ユメの冒険者としての記念すべき初陣であるはずだった「ジャイアントトードの討伐」クエストは、我がパーティの輝かしい(?)歴史のページに、また一つ消し去りたい最悪の――そして文句なしに一番恥ずかしい大失態という形で幕を閉じることになった
思えば、あれは完全に俺たちの慢心と油断が招いた惨劇だったのだ
いつもの討伐よりも気合を入れ直していたアクアは、戦闘が始まった途端に「後輩にカッコいいところを見せるのよ!」という妙な気負いから真っ先にとびかかり、初見の時と寸分違わぬ恥ずかしいやられ方を盛大に披露して、秒でカエルの胃袋へ直行
めぐみんには爆裂魔法で一掃するようにと指示を出したものの、あろうことかあいつも気合いが入りすぎたせいで普段よりも遥かに長めの詠唱を垂れ流し、その隙を完全に突かれて地面から現れた別のカエルにまるごと豪快に喰われる始末
さらに言えば、自分から率先してカエルの口に飛び込んでいき、「ふはぁっ、この胃液の感触……!」などとうっとりしていたダクネスに至っては論外中の論外である
かといって、そんなポンコツどもを後ろから支えるはずの俺自身も、今回は「人数もいつもより多いし、全員フルメンバーで誰もデバフを貰っていない万全の状態だから大丈夫だろう」と高をくくり、普段なら絶対に持ち歩いているはずの弓矢セットを、あろうことか屋敷に置きっぱなしにしてきてしまっていたのだ
その結果、頼みの前衛が瞬時に崩壊した後は、残されたユメと情なく逃げ回るだけで精一杯になり、最後にはあろうことか一番守るべき新人であるユメまでカエルの餌食にしてしまうという、リーダー失格の惨めきわまりない結末を迎えてしまったのだった
幸いなことにあのカエルどもは一度に口の中に物を詰め込みすぎると満腹感からか満足してその場でしばらく動かなくなる性質があるし、人間の体が完全に胃酸で溶け切ってしまうまでにはまだ結構なタイムラグがあったおかげで俺の愛刀――もとい、あの恥ずかしい名前の『ちゅんちゅん丸』を振るってどうにかこうにかカエルの腹を切り刻み、無事に全員を救出すること自体はできたのだが……
「ほ、ほら見てユメ! そんなに暗い顔して落ち込まないで、ほら! お姉さんがすごく元気が出るように、特別に秘蔵の最高級宴会芸を大盤振る舞いでお見舞いしてあげるわ! 『花鳥風月』――っ! ほら、綺麗な水が出てるわよー!」
「…………」
「うわーんっ! せめて、せめてちょっとくらいはこっちに目を向けてよぉおーーっ!!」
広間の大きな木製長テーブルの隅で、項垂れるように突っ伏しているユメをどうにかして元気づけようと、アクアが得意の宴会芸を次から次へと繰り出しているのだけれど、ユメは背中を丸めたままピクリとも動かず、ただただどんよりと淀んだ空気の中でひたすらシクシクと泣き続けている
普段のアクアであれば、これだけ渾身の芸がスベればすぐに「なによー! 私の芸が理解できないなんて、このバカ舌ならぬバカ目線!」といつもの見苦しい開き直りに走るはずなのだが、今回ばかりはユメの想像を絶するほどの落ち込みようと、何より「新人の可愛い女の子にカッコいい先輩としての背中を見せようとして、逆にカエルの胃袋へ仲良く全員で美味しく喰われるという最悪のトラウマを植え付けてしまった」という強烈な罪悪感に耐えかねているらしく、珍しく必死に機嫌を取ろうと必死になっていた
「ゆ、ユメさん……? あの、冷え切った体に染み渡るように、すごく温かい野菜スープをたっぷりと作ってきたのですけれど……お口に合いますかね……?」
「そ、それは私とめぐみんで協力して丁寧に味見をしたスープだ! 具だくさんで栄養も満点だし、すごく美味しいはずだから、ほら、元気を出してくれ……っ!」
「…………」
アクアと同じく、自分たちの張り切りすぎた浅はかな行動を心の底から猛省しているのか、めぐみんもダクネスも、普段のプライドの高さはどこへやら、どこかおずおずとした手つきで手作りのスープが入った湯気の立つ深皿を差し出しながら、申し訳なさそうに視線を泳がせている
だけど、ユメはカエルの胃袋から這い出したあと、帰り道から屋敷に着くまでの間、一言も言葉を発しなかった
濡れ鼠ならぬ「粘液鼠」のようになって、長い緑色の髪がすっかり顔に張り付いているせいでその表情までははっきりと読み取れないけれど、あれだけ生きた心地のしない恐怖を味わわされた上に、心から頼りにしていたはずの俺たちが誰一人として頼りにならず、最終的には全員まとめてカエルのエサになってしまったのだから、心の底からブチギレて怒っていても文句の言いようがない
……まあ、そうは言ってもだ
あんなに草原で盛大に泣きじゃくった後、いざ帰路につく時には、爆裂魔法の反動で一歩も自力で歩けなくなった粘液まみれのめぐみんの小さな体を、嫌な顔一つせず、それどころか恨み言一つ言わずに自分の背中に率先して「おんぶ」してトボトボと歩いてくれていたのだから、このアクセルの街の基準から見ても、あの子の隠しきれない圧倒的な「光属性」の優しさと心の広さには、正直脱帽するしかなかったけどさ
「お前らな……。流石に今回は反省しろよな。特にダクネス、お前は普段から変態的な方向性で頭がおかしいとはいえ、一応は貴族としてそれなりの常識を持ち合わせていたはずだろ? なんでいざ戦闘になったら、率先して自分から進んでカエルの口の中にダイブしに行ってるんだよ」
「い、いや……その……すまない、カズマ。今回の件に関しては、さすがに私としても弁明の余地が一切見当たらないというか……その……」
「いやまぁ、気持ちは分からなくもないぞ? 新人の前でいいところを見せたい、先輩としての威厳を示したいっていう男の……いや、騎士のロマンってやつはな? 何しろ、ユメのあのキラキラした純粋な賞賛の眼差しって、受けてみると本当に心地よくて脳がトロけるほど快感だからな……」
そう、冷静に振り返ってみれば、こいつらが普段の討伐であんなにもアッサリと簡単にカエルに丸呑みにされるなんてことは滅多にないのだ
今回に限ってあんなにも無様にパクパクと喰われてしまったのは、心のどこかで「ユメからの称賛の声を独り占めしたい」「私がこの子を一番守ってあげたカッコいいお姉さんになりたい」という下心と承認欲求が暴走してしまったからに他ならない
(もっとも、ダクネスの場合は単純に戦闘の興奮でテンションが限界突破した結果、めぐみんと全く同じタイミングで口に飛び込むという奇跡的な自爆をやらかしていたから、またちょっと種類が違う気もするけれど)
それにしても、ここからどうやってこの湿った重苦しい空気を切り替えればいいものか――
これがアクアのやつはキンキンに冷えた安いシュワシュワを1本でも奢ってやれば、大体のアホな悩みはケロッと忘れて元気になるものなのだが、今回のターゲットはあくまでピュアで繊細な新人のユメである
どうしたものかと俺が頭を抱えていると、
「――決めましたっ!」
「うおっ!? なんだよいきなり大声出して!」
突然、テーブルの隅で小さくうずくまっていたユメが、ガバッと勢いよく椅子から立ち上がり、応接室全体に響き渡るような声を張り上げた
そのあまりにも急で劇的な変化に、リビングにいた全員がビクッと盛大に肩を跳ね上げて驚愕する
そんな俺たちの集中した視線を一身に浴びながら、未だに自分の頭の小さな扇子からシュールにチョロチョロと水を噴射させたまま固まっていたアクアが、慌てて間の抜けた声を張り上げた
「ゆ、ユメ……? い、一体どうしたっていうのよ……。も、もしかして私の宴会芸の数々に惚れ込んで、私の一番弟子になることを決意してくれたりしたのかしらっ!?」
「へ? なんのことですか……って、わぁっ!? アクアさんのその扇子からお水が出てるの、すごく綺麗ですね! どういう仕組みなんですか!?」
「……って、今気がついたの!?」
今までどん底まで沈み込んでいたのが嘘のように、ユメはパァッと満開の花が咲いたように顔を輝かせながら、アクアの手元から出る水をまるで珍しいおもちゃでも見るかのようなキラキラした目でのぞき込んでいる
そのあまりにも劇的すぎる感情の切り替えの早さに、アクアだけでなく、俺たち全員がただただポカンと口を開けて固まってしまった
一体、どういう風の吹き回しなんだ……? さっきまでのあのこの世の終わりみたいな重苦しい空気は、どこへ行っちまったんだよ
「ちょ、ちょっと待てユメ……お前、さっきまで怒っていたんじゃないのか?」
「へ? 怒ってる……ですか? 私が……?」
「ほら、お前、さっきこのポンコツどもの盛大なやらかしのせいで、生きた心地がしないほど怖い思いをしただろ?」
「うーん……確かに、あのカエルさんの口の中はものすごく暗くてネバネバしていて、この世の終わりみたいにめちゃくちゃ怖かったですけど……でも、別にみなさんに怒ってなんかいませんよ?」
首をコテンと可愛らしく斜めに傾げながら、きょとんとした顔でそう言い放つユメ
その澄み切った瞳には、嘘や見栄、あるいは大人のような気遣いの謙遜の色などは一切見当たらず、心の底から「どうしてそんなことを聞くんだろう?」と不思議そうな表情をしている
「そ、それじゃあ……さっきまでずっと一言も喋らずにじっと固まっていたのは、一体どういう理由があったっていうんだよ?」
「えーとですね……それはですね……えへへ、もちろん怖かったのも半分くらいはありますけど、実はあのカエルさんの胃袋の中で、これからの私の冒険者生活について少しだけ真剣に『考え事』をしていたんです!」
「なんですってぇーーっ!? なによそれ、じゃあ私たちがさっきから死ぬほど気まずい思いをしながら必死に感じていたあの胃の痛くなるような強烈な罪悪感は、完全にただの『心配損』だったっていうわけぇ!?」
「ひぃんっ!? ご、ごめなさいアクアさん、そんなつもりじゃ……っ!」
「…………」
「あいたっ――!? なんで二人とも、私の頭をそんなに全力で叩くのよぉっ!!」
怒り心頭に発したアクアがユメの両肩をガシガシと揺さぶろうと詰め寄った、まさにその瞬間
ユメを庇うように、いや、それ以上に純粋にアクアのその図々しい物言いが許せなかったのか、ダクネスとめぐみんが無言のままシュパッと素早い拳を繰り出し、アクアの頭頂部へと見事なまでの「お仕置きのダブルゲンコツ」を綺麗に叩き込んだのだった
「いったーい……! ちょっと、なんでよ! 今の私は先輩として新人に優しい言葉をかけてあげようとしていた心優しき女神なのに、なんでいつも私だけこういう扱いを受けるわけ!?」
「「……」」
「ふ、二人共そのゴミを見るような冷ややかな目で私を見ないでよ!!」
額に大きなたんこぶをこしらえたアクアが、応接室の床の上でまるでワガママな子供のように手足をバタバタとジタバタさせて抗議する
その見苦しい姿を斜に構えて横目に眺めながら、俺は手元の長テーブルに置かれた冷めきった紅茶のカップをそっと持ち上げ、静かに口をつけて一口啜った
……まあ、なんだ
数分前までこの世の終わりだと言わんばかりにどん底まで落ち込んでいたように見えた新人が、カエルの胃袋の中という史上最悪のシチュエーションを体験したにもかかわらず、しっかりと未来を見据えて「自分の将来」について前向きに考えられる図太さを持ち合わせているんなら、きっとこの先どんなバカげたトラブルに巻き込まれようとも、この常識の通じないアクセルの街で十分に泥臭く生きていける
――かもしれないな
「それで? 一体どんなことを決意したんだよ、ユメ」
「え? あっ、はいっ! 私、今回のクエストで自分のふがいなさを痛感しましたし、今のままではみんなの足を引っ張るばかりで何も役に立てないので……これからはもっと皆さんの戦闘をしっかりとサポートできるような、そんなスキルを覚えようかなって思ったんです!」
「「「…………」」」
「あ、あれ……? みなさん、どうしたんですか?」
「……おいユメ、頼むからこれからもそのままでいてくれ。お前のあまりの眩しすぎる純粋な光の前に、我が人生のクズ要素が強すぎる我が家の三馬鹿が完全に胸を撃ち抜かれて灰と化してしまったじゃないか」
これ以上ないほど恐ろしい、そして精神的に胃が抉られるような恐怖体験を味わわされたというのに、ユメの口から最初に出てくる感想が「みんなの役に立ちたい」「サポートを頑張りたい」という利他心の塊のような決意表明だったものだから、リビングに集まっていためぐみんたち三人は、その場で文字通り膝から崩れ落ちて沈黙してしまった
なんなら今回一応救出で活躍したはずの俺も、自分の底意地の下心と比べて少し精神的ダメージがあったくらいだ
こいつらは普段から性格が尖りすぎているとはいえ、それぞれに確固たる自分の強みやプライドを持っているからこそ、戦闘で負けたり酷い目に遭ったりすると、ダクネスは変態的な歓喜に逃げるとしても、めぐみんとアクアの二人はすぐに俺や他の誰かのせいに責任を押し付けて現実逃避するのが定番だ
……だからこそ、ユメのこの曇りのない無垢な姿勢が、よほど彼女たちの心の急所に強烈なカウンターとして突き刺さったのだろう
「えっと……ですので、できればお三方の持っている自慢のスキルを色々と見せてもらいたいのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
ユメは、床の上で盛大に崩れ落ちてぴくりとも動かなくなっている三人の姿を心配そうに覗き込みながら、申し訳なさそうに小首を傾げてそう尋ねた
「あー、それ自体は構わないが……ただ、その、なんだ。ここで一つ残念なお知らせをしておくとだな、めぐみんはそもそもサポート用のスキルどころか爆裂魔法以外のスキルを持ってないぞ」
「へっ……? どうしてですか?」
「ふっ……ふふふっ! 愚問ですねユメさん! この私こそは、すべての魔力を一つのロマンに捧げた『爆裂魔法を極めし者』! 私の獲得したすべてのスキルポイントは、その威力を限界まで高めるためにのみ注ぎ込まれているのです!」
「胸を張って威張るな、このバカが。その偏りすぎた脳筋プレイスキルのせいで、これまで何度こっちが命がけで苦労させられたと思っているんだ」
まったく、こいつは……ユメがようやく元気を取り戻した途端に、これまでの鬱憤を晴らすかのようにいつもの調子へすぐ戻りやがって
……だが、ここでわざわざこの中二病を怒鳴りつけても、ユメの新しいスキル習得の勉強にはつながらないよな
「まぁ、こいつは確かに、たった一発の爆裂魔法をぶっ放しただけで一瞬にしてすべての魔力を使い果たし、その場でただの無力な置物と化すという致命的な欠点はあるんだが」
「ちょっとカズマ? 今の言い草はなんだか非常に聞き捨てなりませんね。もし私と本格的な素手での喧嘩がご所望なら、いつでも喜んでその挑戦を買って出ますよ?」
めぐみんが両手の拳をギュッと握り締め、黒い帽子を揺らしながらフシューッと荒い鼻息を吐き出す
「落ち着けっての。だがな、こいつはその爆裂魔法一本という極限の縛りプレイだけで、数多の凶悪なモンスターや、強大な魔王軍幹部たちと正面から渡り合ってきたのもまた厳然たる事実だ。何か一つの道をとことん極めるという極端な生き方も、選択肢の一つとして覚えておいて損はないはずだぞ」
「…………!」
そこまで一気に捲し立てると、さっきまで鬼の首でも取ったかのような憤怒の形相だっためぐみんが、黒い眼帯の奥の瞳をこれ以上ないほど丸く見開き、口をあぐあぐと動かしながら、まるで天変地異でも起きたかのような信じられないものを見る目でこちらを呆然と凝視してきた
その横で、さっきまで頭のタンコブを押さえて黙っていたアクアが、何か良からぬことや余計な茶々を思いついたようなドヤ顔を浮かべ、「ふふん! 要するにカズマってば、めぐみんに甘くて――」と得意気な口を開きかけた、まさにその瞬間だった
俺はアクアがロクでもない言葉を吐き出す気配を察知し、一切の猶予も与えずに素早く右手を閃かせた
――パコンッ!
「あいたっ――!? な、なんで今いきなり私の頭を叩くのよ!? まだ一言も喋ってないでしょうが、この鬼畜ニートー!」
「「……」」
案の定、頭を抱えて涙目になったアクアが「理不尽すぎるわよぉぉーーっ!」と甲高い悲鳴を上げる。そして、さっきまで素直に褒められたことが信じられずに呆然としていためぐみんが、目の前で繰り広げられた理不尽な暴行劇を見て一瞬で現実へと引き戻されたように、「……ハッ! 騙されるところでした! あなたが理由もなく私を褒めるなんてあり得ません! きっと何か企んでいるはずです!」と、警戒と驚愕の入り混じったジト目で俺を鋭く睨みつけてきたのだった
いや、悪かったな。だが普段から滅多に褒めない俺だって、たまにはまともなフォローを入れるくらいするのだ
「なるほど……一つのことを極めるのって、すごくカッコいいですね……!」
当のユメは、俺たちの不毛な殴り合いなどまるで目に入っていないかのように、感銘を受けた様子でポンと両手を叩いていた
「それじゃあ、次は私だな。と言っても、私も仲間を直接守るためのサポート系としては、実質的に一つしか自慢できるものはないのだが」
ダクネスが重厚な胸当てを拳でドンと叩き、騎士らしい凛とした姿勢で一歩前へ踏み出す
「おおっ! どんなスキルなんですか、ダクネスさん!」
「ふっ、私のメインスキルは『デコイ』といってだな、戦場において敵のすべてのヘイト(敵意)を自分一人の身へと強制的に引き付ける、前衛の鑑のようなタゲ取りスキルなのだよ」
「こいつはユメもさっきの戦いで嫌というほど身をもって知った通り、筋金入りのドMで、なおかつ鉄板のように頑丈な肉体をしている。めぐみんの爆裂魔法が直撃してもギリギリで耐え抜くその強靭な盾が、常に敵の注意を自分に向け続けてくれるから、後ろにいる味方は安心して攻撃や行動に集中できる。まぁ、めぐみんと同じように、本来なら剣技や他の汎用スキルに振るべきポイントをすべて防御系の底上げやデコイの強化に全振りしてしまったせいで、目の前にいるはずの巨大な敵にすら剣の刃が全く当たらないというのが、唯一にして最大の欠点なのだがな」
「…………」
ダクネスが、じとーっとした生温かい視線をこちらに向けてくる。おい、せっかく前衛としての壁性能を最大限に褒めてやったのになんでまたそんなに虫唾が走るものでも見るかのような冷ややかな目で俺を睨むんだよ
……あ、待てよ。ドMのダクネス相手なら、変に持ち上げるより徹底的に「このポンコツノーヒットナイトが!」と罵倒して下げた方が、本人的にはご褒美になって喜んだのか? くそっ、加減が難しすぎる
「まぁ、正統派の支援系スキルという観点から言うならば、本来はアクアの持っている魔法が一番優れているはずなのだが……」
俺がチラリと横目に視線を送ると、頭のたんこぶを押さえていたアクアが待ってましたとばかりに顔を弾ませた
「そうよ! 私の司る魔法はね、基本的に味方のステータスを底上げしたり窮地を救ったりする支援こそが真骨頂なのだから! ほら、ユメ、今なら特別に冷え冷えのシュワシュワを1本ごちそうしてくれたら、私の持っているどんなに秘匿された強力なスキルだって喜んで教えてあげ……」
「こいつのは、おそらくユメの純粋な資質には絶望的に合わないからやめておけ」
「なんでめぐみんやダクネスの時は褒めたのに、私に対してだけは徹底的なダメ出しをしてくるわけよーーっ! 差別よ! 女神差別だわ!」
ユメに向かって堂々と胸を張り、得意満面で「大先輩の師匠面」をかまそうとしていたアクアの言葉を、俺は華麗なタイミングで割り込んでバッサリと切り捨てる
ここでまともにこいつに指導の裁量を預けると、変な怪しげなアクシズ教のロクでもない勧誘スキルか、あるいは宴会の席でしか役に立たない「宴会芸の極意」を叩き込まれるのが関の山なのだ。保護者兼リーダーとしての当然の防衛策である
「いい!? ユメのステータスや職業じゃ、私みたいな高度な浄化や回復系のスキルはまだあまり期待は出来ないかもしれないけど、ステータスを高める支援魔法(バフ)の基礎理論自体は、きっとユメにぴったり合うはずよ!」
ほらな。こうやって最初に全否定から入ると、変にプライドの高いこの駄女神は勝手にライバル心を燃やして、柄にもなくそれっぽい教え方を始め出すから扱いやすい
「支援魔法……例えば、どんなものがあるんですか?」
ユメが興味津々といった様子で、身を乗り出してアクアの手元を見つめる
「そうねぇ、例えば……ユメって、ギルドカードの診断でも分かる通り、ものすごく『幸運値』の数値が高かったでしょう?」
「えっ? たしかに、ルナさんにもすごく驚かれたような気がしますけど……それが何か関係あるんですか?」
「ふふふ、百聞は一見に如かずよ! それじゃあ私と今ここで簡単な勝負をしましょう! 勝負の種目は、そうね、手短に『ジャンケン』よ! いくわよ、じゃーんけーん……!」
「ええっ!? き、急すぎますって……!!」
「――ポンっ!!」
「えっと……あれ? 私の……勝ち……ですか?」
アクアの圧倒的なテンションと勢いに気圧されながらも、ユメが咄嗟に繰り出したのは両指を立てた「チョキ」。それに対して、アクアが自信満々に勢いよく突き出したのは、5本指を綺麗に開いた「パー」だった
あまりにも唐突にジャンケンを申し込まれ、そして気づけば反射的に勝ってしまっていたため、ユメは両手をチョキの形にしたまま、キョトンとした間抜けな顔をしてその場に固まっている
俺たちその場にいた全員は、この後アクアが一体どんな魔法を発動させるのか知っているが……へぇ、そういう風に体感させて教えるつもりか、と少しだけ感心してしまった
――待てよ。今回のこいつの教え方のプロセスは、いつもと違って、なんだいやけにまともじゃないか? もしかして、他人に教えるのだけは意外に得意なのか……?
「ええ、もちろんユメの勝ちよ! でも初心者ボーナスはここまで、それじゃあ次はもっとギアを上げていくわよ! 『ブレッシング』!」
アクアが短く呪文を唱えると、その全身から聖なる青白い光がふわりと立ち上り、自分自身の身体へと吸い込まれていった
「ぶれっしんぐ……?」
「……念の為にもう1回重ねがけをして……よし! そ、それじゃあ気を取り直して、行くわよ!」
あ、前言撤回
この駄女神、明らかに以前俺とのジャンケン勝負で『ブレッシング』を使ってもコテンパンに負けた時のトラウマと屈辱を思い出して、ユメ相手にガチで勝ちたいがために魔法の二重重ねがけをしやがった。どこまでも大人気ない奴だ
「ジャンケン、ぽーんっ!!」
「えっ……嘘、どうして……? また私、負けちゃいました!?」
アクアが強引に仕掛けた連続ジャンケン勝負の末、ユメは本気で悔しそうな顔をしながら、気づけば10回ほど連続で負け続けて完全に混乱していた
ギルドカードのステータスで幸運値が数字で可視化されていて、ルナさんたちにもあんなに褒められたはずなのに、なぜここまでストレートに負け続けてしまうのか不思議そうに首を斜めに傾げている
「ふふーん、どうよ! これこそが掛けた相手の幸運値を一時的に劇的まで跳ね上げる、私の誇る最高級の支援魔法『ブレッシング』の効果よ! 私のように元が低い幸運値でも、貴方に勝てるくらい引き上げられるの!」
アクアは両手を腰に当て、これでもかと言わんばかりに胸を張って高らかに宣言した
「す、すごいですアクアさん! これさえあれば、どんなにクジ運が悪い人でも一発で大当たりを引けちゃいますね!」
ユメは瞳を輝かせ、純粋な感動を隠せない様子でパチパチと両手を叩いている
「あー、でも過度な期待は禁物だぞ、ユメ。ぶっちゃけ誰でも効果があるわけじゃないし、何よりこいつは以前、その『ブレッシング』を自分自身に何重も重ねがけして気合いを入れた状態で、この俺を相手にジャンケンで完膚なきまでに連敗した実績があるからな」
「な、なるほど……? ちょっとすごさがよく分からないです……」
俺の投げやりな暴露を聞いて、ユメの表情が途端に「あれ?」と困惑の混じった微妙なものへと変わる
懐かしいな、あの時のことは今でもはっきりと覚えている
街を発つ時の馬車の座席の場所決めを巡ってアクアが駄々を捏ねたものだから、俺が「じゃあ俺に3回連続で勝ったらお前の好きな席を譲ってやるが、負けたら一番臭くて狭い御者の隣な」って賭けを持ちかけたら、見栄を張って追加勝負まで挑んできた挙句に全戦全敗してボコボコにしてやったっけ
そもそも俺のジャンケンの勝負強さは、クリスを除けば、転生前の引きこもり時代から無敗を誇るレベルだったんだから当たり前なのだが
「それはカズマさんが、ズルいチートスキルを隠し持っているからよ!! 無効よ! 私というこんな素晴らしい女神の恩恵があるのに、先にチートを持ってるなんてずるいわ!」
「だからあの時も言っただろ! ジャンケンに勝てるだけのチート能力が一体何の役に立つっていうんだよ、魔王の城の門番とジャンケン勝負で勝負しろってのか!? それに、未だに自分のそのポンコツっぷりを『素晴らしい女神の恩恵』だと思い込んでやがるのかお前は!」
「ええ、そうよ! 今でもあの時のカズマさんの言いがかりには納得してないんだから!」
こいつ、何度痛い目を見ても本当に反省という概念が脳みそに存在しねぇのか……? そもそもジャンケンに勝てることで魔王軍の幹部が泣いて降参するなら世の中もっと平和だっつーの
それになにより、思い出したら腹の底から無性にイライラが爆発してきたぞ
「あー、そうかい! じゃあもう一回、そのおめでたい脳みそに現実を叩き込んでやるよ! 幾度となく巨額の借金を勝手に重ね、調子が良くなると俺を煽り散らし、一応は聖職者・支援魔法の使い手の癖に、真っ先に自ら進んでカエルの口の中に飛び込んで美味しくおやつになってくるようなふざけた『恩恵』を、いったいこの世のどこの物好きが好んで欲しがるってんだよ!
てめぇをさっさと天界に強制送還できないなら、その無駄に達者な宴会芸で全借金を完全に返済し終わるまで、毎日この屋敷の外に放り出して出入り禁止にしてやろうかぁ!?」
「う、うぐぅ……うぅ、うわぁぁぁんっ!! カズマさんが本気で私を人間として否定してくる酷いことばかり言うぅぅーーっ!」
「か、カズマさん……いくらなんでも、今の言葉は少しだけ言い過ぎでは……っ」
大粒の涙をハラハラと零しながら、まるで野良犬のようにワンワンと泣き叫びながら俺に突撃してきたアクアの、その無駄にふっくらとした両頬を両手で力いっぱいグニグニと抓って引き伸ばしてやると、近くで見守っていたユメがハラハラしながら困ったような優しい笑みを浮かべ、おずおずと仲裁に入ってきた
うん、本当にこの子はどこをどう切り取っても汚れなき聖人のような良い子だよなぁ……
うちの他のポンコツどもも、この子の爪の垢を煎じてその泥水と一緒に胃の腑へ流し込んでほしいものだ
「いーや、こいつに関してはこれくらい口で厳しく言わんと絶対に足りないね。こいつの際限のない自信過剰な性格は、これくらいじゃびくとも折れやしないんだからな」
「ユメ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。安心して生温かい目で見守っていてください」
「めぐみんさん……?」
「この人たちは……というか、私たちのパーティは普段からこうして何かにつけて激しく喧嘩ばかりしていますけれど、基本的にはこの男がただの『重度のツンデレ』を発揮しているだけで、本気で私達を嫌っているわけではないのです。だから、カズマとアクアの口喧嘩なんて、よその家のありふれた夫婦喧嘩のようなものだと思って、生暖かい目で見物していればいいんですよ」
「うむ、めぐみんの言う通りだ。カズマは本当に分かりやすいほどのツンデレだな。私の時に対しても、そのツンの部分をもう少しだけ強めに全力で発揮してもらえると、個人的にはすごく夜の鍛錬のモチベーションが上がるのだがね!」
「うるせーーっ!? 誰がどう見てもどこをどう切ってもツンデレなんかじゃねぇよ! いい加減にしろ変態騎士と頭のおかしい爆裂娘が!」
「はいはい、今回だけはその爆裂魔法をバカにした不名誉なあだ名も許してあげますよ」
「プークスクス、そういうことねー! すぐに顔を真っ赤にして否定しちゃうんだから、やっぱり私のことが心の底から大好きなカズマさんは本当に仕方のない可愛い人ねー♪」
「だぁーーっ!? こいつらうぜぇぇぇ――っ!! アクア、泣き言はそれくらいにして、もう一つの魔法の解説を続けやがれ!」
カーッと自分の耳たぶまで一気に熱くなっていくのを感じながら、俺は必死に話題を無理やり本筋へと軌道修正した
くそっ、こいつらは……普段は個別にバラバラの方向を向いているくせに、こうして俺一人をからかって遊ぶ時だけは、どうしてこうも綺麗に抜群のチームワークを発揮しやがるんだ……!
「はいはい、分かりましたよ。私がよく戦闘で使っているもう一つの魔法、それが『パワード』よ」
「ぱわーど……? 力、ですか?」
「ええ、その名の通り、魔法を掛けた相手の肉体的な筋力を一時的にグッと引き上げる魔法よ。まぁ、仕組みを細かく説明しようにもそれだけなんだけど……これで私の持っている支援スキルの紹介はおしまいよ。もし効果が小さくても良ければ、後でいつでも基礎的な『ヒール』のやり方を教えてあげるわ!」
「なるほど……色んな魔法があるんですね」
「まだユメはレベルも低いんだから、これからどんな道に進むべきかゆっくり悩みなさいな。さて、それじゃあ最後はカズマさんね。私たちと違って、最下級職でありながら器用に様々なスキルを幅広く習得しているんだから、ある意味今のユメの参考には一番ピッタリなんじゃないかしら?」
アクアが珍しく真面目なトーンでそう振ると、俺は片眉をピクリと持ち上げて冷ややかに鼻を鳴らした
「おい、お前からそんな風に素直に褒められると、背筋がゾッとしてなんだか凄まじく鳥肌が立つんだが」
「なによ失礼ね! 一体どういう意味よ!」
「何でもだよ。お前が変にまともな態度をとる時って、大体その直後にロクでもない事件や大迷惑なトラブルが起きるから、逆に何も変なことが起きないと不気味すぎて怖くなるんだよ」
「失礼ね、私だって褒められるくらいのこと普通にするわよ!」
「それじゃあ、気を取り直して俺の持っているスキルの話だな。
といっても、俺の場合は特定の何かを極めているわけじゃなくて、冒険者の特権である幅広い自由度を活かして、基本的な生活魔法から色んな職業の初級スキルをかいつまんで学んだだけなんだが……
まずは火、水、風、光、氷をそれぞれ生み出す基本的な『初級属性魔法』だな。どれも初級の段階だから消費するスキルポイントも少なくて、最初に覚えるには手頃でオススメだぞ」
「まぁ、どれも戦闘の役には立たないような、せいぜいショボい水や頼りない風がピュッと出るだけですけどね」
ため息をつくように、めぐみんは「ふんっ」と小さく鼻で笑ってみせた
おい、こら、めぐみん。この俺が日々の生活やここぞというピンチの時に、お前の言うその『ショボいクリエイト・ウォーターさん達』のお陰でどれだけ幾度となく窮地を抜け出してきたと思っているんだ
今すぐその生意気な口を塞いで、お前の頭から冷たい水をぶっかけまくってびしょ濡れにしてやってもいいんだぞ?
俺が不満そうに睨みつけると、めぐみんはあからさまに顔をそむけてそっぽを向く
……とは言ったものの、いざ自分の習得しているスキルの一覧を頭の中で思い返してみると、これがまた結構な量があって、この場でそのすべてを細かく説明したところで、かえってユメを混乱させるだけだろう
何か、今の段階のユメに一番しっくりと馴染むような、実用的でピッタリなものはなかったか……
「そうだ。ユメって『幸運値』がものすごく高かっただろ? だったら、お前のそのステータスに一番ピッタリなスキルがあるぞ」
「本当ですか! 一体どんなスキルなんですか、カズマさん!」
カズマの言葉に、ユメはぱっと表情を明るくさせて身を乗り出した
その瞳には、純粋な好奇心と期待の光がキラキラと満ちている
「その名も『狙撃』だ! 元々は、このウチの頭のネジが何本か吹き飛んでるパーティ構成だと、効率よく中距離から的確な援護攻撃ができないからって理由で習得したスキルなんだが……これが実際に使ってみると意外と馬鹿にできなくてな。狙った位置へと正確に矢が吸い込まれるように飛んでいくから、かなり重宝しているんだ」
「弓のスキル、ですか……。私、弓なんて生まれてから一度も触ったことがないと思うんですけど、そんな私でもすぐに使えるようになりますかね……?」
ユメは自分の華奢な両手をじっと見つめながら、少し不安そうに首を傾げた
「このスキルを実際に覚えるまでは、俺だって人生で弓なんて一回も触ったことすらなかったんだから、お前なら絶対に大丈夫だって。なんせ、この世界のスキル補正ってのは驚くほど優秀だからな」
「……あっ! あの、カズマさん。もしかして、こういう武器にも、そのスキルのやり方や概念って応用できたりしますか……?」
「ん? どれどれ……って、おい、それって……」
ユメが制服のポケットの奥からそっと取り出したのは、ずっしりと重そうで、鈍い黒光りを放つ金属の塊だった
リビングの隅で何事かとそのやり取りをのぞき込んでいためぐみんやダクネスたちは、「いったいそれはどんな魔道具なのだろう」と首を傾げて怪訝そうな顔をしているが、俺とアクアの二人は、それを見た瞬間に直感でそれが何を意味する物体なのかを正確に理解し、思わずハッと息を呑んで目を見開いた
それは、剣と魔法が支配するこのファンタジーの世界には絶対に存在するはずのない、洗練された現代的な「ハンドガン」だった
「これ、私が着ていた制服のポケットから見つけた持ち物みたいなのですけれど……なんだか使い方が本能的に分かる気がして。でも、まだ怖くて一度もちゃんと撃ったことはなくて……えへへ」
ユメは照れくさそうに頬を掻きながら、その無機質な金属の塊を両手で丁寧に包み込むようにして持っている
(うーん、まさかここで本物のハンドガンが出てくるとはな……)
俺は内心で腕を組み、深く唸った
この世界には銃器という概念自体が存在しないため、以前カズマも「もし現代の銃器が作れたら強力なアドバンテージになるのでは」と考えて一時期自力で製造しようと試みたことがあったのだ
しかし、どう頑張っても当時の自分の鍛冶スキルやこの世界の金属加工技術では、まともな精度のある火縄銃程度が限界だった
戦闘の最中にあんなちんたらと黒色火薬と弾丸を込めていたら、獰猛な魔物たちの格好の餌食になるだけだと判断して泣く泣く諦めた経緯がある
だが、もしあんな洗練された現代のオートマチック構造を持つハンドガンであるならば、アクセルの街の技術レベルとはまったく違った次元のアプローチが可能になるかもしれない
しかし、大前提として――「弓のスキル」という概念の応用範囲に、果たしてこの異世界の精密なハンドガンがうまく適応してくれるものなのだろうか
「だ、ダメ……でしょうか?」
ユメはカズマの思い詰めたような沈黙を「不機嫌」と捉えたのか、キュッと眉を下げて申し訳なさそうにハンドガンを引っ込めようとした
「い、いや、ダメじゃないと思うぞ……! むしろすごすぎるくらいだ。ちなみに、そのハンドガンの中には、実際に撃てる状態の弾はちゃんと入っているのか?」
「はい、一応マガジンの中にフルで入っているみたいです……こうやって、ガチャッと」
ユメが手慣れた鮮やかな手つきで弾倉(マガジン)のリリースボタンを押し、滑らかに抜き取ってカズマへと差し出す
その洗練された、まるで長年身体に染み込んでいるかのような一切の澱みのない一連の動作を見て、俺は内心で少しばかりギョッとした
過去の記憶のすべてがすっぽりと抜け落ちているはずの少女が、なぜこれほどまでにスムーズかつ正確に銃器の扱いを身体で覚えて握っているのか
少し気になるところはあるけれど、今は深く詮索するのはやめておこう
これだけの精密な構造を持つ銃器と弾薬の実物があるのなら、もしかすると自分の持つ「鍛造・クラフト系」のささやかな汎用スキルと合わせることで、専用の弾薬の複製や量産だって不可能ではないかもしれない
間違いなく、今後の過酷な戦いにおいて強力な切り札になるはずだ
「よし、これだけの代物なら、俺の鍛冶系のスキルと合わせれば専用の弾薬も作れそうだし……よし、試しにユメも『狙撃』のスキルを優先して覚えてみるか?」
「はいっ! 私、がんばります! カズマさんたちの役に立てるように、一生懸命練習します!」
「ダクネス、めぐみん。悪いんだが、ちょっとユメにスキルの正しい覚え方の手順を手本を見せて教えてやってくれないか? 俺はアクアの野郎と、少し大事な話し合いがあるからさ」
「ん? 別に構わないですが……よし、ユメさん、自分のギルドカードを大切に持ってこちらに来てください。スキルのポイント割り振りの基礎から教えてあげますよ」
「はーい!」
嬉しそうな満面の笑みをパァッと浮かべ、ユメはトコトコと軽やかな足取りでめぐみんとダクネスのほうへと駆け寄っていく
それと同時に、俺は手招きをして、隣でぼんやりしていたアクアを自分のほうへと静かに引き寄せた
「ちょっとカズマさん、いきなり真顔になってどうしたのよ?」
「いや、ユメの事なんだけどさ……さっきのハンドガンの扱い方、いくらなんでも手慣れすぎてやしないか?」
俺はユメたちに聞こえないよう、声を潜めてアクアの耳元で囁いた
「そうなの? 私にはよく分からなかったけど」
「ああ、お前には分からんだろうな
……最初は俺がこの世界に飛ばされてきた時と同じように、ユメの場合ももしかして俺と同じ別の世界からの異世界転生……いや、ユメの場合は死んでないし、肉体ごとまるごと転移してきたってことなのか? そう思って最初は見ていたんだが……俺の元の平和な世界で、一般の高校生の女の子が日常的にあんな手慣れた様子で銃器を扱えるわけがない
あの身に染み付いた澱みのない動作は、日頃から銃を使い慣れて使い込んでいないと絶対にできない動きだぞ」
カズマ自身もミリタリーの専門家というわけではないが、目の前で見たユメの銃の扱いは、まるで自分の手の延長線上のパーツであるかのようにあまりにも自然だった
「記憶」という意識的なデータが完全に消え去っているからこそ、あの無意識の反射的な身体動作は、彼女の肉体と魂の深部にそれだけ深く深く刻み込まれていた証拠に他ならない
それが、現代日本の平和な日常を生きているはずの「普通の高校生の女の子」にとって当たり前のようにできることだとしたら――彼女が元いた世界では、いったいどんな過酷な日常と戦闘が彼女を待っていたというのだろうか
「そうねぇ……ユメについて、気になる点や引っかかる部分が全くないと言ったら嘘になるけれど……でも、今の彼女を見ている限りでは、あまり深く詮索してあれこれと勘ぐったりしなくても、十分にうまくやっていけるんじゃないかしら?」
アクアがわずかに顎をしゃくったその視線の先には、ダクネスとめぐみんの二人に挟まれて熱心に教えを請いながら、瞳を輝かせて楽しそうにパッと満開の花が咲いたような笑顔を見せているユメの姿があった
たしかに、彼女の身元やその背景にある数々の謎、そしてあの異世界のハンドガンの扱いに見せる異様なまでの手慣れ具合など、冷静に考えれば不審に思える要素は山のようにある
けれど、あんな風に曇りのない無垢な瞳で周囲を和ませるこの少女の笑顔に、人を欺くような悪意や裏表など微塵も存在しないことだけは、直感的に痛いほどよく分かった
「……だな。お前の言う通り、今のところは余計な心配をする必要はなさそうだ。変に問い詰めて怯えさせるのも筋違いだしな」
「そうよ。あんなに可愛くて素直な子が私のお世話をしてくれるなら、私は何だって受け入れるわ!」
「お前のお世話係じゃねぇよ」
こうして、初めての実戦クエストでジャイアントトードたちに丸呑みにされるという散々な目に遭いながらも、ユメが自らの意志で選んだ初めての正式なスキルは、中距離からの支援を可能にする『狙撃』、そして余ったスキルポイントを割り振って習得したアクアゆずりの『ブレッシング』の二つに無事決まったのだった
それからしばらくして、自分の新しいギルドカードに刻まれたスキルを確認したユメは、「わぁ、なんだかすごく強くなった気がします! 自分のカードに文字が増えてるの、なんだか格好いいですね!」とまるで子供のように無邪気にはしゃぎながら、自分の習得した技の感触を試すために、1人元気に中庭へと走っていった
「それにしてもカズマさん? あなた、なんだかすごく物分かりの良い好青年ぶった顔をしていますけれど、あなたの十八番である得意の『スティール』のスキルは、今回の新人の教育の一環としてユメに披露してあげたりはしないの?」
応接室の重厚なソファに深く腰掛け、カップから立ち上る湯気を眺めながら――もっとも、中身はアクアの日常的な神聖魔法の自動浄化によってただの無味無臭の温かいお湯に成り果てているのだが――優雅に高級紅茶をすするふりをしながら、アクアが意地の悪そうな、からかうような視線を向けてニヤニヤと意悪く笑った
「はあ? なんでパーティの役に立ちたいって純粋に頑張ってる女の子に『スティール』を教えないといけないんだよ」
「そうですよ、カズマなら、こういう時こそ絶好のチャンスとばかりにユメの無防備な下着を狙って、わざとらしくドヤ顔で発動してみせるのがお似合いじゃないですか。クズマの名が泣きますよ」
「わざとらしくって何だよ、言い方を選べ! しかもだな、この俺の愛用スキル『スティール』は、本来はあくまで戦闘の補助や敵の武器をかすめ取る不意打ちのためのものであって、決して女の子のパンツを強制的に剥ぎ取るための専用変態スキルじゃねぇからな……っ!」
そう、これこそが俺の誇り高き愛用スキル――『スティール』
初めてこの異世界に飛ばされてきたばかりの頃、腕利きの盗賊の少女クリスから手ほどきを受けて教えてもらった盗賊系の汎用スキルだ
本来の仕様としては、戦闘中に敵の注意を巧みに逸らしつつ、ランダムに対象の所持品やすっと掠め取るという非常に実用的なもののはずなのだ。もちろん、術者の「幸運値」が高ければ高いほど、自分がその瞬間「一番手に入れたいと強く願った標的」を正確に狙い撃ちできるはずなのだが……なぜか、このスキルだけは発動するたびに謎の呪いにでもかかっているかのように、俺の意志とは完全に無関係で「女の子の履いている下着」を優先的にターゲットとして捕捉してしまうという、どうしようもない致命的かつ変態的なポンコツ仕様を抱えていたのだった
「はっ! そんなお上品ですました綺麗ごとなカズマなんて、私達の知るカズマではないですよ! カズマはもっとこう、底意地が悪くてゲスくて、下着泥棒の称号が最高に似合う『クズマ』であってこそじゃないですか!」
めぐみんが両手を腰に当て、これ見よがしにドヤ顔で言い放つ
「おい、そこまでハッキリと言い切るな! 最近すっかり調子に乗って俺をからかいやがって……そこまで言うなら、お前なぁ、今日こそはしばらく実戦で使っていなかった鬱憤を晴らすために、その調子こいた生意気な口を叩き割るついでにお前の私物を丸裸にして恥ずかしい目に合わせてやろうか!」
こいつ、最近すっかり俺が『スティール』をしていなかったからって、すっかり調子に乗りやがって……! よし、久しぶりにこの爆裂狂の鼻っ柱をへし折って、手に入れた日用品を掲げて盛大に赤っ恥をかかせてやろうじゃないか
俺が不敵な笑みを浮かべながら『スティール』を発動させるために右手をめぐみんの方へとスッと向けた瞬間、めぐみんは「っと危ない!」とばかりに驚異的な素早さと猫のような反射神経でピョンと後ろへ飛び退き、近くに立っていたダクネスの背後へと慌てて身を隠した
「なっ、めぐみん……!? 何故急に私の後ろに隠れる!?」
「自衛です! カズマのあのギラついたハイエナのような目は、どう見ても私をさらし者にする気満々の目です! ですから、この屈強な肉体を持つ盾であるダクネスを生贄にして身を守らせてもらいます!」
「おい、私を生贄扱いするな! だがカズマよ……私の甲冑や下着を狙うというのなら、容赦はせんぞ……! いや、むしろその手で力任せに奪い取ってみせるというなら……ふはっ!」
「ついでだ、この際だから言わせてもらうぞ! どのみちお前ら全員まとめて、この『スティール』の餌食にしてやろうと思っていたところだ! 覚悟しやがれ、スティー――っ!!」
俺が右手を大きく広げ、まさにその不可視の略奪の魔力を解き放とうとした、まさにその一瞬だった
「――カズマさーん! あのですね、外で試してみたら、私の狙撃スキル、なんと百発百中でしたよすごいですね……って、あれ?」
タイミング悪く――いや、悪すぎることに、先ほどまで外の中庭でスキルの試し撃ちをしていたはずのユメが、ウキウキとした満面の笑顔のまま応接室の重厚な木の扉をガチャンと勢いよく開けて飛び込んできたのだった
「…………」
「…………」
俺がめぐみんとダクネスを標的に定めて勢いよく放ったはずの『スティール』の魔力は、運悪くその絶妙なタイミングで部屋に入ってきたユメの身体の軌道上に完璧に重なってしまい、無情にもバッチリと発動してしまった
そして――俺の手の中には
なぜか、ふんわりと柔らかく、ほんのりと温かみの残る、見覚えのある紺色の小さな布きれが、音もなくひらりと握りしめられていた
「……か、カズマさん……?」
「い、いや、ユメ、これはだな……その、深い事情と歴史的背景が重なり合った、不可抗力の不慮の事故というか、だな……!」
「わ、私の……その、お気に入りのパンツ……なの、ですが……あの、お返ししてもらえると、嬉しい、な……えへへ……」
ユメは、今まで見たこともないほど潤んだ大きな瞳にうっすらと大粒の涙を浮かべ、俺を怒鳴りつけるわけでもなく、ただ小さく震える声でそう呟きながら、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに自分の制服のスカートの裾をキュッと両手で握りしめた
その破壊力たるや、まさに超弩級
俺は一瞬の迷いもなくその場でフロアの床に崩れ落ち、額をピタリとフローリングの板に密着させるほどの、人生最速かつ最も美しい「スライディング土下座」を華麗に決め込みながら、プルプルと震える両手でその大切な布きれをそっとユメの足元へと差し出したのだった
「ほ、本当に、本当に申し訳ありませんでしたぁぁーーっ!!!」
くそっ……! なぜだ、他の連中――特にアクアやめぐみん相手なら、どんなに罵倒されようが「お前が悪い!」の一言で悪びれもせず開き直って片付けられるというのに、なぜユメ相手だと毎回こんなにも形容しがたい凄まじい罪悪感の波に心の底から苛まれなければならないんだ……!
恥ずかしそうに下着を受け取り、照れたように小さく微笑むユメの姿に、俺はただただ平伏して平謝りを繰り返すばかりだった
――しかし、この時の俺たちは、まだ何も知らなかったのだ
ジャイアントトードの胃袋に呑み込まれるという死の恐怖を味わされても、こんな恥ずかしい思いをさせられても、どうして彼女が一切怒らずに笑っていられるのか
その、どこまでも優しく、そしてどこか哀しいほどに健気なユメの心の奥底に隠された「本当の想い」のことを、この時の俺たちはまだ、知る由もなかったのである