徳川家康になったら喋るウミウシと出会った 作:しそ
小さな旅人
「おおー! ここ、結構栄えてるじゃん!」
人々が行き交う町並みを眺めながら、私は思わず声を上げた。もっとも、誰かに聞かれると面倒なので、声は小さめだ。
それにしても、困ったことになった。
まさか、こんなところに置いていかれるなんて。
もともとは、人間たちが運ぶ荷物と一緒に移動していたのだ。ところが、途中で荷が別々に運ばれることになったらしく、気づいたときには私だけが取り残されていた。
「いやー、参った参った!」
笑い事じゃないんだけどね。
追いかけようにも、この姿ではどうしようもない。人間が少し歩くだけで、私なんかあっという間に置いていかれてしまうのだ。
おまけに、ここがどこなのかも分からない。
「……ま、いっか!」
置いていかれたものは仕方ない。
どうせ急ぐ旅でもないし、せっかくだからこの辺りを見て回ろう。
「よーし! そうと決まれば探検だー!」
私は、日陰になっている石の上で身体を伸ばした。
何しろ、今の私は身体が小さい。
歩くのが遅い。手がない。足もない。荷物だって持てないし、誰かに踏まれそうになっても、すぐには逃げられない。
昔はもう少し、いろいろなことができたんだけどなあ。
そう思うこともある。
だけど、今さら文句を言っても仕方がない。ないものはないのだ。
それに、この姿にもいいところはある。
小さいから隠れやすいし、狭いところにも入れる。人間が気づかないようなものを見つけることもある。
……まあ、あんまり褒めると調子に乗ってるみたいだけど。
◇
私は、これまでにいろいろな場所へ行った。
大きな町にも、小さな村にも。人で賑わう港もあれば、山の奥にある静かな集落もあった。
歌を教えたこともある。祭りに混ぜてもらったこともある。子供たちと遊んだこともある。
そういえば、昔、私のために小さな舟を作ってくれた人もいたっけ。
あれは面白かった。
最初はちっとも進まなくて、みんなで笑ったんだよね。その後、何度も作り直して、最後にはちゃんと水の上を進めるようになった。
嬉しかったなあ。
……あの子たち、元気にしてたかな。
いや。
さすがに、もう生きてはいないだろう。
随分と昔のことだ。
一緒に遊んだ子供たちが大人になり、その子供たちにも子供が生まれた。私が覚えている顔は、いつの間にか誰もいなくなってしまった。
そういう経験なら、何度もしている。
最初の頃は、別れるたびに大泣きした。
今だって悲しい。
仲良くなった人がいなくなるのは、何度経験しても嫌なものだ。
でも、楽しかったことまでなくなるわけじゃない。
あの舟に乗ったときのことも、祭りで一緒に歌ったことも、今でもちゃんと覚えている。
私は、石の上から空を見上げた。
「……いろは、元気かな」
ふと、口から名前が漏れた。
酒寄彩葉。
私の大好きな女の子。
もう一度、会いたい人。
どうしてこんなことになったのか。どうすれば、もう一度会えるのか。
正直、まだ分からないことばかりだ。
だけど、あの子に会いたいという気持ちは変わらない。
いつか、また会えるといいな。
「……よし!」
私は身体を起こした。
「今日も楽しんでいこー!」
せっかく知らない町まで来たんだ。見て回らなきゃ損でしょ!
◇
この町は、なかなか面白かった。
人が多い。商人も多い。道には荷を積んだ人々が行き交い、威勢のよい声が飛び交っている。
何やら立派な武家屋敷もあるらしい。
誰が治めている町なのかは、まだよく知らない。
まあ、今すぐ知る必要もないだろう。
「おーい、そっちへ運べ!」
通りの向こうで男の人が叫んだ。
何人かが荷を抱え、足早に通り過ぎていく。
私は、慌てて石の陰へ引っ込んだ。
「うわっ、危な!」
危うく踏まれるところだった。
……やっぱり、この姿は不便だ。
もうちょっと大きければなあ。
いや、大きくなったら今度は目立つのか。
難しい問題である。
しばらく人通りが落ち着くのを待ってから、私はゆっくり移動した。
途中、焼き餅の匂いがした。
「……おいしそう」
思わず呟く。
でも、今は買えない。
お金を持っていないからだ。
以前、親切な人から小銭をもらったことがあるけれど、持ち運ぶのが大変だった。
何しろ、私の身体より硬貨の方が大きい。
それを引きずっている姿を見て、周りの人に笑われたこともある。
……失礼しちゃうよね!
結局、そのときはお店の人が餅を分けてくれた。
今回も誰かに頼んでみようかな。
そんなことを考えていたが、ちょうど近くを武士らしい人たちが通りかかったので、私は口を閉じた。
知らない人に声をかけるのは、少し慎重になっている。
以前、この姿の私を見つけて、大騒ぎした人がいたからだ。
捕まえて偉い人へ見せようとする人もいた。
珍しい生き物だと思われるくらいならいい。
でも、勝手に連れていかれるのは困る。
私は見せ物になるために旅をしているわけじゃないのだ。
「……もうちょっと静かなところに行こ」
そう決めて、私は通りから離れた。
◇
この町へ来て、何日かが過ぎた。
私は、人通りの少ない一角を気に入っていた。
そこには水が流れる細い溝があり、木陰も多い。大通りほど人が行き交うこともなく、のんびり過ごすには都合がよかった。
時折、近くで子供たちが遊んでいる。
その声を聞くのも、結構好きだった。
「待てー!」
「こっちだよー!」
今日も、子供たちが走り回っていた。
私は石の陰から、それを眺めていた。
楽しそうだなあ。
昔は私も、よく一緒に遊んだっけ。
もっとも、この姿で鬼ごっこをすると、毎回負けてしまう。
当然である。
走れないのだから。
それでも、みんなで遊ぶのは楽しかった。
「……あー、暇!」
私は思わず声を漏らした。
最近、あまり誰かと話していない。
この辺りは静かでいいのだが、静かすぎるのも考えものだ。
子供たちの声を聞いていると、私も誰かと一緒に遊びたくなってくる。
とはいえ、いきなり姿を見せて驚かせるのもよくない。
この前みたいに大騒ぎになったら、面倒だし。
私は少し考えた。
……まあ、焦ることもないか。
今日が駄目なら、明日がある。
明日が駄目なら、その次だ。
そう思って、木陰へ移動した。
少し先には、石がいくつも並んでいる。
その辺りは人目につきにくく、休むにはちょうどよかった。
私は、石の一つを回り込んだ。
そして、その陰で身体を落ち着けた。
「ふぅー」
今日は、なかなか疲れた。
別に大した距離を移動したわけではないけれど、小さな身体で動き回るのは結構大変なのだ。
しばらく休もう。
そう決めたところで、近くから話し声が聞こえた。
◇
「……では、そのように」
「ああ。よろしく頼む」
男の人たちの声だった。
私は、石の陰から少しだけ身体を伸ばした。
数人の大人がいる。
武士らしい格好をしていた。
その近くに、一人の子供がいた。
まだ小さな男の子だった。
身なりが整っている。
きっと、どこかの家の子供なのだろう。
大人たちは、何やら話し込んでいる。
男の子は、その傍で大人しく待っていた。
……へえ。
おとなしい子だなあ。
私がこれまで会ってきた子供たちは、もっと騒がしい子が多かった。
もちろん、静かな子だっている。
でも、あの子は少し変わっていた。
周りの大人たちの話を聞いているようで、時々、別のところへ目を向けている。
しかも、ただぼんやりしているわけではない。
何かを確かめるように、周囲を見ていた。
……何か探してるのかな?
私は、少し興味を持った。
とはいえ、こちらから声をかけるつもりはなかった。
大人たちが近くにいる。
今、喋ったら間違いなく騒ぎになるだろう。
それは面倒だった。
私は石の陰へ戻ろうとした。
ところが、そのとき。
男の子が、こちらを向いた。
「……ん?」
私は、動きを止めた。
目が合った。
……あれ?
もしかして、見つかった?
男の子は、じっとこちらを見つめている。
私も、つられて見つめ返した。
しばらく、妙な沈黙が続いた。
そして、男の子が少しだけ首を傾げた。
……あっ。
これ、珍しい生き物だと思われてるやつだ。
分かる。
長年の経験で分かる。
人間がこの姿の私を初めて見たとき、大体こういう顔をするのだ。
驚く人。
気味悪がる人。
面白がる人。
中には、捕まえようとする人もいる。
さて、この子はどの種類だろう。
私は、少しだけ身構えた。
男の子は、周囲を見回した。
近くの大人たちは、まだ話している。
それを確かめた男の子が、こちらへ近づいてきた。
……おっ?
どうやら興味があるらしい。
いいねいいね!
もしかすると、話ができるかもしれない。
この子なら、案外驚かずに話を聞いてくれたりして。
そう思っていたのだが。
男の子は、途中で足を止めた。
そして、地面に落ちていた細い枝を拾い上げた。
「…………」
私は、その枝を見た。
男の子を見る。
もう一度、枝を見る。
……ん?
ちょっと待って。
何で枝を持ってるの?
男の子はしゃがみ込んだ。
それから、私へ向かって枝の先を伸ばしてきた。
「…………」
いやいやいや。
その動きは知ってる。
何度も見たことある。
珍しい虫とか、小さい生き物を見つけた子供が、ついやっちゃうやつだ。
男の子は、慎重に枝を近づけてくる。
私を驚かせないようにしているつもりなのかもしれない。
でも、そういう問題じゃない。
「……っ!」
枝の先が、すぐそこまで迫った。
私は、とうとう我慢できなくなった。
「ちょっと待ったーっ!! つつかないでよ!!」
男の子の手が、ぴたりと止まった。
目を丸くして、私を見ている。
私は、思い切り身体を伸ばした。
「そう! そこの君! 君に言ってるの!」
男の子は、枝を持ったまま固まっていた。
私は、その顔を見て思った。
……あ。
これ、めちゃくちゃ驚いてる。
そりゃそうか。
普通、こんな姿の生き物が喋るとは思わないもんね。
新たに話を投稿することもあるかもしれないので、その時はぜひご覧いただければ。
最後に個人的な話ですが、超かぐや姫の歌では星降る海がめっちゃ好きです。ビジュアルも声も良すぎる!!
正直、ここ数年で1番好きかもしれません。この感動を分かち合いたい!!