TCG未経験の36歳無職、TCG能力《因果祭典》で異能バトル世界を駆け抜ける 作:パラレル・ゲーマー
水曜日の午前十時。
和真は自宅のソファに深く背を預け、マグカップの温かいコーヒーを啜りながら、朝のワイドショーが垂れ流す街頭インタビューをぼんやりと眺めていた。
カレンダーを見ても、今日の欄は真っ白だ。
昨日は霞が関の八咫烏へ足を運び、その足で能力者訓練施設へ向かい、人生で初めて「能力者としての仕事」をこなした。五万円という破格の報酬が確定したものの、支払いは後日の銀行振り込みなので、今すぐ手元の現金が増えたわけではない。それでも、自分の異能が社会で明確な価値を持ったという事実は、心地よい余韻として胸に残っていた。
「……昨日は仕事したんだから、今日くらいは完全に休んでいいだろ」
会社員時代であれば、水曜日の朝からこんな風にテレビを見ていること自体、高熱でも出さない限りあり得なかった。だが、今の自分はどこにも所属していない無職だ。働く日も休む日も、すべて自分の裁量で決めていい。
そんな平穏な怠惰を噛み締めていた矢先、ローテーブルの上でスマートフォンが短く震えた。
画面を覗き込むと、メールの着信通知。送り主は八咫烏の担当官、高梨紗季だった。
件名には『昨日の訓練協力に関するご報告』とある。
「……まさか、もう次の仕事の話じゃないだろうな」
一抹の警戒心を抱きつつ、和真はメールを開いた。
そこには、昨日の実技訓練を終えた後、訓練主任の真壁がまとめた評価レポートが八咫烏の関連部署内で共有されたという旨が綴られていた。
評価書で特に重視されていたのは、二体の召喚騎士が見せた自律的な連携だった。
ミラは前衛、セレスは後衛。それぞれが和真の細かな指示を待たずに動き、間合いや射線を自分たちで調整していた。
さらに、和真の《天輪の標章》によって優先対象が明確になり、二体が真壁の突破を防いだ判断も記録されている。
昨日の模擬戦で見たことが、訓練の専門家によって一つずつ言葉になっていた。
「……へえ。俺が思ってたより、ずいぶん細かく分析されて評価されてるんだな」
和真としては、ミラとセレスが頑張ってくれたところへ最後に《標章》を一枚使っただけ、という感覚が強い。こうして評価書で読むと、まるで自分ではない誰かの仕事の話のようだった。
さらにメールの下部を読み進めると、思わぬ記述があった。
その共有されたレポートを見た八咫烏内部の別部署から、早くも高梨のもとへ「その能力者の利用可能性について」の問い合わせが数件入っているというのだ。
例えば、訓練施設の別の指導班からは「集団戦や複数対象への対処訓練の相手として組めないか」という打診。さらには、特殊事象の安全対策を受け持つ部署から「生身の職員が立ち入るにはリスクがある危険区域の事前偵察や先行確認に、その自律型召喚体を使えないか」といった相談まで寄せられているらしい。
「……おいおい、待て待て。俺は昨日、初めてお試しで仕事したばっかりだぞ?」
もちろん、秘密裏に管理されている能力者社会の話だ。街中で噂になったり、いきなり全国区の有名人になったりするわけではない。あくまで八咫烏という組織のイントラネット内で「面白い新規登録者がいるぞ」と関連部署の担当者たちがざわついている段階なのだろう。
それでも、無職の身としては少々話が飛躍しすぎている気がした。
画面をスクロールすると、最後には『※いずれも内部での照会段階であり、現時点で三浦さんへ追加のご協力を強制・要請するものではありませんのでご安心ください』という高梨の丁寧な一文が添えられていた。
「……ああ、よかった。脅かすなよ」
ホッと胸を撫で下ろした、その直後だった。
手の中のスマートフォンが、今度は着信音を鳴らして激しく振動し始めた。画面には『高梨紗季』の文字。
「結局、電話もかけてくるのかよ」
苦笑しながら通話ボタンをタップし、耳に当てる。
「もしもし、三浦です。おはようございます」
『おはようございます、三浦さん! 先ほどお送りしたメール、ご覧いただけましたか!?』
「ええ、ちょうど今読み終わったところです。ずいぶん好評だったみたいですね」
『はい! しかも、真壁主任のレポートが内部で共有されてから、私の端末にあちこちの部署からチャットが届いていまして! まだ正式な依頼ではありませんけど、こんなに早く反響が出るとは思っていませんでした!』
朝っぱらから実にテンションが高い。自分の担当している能力者が褒められて、純粋に鼻が高いのだろう。
和真はコーヒーを一口飲み、わざと落ち着いたトーンで釘を刺した。
「あの、高梨さん。念のため確認しておきますけど、俺は能力者としてバリバリ働くために前の会社を辞めたわけじゃないですからね?」
『はい、もちろん存じ上げております』
「少なくとも半年くらいは、誰にも縛られずにのんびり無職生活を満喫する予定だったんです」
『ええ、最初の日からそう伺っています』
「……それを全部理解した上で、新しい仕事の話を振ってきてるんですね?」
『いえっ、今回はあくまで「こういう反響がありました」という業務報告です! まだ正式な依頼としてお繋ぎしたわけではありませんから!』
電話の向こうで高梨が慌てて弁明する気配が伝わり、和真は思わず吹き出した。
冗談めかして牽制はしたものの、高梨がこちらの意向を無視して無理やり仕事を押し付けるような人間でないことは、これまでの付き合いでよく分かっている。
『ただ、今後正式な依頼として先方から打診があった場合、どのあたりまでなら三浦さんのご興味に合うのか、あらかじめご希望のラインを伺っておきたいと思いまして』
「希望のライン、ですか」
和真はソファの背もたれに頭を預け、天井を見上げた。
正直なところ、昨日の訓練協力は悪くなかった。怪異や凶悪犯と命懸けで戦うような危険はなく、安全な施設の中で自分のカードの性能を確かめることができた。その上、数時間の稼働で五万円という報酬まで出る。
一方で、せっかく手に入れた自由な時間を手放す気は毛頭ない。毎週決まった曜日に拘束されたり、危険な現場へ引っ張り出されたりするのは真っ平ごめんだ。
「まあ、昨日みたいな訓練施設での協力くらいなら、こっちの予定が合う時に単発で引き受ける分には構いませんよ。自分のカードの検証にもなりますしね」
『ありがとうございます! やはり安全性の高い訓練系が第一候補ですね』
「ええ。ただ、毎日決まった時間に出勤しろとか、週に何日以上必ず入れみたいな常勤に近い話は全部断ってください。せっかく無職になったのに、またフルタイムで働いたら何のために退職したのか分かりませんから」
『ふふっ、承知いたしました。では、三浦さんの基本方針は「ご自身のスケジュール優先で、安全性の高い単発案件のみをスポットで受ける」という形で記録しておきますね』
こちらのワガママとしか思えないような条件を、高梨はあっさりと肯定してくれた。能力者の希少性ゆえの優遇なのだろうが、実にありがたい環境だ。
『それと、昨日の実演結果を踏まえてもう一点だけ。今後、訓練協力を継続的にお願いする場合、やはりカードの使用履歴と手札の状況がネックになってきますね』
「ああ、そうですね。昨日使った《ミラ》と《セレス》は、もう捨て札に行っちゃってますから。次に呼ばれても、同じ二体を出すことはできませんよ」
『ええ。一度使用したカードがすぐには山札に戻らない以上、毎回同じ騎士をオーダーできるわけではない、という点は私の方からも各部署へしっかり説明しておきます。依頼を受ける際は、その時点で三浦さんがご用意できるカードに合わせて内容を調整させましょう』
「助かります。そこを勘違いされたまま現場に行って『今日は弓兵は出せません』ってなったら、お互い気まずいですからね」
商社マン時代、商品の在庫状況や納期の認識ズレから生じるトラブルは嫌というほど見てきた。間に立つ高梨がそのあたりの仕様を正確に理解し、クッションになってくれるのは本当に心強い。
一通りの確認を終え、高梨との通話を切った和真は、スマートフォンをテーブルに置いて小さく息を吐いた。
「……まさか初仕事の翌日に、あちこちから引き合いが来てるなんて電話が来るとはな」
自分の能力が認められるのは、素直に気分がいい。
だが同時に、こうして少しずつ周囲との関わりや予定が増えていく現状を思うと、なんだか奇妙な気分にもなる。
「……無職って、俺が思ってたよりずっと忙しい職業なのか?」
そんな哲学的な疑問を呟きながら、和真は冷めかけたコーヒーを飲み干した。
高梨との電話を終えてから三十分ほど経った、午前十一時前。
テレビを消してそろそろ昼食をどうするか考えていた和真のスマートフォンが、再びブブッと震えた。
今度はメールではなく、メッセージアプリの通知だ。画面に表示された名前に、和真は思わず遠い目をした。
『久保田大地:三浦さん、今日どう?』
「……お前もか」
新宿の地下施設『鳥籠』の常連であり、先週の木曜日に模擬戦で《城壁のガルド》と殴り合った、あの《鋼皮》の能力者だ。
あれ以来、週末も週明けも、まるで日課のように「いつ鳥籠に来るんだ」「次は別の騎士を出してくれ」とメッセージを送ってきていた男である。
いつもなら「予定が未定なのでまた今度」と適当にいなすところだ。
だが、今日の和真は返信を打つ前に少しだけ指を止め、視界の右上に浮かぶ《因果祭典》のステータスに意識を向けた。
『DECK 17』
『HAND 4/7』
『MANA 3/3』
『STORED DRAW 7/7』
『DISCARD 9』
昨日の訓練が終わり、夜間を経てマナもドロー権も完全に上限まで回復している。
そして現在、和真の手札に残っている四枚のカードはこれだ。
《天輪の拘束鎖》 Cost:3
《天輪の光矢》 Cost:1
《天輪騎士-重鎧のバルガ》 Cost:4
《天輪総騎-アルシオン》 Cost:6
コスト4の《バルガ》とコスト6の《アルシオン》は、現在のマナ上限『3』では召喚できない。つまり、今の和真の手札には、すぐに呼び出せる召喚騎士が一体もいない状態なのだ。
その代わり、初日からずっと手札に温存し続けてきたコスト3の補助カード――《天輪の拘束鎖》がある。
「……対象を光の鎖で拘束する、か。対象の抵抗力が強いほど持続時間が減少する、と」
和真は頭の中で、カードの効果テキストを反芻した。
これまで《手当》で治療を試し、《転進》や《護壁》、《標章》で騎士のサポートを試してきた。しかし、相手の行動を直接縛る「妨害・拘束系」のカードは、まだ一度も実戦で使ったことがない。実際にどれほどの拘束力があるのか、何秒くらい持つのか、一度ちゃんとした能力者を相手にデータを取っておきたいと思っていたところだった。
そして、今まさに連絡してきた久保田大地は、全身を鋼のように硬くする《鋼皮》の使い手であり、かつ頑丈さと格闘技術に絶対の自信を持つTier4の常連だ。
「……あいつなら、拘束系のカードを試す実験台としては、これ以上ない相手なんじゃないか?」
もちろん、本人の同意と施設の安全管理があることが大前提だが、あの戦闘狂がそんな検証を断るとは思えない。
和真は少し考え、フリック入力で返信を打った。
『今日は午後なら時間ありますよ。ただ、前に出した盾の騎士(ガルド)はもう使えません』
送信した瞬間、一秒で既読がついた。スマホを握りしめて待っていたのかと言いたくなる反応速度だ。
『大地:えっ、マジ?』
『和真:マジです』
『大地:じゃあ、別の速い騎士とかは!?』
『和真:実は今、手札の関係で騎士は一体も出せないんです』
さすがに「騎士が出せない」と伝えれば、模擬戦が目当ての大地は「じゃあまた今度にするわ」と引き下がるかもしれない。
少しだけ間が空いた。そして、返ってきたメッセージは予想の斜め上を行くものだった。
『大地:じゃあ今日、三浦さんは何ができるの?』
「……そこから聞いてくるのか、こいつ」
和真は苦笑しつつ、正直に要件を打ち込んだ。
『和真:今は、相手の動きを封じる「拘束系」のカードが一枚使えます。まだ一度も使ったことがないので、どれくらい効くのか試してみたいんですが』
『大地:拘束!?』
『和真:はい。光の鎖で相手を動けなくするような効果らしいです』
『大地:それ、俺の《鋼皮》の上からでも効くかな?』
『和真:まだ試してないので、さっぱり分かりません』
数秒後、画面に弾けるような返信が表示された。
『大地:じゃあ試そうぜ!! 俺が実験台になるわ!』
「……やっぱり、そういう反応になるよな」
呆れつつも、和真の口元は自然と緩んでいた。
相手が納得ずくで付き合ってくれるなら、こんなにありがたい話はない。和真は最後に『初めて使うカードなので、安全管理のできる訓練ケージで、施設の職員さんに立ち会ってもらえるなら行きます』と条件を出し、大地から『了解! ケージの予約と立会人、俺の方で手配しとく!』という快諾を取り付けた。
約束の時間は午後三時。
今回はあえて、溜まっている七回分の『STORED DRAW』は使わないことにした。今ここで新しいカードを引かなくても、手札には検証目的である《天輪の拘束鎖》がすでにある。余計なリソースは温存したまま、新宿へと向かうことにした。
午後二時五十分。
和真は再び新宿区内の雑居ビルを訪れ、従業員用の通路から地下の能力者専用施設『鳥籠』へと続く階段を下りていた。
前回は高梨に引率されての入場だったが、今回は一人だ。もっとも、仮登録証を受け取った登録能力者なら入口を認識できると、高梨から説明されている。実際、今回も結界の向こうにある扉は問題なく見えており、和真は迷わず施設へ入ることができた。
扉を抜けると、そこには相変わらず地下とは思えない明るく広大な共用スペースが広がっていた。
カフェから漂うコーヒーの香り、ショップを覗く能力者たち、テーブルで談笑する学生風のグループ。
「……何度見ても、ここだけ切り取れば普通の綺麗なショッピングモールだよな」
ただ、すれ違う人々の多くが常人離れした異能を秘めているという点だけが、地上とは決定的に異なっている。
そんな空間を抜けて奥の訓練区画のロビーへと向かうと、トレーニングウェア姿で仁王立ちしていた久保田大地が、和真の姿を見つけるなり大きく手を振って駆け寄ってきた。
「三浦さん! やっと来たな!」
「やっとって……約束の三時より十分も早いでしょうが」
「いや、木曜に戦ってから今日まで、俺がずーっと誘ってたって意味で!」
「ああ、そういうことですか。しつこいくらい通知来てましたからね」
大地は悪びれる様子もなくニカッと白い歯を見せて笑い、そして思い出したように身を乗り出してきた。
「てかさ、三浦さん! 昨日、向こうの訓練施設ですごいことやったんだってな!」
「……え? なんでそれを知ってるんですか?」
「今日ここに来る前に、向こうの施設にも顔を出してる常連の知り合いから聞いたんだよ! 『昨日、新人の召喚能力者がめちゃくちゃ強い騎士を二体同時に出して、あの真壁主任の突破を完封したぞ』って!」
和真は目を丸くした。
八咫烏の機密データが漏れたわけではないらしい。昨日、二階のガラス越しに訓練を見学していた若い訓練生や関係者の誰かが、守秘義務に抵触しない範囲で「すごい召喚能力者を見た」と仲間に話したのが、鳥籠のコミュニティに伝わったようだ。狭い業界ならではの口コミの速さである。
「一人はめっちゃ速い剣士で、もう一人は百発百中の弓兵だったんだろ!? いいなー、俺ともその二体同時で戦ってくれよ!」
「だから、さっきメッセージでも言った通り、俺のカードは一回使ったら捨て札に行って、しばらく使えなくなるんですって」
「ええーっ!? 一回きりなの!? もったいねえ!」
「そうなんですよ。便利なカードでも、一度使ったら手札には戻らないんです」
まるで新しいおもちゃを取り上げられた子供のように悔しがる大地をなだめつつ、二人は受付へと向かった。
午後三時十五分。
大地が手配してくれていた小規模な検証用ケージへと入った。先日の模擬戦で使ったメインアリーナほど広くはないが、周囲は同じように分厚い強化ガラスと衝撃吸収材で囲まれている。
ケージの脇には、安全管理担当の施設職員の男性が一人、計測用のタブレットと緊急介入用の機材を持って立ち会ってくれていた。
「えー、本日は三浦さんの未検証能力《天輪の拘束鎖》の動作確認と、久保田さんの《鋼皮》に対する有効性の検証ですね」
職員が事前申告されたシートを読み上げる。
大地の《鋼皮》は、全身の表層組織を鋼鉄並みに硬化させ、打撃や斬撃に対する防御力を大きく高めるTier4の能力だ。和真は、今回の鎖がその防御にどこまで通用するのか、まだ想像できていなかった。
一方、和真の《拘束鎖》は今回が初使用であり、どの程度の物理的・因果的な拘束力が発生するのか、また和真の意思で任意解除ができるのかどうかもまだ分かっていない。
「大地さん。念のため言っておきますけど、鎖が締まりすぎて痛かったり、息が苦しかったりしたら、我慢せずにすぐ言ってくださいね」
「分かってるって! 俺も自分の身体が資本だからな」
「あと、効いてるかどうか試すのはいいですけど、無理に力任せに引きちぎろうとして関節を痛めたりしないでくださいよ?」
「……ちょっとだけ本気で引っ張ってみるくらいならいいだろ?」
「ダメです、怪我したら俺の寝覚めが悪いんで」
「ちぇー、はいはい、安全第一ね」
小学生に言い聞かせるようなやり取りに、立ち会いの職員が小さく肩を震わせて笑った。
職員から「呼吸の阻害や過度な圧迫が見られた場合は、ただちに外部から遮断措置をとります」という最終説明を受け、大地が同意欄にサインをして、準備は完了した。
ケージの中央に立った大地が、軽く肩を回して息を吐く。
「じゃあ、こっちは最初から《鋼皮》を使った状態でいくぞ!」
大地が気合を入れると、その肌の色調がわずかに鈍い金属質を帯び、表面の質感が硬質なものへと変化した。先週、ガルドの盾と正面からぶつかり合ったあの鉄壁の防御形態だ。
「よし、いつでも来い、三浦さん!」
「……本当に大丈夫ですね? なんだか俺が悪代官か何かになった気分なんですが」
「大丈夫だって! 早く撃ってみろよ!」
大地の待ちきれないといった催促に押され、和真は安全ラインの手前で左手を掲げた。
手札の四枚から、《天輪の拘束鎖》(Cost:3)を引き抜く。
現在のマナ上限『3』をすべて注ぎ込む、現時点での大技だ。コスト1のミラとコスト2のセレスを二体並べるのと同じだけのリソースを、たった一枚の行動制限に費やすことになる。
「……じゃあ、いきます。《天輪の拘束鎖》!」
和真が大地を見据え、カードを発動させた。
『《天輪の拘束鎖》 Cost:3』
『MANA 3/3 → 0/3』
『HAND 4/7 → 3/7』
『DISCARD 9 → 10』
マナが一気にゼロへと落ち込み、手元のカードが眩い光の粒子となって弾け飛んだ。
その直後――ケージの中央に立つ大地の周囲の空間が、バチッと音を立てて発光した。
虚空から突如として出現したのは、白銀の輝きを放つ四本の『光の鎖』だった。
ジャラッ、ガシャン!! と、光でできているはずなのに驚くほど重厚で硬質な金属音がケージ内に響き渡る。
出現した四本の鎖は、まるで意志を持った蛇のように一瞬で大地の位置を捕捉し、目にも止まらぬ速さでその両腕、胴体、そして両足首へと幾重にも巻きついたのだ。
「うおっ!?」
あまりの発生速度の速さに、身構えていたはずの大地が驚きの声を上げた。
回避する暇など一秒もなかった。鎖はそのまま空中の見えない杭にでも繋がっているかのようにピンと張り詰め、大地の全身をその場に縫い止めるように固定した。
「……お、おお?」
「どうです、大地さん? 苦しくないですか?」
「苦しくはないけど……おい、これ、マジで動かねえぞ!?」
大地は目を見開き、鎖で胴体に固定された両腕を動かそうとグッと力を込めた。
大地の額に血管が浮き上がり、鍛え上げられた上腕の筋肉が膨れ上がる。ギギッ、と光の鎖がわずかに軋むような音を立てたが、鎖の輪は一ミリたりとも緩む気配を見せなかった。足元も同様で、一歩前に踏み出そうとしても、足首に絡みついた鎖が重りのように機能して重心を動かすことすら許さない。
「……すげえな、これ! 俺の《鋼皮》、全然関係ないじゃん!」
「そうみたいですね」
和真も観察しながら、なるほどと納得した。
大地の《鋼皮》は、あくまで「外から加えられる打撃や刃物による損傷を防ぐ」ための鎧だ。
しかし《天輪の拘束鎖》は、そもそも皮膚を傷つけようとする攻撃ではない。胴体や関節を鎖で縛って動きを制限する以上、皮膚がどれほど硬くても、そのまま防げるとは限らないのだ。
《鋼皮》そのものが無効化されたわけではない。少なくとも今回の大地には、硬さとは別のところから拘束が通じたらしい。
「久保田さん、痛みのない範囲で、もう少しだけ抵抗を試みていただけますか?」
立ち会いの職員の指示を受け、大地は「よしきた!」と全身に力を込め、身体を捻ったり肩を揺らしたりして脱出を試みた。
この鎖が単なる物理的な金属の塊なのか、それとも「行動を制限する」という概念そのものを押し付けているのか、外見だけでは判別がつかない。ただ確かなのは、Tier4の常連として日々肉体を鍛えている大地が本気で暴れても、鎖はビクともせず、完全にその場での足止めが成立しているという事実だった。
「……くそっ、これ、力任せに引っ張っても力が逃げる感じがあるぞ! 普通の鉄の鎖よりタチが悪い!」
大地が悔しそうに、しかしどこか楽しそうに唸り声を上げる。
そして、発動から二十数秒が経過した頃だった。
大地の全身を縛り上げていた白銀の鎖の輪郭が、ふっと淡く揺らぎ始めた。次の瞬間、鎖はガラス細工が溶けるように光の粒子へと分解され、跡形もなく空気中へと消え去った。
「……おっ、解けた!」
拘束から解放された大地が、その場で軽くジャンプし、両腕をぐるぐると回して関節の具合を確かめる。外傷もなければ、圧迫による痺れも残っていないようだった。
「持続時間、実測で二十四秒ですね。対象の抵抗による減少幅や、召喚主による任意解除の可否については、また次回以降の課題となりますが、初期データとしては十分です」
職員がタブレットの数値を保存し、和真に頷きかけた。
もちろん、この「二十四秒」という数字が固定値なのかどうかは分からない。カードのテキストには『対象の抵抗力が強いほど持続時間が減少する』と書かれていた。大地よりも抵抗力の強い相手なら短く、抵抗の弱い相手なら長く持続するのかもしれない。空間移動系の能力者が拘束から抜け出せるかどうかも、まだ分からない。
だが、一枚しかなくて再試行ができない今回の検証だけでも、得られた収穫は極めて大きかった。
ケージから出てきた大地は、タオルで額の汗を拭いながら、満面の笑みで和真の肩をバンバンと叩いた。
「いやー、すげえな三浦さん! あれ、めちゃくちゃ強いぞ!」
「怪我はなかったですか?」
「全然平気! 痛くも痒くもないのに、指一本自由に動かせなくなるんだもんな。俺の《鋼皮》でガチガチに固めてても、ああやって止められたらお手上げだわ!」
自分の能力が完封されたというのに、大地には不機嫌な様子が微塵もなかった。むしろ、未知の手品を見せてもらった少年のように目を輝かせている。
「普通、自分の能力が通じなかったら悔しがるもんじゃないんですか?」
「え? そりゃ試合なら悔しいけどさ、こういう『自分の能力が苦手なパターン』をあらかじめ知っておけるのって、めちゃくちゃ大事だろ? いざ実戦で似たような拘束系の能力者に出くわした時、初見だったらパニックになるじゃん」
「……本当に、頭の中が常に実戦と戦うことでいっぱいなんですね」
「だって、どうせ能力持ってるなら、強い方が面白いじゃん!」
裏表のない快活な笑い声に、和真もつられて苦笑いを浮かべた。
和真は視界の右上にある『DISCARD 10』の文字を見つめた。
3マナすべてを使い切り、一度使えば捨て札へ行ってしまう一回限りのカード。昨日は「3マナあるならミラとセレスを二体並べた方が強いんじゃないか」と思っていた。
今回確認できたのは、《鋼皮》で身体を硬化させた大地の動きを、二十四秒間封じられたという事実だ。召喚騎士のように長く戦ってくれるわけではないが、相手を傷つけずに時間を稼げるなら、危険から逃げる時にも誰かを守る時にも役立ちそうだった。
「……三マナ全部払う価値は、十分にありそうだな」
「十分どころじゃないって! あの二十秒の間に、昨日の弓兵とか剣士にタコ殴りにされたらって考えたら、ゾッとするぜ!」
和真は三枚に減った手札を意識しながら、初めて使ったカードの確かな手応えを噛み締めた。
午後四時半。
検証を終えてケージを出たところで、大地が「検証に付き合ってくれたお礼に、俺が飯を奢る!」と聞き分けなく言い張り、二人は鳥籠の共用区画にあるカフェテリアへと移動した。
夕方前のカフェテリアは比較的空いており、二人は奥のボックス席に向かい合って座った。大地は山盛りのカツカレーとプロテインシェイク、和真は軽めのサンドイッチとアイスコーヒーという対照的なメニューだ。
「しかし、俺は本当にカードを一枚切って突っ立ってただけなんですけどね。こんなにご馳走になっちゃっていいんですか」
「いいんだよ! 俺が勝手にずっと誘ってたんだし、実際めちゃくちゃいい経験になったからさ」
大地は豪快にカツカレーを頬張りながら、ふと自分の右腕を軽く叩いてみせた。
「ところで大地さん、その《鋼皮》って、実際どこまで硬くなるんです? 刃物とかは全く通らないんですか?」
「んー、普通のナイフとか鉄パイプくらいなら、かすり傷一つ付かないよ。この前、訓練で威力を落としたゴム弾を撃ってもらったけど、それも青あざにすらならなかったな」
「へえ……それ、防犯上はほぼ無敵じゃないですか」
「だろ? でもさ、別に身体の中身まで全部鉄人になるわけじゃないんだよ」
スプーンを置き、大地が少しだけ真面目な口調で能力の仕様を語り始めた。
《鋼皮》で硬化するのは、あくまで体表の皮膚組織だ。だから斬撃や打撃の表面的なダメージは遮断できるが、あまりにも重い衝撃を食らえば内部の筋肉や内臓に振動が伝わるし、今日のように関節ごと拘束されたり、窒息させられたりすれば普通に負ける。また、能力を維持している間は体力の消耗も激しいし、自分の筋力が何倍にも増えるわけではないため、自分よりパワーのある身体強化能力者に組み伏せられると抜け出せないこともあるという。
「俺、この能力があるおかげで打たれ強いのは間違いないんだけどさ。別に、殴り合いで絶対に負けない無敵の能力ってわけじゃないんだよ」
「……まあ、どんな能力にも相性や限界はありますよね」
「そう! そこなんだよ。でもさ、周りの奴らに『俺の能力は防御系で硬くなるんだ』って話すと、みんな口を揃えて『じゃあどんな現場に行っても安全じゃん』『前に出て壁になっとけば大丈夫だろ』って軽く言うんだよな」
大地の言葉には、普段の明るい態度からは見えなかった、能力者ならではの小さな鬱屈が滲んでいた。
頑丈だから痛くないだろう。硬いから何をされても平気だろう。そうやって周囲から「便利な肉の盾」のように雑に扱われることへの違和感。
大地自身が誰よりも自分の《鋼皮》の限界を知っているからこそ、ただ突っ立って殴られるだけの壁で終わりたくないと考えているのだ。
「それにしても、大地さんがそこまで熱心に模擬戦ばっかりやりたがる理由が、少し分かった気がしますよ」
「ん? そうか?」
「ええ。自分の能力が万能じゃないって分かってるから、色んなタイプの人と戦って、対応策を増やそうとしてるんでしょう?」
和真が指摘すると、大地は少し照れくさそうに鼻の下を擦り、ニッと笑った。
「まあな! 俺も能力に目覚めたばかりの頃は、『なんだこの能力、誰にも負けねえじゃん!』って天狗になってた時期があったんだよ。でも、この鳥籠に来るようになってから、俺より速い奴とか、遠くから魔法みたいなの撃ってくる奴とか、今日みたいに動きを止めてくる奴にボコボコにされてさ」
「なるほど」
「ただ硬いだけじゃ勝てないって分かってから、格闘技も習い始めたし、相手の能力の癖を見る練習も始めたんだ。だからさ、自分が知らないやり方で負けるのって、悔しいけど結構面白いんだよ。『次はこうやって動けば対策できるかな』って考えるネタが増えるからさ!」
和真は、目の前の二十八歳の青年に対する認識を、心の中で少しだけ改めた。
これまでは単に「距離感のバグったうるさい戦闘狂」だと思っていた。
だが実際は、自分の能力の弱さと真正面から向き合い、努力と工夫でそれを補おうとしている、ひどく真っ直ぐな向上心の塊のような男だったのだ。商社時代、自分の営業スタイルに固執して新しいやり方を拒むベテランを何人も見てきた和真にとって、大地のその柔軟で前向きな姿勢は、素直に好感が持てるものだった。
「そういう意味だとさ、三浦さんのそのカードの能力って、俺にとっては最高の相手なんだよ!」
「最高、ですか?」
「だって、木曜日はあのデカい盾の騎士だったろ? 昨日は速い剣士と弓兵で、今日は光の鎖じゃん! 同じ人間が相手なのに、来るたびに毎回全然違う能力が飛んでくるんだぜ!? こんな面白い相手、鳥籠のどこを探したって他にいねえって!」
大地の熱弁に、和真は思わず苦笑した。
確かに、対戦相手として見ればこれほど飽きない能力はないのかもしれない。
「……まあ、使ってる俺自身も、次に山札から何が引けるか完全には計算できてないんですけどね」
「そこがいいんじゃん!」
「いやいや、使う側の身にもなってくださいよ。結構不便なんですよ、これ。高梨さんや訓練施設の人から『次の仕事でもあの弓兵を出してください』って頼まれても、山札から引き直せない限り『今は手元にないので出せません』って断るしかないんですから」
「……あー、なるほど! 確かに、自分の好きな技をいつでも出せないのは、仕事にするにはちょっと困るのか」
大地が初めて「能力を使う側の苦労」に思い至ったように、ポンと手を打った。
和真はアイスコーヒーのグラスを傾けながら、穏やかに笑った。
「そういうことです。大地さんの《鋼皮》はすごく硬いけど、今日みたいな拘束を含めて全部の攻撃を防げるわけじゃない。俺の《因果祭典》は色んなカードが入ってるけど、いつでも好きなカードを都合よく使えるわけじゃない」
「……なんか、お互い周りからは便利そうに見えても、使ってる本人にしか分からない不便なところがあるんだな」
「ええ。隣の芝生は青く見えるってやつですよ」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合った。
単なる「模擬戦の相手と実験台」という関係から、互いの能力の特性と悩みを理解し合う「能力者仲間」へと、確かな一歩が進んだ瞬間だった。
「よし、じゃあ三浦さん! 次はいつ鳥籠に来る!?」
「……今のいい雰囲気の流れで、またすぐに誘うんですか」
「そりゃ誘うよ! 今日で鎖のカードも使っちゃったんだろ? なら、次はまた新しいカード引いて試そうぜ!」
「まったく、無茶言いますね……。まあ、また手札を補充して、面白そうなカードが引けたらこっちから連絡しますよ」
「おっ、言ったな! 約束だからな!」
「こっちの予定が合えば、ですよ」
以前なら面倒くささが先に立っていた大地の誘いも、今の和真にはそれほど悪いものには聞こえなかった。少なくとも、新しく手に入れたカードを気兼ねなく試せる相手として、彼ほど信頼できる人間はいないだろう。
午後五時半。
食事を終え、トレーを返却口へ戻そうと立ち上がった時、大地がふと思い出したように声をかけてきた。
「あ、そういえばさ、三浦さん。ちょっと変わった面白い能力者に興味ある?」
「……面白い能力者?」
「うん。今日、三浦さんの鎖で俺の《鋼皮》が完封されたじゃん? 実はこの鳥籠の常連の中に、もう一人だけ、俺の《鋼皮》が全然役に立たなかった奴がいるんだよ」
和真は足を止め、少し興味を惹かれて聞き返した。
「へえ。その人も、俺の《拘束鎖》みたいな動きを止める能力なんですか?」
「いや、それが全然違うんだよ。鎖で縛るわけでもなければ、俺よりパワーがあって殴り倒してくるわけでもない。なんかこう……言葉で説明するのがめちゃくちゃ難しいんだけど、特定の条件? みたいなのに引っかかると、こっちのやりたいことが全部空回りさせられるっていうか……」
「……条件? ますます分からないですね」
「だろ!? 俺も最初にそいつと模擬戦やった時、一体何をされたのか全然分かんなくてさ! 気がついたら一度もまともに殴れないまま判定負けにされてたんだぜ!」
大地のざっくりとした説明だけでは具体的な現象までは掴めなかったが、和真の頭の中では一つの推測が働いていた。
これまで鳥籠や訓練施設で見てきた能力者は、真壁のような「身体強化」、大地のような「肉体硬化」、あるいは「炎を出す」「傷を治す」といった、物理現象に直接働きかけるシンプルなタイプが多かった。
しかし、大地の言うその人物は、おそらくもっと『ルール』や『手順』そのものに干渉して結果を変える、条件発動型の因果改変能力者なのではないか。それこそ、和真の《因果祭典》のカード効果にも通じるような、少し特殊な系統の異能だ。
「そいつ、普段はあんまり人と群れないんだけど、たまにふらっとこの鳥籠に来て隅っこの方で時間を潰してるんだよ。今度見かけたら、三浦さんに紹介してやろうか? 三浦さんのそのカードの能力を見たら、あいつも絶対に面白がると思うぜ!」
その提案を聞いた瞬間、和真の脳裏に、一昨日の夜に解放されたばかりの『QUEST』の一覧が浮かんだ。
『《新たな一歩》:これまでに観測していない異能現象を確認する。 Reward:???』
もちろん、クエストの報酬欲しさに誰彼構わず声をかけるつもりはない。だが、自分のカード能力と同じように「ルールや条件」を扱うような珍しい能力者がいるのなら、純粋な知的好奇心として一度どんなものか見てみたいという気持ちはあった。
「……そうですね。もしタイミングが合って、向こうの人も迷惑じゃなければ、ぜひ一度お会いしてみたいです」
「おう、任せとけ! 見つけたら連絡するわ!」
二人は鳥籠の入り口で軽く拳を合わせて別れ、和真は夕方の地上へと続く階段を上った。
水曜日の午後六時過ぎ。
新宿の雑踏を抜け、自宅のある最寄り駅へと向かう電車に揺られながら、和真は今日一日の出来事を静かに振り返っていた。
午前中は、昨日の初仕事の評価が八咫烏内部で予想以上に広がっていることを高梨から聞かされた。自分のペースで単発の仕事を選べるという、無職としては理想的な立ち位置も確保できた。
そして午後は、鳥籠で大地を相手に《天輪の拘束鎖》を試し、その確かな性能を確認した。
「……騎士を召喚して戦わせるだけじゃないんだよな、この《因果祭典》って能力は」
前衛と後衛を同時にこなす《ミラ》と《セレス》。
目標を正確に指定する0マナの《標章》。
怪我を癒やす《手当》。
そして今日、鉄壁の防御を誇る能力者を一切傷つけることなく二十秒以上も完全に無力化してみせた《拘束鎖》。
さらに山札の中には、まだ一度も引いていない新カード《因果の選別》も眠っている。
「状況に合わせて切れるカードの選択肢がこれだけあるってのは……やっぱり、とんでもなく便利だな」
そんなことを考えていると、ポケットの中のスマートフォンがブルッと震えた。
取り出して画面を見ると、ついさっき別れたばかりの久保田大地からのメッセージだった。
『大地:今日はありがとな! 鎖、マジで面白かったわ! また遊ぼうぜ!』
和真は小さく吹き出し、片手で返信を打ち込んだ。
『和真:こちらこそ、危険な検証に付き合ってくれてありがとうございました。ご馳走様でした』
送信ボタンを押す。
そして、一秒で既読がつき、三秒後に追撃のメッセージが届いた。
『大地:で、次はいつにする!? 金曜!?』
「……だから、気が早いんだっての」
和真は呆れたように笑い、スマホをポケットへとしまった。
駅のホームに降り立ち、秋の夜風を吸い込みながら、視界の右上に浮かぶステータス表示へと目を向ける。
『DECK 17』
『HAND 3/7』
『MANA 3/3』
『STORED DRAW 7/7』
『DISCARD 10』
午後三時台に《拘束鎖》を使ってから二時間以上が経過しているため、マナはすでに『3/3』まで全回復している。
ただ、手札の枚数は『3枚』にまで減ってしまった。
しかもその内訳は、1コストの《天輪の光矢》が一枚と、まだマナ上限が足りなくて使えないコスト4の《バルガ》、コスト6の《アルシオン》の二枚。実質的に今すぐ使えるカードは《光矢》一枚しか手元にない状態だ。
「……さすがに手札が詰まってきたな。次の仕事や検証に備えて、そろそろドローして戦力を整えることも考えないとな」
そしてもう一つ、帰り際に大地が話していた「《鋼皮》が全く通用しない、条件系の変わった能力者」のことも頭の片隅に引っかかっていた。
「俺のこのカードゲーム能力も大概おかしな異能だと思ってたけど……広い東京には、まだまだ変な能力を持った連中がいるみたいだな」
次に山札から引き込むカードは何なのか。そして、これから先どんな異能や人間と出くわすことになるのか。
三十六歳の無職は、すっかり冷え込んできた夜道の中で、少しだけ歩調を速めて自宅へと向かった。
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