「……女になってる?」
水面に映った自分の姿を眺めながら、俺は首を傾げた。
銀灰色の髪。
細い身体。
どう見ても女だ。
「……まあ、いいか」
何度も転生してきた俺にとって、今さら性別なんて大した問題じゃない。
それよりも――
「海、入りてぇ」
こっちの方が重要だった。
服を適当に脱いで、俺は海へ飛び込んだ。
ーー冷たい。
けれど気持ちいい。
身体を水に預けて、そのまま深く潜っていく。魚が逃げていく。
光が水面から差し込んでいる。
静かだ。
久しぶりだ。
こんなに何もない場所は。
「……ん?」
岩陰に、何かがいた。
白っぽい、小さな生き物。
「ウミウシ?」
珍しいなと思い俺は近づいて、じっと眺める。
するとーー
ウミウシが、ぬるりと動いた。
「…………」
「…………」
なんとなく目が合った気がした。
「お前、こんなところで何してんの?」
当然、返事はない。
「……まあ、俺も似たようなもんだけど」
そんな独り言をこぼしまたウミウシに視線を戻した。
その瞬間、ウミウシは既に目の前にいた。いや、正しくはこちらに飛んできたと言ったほうがいいだろう……
「ヒヒヒヒ、人だーーーーー!! よかったぁ、よかったよぉ~……!!!
もう一生誰にも会えないと思ったから安心したよぉぉぉ……」
そう叫びながらウミウシはもの凄い勢いで俺の顔面に張り付いた。
「――!? グヘェ!!」
顔面に張り付いた謎の軟体生物を、俺は慌てて引っぺがした。
「げほっ、ごほっ……! おまっ、いきなり何すんだ!!」
「えへへ、ごめんごめん! いやぁ~、まさか人間に会えるなんて思わなくて!」
「だからって人の顔面に飛びつくんじゃねぇよ!」
手のひらの上で、白いウミウシがけらけらと笑っている。
……いや、ウミウシって笑う生き物だったか?
「……で、お前は何者なんだよ」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
ウミウシは、なぜか得意げに胸を張った。
「私はかぐや! 大好きな人のために月からやってきた超絶美少女なのであーる!」
「…………」
「ちょっと! なんか言ってよ!」
「いや、ウミウシじゃん」
「ウミウシじゃないもん!!」
……なんだこいつ。
月から来たとか、美少女だとか。ツッコミどころが多すぎる。
「まあいいや。それで、なんでこんなところにいるんだ?」
「あー、それはね!」
かぐやは、さっきまでの勢いそのままに話し始めた。
「もう一度、地球に行こうとしたんだけどね。そしたら途中で隕石にぶつかっちゃって!」
「……は?」
「気がついたら海に落ちてたの! もー、ほんっとドジったし大変だったんだから!」
「…………」
隕石。
月。
地球。
……情報量が多い。
「つまり、お前は月から地球に来ようとして、隕石にぶつかって、ここに落ちたってこと?」
「そゆこと!」
「……そっか」
「えっ、納得するの!?」
「いや、俺も似たようなもんだし」
「どこが!?」
どこがと言われても困る。
俺だって気づいたら知らない海岸にいたのだ。しかも、身体まで変わっている。
人のことを笑える立場じゃない。
「……ところでさ」
俺は海の向こうを眺めた。
「ここ、どこなんだ?」
「え?」
「いや、地球なのはわかったけど。どこの海なんだよ」
「うーん……」
かぐやは考え込むように、しばらく黙った。
「……わかんない!」
「おい」
「だって、隕石にぶつかったんだもん! そんな余裕なかったんだってば!」
まあ、それはそうか。
そもそも俺たちがいる場所を知る手段なんて、今のところ何もない。
「とりあえず、陸に戻るか」
「さんせーい!」
そうして俺たちは、ひとまず砂浜へと戻ることにした。
*
「ぷはっ!」
砂浜に上がり、俺は大きく息を吐いた。
……いや、別に息継ぎが必要だったわけじゃないけど。気分的な問題だ。
「ふぅ。やっぱ陸はいいな」
「うんうん! やっぱり地球って最高だね!」
「お前、さっきまで海に沈んでたんじゃねぇの?」
「細かいことは気にしない!」
こいつ、絶対に反省してないな。
そんなことを考えながら、俺は濡れた髪をかき上げた。
「……さて」
これからどうするか。
人里があるのかもわからない。ここがどこなのかもわからない。そもそも、俺はどうしてこんな場所にいるのか。
考えることはいくらでもある。
……とりあえず、歩いてみるしかないか。
「なあ、カグヤ。お前、これからどうするつもり――」
「…………」
「……ん?」
返事がない。
不思議に思って手元を見れば、カグヤがぴたりと動きを止めていた。
「……カグヤ?」
「…………」
なんだ?
さっきまであんなに騒がしかったのに。
嫌な予感がして、自分の身体を見下ろす。
――あ。
そういえば。
服、着てなかったわ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えええええええええええええっ!?」
「うるっさ!?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと!? あなた、な、なななななななななにしてるの!?」
「いや、海に入ってただけだけど……」
「そういう問題じゃなーーーい!!」
……ああ。
そういや、俺、今は女なんだった。
いや、別にいいか。
「とりあえず落ち着けって」
「落ち着けるわけないでしょーーーっ!!」