「また来週、エオルゼアで。」   作:*いろは*

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第20話|リーダーの悩み

 

【挿絵表示】

 

昼休み。

 

アンディは会社の休憩所で、紙コップの珈琲を飲んでいた。

 

少し離れたところでは、部長が煙草を吸っている。

 

四十代後半。

 

妻子持ちで、会社では何人もの部下をまとめている人だ。

 

仕事中はもちろん上司と部下。

 

けれど、昼休みにこうして同じ休憩所にいることは多かった。

 

そもそも、この二人がFF14の話をするようになったきっかけは、少し恥ずかしい出来事だった。

 

ある日のこと。

 

アンディが作った報告書を、部長がチェックしていた。

 

「ここ、数字合ってるか?」

 

「あ、はい。えっと……」

 

資料を覗き込む。

 

そのとき、アンディは何気なく口にした。

 

「そこ、三十万ギルくらいです」

 

「……ギル?」

 

「はい」

 

「なんで報告書でギルなんだ?」

 

「…………あ」

 

一瞬、アンディの頭が止まった。

 

「……円です」

 

「だよなw」

 

部長が笑う。

 

「今、完全にギルって言ったぞ」

 

「すみませんw」

 

「お前、FF14やってるだろ」

 

「……やってます」

 

「やっぱりかw」

 

それがきっかけだった。

 

「俺もやってるよ」

 

「えっ?!」

 

思わず顔を上げた。

 

「ナイト」

 

「俺、戦士です」

 

「じゃあ今度、ID一緒に行くかw」

 

「会社でそれ言うのやめてくださいw」

 

そんなやり取りからだった。

 

それ以来、仕事の合間にFF14の話をするようになった。

 

「昨日、極行ってたんですよ」

 

「まだ極やってんのか」

 

「部長もでしょうw」

 

「俺は家に帰ってからだからな。嫁に怒られない程度にしてるよw」

 

そんな、仕事では絶対にしないような話もする。

 

今日も、そんな昼休みだった。

 

「……部長」

 

「ん?」

 

「ちょっと相談していいですか」

 

部長が煙草を持ったまま、アンディを見る。

 

「仕事?」

 

「いや、FF14です」

 

「ああ」

 

部長が少し笑った。

 

「聞くよ」

 


 

「今、固定組んでるんですよ」

 

「うん」

 

アンディは珈琲を一口飲んだ。

 

「最近、ちょっと難しいなって思ってて」

 

「何が?」

 

「みんなが同じ気持ちじゃないんですよ」

 

部長は黙って聞いている。

 

「攻略を頑張りたい人もいるし、楽しく遊べればいいって人もいる。仕事とか家庭とかで、毎回同じようには集まれない人もいる」

 

「うん」

 

「俺がリーダーなんで、できるだけみんなが楽しめるようにしたいんですけど」

 

アンディはそこで言葉を止めた。

 

「……正直、何が正解なのか分からなくなるんですよ」

 

部長はしばらく煙草を吸っていた。

 

それから、ゆっくり言った。

 

「会社でも、似たようなことあるぞ」

 

「……ですよね」

 

「むしろ、似てないほうがおかしい」

 

部長は笑った。

 

「人間が集まってるんだから」

 

その言葉に、アンディも少し笑った。

 

「でもな」

 

部長が続ける。

 

「リーダーが全員を同じ気持ちにする必要はないと思うぞ」

 

「……」

 

「仕事でも、やる気がある奴もいれば、生活を優先したい奴もいる。早く出世したい奴もいれば、今の仕事を丁寧に続けたい奴もいる」

 

「はい」

 

「それを全部、同じ方向に向けようとしたら、どっかで無理が出る」

 

アンディは黙って珈琲を見つめた。

 

「じゃあ、リーダーって何をすればいいんですかね」

 

部長は少し考えてから答えた。

 

「全員を引っ張ることじゃないだろ」

 

「……」

 

「誰かが先に行きたければ、行かせればいい」

 

「はい」

 

「誰かが遅れたら、待てばいい」

 

「……」

 

「ただ、誰も置いていかないようにする」

 

アンディは顔を上げた。

 

部長は煙草の煙を吐きながら、続ける。

 

「それがリーダーの仕事じゃないか?」

 

その言葉が、胸の奥に落ちた。

 


 

アンディは、ずっと「自分が何とかしなきゃ」と思っていた。

 

予定を決めるのも。

 

みんなに声をかけるのも。

 

欠席が出たときにどうするか考えるのも。

 

誰かが不満を抱えていないか気にするのも。

 

固定がうまくいくようにするのも。

 

全部、自分が背負わなければいけないと思っていた。

 

だから。

 

みんなの「楽しい」が違うことが、怖かった。

 

誰かを優先したら、別の誰かが我慢するかもしれない。

 

攻略を進めれば、ゆっくり遊びたい人が疲れるかもしれない。

 

逆にゆっくりしていれば、もっと進みたい人が物足りなくなるかもしれない。

 

そんなことばかり考えていた。

 

「……俺、考えすぎてたのかもしれないです」

 

「そうかもな」

 

部長はあっさり言った。

 

「でも、それだけ考えてるってことは、ちゃんと大事にしてるんだろ」

 

「……」

 

その一言に、アンディは少し言葉を失った。

 

「全員を同じように満足させるなんて、無理だよ」

 

「はい」

 

「でも、全員がそこにいていいと思える場所を作ることはできる」

 

部長はそう言って、煙草を灰皿に押しつけた。

 

「それで十分じゃないか?」

 

アンディは何も言えなかった。

 

十分。

 

その言葉が、妙に嬉しかった。

 

自分はずっと、もっと上手くやらなければいけないと思っていた。

 

誰も不満を持たないように。

 

誰も寂しい思いをしないように。

 

誰も置いていかないように。

 

でも。

 

そんなことは、きっとできない。

 

それでも。

 

「ここにいていい」と思える場所を作ることなら。

 

自分にもできるかもしれない。

 

「……ありがとうございます」

 

「別に礼言われるようなことじゃないぞ」

 

部長が笑う。

 

「ただ、会社でもゲームでも、人間相手なら同じってだけだ」

 

「……それ、結構救われました」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

アンディは笑った。

 

「俺、ちょっと疲れてたのかもしれないです」

 

「たまには部下に任せろ」

 

「部下じゃなくて固定メンバーですけどw」

 

「似たようなもんだろw」

 

「全然違いますよw」

 

二人で笑った。

 

その日の夜。

 

アンディがログインすると、すでに何人かが集まっていた。

 

「こんばんはー」

 

「お、アンディ来た」

 

「お疲れー」

 

いつもの声が聞こえる。

 

それだけで、少し肩の力が抜けた。

 

「今日はどうする?」

 

アンディが聞く。

 

「攻略したい!」

 

すぐに声が上がる。

 

「私はちょっと雑談してからでもいいよ」

 

別の声が返ってくる。

 

「じゃあ、少し話してから行く?」

 

「それがいいー」

 

誰かが笑う。

 

いつもなら、アンディはここで「じゃあ○時から攻略ね」と細かく決めていたかもしれない。

 

でも今日は、それ以上は決めなかった。

 

みんながそれぞれ好きなことを言っている。

 

そのままでいい。

 

「じゃあ、もうちょっとしたら行こうか」

 

「はーい」

 

VCに笑い声が広がる。

 

アンディは、その声を聞いていた。

 

この8人には、この8人の生活がある。

 

仕事がある。

 

家族がある。

 

友達がいる。

 

やりたいことも、疲れる日もある。

 

それでも。

 

毎週、ここに集まってくれる。

 

それだけでも、十分すごいことなんじゃないか。

 

アンディはそう思った。

 

自分は、この8人を完璧にまとめたいわけじゃない。

 

誰一人として不満を持たない固定にしたいわけでもない。

 

ただ。

 

こいつらと、できるだけ長く遊びたい。

 

攻略で笑って。

 

失敗して悔しがって。

 

誰かが休む日は、残ったメンバーで遊んで。

 

また次に集まったときには、「おかえり」って言える。

 

そんな場所にしたい。

 

そのためなら、自分が少し考えるくらいは苦じゃない。

 

むしろ。

 

この8人とこれからも歩いていくなら。

 

それくらいは、リーダーとして背負いたい。

 

「アンディ?」

 

「ん?」

 

「今日なんか静かじゃない?w」

 

「そうか?」

 

「なんか考え事してるw」

 

「ちょっとな」

 

「珍しいw」

 

「俺だって考え事くらいするわw」

 

また笑い声が起きる。

 

アンディも笑った。

 

昼間、部長に言われたことを思い出す。

 

全員を走らせる必要はない。

 

誰も置いていかないようにすればいい。

 

その言葉が、今は少しだけ分かる気がした。

 

先に進みたい奴がいるなら、一緒に進めばいい。

 

ゆっくりしたい奴がいるなら、少し待てばいい。

 

誰かが休む日があっても、また戻ってこられるようにしておけばいい。

 

それでいい。

 

それが、今の自分にできるリーダーなのだと思う。

 

「じゃあ、そろそろ行くか!」

 

アンディが言う。

 

「はーい!」

 

8人の声が返ってくる。

 

その声を聞きながら、アンディは思った。

 

この人たちと、まだまだ遊びたい。

 

攻略もしたい。

 

笑いたい。

 

失敗したら、また挑戦したい。

 

だから。

 

無理に同じ歩幅にするんじゃなくて。

 

それぞれの歩幅のまま、同じ場所を目指せばいい。

 

もし誰かが遅れたら、待てばいい。

 

もし自分が疲れたら、誰かに頼ればいい。

 

一人で全部を背負う必要なんてない。

 

8人いるのだから。

 

アンディは、そんなことを考えながらフレンドリストを開き

 

オンライン表示の Bucho San という、ひねりのない名前を見て

 

「あざまっす!」

 

笑顔で呟いた。

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