一家 dumb rock妄想置き場 作:一家団欒
「うぅ~、ごめんね心玖~」
蕾叶が風邪を引いた。
布団に横たわる彼女は顔をほんのり赤くしていて、咳こそしていないものの時折鼻を啜っている。
馬鹿は風邪をひかない、なんていいはするけれどそれは嘘なのだろう。でなければ、これは夏の雪よりもありえないから。
「まったく、冷えてきたのにお腹出してるからよ」
朝起きて、それが何だかいつもよりすっきりしていた気がしていた。朝食を準備しようと台所に迎えばいつもの姿が見えなくて、聞こえなくて。
不思議に思い、しかし人である以上はあり得ぬことではない。だからと、得たのは好奇心か悪戯心か、彼女の部屋を訪れた。
勿論ノックはした。それの答えに意味はなかったけれど、普段やられていることを返すだけ。だけど答えがあったからぞわりと、静電気が走ったかのように身の毛がよだつ。
弱っている彼女は……見たことない訳じゃない。でもそれは心で、更にムカつくくらいにすぐ取り戻してた。
ふと奥底で、悪い自分が囁いて。祓ったそれがなんだったかなど、嘘つきなあたしではわからない。
だから寝たままの彼女の手に自らの手を重ね、息を止める。数秒と、ああいや数分か。わからない、でもきっとそんな程度。
「……駄目だよ、移しちゃう」
「移らないわよ、このくらい」
なんていう癖に手を退けた。いつもの快活とは違う蕾叶は、なんだか面白いというべきか。ああでもと、立ち上がる。
「また耳触ってる。大丈夫だよ、私は」
「嘘じゃないってば。適当なご飯を持ってくるけど、食べられそう?」
返答はなくて頷くだけ。何時もとのずれに調子が狂わされそうにはなるが、
嘘はついていない。数歩での扉が遠くて閉めれば走りきったかのような大きなため息。やるべきことはあるのに、扉に寄りかかって天井を眺めた。
「……あっついわね」
耳を触る。何を思っているのかなど、自分でもわからぬものだ。取れてしまうかのようにつねれば、背も勝手に離れ歩き出せた。
作るものは……まぁ適当でいいか。真面目に作りすぎればどうなるかなど目に見えるから。
今日の晩御飯用にうどんでも買ってこようかな、なんて考えてしまうから、そういえばと思う心はお母さんのことで。
「……」
遠い過去みたい。忘れたくはないけれど忘れたくはあることで。しまいこみたいそれは、引き出しの奥に隠したカビのようにうじゃうじゃと沸き出てくる。
謝るくらいなら、最初から言わなければいいのに。期待するならば、最初から求めればいいのに。では今はどうなのか。わかりはすれば出来ていて、出来ていないからといって……
ああだから、思い出したくないんだと目頭を押す。何時もならば騒ぎの止まらぬこの家だから、冷たいくらいの静けさでおかしく思ってしまったのだ。
……さて、嫌なことを思い出してしまった。作っていたお粥を二人分に増やす。思い過ごしであればいいなどと、ああ違う。これはあたしが偶々食べたかっただけだからと、誰がいったのか。時計ばかりが返答する空間に返していた。
「ほら、蕾叶。お粥作ってきたわよ」
「ありがと~、大事に食べるね」
美味しいと、ありがとうと、うるさいやつだ。
熱を出したのは自分もか。隠すために、腕を組んでこっそりと自分の脇に手を滑らせた。でも意味はなくて、これでわかれば体温計なぞ要らぬから。
「食べ終えたらさっさと寝ちゃいなさい」
「片付けは私がやっておくよ」
「駄目。病人は寝るのが仕事だから」
静かな時間はいつぶりか。なにもしないでいることはきっと退屈で苦痛で、座ってお粥を食べる蕾叶を見る。
突然、ねぇなんて声をかけられた。綺麗と表すかうざったるくと表すか、その言葉は持ち合わせていなくて。
「心玖が風邪引いた時は、私が作ってあげるからね」
「……あたし、しょっぱすぎるのは苦手だから」
「わかった!」
何がだ。
まったくこいつはあたしのやってほしいことも、ないことも、知ろうとして、やろうとして。
ふふっ、なんて笑みを落とせば彼女に見つかる。だから彼女がおもいっきり鼻を啜る瞬間に合わせて、隠したそれは多分バレていない。
『蕾叶さん眠っちゃいましたが、大丈夫ですかね?』
蓬咲さんからだ。家にいるのが蓬咲さんだけだったからお願いしたけれど安心したのは蓬咲さんがこなしてくれたからか、感謝を伝えて外を眺めた。
学校に来はしたが集中できなくて、外を見ればいつの間にかうすらと雨が降っている。曇って見えなくて、きっとそれはあたしの頭の中。
「心玖ちゃん、大丈夫?」
「……ん、どうかした?」
「いや、心玖ちゃん今日ずっとぼ~っとしてるからさ」
クラスメイトとお昼を食べて話して、でも心はここにあらず。見抜かれて、わかっていて、なんでもないよと誤魔化した。
嘘はない、だってあたしには何もないから。風邪を引いた時にどうしていたか、どうされたかったなんて遠い過去の話。引っ張り隠して、ため息が溢れた。
「またため息。今日ちょっと多めじゃない?」
「あ~……ちょっと疲れが溜まっちゃってるのかも?」
「まぁ木曜日だしね。そうだ、心玖ちゃんって今週末予定空いてたりしない?」
いつも次でと流しているのはその誘い。まぁ、全部ではないのだけれど。ライブもバイトも土日とないからこそ、であって喧しい馬鹿怪獣も伏しているから、彼女の体調次第であれ不可はない。
そうだとわかっているのに浮かび上がるは断る理由だけ。面倒も嫌悪もない、であるのにそうなのは、本人達には言ってあげないけど。
「……家族が風邪引いちゃってさ。治ったら行こうかな」
「へぇ~、そういえば心玖ちゃんって兄弟とかいるの?」
家族のことは知られたくない。でもきっと、隠し通すのが出来ないのはなんとなくわかっていて。
ふと、家族と言われて浮かべたのがどちらであるか。妹みたいなものだ、姉みたい……ではないか。母親みたいと、考えた瞬間に頭を振るう。ああそうだ、言うならば、犬みたいな。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
誤魔化して、隠して。言ってやらない教えてやらない。なんて考えてれば昼休みは終わってしまって、午後の授業の始まりの前に欠伸がこぼれる。
窓の外を眺めれば音もしない雨が陽に隠されながら降っている。はて、さて、次の授業はなんであったか。
ねぇ、どうなのだろうか。なんと思っていることは知れていて、でも知らなくて。それはあたし以外に対してで、あたしにで。
先生がくるまで教科書の上にうつ伏せに伏せ、スマホを覗いてみたけれど蓬咲さんからのメッセージは届いていない。
心配か安心か、わからなくて、目を閉じて。
再び落ちたため息は拾えない。誰にも、自分にも。
帰れば、予想していたのはなんだったか。何時もの騒々しさは露もなく、明るすぎる馬鹿は伏せ、落ち着けるものだったか。ああいやそれで、寂しさを感じてしまっていたのだろうか。
でもそうはならない、ならなかった。幾つかの薬と食べやすい食材と、買い揃えて家の扉を開ければ聞こえたのは、塞がった手では防げぬ大声で。
「あんたたち、何してるの」
「何ってゲームだよ、ずっと寝てるのも暇でさ」
「心玖もやるか?」
快活に、溌剌に。それは何時ものことで、望んだことで。僅かな笑みを浮かべ一つ息を吐く。浮かびあがった感情は一つだけ。
「む?」
「心玖、何をするんですか!?」
ゲームを繋いでいたテレビを消す。冷めていて熱していて、それはあたしの頭の中。この家に来てからは何度か思ったことはあるけれど、きっと今までのものとは少し違って。
「……心玖、なんか怖いよ?」
「へぇ、それはよかった」
買い物袋を置いて、蕾叶のおでこに手を当てる。熱は……あんなことを言ってたくせに少しあるではないか。
ムカついてイラついて、そんな感情も心配に流されれば、しかして波であるから戻ってくる。
夕飯の前に無理にでも寝かせるか、ああさてどうしよう。いやはや、しかし、なぜこんなにも静かなのか。蓬咲さんも寧月もチェリも、蕾叶ですらも。
見下ろせば、そこにはふざけた程に顔を赤くした蕾叶の姿があって。
「あ、あの、心玖……」
「二人とも、喧嘩はよくないと思うぞ」
「寧月さん、これは喧嘩ではなくて……」
勢い余って押し倒していて、いつもの馬鹿力は風邪のせいか鳴りを潜める。それが数秒続けば数分に。
今一番煩いのはきっと、あたしで。
ああ、ああ、なんだか恥ずかしくなってきた。耳に触れるのは嘘だからではなくて、ただ意味もなく隠すため。先程までの波は失せて、止んで、異なるものが襲ってくる。
静かなのは嫌いじゃない、でも今は好きではない。蕾叶の上から退いて、彼女が部屋に向けて歩いて行く姿を見送る。支えてあげようと、しかしそうは出来なくて。素直じゃないと、むしろ逆か。
どうであれ少しふらついてるのが見えたのはやはり、心配だ。
「……三人も、あんまり風邪引いてる人に近づいちゃ駄目よ」
「心玖が言っても説得力はないですよ」
「よ、よわよわボディなので移っちゃっうかも……」
「では晩御飯も蕾叶とは別々で食べるのか?」
「一応時間になったら起こしてみて、駄目そうなら4人で食べちゃいましょ」
手を洗う、洗う、洗う。少し勿体ないけれど、でも取れなくて。
拭いて、うがいもして、自らのおでこにも手を当てれば額の熱に吸い取られていく。
「三人も一応うがいとかしておきなさいよ。移ったら面倒だし」
「ちえりは風邪なんかに負けません! ですがやります、ちえりは偉いので」
「はいはい、チェリは偉いね」
既に見えない蕾叶の姿を幻視する。暇で、寝疲れて、嘘ではないだろう。あたしも昔風邪を引いた時は時計の刻みを眺めるか、天井の染みを数えるかなどやっていたものだ。
ああでも、それもあれ、半分程でしかない。下手くそなやつだ、イラつかせるやつだ、心配させぬようにとしたことにも、それを隠そうとしたことにも。
結局蕾叶は晩御飯の時には起きてこなくて、4人で済ませて寝ることにした。欠けちゃだめだと最初にいったのは誰だったか。ああ、もう、こんなにもイライラするのは久しぶりだ。
こういう時は作曲でもするに限る。でも当たり前に集中なんか出来なくて、ギターを引き鳴らすわけにもいかなくて、しかしそんなだからのめり込んで……
「あれ。心玖、まだ起きてたの?」
「……あなたは米を炊くしかできないでしょ」
「あはは、流石に電子レンジくらいは使えるよ」
「いいから座りなさい。うどんくらいなら食べられる?」
気が付けば蕾叶が目覚めて降りてきた。時間を見れば既に夜遅くで、こんな時間まで起きたのはいつぶりか。
もしかしたら蓬咲さんは起きているのかもしれないが、まぁいい。蕾叶の分のうどんを茹でて、あたしの分も少しだけ。これくらい、バチは当たらないはずだ。
作曲のせいだと誤魔化せば、素直じゃないなと横切る気持ちは踏み切りの外。見えて、知って、だけれど触れるわけではない。
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「迷惑なんて今更、別に毎日かけられてるんだから」
「明日には多分、元気になってると思うから」
だいぶよくなったんだよ、なんて言いながらあたしの手を額に持っていく。ああ確かに、随分とよくなってはいそうだけど油断はできない。こういうのはあまりにも簡単に返ってくるものだから。
「そうなって貰わないと困るわよ」
「へぇ、じゃあ心玖ってば私が風邪で心配だったんだ」
「そうに決まってるでしょ」
そう返してあげれば意外だったのか蕾叶の箸が止まる。なんと想像していたか、そんなわけないと強がってでも欲しかったか。
沈黙後、ずずず、と突然彼女は一気に麺を啜って。
「心玖の愛が大きすぎるよ~!」
「大きい声出さないで、寧月が起きちゃうでしょ」
馬鹿みたいに泣き出して、煩くて。これはきっといつものことで、いつもになれて。
呆れてしまいはするけれど、安心している自分がいる。素直であれ、隠すなかれ、なんてたまには悪くない。
「心玖が風邪引いたら私が看病してあげる」
「あんたの看病って不安よ」
「大丈夫。私の愛で、付きっきりでいてあげるから」
そんなの迷惑だと、喉元で突っかかった言葉を最後の麺を啜って押し込んだ。
ほら、ムカつく。あたしが昔に欲しかった言葉を全部知ってるみたいに言うこいつに。
「……それなら、あんたが明日治らなかったらあたしも付きっきりでいてあげるわよ」
「え、でも明日は学校だよ、学校にはいかないとってばぁちゃんも言ってたし……」
「なら、あたしが明日風邪をひいたらあんたは付きっきりでいてくれないわけ?」
きっと、あたしは嫌なやつだ。蕾叶がおばあさんの事を大切に思ってるのも、言い付けを守ってることも知っているのにこんなことを聞いているから。
「ううん、心玖が風邪をひいたら学校は休むよ」
「ならお互いそうならないように早く寝ましょう」
洗い物を済ませて部屋へ向かう。ああ全く、あたしが何て言うけれどこいつはファミリーの誰が風邪をひいてもそうするのだろう。
あたしも多分、そうだから。そうしたいと思ったから。
「心玖、おはよー!」
翌日、煩い声で起こされた。どうやら完治したらしく、あたしは先日遅くまで起きていたせいか少しだけ気持ち悪いが、熱はない。
全く喧しい、でもこれがあたしにとっては……心地がよかった。
性とか恋とか、愛の前では薄味というのは少数派なんだろうなとは感じています。