肉無双~みんなはいつも俺に笑顔を向ける~   作:ビスケッチュⅡ世

5 / 9
【5:決闘と書いてウデタテと読む】

エクスプロードが蒸発し、後には静けさだけが残る。

ムーンを除く山賊たちや、魔法使いは皆、伏し倒れて動かない。

息はあるが、降下中心地に近かったため熱に体力を奪われたのだ。

 

後に残されたのは、

息を吞んで成り行きを見守るパイジィと、黙って空を見上げるジョー。

そして――

 

「さあて。これでまあ、俺しか任務をこなせなくなったわけだが。」

 

――苦笑いをしながらジョーに向かい合うムーンだけだった。

ジョーは一瞥すると、少し眉根にしわを寄せて言った。

 

「君なら、もう理解していると思っていた」

 

「は。まあな。俺とアンタじゃ、俺に万が一つも勝ち目はねえし、なにより、どっちかというとお礼を言いたい気分ではあるんだが……こればっかりはケジメでね」

 

「……何が狙いだ?」

 

「簡単なことさ。……そこに転がってる馬鹿どもがいるだろ。アイツらは、俺が無理やり巻き込んだんだ。俺がアンタと戦って負けて死んだら、見逃しちゃくれねえか。」

 

「……」

 

微笑みながら言うムーン。

ジョーは、少しため息をつくと、腕組をしてパイジィを見た。

 

「難しいな。彼らは少なくとも、パイジィさんを害そうとした。しかも……必要のない辱めまでしようとしたんだ。少なくとも、俺にはそう見えた。」

 

「それなんだが……お嬢さん。アンタを殺そうとしてる人間の言葉なんざ、信用できねえかもしれねえがな。デインは……アンタを捕まえたそこのひげ面はな、そういう目的で言ったんじゃねえ。」

 

「……え」

 

パイジィは目を見開く。

でも、あれはどう考えても……

 

「あぁ。あのな、デインは、洋服づくりが趣味なんだよ。裁縫だな。

……ほら、アンタのスカート。どっかにひっかけたときに破れちまってる。

アイツ馬鹿だからな。どうせ、女として死にてえだろとかなんとか言ったんだろ」

 

確かに、そうだ。

もし最初からそのつもりだったなら、すぐに洋服を破いてコトに及んでもおかしくはない。

にもかかわらず、デインの視線は、パイジィのスカートに注がれていたように思える。

その意図が下心だったのか、それとも、ムーンの言う通り、死に装束だけでも整えようとした善意だったのか?

どちらにせよ、恐怖を抱いたのは事実で、結局殺されるところだったことも事実。

それでも……少し、心が揺れる。

ムーンの目には、先ほどと違う光があるように見えたから。

それは、きっと今、私の目に宿った光と根が同じ、なにか。

 

「……私……私、わから――」

 

「まって……ください……」

 

わからない、と答えようとしたとき、デインのかすれた声がそれを遮った。

 

「う……うそで……す……。俺たちが……ムーン……さんを……巻き込んだん……です……だから……殺すなら……俺たちを……。ムーンさんだけは……どうか……」

 

ほかの山賊たちも、ボロボロでうめき声をあげながら、賛同しているようだった。

 

「バカ!半分死体のてめえらがうるせえことぬかすな!!……もういい。あんまりしゃべるんじゃねえ」

 

ムーンの号令で、山賊たちは再び口を閉じた。

気まずそうに頭をかくと、ムーンはジョーとパイジィに向き直った。

 

「……悪かったな。変な約束させようとして。 結局、どこまで行っても俺たちは悪党だ。アンタが勇者なら、さしずめ俺たちは最初の雑魚ってとこだろ。忘れてくれ。さあ、決着をつけようじゃねえか」

 

にっと笑い、懐から最初にジョーに突き立てようとして曲がった短剣を取り出すムーン。

ジョーは、ぐっと目を閉じて開きなおし、腕組みを解いてムーンに向かい合う。

 

「いいんだな」

 

「あぁ。あ!そうだ……あのさ」

 

「ん?」

 

ムーンは、ニコッと笑って言った。

 

「ありがとな……それじゃ、やるか」

 

「ああ……」

 

すっ、と構えるムーン。

それに対するように、ジョーはおもむろに地面に伏せ……腕立て伏せの体勢をとった。

 

「……構えろ。」

 

「は?」

 

呆気にとられるムーン。

ジョーは至極当然といった面持ちで淡々と告げる。

 

「お前は、今のお前を超えなければならない」

 

「壁とは、禊とは、決着とは、誰かにつけてもらうものではない」

 

「常に。自分自身でつけるほかないものだ」

 

「その先に許しを他人に乞うべきであって、救いを他人に求めることは破綻している」

 

「ゆえに――お前は。腕立て伏せで俺に勝たねばならん」

 

みるみるうちに、ジョーの体が収縮を始める。

ムーンと同じ体格へ変化する。

それはまるで、自らの強靭な筋肉で、本来の力を押し込めるかのように。

 

「さあ。これがお前と同じ筋力まで肉体レベルを制限した俺だ。今ここで、俺と勝負してもらう」

 

誰も、何も、言わない。

意味不明すぎてツッコミをすべきなのだろうが、ジョーの顔は真剣そのもので、

当事者であるはずのパイジィすら、理解に時間がかかり、フリーズしている。

しかし、あまりの空気に耐え切れず、それでもパイジィがおずおずと言った。

 

「……なんで?」

 

しかし、それをさえぎるようにムーンが叫ぶ。

既に姿勢は腕立て伏せを取り、目がらんらんと輝いている。

 

「ああ……!!わかったぜ。ジョー……いや。ジョーさん!!!アンタに、見ててほしい。俺が、俺を超えるところを……!!」

 

「いや……え?なんで?というか誰?これ私だけ?私だけおかしいの?絶対そんなノリじゃなか」

 

倒れていた山賊たちも熱い涙を流している。

唯一正気であるパイジィだけ置き去りにしたまま、状況は意味不明な方向へ加熱していた。

 

「善し!!!!では、俺とお前、どちらが限界の先へ迎えるか、勝負だ!!!!」

 

「応!!!!!!!」

 

「いくぞ!!!!腕立て伏せサドンデス。先に起き上がれなくなった方の負けだ!!!!パイジィさん!!二人のカウントを頼む!!!!」

 

「えっ!?は、はい!!!」

 

勢いに押されて承諾するパイジィ。

そこから、二人の勝負が始まった。

 

「1、2、3――」

 

ジョーがムーンのレベルまで筋力を制限したのは本当らしい。

まったく同じタイミングで腕立て伏せが進んでいく。

はじめはまだまだ余裕そうな二人だったが、

しかし、カウントが500を超えるあたりから……様子が明らかに変わる。

 

「――501、502、503」

 

「ッ……」

 

「……」

 

二人とも滝のような汗。

既に体の下の地面に水が溜まっている。

だが、その表情はまるで違っていた。

 

ムーンの表情は苦悶にゆがみ、息が乱れ、相当な負担を思わせる。

対するジョーは、同じく歯を食いしばりながらも、ただ、その視線は遠く、前だけを見据えていた。

筋力の制限。それは、間違いなく適切に行われていた。

故に、ジョーを支えるものは既に物理的な肉体ではなく。

ただ、その心に燃える遥かな理想――

 

(みんなの笑顔を支えられる自分へ)

 

――たどり着くべき景色を、そこに見ていた。

 

「……!」

 

ムーンはちらりとジョーの顔を見て、驚愕した。

これほどまでに苦しいはずなのに。

ジョーは少しも、その目を曇らせない。

汗にまみれながらも、口角は常に上がり、前だけを。

ひたすら、前だけを……

 

腕がきしむ。

相手も同じだ。

食いしばりすぎて歯の感覚がない。

相手も同じだ。

体が震える。

相手も同じだ。

ムーンは、横を見た自分を恥じた。

いつか、俺だって。この人の隣に立ちたい。

たとえそれが――どれほど遠い道のりだったとしても。

 

「ッ……うおおおおっ……!!」

 

まだ。まだ歩ける、歩いて行ける。

これから先へ、まだ先へ――

――今からでも。

 

 

 

「……すごい」

 

パイジィの心に去来するのは、許しでも、恐怖でもなかった。

理屈ではない。

理屈では、あの時の恐怖は消えない。

 

だけど、今ここで、必死に自分と戦っている人間の姿は、かつて。

自分も向き合ったものだったから。

 

なぜ、私は不器用なのか?

なぜ、私は父の器用さも、母のセンスも持たずに生まれてきたのか。

料理人の娘として生まれながら、自分自身には何もないことだけが積み重なっていく。

 

だからこそ、私は家を出た。

 

そんな自分と戦うために。

 

だから、わかる。

本気で自分を乗り越えようとする人間の眼が。

 

恐怖は嘘じゃない。殺されかけたのもわかる。

こんなジャッジはまともじゃない。だけれども――

 

――もう少し、見ていてもいい。

 

そう、思った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。