その日は、いつもより少しだけ静かだった。
「……オルカさん、まだかな?」
ポムが言った。
時計を見る。
固定開始の時間は、もう過ぎている。
「連絡は来てるよ」
アンディが答えた。
「家のことが少し長引いてるみたい」
「そっか」
ポムが頷く。
「じゃあ、待ってよう」
カイが言った。
「今日、やるところ結構あるけど」
「そうだね」
アンディが少し考える。
「あと10分くらい待って、それでも難しそうなら相談しようか」
「了解」
レオンが答えた。
ミナは、なんとなく時計を見た。
10分。
固定の10分って、普段なら結構長い。
でも今日は。
不思議と、誰も焦っていなかった。
「そういえばさ」
ポムが突然言った。
「みんな、固定の日ってご飯どうしてる?」
「急だなw」
レオンが笑う。
「だって待ってるだけ暇じゃん」
「俺は仕事終わってから食べることもある」
アンディが答える。
「私は先に食べちゃう」
リリ。
「俺は適当」
カイ。
「適当って一番分からないw」
「その日によるってこと」
「なるほど」
そんな話をしているうちに、10分が過ぎた。
「……まだ来ないね」
ミナが言う。
アンディがスマホを確認する。
「もう少しかかりそうみたい」
「そっか」
カイが言った。
「じゃあ、先にできることやる?」
「オルカさんがいないと8人揃わないけど?」
ポムが聞く。
「攻略じゃなくて、打ち合わせとか」
「それならいいかも」
アンディが答えた。
「じゃあ、次どこまでやるかだけ決めようか」
8人が揃っていなくても。
できることはある。
誰かがいないから、全部止める必要もない。
そんなふうに考えるのが、この固定では初めてだった。
しばらくして。
「あ、ごめん!」
VCに声が入った。
「オルカさん!」
ポムが嬉しそうに言う。
「遅くなっちゃった」
「大丈夫ですよ」
リリが言う。
「家のこと?」
「うん。ちょっと手が離せなくて」
「お疲れさま」
ミナが言った。
「ありがとう。待たせちゃったね」
「全然」
アンディが答える。
「じゃあ、始めようか」
「お願いします」
オルカの声が少しだけ明るくなる。
それだけで、空気がいつもの固定に戻った。
「でも、オルカさんって毎週ちゃんと来てるよね」
ポムが言った。
「今日は珍しい感じ?」
「うん。普段はなんとか間に合わせてるんだけど」
「大変じゃない?」
ミナが聞く。
「まあ、ちょっと大変かな」
オルカは笑った。
「固定の日だからって、家のことがなくなるわけじゃないからね」
「確かに」
リリが言う。
「それはそうだよね」
「だから、遅れるときはなるべく早く連絡するようにはしてる」
「それで十分だと思うよ」
アンディが答えた。
「無理して急がなくていいからね」
「ありがとう」
オルカが言った。
「そう言ってもらえると助かる」
ミナは、そのやり取りを聞いていた。
なんだか、いいなと思った。
固定の予定を守ることは大切。
でも。
そのために、普段の生活を全部後回しにする必要はない。
そんな当たり前のことを、みんなが普通に受け入れている。
「じゃあ、オルカさんが来たし、始めよう!」
ポムが言った。
「おー」
「お願いします」
「よろしく」
声が重なる。
さっきまで待っていた時間が嘘みたいに、みんなの声が弾んだ。
オルカも笑っている。
「今日は頑張るよ」
「いつも頑張ってるじゃん」
クラゲが言った。
「そう?」
「うん」
「じゃあ、今日も頑張ります」
「ほどほどにねw」
「クラゲさんに言われたくないw」
「なんでw」
また笑い声が起こる。
その日の攻略は、思ったより順調だった。
一度だけ大きなミスがあって。
「ごめん!」
オルカが謝る。
「今の私だね」
「大丈夫大丈夫」
アンディが言う。
「次いこう」
「はい」
もう一度やる。
今度はうまくいった。
「よし!」
ポムの声が響く。
「今の気持ちいい!」
「オルカさん、さっきのリカバリーよかった」
リリが言う。
「ありがとう」
「じゃあ、今日はここまでにする?」
アンディが聞く。
「もう一回やりたい!」
ポム。
「元気だなw」
「だって今ので終わるのもったいない!」
「分かる」
ミナも言った。
そんな感じで、予定より少しだけ長く続いた。
終わるころには、オルカの最初の遅れなんて誰も気にしていなかった。
「今日は遅れちゃったけど、みんなありがとう」
オルカが言う。
「こっちこそ」
アンディが答える。
「待ってる間も結構楽しかったし」
「そうそう」
ポムが言う。
「ご飯の話してたw」
「何それw」
オルカが笑う。
「私いない間に楽しそうな話してるじゃん」
「今度聞かせてあげる」
ミナが言う。
「うん」
オルカがまた笑った。
固定には、8人分の生活がある。
仕事がある人。
家のことがある人。
固定の前に別の約束がある人。
終わったあとに別の場所へ行く人。
それぞれ違う。
だから、毎週同じ時間に集まることは。
思っていたより、少しだけ特別なのかもしれない。
誰かが遅れる日もある。
誰かが早く落ちる日もある。
それでも。
集まれるときには8人で遊ぶ。
それでいい。
ミナは、そう思った。
だからこそ、少しだけ怖かった。
「もし、8人の予定と、別の誰かとの約束が重なったら――私は、どっちを選ぶんだろう」
ミナはフレンドリストを眺めていた。
今日一緒に遊んだ七人の名前が並んでいる。
その少し下には、昔から遊んでいる友達の名前もある。
どちらも大切。
でも――。
大切なものが増えていけば、全部を同じように大切にすることは、きっと難しくなる。
そんなことを考えながら、ミナは古くからの友達へメッセージを書いた。
「こないだはごめん!また今度、遊ぼうね!」
送信。
それだけの短いメッセージだった。
どっち?なんて今はまだ、きっと選ばなくてもいい。
そう思って、ミナはゲームを終了した。
「ミナ、そろそろ寝る?」
クラゲの声がした。
「うん」
「また来週」
「またね、来週もよろしくー」
固定は楽しい。
だからこそ。
固定以外の大切なものを、どうしたらいいのか。
ミナはまだ、うまく考えられなかった。
ただ。
そのときはまだ。
「どっちも大事」でいられる方法が、ちゃんとあると思っていた。