緑の草木に挟まれた、茶色い土が押し込まれて舗装されている道の横にゼインは立っていた。
目の前には、何かが書かれた看板のようなものがあった。
それをまじまじと見つめ、呟く。
「ばす....?」
そこには、ゼインには聞き馴染みの無い言葉と、時刻表が載っていた。
「10時....どういうことだろ」
ふと空を見る。
太陽は東側に寄っており、体感だが、ゼインはもうすぐ十時頃だろうと判断した。
書いてあることを、今まで生きてきて得た知識から無理やり推測を始めた。
「ばす....ばす....
あ!もしかして、馬車と似たようなものかな?」
人差し指を顔の横にピンと立て、結論を出してみたゼインは、顎に手を当ててまた考え込んだ。
「10時ってのは....10時くらいに馬車的なものが来るってこと?」
小さく頷くと、顎から手を離して、少しズレたリュックのヒモを直す。
「待っておけば、もしかしたら乗せてくれるかも」
そう言うと、ゼインはズボンのポケットからヒモで口が縛られた小袋を取り出し、ヒモを緩めて中を見た。
そこには、ゼインの全財産とも言える、硬貨が入っていた。
硬貨は、ロッツから貰ったお小遣いや、村人からの報酬だったりで、ここ数年コツコツ貯めていたものだった。
息をすっと吸い込み、口を縛った。
「多分 このくらいあれば、乗せてくれる、はず....
でも、お金稼がなきゃ無くなっちゃうよね....」
吸った息を吐いて、少し肩を落とし丸くなる。
ゼインは、生まれてから村の外へ出たことなど一度もない。
外の世界で、ここにある硬貨がどの程度の価値を持っているのか、測りかねていた。
唯一分かっているのは、これがこの国で共通しているお金ということだけだった。
小袋に入る程度の量なら、一週間も持たないかもしれない。ゼインはそう思っていた。
「よし、まずは、ア・レ・だ」
ブルルル、ブルルル
そうしていると突然、少しの地響きと共にやけに低く規則的な音が聞こえてきた。
体が思わず小さく跳ね、音の方を向く。
まだ米粒ほどの大きさで、太陽を背にしているせいでよく見えないが、四角い影がこちらに近づいているようだった。
よく目を凝らすと、二頭の馬が四角い影を引いている。
「ん....?」
だんだん大きくなっていく四角い影と二頭の馬に、ゼインは違和感を抱く。
(なんか....でかい?)
もうハッキリと全貌が見えるほど近づいてきた馬に、ゼインは呆然と立ち尽くすしか無かった。
目の前にきた二頭の馬は、関節に歯車を埋め込まれ、目が青白く光っていた。なにより、全身が金属で覆われていて、ゼインの倍ほどの大きさがあった。
顔の横には、ラグと読める文字があり、どこを見ても生き物のようには見えなかった。
すぐ後ろには、これまた巨大な金属の箱が二頭の馬に連結されていた。
下半身が金属の箱に埋まり、上半身だけが出ている状態だった。
金属の箱の側面には、鉄の車輪がついており、何か文字が書いている。
『都市バグダッド~ツーネッド村』
その文字を見て、茫然自失だったゼインは、何とか思考を取り戻した。
(ツーネッド村....知ってる。トレミ村よりもさらに王都から離れてる村だ)
空気が抜けるような音が聞こえ、ゼインは思わず体を仰け反らせつつ身構える。
(ま、魔物....じゃないよね?
....もしかして、これが、ばす....?)
金属の箱の一部分が動き出し、人が二人は通れそうな穴を作り出す。
『はーい、早く乗ってくださーい』
「え、あ、あの」
『早く乗ってくださーい』
「は、はい」
急かされ、何人か乗っているのも見えたので危険は無いだろうと思ったゼインは、恐る恐る箱へと足を踏み入れた。
入り口で立ち尽くしていると、後ろで空気の抜ける音がして、ゼインはビクッと体を震わせ後ろを見た。
既に閉まった穴を見て、急に不安が襲ってきた。
(こ、これ、大丈夫、だよね、?乗って良かったんだよね?)
「早く座って貰っていいですか?」
一番前に座っている黒い服の男が、後ろを振り向いて苛立った様子でゼインに言う。
男の前には青白く光っている丸い大きな石があった。
箱の中は固定された長椅子が前を向いて規則正しく並べられ、所々に人が座っている。
窓を見ている人や、本を読む人など、各々が自由な事をしていた。
声に苛立ちが滲んでいることを察して、急いでゼインはすぐ近くの椅子に、リュックを背負ったままぎこちなく座った。
ちょうど窓を見ていた人の隣で、ゼインは通路側に座ることになった。
窓を見ていた人は、ゼインが座ってきたのを横目で見ると、体を揺らして窓側に詰めた。
すると大きな音がして、箱が揺れ、動き始めた。
確かに、立ったままだったらきっと転んでいたであろう程の揺れ。
「あ、あの、すみません」
ゼインは訳が分からないことが多すぎて、隣に聞くことにした。
「....ん?」
隣は、窓からゼインへと目線をゆっくり移し、怪訝な顔をした。
無精髭を生やし、兜を被った顎の広い男性だった。鎧の隙間から僅かに見える体はかなり鍛え上げられており、武器は持っていないようだった。
「この....ばす?....って、一体何なんですか?」
「....もしかして初めてか?」
髭を撫で、目を細めつつ鎧の男は問いかけた。
「は、はい....村から出たのも初めてで」
ゼインがそう言うと、鎧の男はニヤリと笑った。
「はっは!そうか、初めてか。俺はグレン。よろしくな」
鎧の男、グレンは、言い終わると右手をゼインの方に伸ばしてきた。
「ぼ、僕は、ゼインって言います」
ゼインもおずおずと右手を伸ばすと、グレンの右手が、迎えるようにガッチリと掴みに来て、ぶんぶんと上下に振る。
手の皮が分厚く、ザラザラとした質感で、指の付け根に出来た豆は、グレンが歴戦の戦士である事を示していた。
「あぁすまん、バスが何なのかって話だったよな。
これはな、魔械まかいっつう魔術陣を刻んだからくりの1つだ。
バグダッドからツーネッド村までを何度も往復してる東便と、ラストーチからサレー村までを往復してる西便とがあるんだ」
パッと手を離して、説明を始めるグレン。
「魔械?....え、からくりってもしかして、水車とか、そういうのと一緒って事ですか?」
「んぅむ....悪いが俺は専門家じゃないからな。詳しくは知らん。
このバスも2年前に出来たばっかだしな。
確かその頃は、ラグとか言うやつが魔械を初めて作ったなんて話題になってたな」
「そうなん、ですね....」
村のすぐ外には、自分の知らない事が沢山ある。
それ自体は覚悟して出てきたゼインだが、想像以上だった。
(ずっと村にいたら、一生知らなかったんだろうな....)
世界の広さの一端に触れ、ゼインは己の無知さを少し恥じた。
「あ、あと、聞きたいことがあるんですけど」
「どうした?」
「開拓者になりたくて....どこに行けば良いですか?」
「....!アッハッハ!」
突如大きな声で膝を叩きながら笑いだしたグレンにゼインは困惑する他なかった。
「いやぁ....すまんすまん。懐かしいと思ってな。俺も村から出てきた時は、こんな感じだったんだろうなぁ....
と、また脱線しかけたな。
開拓者になるなら、開拓者ギルドに登録せにゃいかん」
「開拓者ギルド....それってどこにありますか?」
「1番近くて、バグダッドだな。このバスに数時間乗ってりゃ着く。実は俺もそこで開拓者になったんだ」
「そうなんですか?」
「おう。....そういえば、ゼインは今いくつだ?」
「今年で12になりました」
「12!?....かなり若いな。開拓者登録出来るギリギリの年齢だ。
なんで開拓者になりたいんだ?
命の危険もある職業だぞ」
「それは....僕、どうしても見つけたいものがあって、
でもお金も稼がないといけなくて、開拓者なら、稼ぎながら探せるかなって」
「その程度の考えなら辞めとけ」
ゼインの言葉を聞いた瞬間、グレンの纏うオーラが変わり、真剣な眼で真っ直ぐゼインを見つめた。
「お前みたいに舐めたやつは散々見てきた。
....その末路もな。
開拓者はお前が思ってるような職業じゃない。
村に帰って、安定した職にでもついた方がいい」
ゼインは、口ごもってしまった。
グレンは、この道を何年も何十年も進んできたのだろう。言葉の重みが違う。
グレンの言うことが正しいとゼインも分かっていたのだ。
だが、ゼインには、諦められない理由がある。
魂の石を見つけるまで、旅を辞めるつもりは無かった。
それに、村に帰ってもロッツはもう居ない。
「....嫌です。
舐めてるように見えたかもしれないけど、僕は真剣です。」
ここはあえて、グレンの眼を真っ直ぐ見つめ返した。
先に折れたのは
───グレンだった。
グレンは、目を逸らして膝にもたれるように下を向き、大きく溜息を吐いた。
「....そうか。
お前の目を見るとわかる。どうせ説得しても無駄なんだろう」
グレンは懐かしむような目をしながら、上を向く。
「いいか?....ここは先輩として一つアドバイスしておくぞ。
まず、身の丈に合った依頼を受けろ。
そして、自分の身を最優先に考えろ。
それと、仲間を作れ。
....ソロに見えるかもしれないが、俺も普段はパーティを組んでる」
『次はー都市スレアー都市スレアです』
グレンが言い終わると同時に、バスの中に運転手の声が流れる。
「っと、もうそんなに経ったか....俺はここで降りるが、先輩からのアドバイス、ちゃんと覚えとけよ」
「は、はい!」
そう言いながら、グレンは上に手を伸ばす。
ここで初めてゼインは、上にものを置けるスペースがあることを知った。
ゼインより少し小さい程度の片手斧を持ち、ゼインの前を通ってグレンは扉へと向かう。
扉の前で立ち止まり、ゼインへと顔のみを向けた。
「頑張れよ!またいつかな」
「あ、ありがとうございました!」
ゼインが返答するよりも先に、グレンは空いた片手を振りながらバスから降りて行ってしまった。
村から出ての初めての交流は、ゼインの心に幾ばくかの達成感を与えていた。
グレンに言われた通り、終点の都市バグダッドまで乗ることにしたゼインは、窓の景色を眺めていた。
リュックを上に置き、椅子にもたれかかっている。
最初は木々が支配していた景色は、今は一面の草原になっていた。
景色が流れる速度は、ただの馬の疾走よりも早く感じた。
そんなふうにして、もう数時間が経っていた。
『次はー都市クロワー都市クロワです』
スレアに着いた時と同じようなアナウンスが車内に流れる。
まだバグダッドに着かないのかと、ゼインは少し憂鬱な気分だった。
バスが止まり、扉が開く。
もう空気の抜ける音にも慣れていた。
だんだん降りる人数と乗ってくる人数が増え、車内は既にほとんどの席が埋まっていた。
寝ようか、何度かそう思ったが、特に眠気はなく、目を瞑ると、あの日の事を思い出してしまう。
ロッツが死んだ日の事を。
「良い奴になれ。──か」
何度か自分なりに考えてみたが、まだこれといった意味は掴めずにいた。
「隣失礼」
そんな事を考えながら窓を眺めていると、誰かが隣に座ってきた。
「あ、はい」
一瞬横に目をやったが、特に気にはせず窓に視線を戻す。
「何見てんだゼイン」
「ん....いや、特に....」
隣から話しかけられ、ぼーっと外を見ていたゼインはあまり考えずに返答する。
「............え?」
数秒して、気づいた。何故か隣が自分の名前を知っていることに。
思わず隣を見ると、そこには、深い群青色の髪に、同じく群青色の瞳を持ち、鋭い目をした同い年くらいの男がいた。
「久しぶりだな、ゼイン」
「ライト!?」
そこには、かつて村で共に過ごした、幼なじみがいた。