固定が始まって、まだ二週間。
たった二週間なのに、少しだけ不思議な感覚があった。
フレンド欄に並ぶ、見慣れなかった名前。
その名前を見ると、
「あ、今日固定の日だ」
と思うようになった。
まだ、そんなに長い付き合いじゃない。
住んでいる場所も知らない。
普段どんなふうにFF14を遊んでいるのかも、よく知らない。
それなのに。
毎週決まった時間に集まる人たち。
それだけで、少しずつ特別な存在になっていた。
「今日、何時くらいまでできそう?」
集合して少し経った頃、アンディが聞いた。
「私はいつも通り大丈夫」
ミナが答える。
「俺も」
「私も大丈夫ー」
いつものように、それぞれが答えていく。
その中で、オルカだけが少し考えてから、
「今日は、ちょっとだけ早めに抜けるかもしれない」
と言った。
「あ、了解」
アンディがすぐに返した。
それだけだった。
理由を聞く人はいなかった。
ミナも聞かなかった。
でも、ふと考える。
どこまで聞いていいんだろう。
固定なんだから、予定を共有するのは普通なのかな。
それとも、ゲームの中だけの付き合いなんだから、そこまで聞かないほうがいいのかな。
まだ、その境界が分からない。
固定を始める前なら、そんなことは気にしなかった。
一緒に遊ぶ約束をしていても、
「今日はここまでにしよう」
で終わる。
相手が早く落ちても、
「またね」
で終わる。
でも、固定になると少し違う。
毎週会う。
同じメンバーで遊ぶ。
来週も会うことが前提になる。
だからこそ、少しずつ相手のことが気になってくる。
今日、なんで静かなんだろう。
いつもより元気がないな。
あの人、あんなこと言うんだ。
この人って、普段はどんな人なんだろう。
知りたい。
でも、聞いていいのか分からない。
そんな小さな迷いが、ミナの中にあった。
その日の固定が終わったあと。
ミナは一人で街を歩いていた。
少しして、フレンドからTellが届く。
『今からちょっと遊ばない?』
ミナは画面を見つめた。
固定は終わった。
だから、遊べないわけじゃない。
でも今日は少し疲れていた。
それでも、断る理由もない。
『ちょっとだけなら』
そう返した。
少しして合流する。
いつもの友達と、いつもの遊び方。
何も変わらない。
「最近、固定どう?」
友達に聞かれて、
「うん、楽しいよ」
と答える。
「へえ。どんな人たち?」
「えっと……」
ミナは少し考えた。
八人の顔を思い浮かべる。
アンディ。
クラゲ。
リリ。
カイ。
レオン。
ポム。
オルカ。
そして自分。
まだ、うまく説明できなかった。
「なんかね、みんな違うんだけど……いい人たち」
そう言ってから、自分で少し笑った。
まだ二週間しか経っていないのに。
「いい人たち」なんて。
ちょっと気が早いかもしれない。
翌週。
集合すると、ポムが開口一番、
「聞いて! 昨日めちゃくちゃ恥ずかしいことした!」
と言った。
「何したの?」
リリが笑う。
「フレンドと遊んでて、思いっきり寝落ちしたw」
「それはいつものことじゃない?」
カイが言う。
「いつものことじゃないよ!」
「前も寝落ちしてた」
「……してたけど!」
みんなが笑う。
その瞬間、ミナは少しだけ安心した。
こういう話をしていいんだ。
失敗した話をしてもいい。
くだらない話をしてもいい。
攻略の話じゃなくてもいい。
少しずつ、そんなことが分かってくる。
けれど。
分かってくるほど、別のことも気になった。
「この人には、ここまで話していい」
「この話はまだ早いかも」
「これは聞かないほうがいいかな」
距離が近づくと、境界線も見えてくる。
そして、その境界線は人によって違う。
ミナはそれに気づき始めていた。
クラゲは何を聞いてもあまり気にしなさそう。
リリは聞かれれば答えるけれど、自分からはあまり話さない。
カイはゲームのことならいくらでも話す。
レオンは必要なことはきちんと話すけれど、私生活についてはあまり触れない。
ポムは何でも話しているようで、実は自分のことになると少しだけ笑ってごまかす。
オルカはみんなの話を聞くのが上手い。
アンディは、八人全体を見ている。
そんなことが、少しずつ分かってきた。
「ミナってさ」
ある日の固定前。
クラゲが言った。
「ん?」
「最近、前より喋るようになったよね」
「そう?」
「うん」
ミナは少し考えた。
「……みんなが喋ってくれるからじゃない?」
「そうかもね」
クラゲは、それ以上何も言わなかった。
でも、その一言が少し嬉しかった。
自分のことを見てくれている人がいる。
そんな気がした。
固定が始まってから生まれた感情は、まだ名前をつけられるほど大きくない。
楽しい。
嬉しい。
ちょっと気になる。
もっと知りたい。
嫌われたくない。
迷惑をかけたくない。
この人たちと、うまくやっていきたい。
そして時々、
どこまで近づいていいんだろう。
そんなことを考える。
固定というのは、不思議な場所だった。
友達とも違う。
ただのフレンドとも少し違う。
毎週会うから、確かに近い。
でも、まだお互いのことを全部知っているわけじゃない。
その曖昧な距離の中で、八人は少しずつ相手を知っていった。
その夜。
解散する直前に、アンディが言った。
「じゃあ、また来週」
「うん」
「またねー」
「お疲れさま」
いつもの挨拶。
それぞれがVCから抜けていく。
ミナもログアウトしようとして、ふとフレンド欄を見た。
八人の名前が並んでいる。
まだ始まったばかり。
これから、もっといろんなことを知っていくんだろう。
楽しいことも。
嫌なことも。
知らなくてもよかったことも。
それでも今は。
この人たちとなら、もう少し一緒に遊んでみたい。
そんな気持ちがあった。
「……このメンバーなら、大丈夫かな」
誰に聞かせるでもなく、ミナが呟く。
その言葉が、いつか自分の中で違う意味を持つことを。
このときのミナは、まだ知らなかった。