次の日曜日。
固定の開始時間まで、あと少し。
ミナがログインすると、すでに何人かがゲーム内にいた。
FCでは、昨日の地図の話がまだ続いている。
『昨日楽しかったー!』
『次はミナも最初から来てねw』
「ごめんごめんw」
そんなやり取りをしていると、カイからVCのメッセージが届いた。
『今日、ちょっと話したいことある』
「ん?」
ミナが返事をする。
『固定のルール、決めない?』
「ああ……」
昨日のことを思い出す。
助っ人。
誰かが来られなかったとき、どうするのか。
確かに。
まだ何も決まっていなかった。
22時。
いつものように八人が集まる。
「お疲れー」
「こんばんは」
「今日は早かったね」
少し雑談をしたあと。
カイが切り出した。
「昨日の助っ人の話なんだけど」
「ああ」
アンディが答える。
「俺も、ちょっと考えてた」
「やっぱり?」
「うん」
アンディが続ける。
「このまま何も決めないで、その都度相談するのも大変だと思うから」
「ルール作るってこと?」
リリが聞く。
「そう」
カイが言った。
「例えば、誰か一人が休みなら助っ人を入れる。二人以上なら中止、とか」
「なるほど」
レオンが頷く。
「それなら分かりやすいね」
ポムも、
「毎回その場で悩むよりいいかも」
と言った。
ミナも頷いた。
確かに。
その日の空気で決めるより、先に決まっていたほうが気持ちは楽かもしれない。
「じゃあ、一人なら助っ人あり?」
アンディが聞いた。
「俺はそれでいいと思う」
カイが答える。
「俺も」
レオンも続く。
「私は……」
オルカが少し考えた。
「助っ人を入れること自体は反対じゃないよ」
「うん」
「ただ、毎回違う人を呼ぶのはちょっと大変そう」
「それなら、固定外の助っ人候補を何人か決めておく?」
カイが言った。
「え」
ポムが少し驚いた。
「候補?」
「うん。何人か声かけておけば、急に休みが出ても頼みやすい」
「でも、それって……」
リリが言葉を止める。
「固定メンバーじゃない人に、固定の予定を合わせてもらうってこと?」
「そうなるね」
カイが答える。
「でも、毎回じゃないし」
「うーん……」
リリは黙った。
ミナも少し考えた。
誰かが休んだとき。
その人の代わりに誰かを呼ぶ。
攻略を進めるためには合理的だ。
でも。
呼ばれる側にも予定がある。
「助っ人の人が来られなかったら?」
ミナが聞いた。
「そのときは、また別の人を探すとか?」
カイが答える。
「でも、それだと……」
ミナはそこで止まった。
自分でも、何が引っかかっているのか分からない。
アンディが、
「ミナ、何か気になる?」
と聞いた。
「ううん……」
少し考える。
「ただ、固定のために集まってるのに、固定の外の人まで固定みたいになったら……なんか不思議だなって」
「まあ、そう言われると確かに」
クラゲが言った。
「でも、助っ人ってそういうものじゃない?」
カイが返す。
「固定のメンバーじゃないけど、その日だけ一緒にやる人」
「うん」
「なら、そこまで難しく考えなくてもいいんじゃない?」
カイの言葉は穏やかだった。
責めているわけでもない。
ミナも、それは分かっていた。
「そっか」
それ以上は言わなかった。
話はそのまま進み、
「一人欠席なら助っ人を呼ぶ」
「二人以上なら、その日は中止」
という案に落ち着きかけた。
そのとき。
オルカが言った。
「ごめん」
「ん?」
「私、それだとちょっと困るかもしれない」
「どうして?」
オルカはすぐには答えなかった。
少しだけ考えてから、
「……昨日みたいなこと、これからもあると思うんだ」
と言った。
「家の予定?」
「うん」
オルカは苦笑した。
「前もって分かってるときもあるんだけどね。家族の予定って、急に決まることもあるから」
「そっか」
アンディが頷く。
「だから、助っ人を入れること自体は反対じゃないよ」
オルカは続けた。
「むしろ、私が抜けてもみんなが遊べるなら、そのほうがいいと思う」
そこまでは、迷いのない声だった。
けれど。
少し間を置いてから、
「……ただ」
オルカは言葉を探した。
「私が休むことを前提に、誰かを呼ぶ仕組みにするのは……ちょっと複雑かも」
「複雑?」
ポムが聞く。
「うん」
オルカは笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
「私、固定に入るの初めてだから」
その言葉に、みんなが少し黙った。
「最初はね」
オルカが続ける。
「週に一回くらいなら、家の予定とも両立できるかなって思ってたの」
「うん」
「だから、できるだけ参加したいと思ってる」
一度、息をつく。
「でも……」
オルカは画面の向こうを見ながら、ゆっくり言った。
「どうしても、固定より家を優先しなきゃいけない日があると思う」
誰も口を挟まなかった。
「そのときに、私が休むたびに誰かが呼ばれるようになったら」
少しだけ声が小さくなる。
「そのうち、『またオルカか』って思われるんじゃないかなって」
「そんなこと思わないよ」
ポムがすぐに言った。
「うん」
リリも頷く。
「私も思わない」
「今はね」
オルカが笑った。
「分かってる。みんな優しいから」
その言い方は、冗談みたいだった。
でも。
ミナには、少しだけ違って聞こえた。
「今は」という言葉の奥に、
いつか迷惑だと思われるかもしれない。
いつか呆れられるかもしれない。
そんな不安があるように聞こえた。
「だから……」
オルカが続ける。
「助っ人を呼ぶことが嫌なんじゃないの」
「うん」
「むしろ、みんなが私のせいで何もできなくなるなら、呼んでほしい」
カイが頷く。
「じゃあ……」
「でも」
オルカが遮った。
「そのたびに、『私がいないほうが進むのかな』って思っちゃいそうで」
VCが静かになった。
誰もすぐには答えなかった。
カイも黙っている。
ミナは、オルカの言葉を聞きながら胸の奥が少しだけ痛くなった。
固定に入ったのは、
誰かの足を引っ張るためじゃない。
でも。
生活がある以上、いつでも同じように参加できるわけでもない。
そのどちらも、本当だった。
「……オルカ」
アンディが言った。
「俺は、オルカが休むことと、オルカがいらないことは別だと思ってるよ」
「……うん」
「助っ人を入れるのも、オルカの代わりを作るためじゃない」
アンディは少し考えてから、
「その日の八人の時間を、どうするかって話だから」
と言った。
オルカはしばらく黙っていた。
「……そっか」
それから、小さく笑った。
「ありがとう」
カイも、
「俺も、オルカが邪魔とかそういう意味じゃないからね」
と言った。
「分かってるよ」
オルカは答えた。
「カイが時間を無駄にしたくないのも、分かってる」
「うん」
「だから、助っ人の仕組みがあること自体は、ありがたいと思ってる」
そこまで言ってから。
オルカは少しだけ迷うように、
「ただ……」
と続けた。
「私が休むことを、私自身が申し訳なく思わなくて済むような形にはしてほしいかな」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。
けれど。
アンディが、
「じゃあ、それも含めて決めよう」
と言った。
「一人欠席なら助っ人あり」
「でも、本人が嫌なら呼ばない」
「それでどうかな」
オルカは少し考えた。
そして、
「うん」
と答えた。
「それなら、私も安心できる」
話は、それで終わった。
誰かが怒ったわけでもない。
嫌な言い方をしたわけでもない。
むしろ。
みんな、オルカのことを考えていた。
それでも。
オルカの胸の中には、少しだけ残っていた。
家のことも大切にしたい。
この固定も大切にしたい。
どちらかを選ばなければならない日が来たら。
自分は、どちらを選ぶんだろう。
そして。
その選択をしたとき、
残った七人はどう思うんだろう。
今はまだ、誰も答えを持っていなかった。
オルカ自身も。
まだ、分からなかった。