次の日曜日。
固定の時間まで、まだ少し余裕があった。
ミナはログインしたまま、ぼんやりマーケットボードを眺めていた。
特に買うものがあったわけじゃない。
ただ、なんとなく。
いつもの時間まで、まだ少しある。
そんなときだった。
チャット欄に、カイからメッセージが届いた。
「今日、オルカさん遅れるんだっけ?」
ミナは少し考えてから返す。
「うん。昨日の時点では、ちょっと遅れるかもって言ってたよ」
「そっか」
それだけだった。
少しして、カイから続けて届く。
「じゃあ、今日も助っ人かな」
その文字を見て、ミナの手が止まった。
「……たぶん?」
返事を打ってから、少しだけ違和感が残った。
助っ人を呼ぶ。
それは、先日みんなで決めたことだった。
一人なら続ける。
二人以上なら中止。
その日のメンバーが一人足りないなら、外から誰かに来てもらう。
ルールとしては、分かりやすい。
実際、先週もそれで攻略は進んだ。
なのに。
「今日も助っ人かな」
その一言が、妙に引っかかった。
まるで最初から、オルカがいない時間には誰かが座ることが決まっているみたいだった。
ミナは自分でも考えすぎだと思った。
オルカが遅れる。
だから助っ人を呼ぶ。
ただ、それだけだ。
それなのに。
固定の時間が近づくにつれて、少しずつ落ち着かなくなっていった。
22時。
いつものように、VCに人が集まり始める。
「こんばんはー」
「こんばんは」
「おつかれー」
いつもの挨拶。
いつもの声。
いつもの空気。
けれど、ひとつだけ足りない。
オルカがまだ来ていなかった。
「オルカさん、まだかな?」
ポムが聞く。
「もう少しかかるって言ってた」
アンディが答えた。
カイが少し間を置いて言う。
「じゃあ、今日も呼ぶ?」
誰もすぐには答えなかった。
ミナは、画面を見ながら黙っていた。
先週は、もっと簡単に決まった気がする。
でも今日は。
「……呼んだほうがいいんじゃない?」
リリが言った。
「せっかく集まったし」
「俺もそう思う」
カイが続ける。
「時間もったいないし」
その言葉に、ミナは小さく頷いた。
「うん……そうだね」
アンディが助っ人候補の名前を出す。
少し前に一度来てもらった人だった。
攻略もできる。
雰囲気も悪くなかった。
「じゃあ、声かけてみる」
カイがTellを送る。
ほどなくして返事が来た。
「来られるって」
「じゃあお願いしよう」
そうして、固定の時間が始まった。
しばらくして、助っ人がVCに入ってくる。
「こんばんはー。今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
ポムが元気に返した。
いつもと少し違う声だった。
けれど、嫌な感じではない。
攻略が始まれば、自然と集中する。
昨日まで苦戦していたところも、少しずつ安定してきた。
「今のいいね」
「次、そこだけ気をつければいけそう」
「もう一回やろう」
会話も増えていく。
気づけば、ミナも普通に笑っていた。
助っ人がいること自体は、何も問題ない。
むしろ、楽しい。
そう思った。
だからこそ。
少しだけ、寂しかった。
その頃。
オルカは、まだ固定に入れる状況ではなかった。
家のことがようやく落ち着いて、時計を見る。
もう、かなり時間が経っている。
「でも……今からなら、行ける!」
そう思って、ゲームにINしたあとVCのログインリストを開く。
そこには、いつもの、仲間たちの名前が並んでいた。
ユリミナ
アンディ
クラゲ
リリベル
カイ
レオンハルト
ポムポム
そして・・・
見慣れない名前がひとつ。
助っ人さんの名前だった。
オルカは、そのリストをしばらく眺めていた。
自分がいつもいる場所。
いつもなら、そこに自分の名前も並んでいる。
でも今日は。
七人のいつものメンバーと、助っ人。
八人。
その八人で、今ごろVCで話している。
攻略の話をして。
笑ったりして。
「今の惜しかったね」とか。
「もう一回いこう」とか。
そんな会話をしているのだろう。
オルカには、その声は聞こえない。
VCに入っていないから。
ただ。
名前だけが見える。
それだけだった。
「……そっか」
小さく呟く。
今からでも入れるかもしれない。
そう思っていた。
でも。
すでに八人いる場所へ、自分から入っていくのは難しかった。
助っ人に抜けてもらって、自分が入る。
そんなことを頼めるわけがない。
かといって、九人で攻略するわけにもいかない。
オルカは、そのままログインリストを眺めていた。
自分だけが、その輪の外にいる。
そんな感覚が、少しずつ広がっていった。
「・・・行けるようになったのにな」
さっきまで嬉しかった気持ちが、少しだけ寂しさに変わっていく。
遅れたのは自分だ。
仕方がない。
みんなは悪くない。
助っ人も悪くない。
分かっている。
それでも。
「一緒にやりたかったな」
その気持ちは、消えなかった。
オルカは、しばらく迷ったあと。
アンディにTellを送った。
「今日は合流できなくてごめんね」
送ってから、少し待つ。
すぐに返事が来た。
「大丈夫!気にすんな!!」
その短い返事を見て、オルカは少しだけ安心する。
それから、何気ないふりをして続けた。
「今日、攻略どのくらい進んだ?」
少しして。
アンディから返事が届く。
「結構進んだ!前に引っかかってたところ、抜けたとこ」
オルカは、その文字を見て微笑んだ。
「ほんと? よかった」
それから少し間を置いて。
「次、私もそこからできるかな」
そう送った。
アンディからは、すぐに返事が来た。
「できるできる!」
そして。
「次は一緒にやろうな!」
その言葉を見て、オルカの胸が少しだけ温かくなった。
「うん!」
返事を送る。
それだけで、少し気持ちが軽くなった。
でも。
Tellの画面を閉じたあと、またログインリストを見る。
みんないるのに自分だけが、そこに加われない。
その事実は変わらなかった。
オルカは、画面を見ながら小さく息を吐いた。
みんなは進んでいる。
自分は、まだその場所に追いつけていない。
今回だけじゃない。
固定に参加できなかった分だけ遅れていく。
みんなが経験したことを、自分は知らない。
そう思うと。
『私、みんなの足を引っ張っちゃうよね』
そんな考えが、ほんの少しだけ頭をよぎった。
固定に入ったばかりの頃は
みんなで一緒に進めばいいと思っていた。
分からないところがあれば教えてもらえばいい。
できないところは練習すればいい。
そう思っていた。
今だって、その気持ちはある。
でも。
みんなが経験を積んでいく中で、自分だけが遅れていったら。
いつか。
『オルカさんだけが、ついてこれてない』
そんなふうに思われる日が来るんじゃないか。
そんな不安が、一瞬だけ浮かんだ。
オルカは、その考えに蓋をした。
まだ、大丈夫。
次は参加できるよう時間を調整する!
次こそは、私も一緒にやる!
それに。
今日だって、みんなが自分を責めたわけじゃない。
アンディも「次は一緒にやろう」と言ってくれた。
だったら。
今は、考えすぎなくていい。
「……次、頑張る!!」
オルカはそう呟きながら、ログインリストに並ぶ仲間の名前を
ぼんやりと眺めていた。
同じ頃。
固定の攻略も終わりを迎えていた。
「今日はここまでかな」
「おつかれさまでしたー」
「ありがとうございました!」
VCに、最後の挨拶が飛び交う。
そして。
助っ人が真っ先にVCから抜けた。
ログインリストから、その名前が消える瞬間をオルカは見ていた。
さっきまで八人だった場所から
ひとり、名前が消えた。
残ったのはいつもの、七人の名前だけ。
でも。
オルカは、そこへ入れなかった。
今から「おつかれさま」と言いに行くこともできる。
少しだけ話すことだってできる。
でも。
何より。
一緒に攻略をしていない自分が
今さらその会話に混ざるのが、少しだけ怖かった。
みんなが今日経験したことを、自分は知らない。
何があったのか。
どこまで進んだのか。
どんな話をしていたのか。
知らないことが、少しずつ増えていく。
そのことが、思っていたよりも寂しかった。
それでも。
オルカは、まだ諦めていなかった。
一緒にやりたい。
一緒に進みたい。
その気持ちのほうが、まだずっと大きかった。
だから。
今日のことは、まだ心の奥にしまっておく。
「次は一緒にやろう」
アンディの言葉を思い出しながら。
オルカはログインリストを閉じた。
そして。
来週こそは。
そう思った。