××年三月十日
ノースエンド CM通り
ノースエンドは、リトル・ビタロスとも呼ばれる移民街である。ビタロス文化を色濃く残した建築物に、史跡、歴史ある教会は観光客にも人気だ。
二本の大通り沿いには多くの料理店やカフェが密集していて、この区域専門のグルメサイトがあるほど。空港から地下鉄で十五分程度ということもあって、此処はいつも人で賑わっている。
リアムが現場に到着した時、辺りは既に惨事の後だった。
「……なんっなんだよ、これは!」
額を押さえて、リアムは空を仰いだ。彼の前には、まるで抗争後のような状況が広がっている。彼方此方に武器を手にした人が倒れ、道路は半壊したサイボーグや炎上する車で塞がっていた。
トウマは道の中央に積み上げられた車の上に腰掛けて、上機嫌な様子でナイフの手入れをしている。彼はリアムに気付くなり、白い歯を見せて笑った。
「よう。遅かったな」
「遅かったな、じゃないだろ! なんだよ、これ!」
「それがな、話すと長いんだ」
「いいから説明しろって!」
「そりゃあ、ここに到着するなり襲われてな。そんで、ま、ぶん殴ったって訳だ」
トウマは、悪気のない顔で爽やかに笑っている。彼の拳には、青い炎が薄らと光を発しているのが見えた。
トウマが笑うなり、どこからともなく聞こえてくる黄色い声。辺りにはいつの間にか人が集まっていて、彼女たちは皆トウマに夢中な様子で頬を染めてキャアキャアと騒いでいる。
カメラを向けたり、熱に浮かされた様子で視線を注ぐ女性たち。彼女たちの目にはトウマの姿しか映っておらず、まるでリアムの存在は消されてしまったかのようだ。それは、何時もの光景でもあった。
「トーマ。おまえさあ……」
リアムが詳細な状況を確認するために、手袋を外す必要はなかった。倒れている人物の中に、見覚えのある制服の男たちが居たからだ。それは紛れもなく、市警だった。
トウマは事件現場に辿り着くなり揉め事を起こし、通報を受けて駆けつけた警察もまとめて片付けてしまったのだろう。
「トウマ!」
ガランガランと音を立てて、通りの奥から黒髪の少女が現れる。レイだ。彼女は黒い大鎌を背負って、左手では装甲車のパーツらしきものを引きずっている。
「見て! バラバラ!」
「お! 偉いぞ~。レイ。それ、バッチぃから捨てて良いぞ」
「はーい」
レイは手にしていた鉄の塊をヒョイと投げると、大鎌を振るう。鉄の塊は無数の破片になって、辺りにパラパラと散らばった。役目を終えた大鎌は、黒い霧となってレイの体に吸い込まれていく。
(こいつら本当……)
苛立ちを抑えようと、リアムは意識して深呼吸を繰り返す。
そもそも、この二人が先に現場に到着すればこうなることは分かっていた。警察も捜査していることは展開した資料から明白だが、だからといって彼らと協力するかは別の話なのだ。
リアムが確認する限り、倒れている人々は気を失っているだけのようだった。死者がいないところをみると、彼らなりに加減したのだろう。ただ、一人として、骨折と火傷は免れなかったようだが。
「……それで? まさか、本当にただ暴れた訳じゃないだろ?」
「まあな。その前に場所、変えようぜ。うっせえから」
トウマは人々が何に熱狂しているのか分からない様子で、彼のファンたちに背を向けて歩いて行く。
「うっせえからー」
レイは笑いながら、トウマの腕にしがみ付いて歩き出した。彼女はトウマとは違って、人々が熱狂している対象を完全に理解している。
リアムはレイに向けられた恨みや妬み、嫉妬が入り交じった怨念のような言葉を耳にしながら、足早に人々から離れて二人の後を追った。
キャサリン・レッドが連れ去られた現場から少し離れた建物の陰。トウマは愛車に向かいながら、リアムに数枚のデータチップを投げて寄越す。
「この周辺の監視カメラと、市警の奴らが持ってたやつだ。その黄色いのは、ゴミ収集車のレコーダーから抜いた」
「ありがとう。映像チェックは?」
「する暇あったと思うか?」
「無いよね」
トウマは、戦闘しながらデータチップを回収していたのだ。
ふと、掌のデータチップを眺めるリアムの頭に、嫌な考えが過った。事件現場の直ぐ傍には、沿岸警備隊の事務所がある。その敷地内には確実に監視カメラがあるのだが、トウマはそれにも手を付けたのだろうか。
「そもそも、あいつら俺らのこと嫌いだからな。困ったよなー? レイ」
「こまったなー?」
頬に人差し指を当てて、レイはわざとらしく首を傾げてみせる。 言葉とは真逆の表情。そもそも、トウマとレイは市警の存在には興味がないのだ。
アルゴスの目。アシュケナージの下で仕事する人間たち。その存在を良く思わない者は少なくない。穏便な方法では、情報を得ることが出来ないことも多いのだ。
トウマとレイは、リアムとは別の理由で仕事をしている。彼らは互いの理由を知らず、聞くこともない。他人の人生に入り込み過ぎないことは、この街で自分を守るための手段だ。
トウマは大型の黒いバイクに跨がると、エンジンをかけた。彼の愛車バスカヴィルは、先の大戦よりも前に製造中止になった骨董品だ。トウマはそれを、大切にリペアし続けている。
トウマに呼ばれて、レイも彼の後ろに跨がった。二人はいつも一緒で、彼らにとって互いの存在は絶対だ。
「おっさんから連絡入ってるな」
バイクにセットされた通信機器の履歴をチェックして、トウマがリアムにデータを転送する。
エリオットからは、海中で発見されたという車両の確認に行くとメッセージが入っていた。
「あいつ、なんで僕に連絡しないんだよ」
「つっても、俺に連絡した訳でもないな。大方、レイに連絡寄越したつもりなんだろ。なあ? レイ」
「うん! トウマ大好き」
「俺もだぞー。レイ」
(なんだ、こいつら)
直接目の前で当てられて、リアムは頭痛を覚える。決して独り者の僻みや嫉妬が原因とは思いたくないが、悲しいことにそれ以外の理由は思い当たらない。
「とりあえず、僕はエリオットと合流してみるよ。議員の娘の交友関係はこっちで調査するつもりだけど」
「オーケイ。こっちも当日の足取りを追っておく」
「おくー」
「……ところで。あの馬鹿、大丈夫かな。車両って、もう警察が確保してるはずだけど」
リアムの疑問に、トウマとレイは不思議そうな表情で返した。
「むしろ、だから、おっさんが行ったんじゃねえの?」
「ねえのー?」
それもそうかと、リアムは呟く。このメンバーで実行可能な人間は、エリオットくらいだと思い直したのだ。
「見つけたぞ! 青きイフリート!」
別れの挨拶を見知らぬ声に遮られて、トウマとリアムは顔を見合わせた。声の方へ視線を向けると、そこには違法な人工外骨格で武装したサイボーグが仁王立ちしている。
サイボーグの周りには、装甲付きの単車に跨がった人間が十人ほど。彼らは一人残らず武装済みで、銃口は既にトウマに向けられている。彼らがトウマに対して好意を抱いていないことは明らかだ。
「……お前の友達?」
「お前のじゃなくて?」
リアムとトウマのやり取りを耳にして、レイはケラケラと笑う。
「ここで会ったが百年目!」
「へえ」
「今日こそ、恨み晴らしてくれるわ!」
サイボーグが声を張り上げると、彼の周りでは人々の狂気がまるで赤い炎のようにメラメラと燃え上がった。
リアムは状況についていけず、顔を強ばらせている。一体なにをしたら、こんな分かりやすい不良たちに目を付けられるというのだろう。
トウマは、バイクから降りて拳を突き合わせた。仕方がないと呟く彼の横顔は、笑っている。
「オーケイ。俺の客だ。適当に相手していくから。ま、死なずに脱出しろよ」
「しろよー?」
クスクス笑って、レイがリアムの腕を掴む。次に気付いた時、リアムの体は宙を舞っていた。レイに放り投げられたのだ。
「燃え尽きちまいな」
トウマが拳を突き立てると、地面の上を青い炎が走って行く。それは瞬きする間にサイボーグたちを取り囲んで、嵐の様な勢いで彼らに襲いかかった。
「またなー?」
レイは笑顔でリアムに手を振る。彼女の体から黒い霧が立ち上ったかと思うと、それらは幾本ものダガーに姿を変えて敵目がけて矢のように発射されていった。
ゴロゴロと地面の上を転がって着地すると、リアムは慌てて傍にあったマンホールの蓋を力一杯持ち上げる。
押し寄せてくる熱と風。
遠くから聞こえてくる多くの悲鳴。
「なんなんだよ! あのバカップルは!」
二人への恨みを叫びながら、リアムは真っ暗なマンホールの中へと飛び込んでいった。