ーー深い海から浮上する感覚
目が覚めたらあら不思議…… 周りを見渡してみるとあたり一面、砂浜と海しかありませんでした。
「いや、どこやねん」
一人そう呟いた言葉は、波の音で静かに寂しく消えていった。
*
俺には、前世がある。
……いや。
正確に言えば、一つじゃない。
何人もの俺がいた。
剣を握っていた俺。
魔術を使っていた俺。
銃を握っていた俺。
戦場で誰かを守っていた俺。
名前すら思い出せないような、どこにでもいる普通の人間だった俺。
それらは全部、夢なんかじゃない。
俺は覚えている。
手に残る剣の重さも。
魔力を巡らせたときの感覚も。
血の匂いも。
誰かの死に顔も。
そして――誰かを救えなかったときの後悔も。
だから、俺はずっとそう思っていた。
自分は何度も生まれ変わってきたのだと。
前世。
そのまた前世。
さらに、その前。
どれだけ遡っても、俺は俺だった。
……少なくとも、そう思っていた。
その他にも色々な前世の記憶がある。
まあ、所謂転生ってやつ?
こんだけ複数の世界を渡り歩いてくれば精神は擦り切れ、感情は欠落していき限界を迎えるだろう……
だが、俺は走った。どんなに寂しかろうと、辛かろうと、死にたいときも、いつ終わりを迎え、いつ別の世界に転生するかもわからない日常を、俺はただひたすらに我武者羅に走ったのだ。
だから今この状況は俺にとっては喜ばしいものだった。
数えれば血生臭い記憶ばかりだ……たまには壊れた建物も、近代的な建物も、巨大な門も何もない場所で少しゆっくりしても罰は当たらない筈だ。
「考えてもしゃーない。少し海に潜るか~」
そう言って、俺は砂浜を歩き出した。
ーー波打ち際まで来たところで、ふと足を止める。
……そういえば。
今の俺って、どんな格好してたっけ。
さっきから妙に髪が鬱陶しい。肩にかかる髪を鬱陶しそうに払いのける。
……長い。随分と長い。
「……?」
手に絡んだ髪を見つめる。
淡い銀色。
自分の髪にしては、やけに綺麗だ。
まあ、前世を何度も繰り返していれば、髪色なんて珍しくもない。
そう思って、そのまま海へ入ろうとした。
――その瞬間。水面に、自分の顔が映った。
「……へ?」
誰だ、こいつ。
思わず立ち止まる。
水面が波で揺れている。
けれど、そこに映っている顔は間違いなく俺だった。
……いや。
正確には。
「……俺?」
少し長い銀灰色の髪。
柔らかな輪郭。
大きな瞳。
どう見ても――
「女じゃん」
思わず口に出した。
もう一度、水面を見る。
頬に触れる。
同じように、水面の少女も頬に触れた。
「…………」
頬をつねる……痛い。
夢じゃない。
「…………マジか」
胸元を見る。
視線を落とす。
そこにあるものを確認する。
数秒。
いや、十数秒。
俺は完全に固まっていた。
「………………女になってる?」
声まで、以前より少し高い。
試しに喉を鳴らす。
「……あー」
知らない声だ。
いや。
知らないというより――
懐かしい。
そんな気がした。
「……なんで?」
当然の疑問だった。
転生なんて、今まで何度も経験してきた。
男だったこともある。
女だったこともある。
人間ですらなかったことだってある。
だから、女になっていること自体は別に珍しくない。
問題は――
「……俺、今までの記憶……全部あるよな?」
剣を握った記憶。
魔術を使った記憶。
銃を撃った記憶。
戦場を駆けた記憶。
数え切れないほどの人生。それらは全部、確かに残っている。
なのに。
今回だけは
「……自分が女だった記憶がない」
胸の奥が、ざわついた。
おかしい。
今までの転生なら、目覚めた時には必ず前世との境界があった。
「前の俺」と「今の俺」それは明確に分かれていた。
なのに今回は違う、俺は俺のまま。
記憶もそのまま。
なのに――身体だけが違う。
「…………」
もう一度、水面を見る。
そこには見知らぬ少女がいた。
けれど。
なぜだろう。
その顔を見ていると、妙に胸が苦しくなる。
まるで――
ずっと昔から知っていたような。
「……誰なんだよ、お前」
水面の少女は、何も答えなかった。