一家 dumb rock妄想置き場 作:一家団欒
恋とか愛とか欲とかは不粋という思いはあれど、染まっていくのもまたいいんだよなと、最近の気付き
「師匠、少しいいだろうか」
「はいっ、なんですか」
寧月さんのお呼びを受けて駆けつけてみれば、彼女が持つのは鬼しぐであった。
興味を持ってくれたのか。いやしかし、一度は私にはよくわからなかったと言われてしまったものであるから、だけれどももしかしてと期待をするのは悲しき性で。
「も、もしかして好きになってくれましたか!?」
「すまない。そうではないのだが……」
だから打ち砕かれれば、絶えられはすれど悲しくて、割り切れるほどできていない。肩を落とせば、だけれど用件を聞くために顔を上げる。
「好きになった後というのは、どうなるのだろうか」
「どう、とは?」
「好きになるまでの過程と、なるとどうなるかというのは理解したのだが、その後について知りたいのだ」
脊髄から出力されそうになった言葉を飲み込んだ。寧月さんは純粋で、私が言った言葉をそのままに受け取って、それが本当だとするから、下手なことは言えなくて。
だけれども、私のよわよわ脳みそじゃ上手く言葉が出ず、沈黙と期待の瞳に漏れ出す言葉は意味をなしていない。
だから、それを止めようと自らの舌を喉に巻き込んでしまった。
「大丈夫か?」
「けほっ、すみません……」
それで咳き込んで、心配されて、やっぱりダメダメだ。酸素ボンベを手渡され一吸い、落ち着きを得はしたけれど問いの答えはまだまだで。
「また食べたいとか集めたいとか、そういうのじゃないでしょうか」
「師匠は鬼しぐを全巻持っているのではないのか?」
「持ってはいます、しかし漫画だけではないのです!」
そう、例えばグッズであったり非公式のものであったとしても、求めてしまえば際限はなく表すのならば底無し沼で、と言ったところで言葉を納めた。
好きがわかり始めた彼女であってもまだ彼女だけの好きを見つけられていないから、伝わらないのにまた押し付けて、嫌な気分になってしまう。
「寧月、困り事でしたらこのちえりが聞きますよ」
「ふむ、ではチェリは好きになった後というのはどうなるのだろうか」
「好きになったあとですか。それは勿論、知りたくなります!」
「知りたく?」
「好きになったものというのは知りたくなるものです。例えば寧月だって、アイスの同じ味を食べ続けるのもいいですがいろんな味を食べてみたくなるでしょう?」
どこからかやってきたチェリさんの言葉は私と違って自信があり、説得力がある。思えば私もきっとそうで、しかし寧月さんは納得はしてない様子。
「そうなると二人ともはアイスは好きではないのか?」
「なんでそうなるんですか!?」
「チェリも蓬咲も、いつも同じ味を食べているから……」
チェリさんと顔を見合わせる。それは私達には気にするものではなくて、しかし寧月さんには当然の疑問。
芯の通らぬその言葉だけでは、彼女の理解には及ばない。
「ちえり達は探求の末に好みの味を見つけたのです!」
「そ、そうです。色々試していくうちに好きな味が見つかったんです」
私の場合は最初に食べたメロン味が気に入ったからなのだけれど、というのは隠しておく。
私も全ての味を食べたわけではないから、もしかしたら超えるものはあるかもしれない。
好みというのは知らぬ見えぬな一定の値を超えれば割り振られるのか、あぁでもと、言葉で喉が詰まって、溺れて。
「なるほど、好きと知るというのは順序が違っていても成り立つのだな」
「ま、まぁそうですね。やはり色々やって好きなものを探すというのはありますし……」
「では私は漫画について知ってみたい。師匠のように、好きになれるものがあるかもしれないから」
そんな風に期待の眼を向けられるとぞわぞわと、チクチクと、鳥肌が立つと一緒にそんな気分に包まれる。
恐れと、嬉しさと、後は何か。知らぬけど、知ることもない。思わず腰が引ければ、バシッと叩くチェリさんの手でピンと矯正された。
「それならば行く場所は一つですね!」
「ど、何処いくんですか?」
「それは勿論、ショッピングビルです!」
言われてみればするりと、潜り込むように店の見映えが浮かんでくる。ああ確かに、漫画であればあそこが一番。
いやしかし、寧月さんを連れていくにはいささか……と考えていたところに再び突き刺さった。今度は寧月さんのキラキラとした瞳が。
「そんな場所があるのだな 」
「はい。しかも無料ですから、心玖にも怒られません!」
であれば、断る理由などあるはずがない。外が怖く未だへっぴり腰な私は、しかしいつかのように二人に引っ張られ繰り出した。
1.2とリズムに合わせて運ばれる私は、些か慣れぬ早い歩く速度に合わせるのが精一杯であった。
「おお、本が沢山だな」
「寧月は図書館とか行かないんですか?」
「家に書斎があったからな。それに、図書館では見るべきものではない本もあると教わった」
「こ、ここでは好きな本を読んでいいですからね」
そうかと言う寧月さんの後ろをつけて彼女の興味のありそうなものを、しかして自分の見たことのあるものも無いものも、視線を奪われ流れていく。
「す、すみません!」
そんなだからかピタリと足を止めた寧月さんにぶつかって、そうして彼女の視線を追えば見つかったのはいつか読んだことのある少女漫画。
年頃というには少し遅いかもしれないが、ああいや彼女であるからこそまだ早いかもしれなくて。
昔の事である、内容なぞ覚えきれていないものだ。
「これはどのような漫画なのだろうか」
「少女漫画というものではあるんですけども……」
「師匠……?」
なんと言うべきかと喉に溜まった言葉を飲み込んで、緩く握った手で口元を隠すのは逸らした視線と同じ意味。
でも私は望まれているから、頼られてるから、酸素ボンベを使わずとも一つ深呼吸をすれば、しかしてクラリと視界が揺れる。
「読みましょう! 私も一緒に読みますから」
「? ああ、一緒に読もう」
「あっちで座って読めますから、何巻か持っていきましょう」
耳に響くは自分の裏返った声。首を傾げている寧月さんでは届かないそれを5巻程まとめて持つ。
確か40巻だかあったこの漫画を今日で読みきるのは難しいだろうし、彼女の好みに合わぬ可能性もある。ゆっくりでいいのだ、見つけられなくてもいいのだ、そう言い聞かせるのは誰になのだろう。
「蓬咲、ちょっといいですか」
「チェリさん、どうかしましたか」
「少し買い出しに行きたいのですが、着いてきてもらえますか」
そんなことを突然に言われたから、ちらりと寧月さんを見れば構わないと言われたから、後ろ髪を引かれる用な気持ちでその場を去る。
一緒にと約束をしたのにと振り向けば、彼女は既にこちらには気付いていない様子で本を読み進めている。であれば、であれど、ほんの少しの寂しさだけは本物で。
私が寂しさを感じるのはどこかおかしいのだろう。わかっていれど振り切れないのは弱さからだと、ぶるぶると頭を振っても意味はなかった。
「少しって言ったじゃないですかぁ~」
「まったく、蓬咲は細かいですね」
はち切れんばかりの袋を両手に下げて、ぷるぷると震える両手を何とかして維持をする。
歩幅なんていつもの半分。いつもの猫背は更に曲がってチェリさんと並ぶ背で、私より多くの荷物を持つ彼女の隣を歩く。
「寧月さん、お待たせして申し訳ございません~」
「好きな本は見つけられましたか?」
思っていたよりも遅くなってしまって、しかし彼女の横に積まれた本と今の手にあるものからして全く進んでいなかった。
もしかして読み返しかと怯えていたら、パタンと今読んでいるものを閉じて積み上げていた物から一つ手に取った。
「師匠、聞きたいことがある」
「は、はい。私に答えられることであれば」
「ちえりに聞いてもいいんですよ」
「わかった。では二人とも、この本に書いてある好きというのがよくわからなかったのだが、二人にはわかるのか?」
荷物を置いて、寧月さんを真ん中に捲るページを目で追えば、ここだと彼女が指差すページがやってきた。
それは主人公とヒロインが……といっても女子中学生同士であるのだが、好きだと告白するシーンで。
思わず両目を隠せば、しかし指の隙間で見て、頬に触れた手が少し暖かい。
「これは恋ですね。寧月は……経験なさそうですけれど」
「恋、と。それはどういうものなのだ?」
「ドキドキして胸が苦しくなって、そういうものと聞きました」
私が答えられないからチェリさんが代わりに答えれば、寧月さんがふむと納得したような声を出す。しかして私は知らぬから、ちんまりとしていれば覗き込むように寧月さんが私の顔を見ていて。
「では蓬咲は、私達に恋してるのか?」
なんてことを言うものだから思考が爆発、心臓も爆発。白く染まって、しきってしまえばやってくるのは賢者のような冷静さで、焦げた心を感じている。
「どど、どういうことですか!?」
「蓬咲はいつも心臓が爆発しそうと言っているではないか」
「そ、それは言葉の綾といいますか.……」
「そうか。難しいものなのだな」
だけれど、と続くことはなかった。歯切れが悪く、まるで探し物をしているみたい。
寧月さんの小さな手が彼女自身の胸に触れて数秒、その後荷物のせいか知らぬが未だ震える手に乗っかって。
「私は、蓬咲の事は好きだ」
なんてことをあまりにも突然に言ってくるものだから、起こるのは当然の発作。爆発爆裂爆散、今の脈を測るのは不可能。
なんと返せば。ありがとうと言うのか、こんな自分ではと返すべきではないというのはよわよわ脳みそでもすぐわかる。
ほら、彼女の読んでいた漫画のように、轟堂くんみたいに気が利けば、かっこよく返したいのに。
「でも、これは恋ではないのだろう?」
「好きと恋は同じじゃないですよ」
「だがこの本では同じ意味だ」
溶けるような思考はその先の言葉を理解してくれない。右から左に流れる言葉は、耳を通って頭に入っているはずなのに素通りだ。
置いてけぼりな私は、一人自分の世界で溺れていて。
血が足りぬのか、足りすぎるのか、一瞬ふらりとすれば口元に何か。それが何かなど確かめようなどとも考えるつもりもなく。
「蓬咲、大きく息を吸え」
その言葉でそれが酸素ボンベと気付いたから息も感情も全てを吐き出して、その分を埋めるかのように大きく吸う。
何度かそうやって頭痛も治まれば、しかし大きな咳を溢した。
こんな出来損ないの自分を好きだと、私でも嫌いな私を好きだと。救いであって、しかし情けなくて。
ほら、彼女の優しさをこんな風に思ってしまうのだから、自分を好きになれるはずがない。かっこいい自分を、夢見ているのに。
でも言った、くれた。ならばそうならなければと、引っ張らねばと引っ張られて、自らの頬を叩けば視界が滲んだのは少し強すぎたから。
全くもってかっこつかない様子に、二人はなんだか笑っていて。
「蓬咲は、私の事が好きか?」
「も、勿論。好きですよ!」
返せば、しかし反応はない。彼女は本を閉じて胸に手を当てれば、納得のいってないような表情で首を傾げた。
「では恋はしているか?」
「そ、それは……わかりません」
頷く彼女は再度胸に手を当てた。それから言葉はなくて、閉じた瞳を開けて私を見る。じっと見ていれば吸い込まれてしまいそう。
「私も寧月の事は好きですよ」
「ああ、チェリの事も好きだぞ」
「なんか蓬咲の時と違いますよね」
「さぁ、私にはわからない」
わからないなんて言うけれど、それが嘘か本当か私にはわからない。きっとそれは言葉の通りで、寧月さん自身でもわからないのだろう。
それを感じ取っているのか、チェリさんもなんなんですか、と怒っている様子ではあったが一緒に本を返して帰路に着く。
寒いくらいの風が、オーバーヒートした体と頭には心地がよかった。
こっそり別サイトでも上げてるからもし見かけても気にしないでください