その日は、開始時間の少し前からミナはログインしていた。
いつものように、まだ誰もいないVC。
ゲーム内では、先にログインしているメンバーの名前がちらほら見える。
「あ、カイいる」
ミナがそう呟いた直後。
『今日ちょっと遅れる』
アンディからメッセージが届いた。
『仕事が長引いてる。急いで帰るけど、開始には間に合わないかも』
「了解!」
ミナはそう返した。
固定が始まる時間になった。
集まったのは、ミナ、クラゲ、カイ、ポム、リリ、レオン、オルカ。
七人だった。
「アンディ、まだかな」
ポムが言う。
「もうちょっとかかるみたい」
ミナが答える。
「じゃあ、待つ?」
レオンが聞いた。
「俺は待ってもいいよ」
クラゲも言った。
カイは少し考えてから、
「今日の時間もったいないし、七人でできることやらない?」
と言った。
「七人で?」
ポムが聞き返す。
「うん。別に攻略じゃなくてもいいし」
「あー、それならいいかも」
オルカが頷く。
「じゃあ、何する?」
そこから少し相談が始まった。
地図に行くか。
ルレを回すか。
別のコンテンツをやるか。
「私は地図がいいな」
ポムが言った。
「私も!」
リリが続く。
「じゃあ地図にしようか」
そう決まりかけたところで、カイが言った。
「でも、アンディが戻ってきたら攻略やるんじゃない?」
「そうだね」
「なら、あんまり時間使わないほうがよくない?」
「あー……」
ポムが少し黙った。
ミナは二人の声を聞いていた。
どちらも、言っていることは分かる。
カイは、せっかく集まった時間を無駄にしたくない。
ポムたちは、アンディが来るまでの時間もみんなで遊びたい。
結局、
「じゃあ軽くルレ行って、アンディ来たら攻略にしよう」
ということになった。
七人でダンジョンへ向かう。
いつもの攻略とは違う。
雑談しながら、くだらないことで笑う。
「ポム、今なんでそこ行ったのw」
「分かんないw」
「分かんないで行ったの?w」
「身体が勝手に……」
「それは怖いwww」
笑い声がVCに響く。
ミナも笑った。
こういう時間も好きだった。
しばらくして、アンディが戻ってきた。
「ごめん! 遅くなった!」
「おかえりー」
「お疲れ」
「大丈夫だよ」
みんなが返す。
「何してた?」
「ルレ行ってた」
「そっか」
アンディが少し笑った。
「じゃあ、攻略やろうか」
「うん!」
ポムが答える。
そのまま、いつものように攻略が始まった。
最初の数回は順調だった。
けれど、何度か失敗する。
「さっきのところ、もう少し早めに動いたほうがいいかも」
カイが言う。
「うん、やってみる」
ポムが答えた。
もう一度。
失敗。
「今の、私かな」
ポムが言う。
「いや、そこだけじゃないよ」
カイが答える。
「でも、さっきから私が遅れてる気がする」
「じゃあ、そこ合わせよう」
アンディがまとめる。
「一回そこ重点的にやってみようか」
ポムが、
「分かった」
と返した。
それから何度か練習した。
少しずつ良くなる。
「お、今よかった!」
リリが言った。
「ほんと?」
ポムが笑う。
「うん!」
「じゃあ、もう一回!」
そのとき、レオンが時計を見た。
「ごめん、俺そろそろ落ちないと」
「あ、もうこんな時間?」
ミナも時計を見る。
開始してから、思ったより時間が経っていた。
「明日早いんだよね」
「了解。お疲れ!」
アンディが言う。
「ごめんね。また来週」
レオンが抜ける。
六人になった。
「……今日はここまでにする?」
アンディが聞く。
カイは少し考えて、
「俺はまだいけるけど」
と言った。
ポムも、
「私ももう少しできるよ」
と答える。
オルカが、
「私はこのあと家のことあるから、そろそろ落ちるね」
と言った。
「じゃあ、私も」
リリが続く。
「明日仕事だから」
一人、また一人と予定が出てくる。
結局、アンディとカイとポムとミナとクラゲの五人が残った。
「……どうする?」
アンディが聞いた。
「続けてもいいけど、五人だとできないしね」
クラゲが言う。
「じゃあ、今日は終わりにしようか」
アンディが言った。
「うん」
ミナが答えた。
そのとき。
カイがぽつりと言った。
「なんか、固定って難しいね」
誰もすぐには答えなかった。
「みんな予定あるし」
ポムが言う。
「そりゃそうだよ」
「うん」
カイも頷く。
「分かってるんだけどさ」
少しだけ間があった。
「せっかく集まってるから、できるならちゃんと進めたいなって思って」
「……うん」
アンディが答える。
「俺もそう思う」
ミナは二人の言葉を聞きながら、少しだけ考えた。
今までだったら、
「どっちでも大丈夫だよ」
と言っていたと思う。
でも今日は、少しだけ違った。
「私は……」
声を出してから、ミナ自身が少し驚いた。
みんながこちらを見る。
続けたい人がいるなら続ければいい。
終わりたい人がいるなら終わればいい。
そうやって、自分の気持ちを最後に置いてしまうことが多かった。
でも今日は、自分から言った。
「私は今日はこれで終わっていいかなって思う」
言葉にしてみると、思っていたより普通だった。
誰かに怒られるわけでもない。
嫌われるわけでもない。
むしろ、
「俺もいいと思う」
「じゃあ来週またやろうか」
そんなふうに、あっさり話はまとまった。
それなのに。
VCが静かになったあとも、ミナの中には少しだけ引っかかるものが残っていた。
固定に入ったからといって、
毎週、同じ時間を八人全員が空けられるわけじゃない。
仕事がある。
家のことがある。
FCの予定がある。
フレンドとの約束もある。
明日が早い人もいる。
たぶん、みんなそれぞれに、
固定とは別の大事なものを持っている。
それは、最初から分かっていたはずだった。
なのに。
八人で集まることが当たり前になり始めると、
いつの間にか「八人でいること」が目的みたいになってしまう。
ミナは、そんなことを考えながら、
さっき自分が言った言葉を思い返していた。
「今日はこれで終わっていいかな」
たったそれだけ。
でも。
自分の都合や気持ちを、ちゃんと言葉にしたのは久しぶりだった。
固定のために集まった八人。
だけど。
八人だけの世界で、生きているわけじゃない。
その当たり前のことを、
ミナは少しずつ知り始めていた。
そしてたぶん。
それは、ミナだけじゃなかった。
まだ誰も気づいていない。
同じ時間に集まって、
同じ場所で戦って、
同じ攻略を目指しているように見えても。
この八人が、
この固定に求めているものは、
少しずつ違っている。
その違いは、今ならまだ、
「人それぞれ」で済ませられるくらい小さかった。
だからミナは、何も心配しなかった。
来週になれば、また八人で集まる。
そう思っていた。
……たぶん、みんなも。