「落ち着けるわけないでしょーーーっ!!」
「いや、そんな大声出すなって……」
「出すよ!! 出すに決まってるでしょ!!」
かぐやは俺の手のひらの上で、びたびたと暴れ回った。
……ウミウシって、こんなに動き回る生き物だったっけ。
「と、とにかく! 女の子なんだから服! 服を着てっ!!」
「いや、服なんて持ってねぇし」
「なんで持ってないの!?」
「最初着てたけど…… 海に入るのに邪魔だったから脱いだ」
「そういう問題じゃなーーーい!!」
理不尽だ。
そもそも、こいつに見られて困るような相手でもないだろうに。
……いや、そもそも俺は今、女なんだったか。
まあ、いいか。
「わかったわかった。もうどこにあるかわかんねえけど、着るもん探せばいいんだろ」
「本当にわかってる!?」
「はいはい」
俺は適当に返事をして、砂浜を見渡した。
見えるのは、白い砂浜と青い海。それから、少し離れた場所に広がる森。
人影はない。
建物もない。
あるのは自然だけ。
「……なあ、かぐや」
「な、なに?」
「お前、服とか食べ物とか持ってないの?」
「……」
「……おい」
「…………ないです」
「お前なぁ……」
月から地球に来たとか言っていたから、何か便利な道具くらい持っているのかと思った。
どうやら期待した俺が馬鹿だったらしい。
「うぅ……だって、隕石にぶつかったんだもん……」
「はいはい。わかったから、そんな落ち込むなって」
しょんぼりしたかぐやを見て、俺は小さくため息をついた。
別に責めるつもりはなかった。
俺だって、気がついたらこんな場所にいたのだから。
「とりあえず、服は多分さっき脱いだところにあると思うし、食料は森に行くぞ。食べられそうなものくらいあるだろ」
「おおっ! 頼りになるねぇ!」
「まだ何もしてねぇよ」
「じゃあ、これから頼りにする!」
「……調子いいな、お前」
そう言いながら、俺はカグヤをそっと砂の上に置いた。
……いや、置いたところで、こいつ歩けるのか?
「なあ。お前、移動どうすんの?」
「え?」
「え、じゃねぇよ。ウミウシだろ、お前」
「だからウミウシじゃないってばぁ!」
かぐやは抗議しながら、ぴょこんと跳ねた。
そして。
ぺちょっ。
俺の足に張り付いた。
「…………」
「…………」
「……お前さぁ」
「えへっ」
「えへっ、じゃねぇよ」
結局、俺はかぐやを手のひらに乗せて歩くことになった。
なんでこうなった。
*
何とか脱いだ服を見つけて森に入ると、潮の匂いが少しずつ薄れていった。
代わりに、湿った土と草木の匂いが鼻をくすぐる。
木々の隙間から差し込む光。遠くで聞こえる鳥の声。
……うん。
悪くない。
「ねえ、そういえば名前! 名前教えて!」
「ん? あー朔」
「サク!! さっきから思ってたんだけど、サクって変わってるね!」
「初対面の相手に言うことか、それ」
「だって、普通もっと慌てない?」
「何に?」
「自分が女の子になってたこと!」
「ああ……」
俺は少し考えた。
「まあ、何度も生まれ変わってるしな」
「……え?」
しまった。
つい口が滑った。
「何度もって……どういうこと?」
「そのまんまの意味。前世の記憶があるんだよ。ひとつだけじゃなくてな」
「えええええっ!? なにそれ!?」
「声でかいって」
「だって気になるじゃん!! 剣を使ってたとか!? 魔法使いだったとか!? もしかして王様!?」
「さあな。剣を握ってたこともあるし、魔法を使ってたこともある。普通に生きてた人生もある」
「スゲーっ!!」
かぐやは目を輝かせた。
「じゃあ、いろんなこと知ってるんだ!」
「知ってることもある。でも、全部覚えてるわけじゃない」
「ふぅん……」
かぐやは俺をじっと見つめた。
その視線が、なぜだか少しくすぐったい。
「……なんだよ」
「ううん。なんか、すごいなぁって」
「そうか?」
「うん!」
かぐやは笑って?るんだと思う、多分。
その瞬間。
――なぜか、胸の奥がちくりと痛んだ。
知らないはずなのに。
初めて見る笑顔?というか見えないはずなのに。
ずっと昔から、その笑顔を知っていたような気がした。
「……?」
「朔?」
「いや、なんでもない」
気のせいだろう。
俺はそう結論づけて、再び歩き始めた。
*
しばらく歩くと、小さな川を見つけた。
「おっ、川だ」
「お水! 飲めるかな?」
「さあな。見た目だけじゃわからん」
俺は川辺にしゃがみ込み、水の流れを観察した。
透明度は高い。変な臭いもしない。
だが、それだけで飲めると判断するのは危険だ。
「……ひとまず、飲むのはやめとこう」
「えーっ!?」
「腹壊したら面倒だろ」
「むぅ……」
かぐやが不満そうに頬を膨らませる。
……てか、こいつ腹とか壊すのか?
そのときだった。
川辺の石に、何か刻まれているのが目に入った。
自然にできたものとは思えない。
誰かが、何かを刻んだような跡。
「……なんだ、これ」
気がつけば、俺はその石に手を伸ばしていた。
指先が傷に触れる。
その瞬間。
脳裏に、知らない光景がよぎった。
和風っぽく景色がよく見える部屋。
ソファで馬乗り? になる銀髪の女の子、がこちらに顔を近づける。
『朔』
俺の名前を呼ぶ、そして――。
『もう、絶対逃がさないからね?』
「ひっ…………」
思わず手を引っ込めた。
「え?何、朔? うわ……顔赤いよ?どしたの?」
「……いや、なんか馬乗りされながら脅迫される光景が」
「え、どゆこと?てかそうゆう趣味?」
「ちげえよ……っ!!」
心臓が、妙にうるさい。
今のは何だ。
俺の記憶か?
いや、違う。
あんな光景、覚えがないし……あんなに目にハイライトがない女の子知らないし怖いーーというか手を縛られているように見えたんだが……
なのに。
どうして、こんなに懐かしいんだ。……あの光景と俺の状態は決して認めたくないが。
「……朔、大丈夫? あ!かぐやはサクがどんな趣味してても応援してるから安心してっ!」
「ちげえっつの! ……なんでもない。行こうぜ」
俺は石から目を逸らし、立ち上がった。
今はまだ、考えても仕方がない。
そう思った。
けれど。
手のひらの上で、かぐやもまた、その石をじっと見つめていた。
彼女の胸の奥にも、理由のわからない懐かしさが生まれていたことを、俺は知らない。