初夏の西日がグラウンドの黒土を赤く染め上げ、遠くの校舎のガラスを黄金色に光らせていた。
練習試合の終了を告げるサイレンが鳴ってから、すでに三十分ほどが過ぎている。一塁側の防球ネットに背を預け、俺は手にしていたノートを閉じた。
商業高校との第二試合は、六対二で西高が勝った。八回と九回を投げた城ヶ崎は、被安打ゼロの無失点で、三振を四つ。背番号十八のユニフォームを初めて着た一年生としては、出来すぎなくらいの結果だった。
グラウンドの中では部員たちがトンボをかけ、ベンチの掃除をしている。部員でもない俺が手を出すことでもないから、こうして外で待つことにした。
八回に入る直前、外野フェンスの裏のブルペンで受けた球の重みを思い出す。あいつの球は、日ごとに重くなっている。踏み込んだ左足から伝わる全身の力が、革越しに響いてくるようだった。
頼もしさに口元を緩めながら息を吐き出すと、通用門の鉄扉がガタリと音を立てた。
制服に着替えた城ヶ崎が、濡れた髪をタオルで拭きながら小走りで駆けてくるところだった。
「姫宮、待たせてごめん」
息を切らしながら立ち止まった城ヶ崎は、額にまだ汗の粒を光らせていた。
「ううん、全然待ってないよ。片付け、早かったね」
「堂本キャプテンが早く上がっていいって言ってくれてさ。成瀬先輩も、今日はナイスピッチングだったなって褒めてくれたんだ」
大型犬が尻尾を振るような顔で笑う城ヶ崎を見て、俺も自然と口元が緩む。
「八回も九回も、腕がしっかり振れてたよ。先頭打者を三振に取ったあとの外角の直球、回転が綺麗にかかっててすごく良かった」
「本当か? ブルペンで姫宮に言われた通り、全部無視してミットの革紐だけを見るようにしたんだ。そしたらバッターが立っても全然怖くなくてさ」
嬉しそうに胸を張る姿は無邪気そのものだ。だが城ヶ崎はふと視線を泳がせ、ポリポリと頬を掻いた。どこか言い淀むような空気を漂わせている。
「あのさ、姫宮。実はさっき、フェンスの外から見てたうちの父さんと母さんから電話があってさ」
「ご両親、見に来てくれてたんだ。初登板で無失点だったんだから、すごく喜んでくれたでしょ」
「うん。父さんなんかフェンスにしがみついて見てたらしい。それでさ……せっかくだから家で祝いの飯を食うぞって話になって」
「そっか。家族でお祝い、いいね。早く帰ってあげなよ」
「いや、それが……」
城ヶ崎は困ったように眉を八の字に曲げ、持っていたタオルをぎゅっと握りしめた。
「母さんがさ、姫宮も絶対に連れてこいって聞かないんだよ。いつも俺の面倒を見てくれてる姫宮君に、ちゃんとお礼を言いたいからって。家に寄って飯食っていけって言ってるんだけど……迷惑じゃなければ、来ないか?」
「ボクを?」
「うん。母さんがずっと会いたがってたんだ。急にこんなこと言って悪いんだけど……」
城ヶ崎は恐縮したように肩をすくめている。
俺は少し考えた。急に人の家に上がり込むのは気が引けるが、あいつが家でどんなものを食べているのか、確かめられる機会はそうない。体がどんどん大きくなっている今、何をどれだけ食べるかはこの先の伸び方を大きく左右する。
「迷惑だなんて思わないよ。お邪魔していいなら、喜んで伺おうかな。城ヶ崎君が普段どんなご飯を食べてあんな球を投げてるのか、ちょっと興味あったし」
「えっ、本当か!? やった! じゃあすぐ行こう。家、ここから歩いて十五分くらいだからさ」
城ヶ崎の顔がぱっと明るくなり、足取りも軽やかに歩き出した。
学校のグラウンドから坂を下り、閑静な住宅街へと入る。
道すがら、城ヶ崎は今日の試合の反省をしきりに口にしていた。九回の二人目の打者に投げた二球目が少し浮いたこと、八回の初球で上体が突っ込んだこと。あいつの話を聞きながら俺は要所要所で頷き、相槌を打った。
曲がり角を二つほど抜けた先に、二階建ての落ち着いた色合いの一軒家が見えてきた。表札には城ヶ崎と刻まれている。玄関の脇には、手入れの行き届いた植木鉢がいくつか並んでいた。
「ただいまー」
城ヶ崎が玄関の引き戸を開けると、揚げ物の香ばしい匂いと出汁の甘い香りがふわりと漂ってきた。それだけで、食卓への期待が膨らんでいく。
「おう、投真! 帰ったか!」
廊下の奥から、体格のいい五十代前後の男性が弾んだ声とともに出てきた。がっしりした肩幅に、日に焼けた浅黒い肌。城ヶ崎の父親だと一目で分かる。その後ろからエプロンをつけた小柄な母親が、笑顔を浮かべて小走りにやってきた。
「投真、お疲れ様! 初登板無失点、本当におめでとう! お父さんとフェンスの外で見てて、もう心臓が止まるかと思ったわよ。それで、噂の姫宮君は……」
母親が視線をこちらの方へ向けると、言葉を途中でぴたりと止めた。
父親もまた、俺の姿を上から下まで見つめてぽかんと口を開けている。
俺は手提げバッグを体の前で両手で持ち、軽く頭を下げた。
「こんばんは。同級生の姫宮ほのかです。急にお邪魔してしまってすみません」
玄関先に、奇妙な静寂が落ちた。
父親は瞬きを忘れ、母親はエプロンの端を握りしめて目を丸くしている。父親の視線がブレザーの袖から覗く俺の細い手首と、制服のスカートとを行ったり来たりしていた。
「え……? あ、あれ? 姫宮、君……?」
母親がおずおずと声を震わせる。
「あの……投真? 野球部で鍛えてる、身体の大きい男の子が来るって思ってたんだけど……」
「え?」
靴を脱ぎながら、城ヶ崎が事も無げに返した。
父親が、横から困ったように口を挟んだ。
「だって投真、お前が言ってたじゃないか。俺の投げた全力の球をビシッと捕ってくれたとか、駅前で絡んできた男を寝技で押さえ込んだとか」
「だからよ! そんな豪快な話を聞かされたら、誰だって百八十センチくらいある男子生徒だと思うじゃない! なんでこんな可愛らしいお嬢さんだって一言も言ってくれないのよ!」
「えっ……言ってなかったっけ?」
城ヶ崎が頭に手を当ててとぼけた声を出す。
父親はようやく我に返ったらしく、慌てて背筋を伸ばした。
「あ。いや、すまない姫宮さん! 大柄な男の子が来るものとばかり思い込んでいて、ろくな出迎えもできなくて……! いつも投真がお世話になってます、父です」
「母です。本当にごめんなさいね、玄関先で騒いじゃって。さあ、狭い家だけど上がってちょうだい」
「ありがとうございます。お邪魔します」
俺はローファーを揃えて玄関の隅に置き、スリッパを借りて廊下へ上がった。
どうやら城ヶ崎が家で話した武勇伝のせいで、屈強な大男がやってくると思い込まれていたらしい。あいつの球を捕ったのも駅前で男を寝技で押さえたのも事実だが、言葉足らずにも程がある。城ヶ崎の脇腹を軽く肘で小突いてやると、あいつは痛そうに身を縮めて苦笑いした。
案内されたリビングの大きな木のテーブルには、すでに溢れんばかりの料理が並べられていた。
その光景を見て、俺は思わず息を呑んだ。
テーブルの中央には、大皿に山のように積まれた揚げたての鶏の唐揚げ。その隣には、立派なマグロや鯛が美しく盛り付けられた舟盛りの刺身。深鍋では具だくさんの豚汁が湯気を立てており、ボウルには温野菜が彩りよく盛られている。
どれもこれも、屈強な男子高校生が二人で平らげることを想定した量だった。
「ごめんなさいね、姫宮さん。男の子が来ると思って、ガッツリしたものばかり作っちゃって……口に合うものがあるかしら」
城ヶ崎のお母さんが申し訳なさそうに手を合わせる。
だが、俺は本気で感心しながら首を横に振った。
「とんでもないです。お肉もお魚もお野菜も汁物まで揃っていて、投げたあとの城ヶ崎君に食べてほしいものばかりです。本当に安心しました」
「え……? あ、ありがとう……?」
妙に真面目な講評をしてしまった俺に、母親は一瞬目を丸くしてからくすぐったそうに笑った。
「投真、手を洗ってきなさい。姫宮さんも洗面所使ってね」
手を綺麗に洗い、全員が席についた。
城ヶ崎の前には漫画のような大盛りのどんぶり飯が置かれ、俺の前には普通の大きさの茶碗に八分目ほどのご飯がよそわれた。
「それじゃあ、投真のデビュー戦無失点を祝して……いただきます!」
父親の号令とともに、賑やかな夕食が始まった。
城ヶ崎は席に着くなり唐揚げを二個まとめて掴み、どんぶり飯をかき込んだ。噛み締めるたびに肉汁が溢れているのが見て取れる。
「うめえ! やっぱり母さんの唐揚げが一番だな」
「ほら、慌てて食べると喉に詰まらせるわよ。よく噛みなさい」
母親にたしなめられながらも、城ヶ崎の手は止まらない。俺も箸を取り、温野菜と豚汁をゆっくりと口に運んだ。出汁の味がしっかり染みていて、とても優しい味がする。唐揚げも衣がサクサクで、下味が肉の奥まで行き届いていた。
「姫宮さん、遠慮しないでどんどん食べてね。たくさんあるんだから」
「はい、とても美味しいです。いただきます」
「それにしても投真、今日の八回の三振は見事だったぞ」
父親がビールグラスを置き、身を乗り出して息子の顔を見た。
「最初のバッターを内角の直球でのけぞらせて、最後は外の高めだ。三振を取った瞬間、お父さん思わず叫んじゃったよ」
「父さん、声デカすぎなんだよ。マウンドまで聞こえてたぞ」
「いいじゃないか、嬉しかったんだから。中学まで部活もやらずに家でごろごろしていたお前が、高校に入ってあんなに堂々と投げるようになるなんてな」
「それもこれも、姫宮さんのおかげなんだろうねえ」
城ヶ崎のお母さんが温かい眼差しでこちらを見てくる。
「投真から聞いてるわよ。姫宮さんが投げ方を直してくれたり、練習メニューを教えてくれたりしてるって。この子は昔から不器用だから、運動部なんて続くのか心配だったのよ」
「ボクは何も特別なことはしていませんよ。城ヶ崎君自身の持っている天性の身体能力が、ようやく活躍の場を見つけただけです」
「謙遜しなくていいのに。投真なんて毎日、姫宮がこう言ったとか姫宮に褒められたとかそればっかりなんだから」
「ぶふっ……!」
豚汁をすすっていた城ヶ崎が派手にむせ返った。
「お、おい母さん! 変なこと言うなよ!」
「何言ってるの、本当のことじゃない」
息子の慌てぶりに、母親はからかい交じりのような笑顔を浮かべた。
「まったく、都合が悪くなるとすぐそうやって誤魔化すんだから。だいたいね、今朝から様子がおかしかったのよ」
「ちょ……母さん! やめろって!」
「洗面所の鏡の前で、前髪をこうやって指で何度も直しててね。部活に行くだけなのに、色気づいちゃってまあ。誰が来るのかと思ったら、こんなに可愛い子だったなんてねえ」
「母さん! もういいから! 飯食えよ!」
城ヶ崎の顔は真っ赤になっていた。首の根っこまで朱に染まり、両手で顔を覆って小さくなっている。母親に弱みを握られた息子の、実に情けない姿だった。
父親も楽しそうに笑いながら、唐揚げを口に放り込んでいる。温かくて賑やかな、いい家庭だ。
「ねえ、姫宮さん」
城ヶ崎のお母さんが肘をテーブルにつき、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「この子、家ではこんなに抜けてるけど……学校ではどうなの? その……男の子として見て、どうかしら?」
男の子として、どう思うか。
唐突な問いかけに俺は少し背筋を伸ばし、城ヶ崎の体つきをまじまじと見た。
シャツ越しでも分かる、肩幅の広さと背中の厚み。
肩から腕にかけての、生まれつきのしなやかさ。そして、地面をしっかりつかむ太い脚。
「羨ましいです」
俺は迷うことなく、本心からそう答えた。
「え?」
母親がきょとんとした声を上げる。隣で俯いていた城ヶ崎も、顔を上げてこちらを見た。
「城ヶ崎君の肩から背中にかけての筋肉の付き方は、本当に素晴らしいんです。脚にもよく筋肉がついていて、腕も長い。あれこそ天性の才能ですよ。骨格の強さも関節の柔らかさも、投手として理想的です。ボクには絶対に手に入らないものばかり持っていて、正直言って心から羨ましいと思います」
前世の壊れた腕や今の小柄な体を思い浮かべながら熱弁すると、食卓が妙に静かになった。
母親は目をしばたたかせ、父親は吹き出しそうになるのをビールで必死に押し殺している。城ヶ崎はといえば、赤い顔のまま情けないような嬉しいような顔で天を仰いでいた。
「あ、あら……そう。体のことなのね……」
母親は苦笑いを浮かべ、それから優しく目を細めた。
「でもお互いに信頼し合ってて、すごくいい雰囲気じゃない。なんだか二人並んでると、お似合いのカップルみたいに見えるわよ」
お似合いのカップル。
その言葉を聞いた瞬間、俺は箸を置いて両手を振った。
「とんでもないです! ボクなんかが女房役だなんて、恐れ多すぎます!」
「え? 女房役……?」
母親が首を傾げる。俺は大真面目な顔を崩さず、城ヶ崎のこれからについて語り始めた。
「城ヶ崎君の球は日に日に重くなっているんです。今日のブルペンで肩を作るのに付き合ったときも、ボクのグラブごと持っていかれそうになりました」
城ヶ崎が、箸を止めて俺の顔を見た。
「だからこれからは、ボクじゃなくて正捕手の堂本キャプテンに託すべきなんです。堂本キャプテンなら城ヶ崎君の球をどんなコースでもどっしり構えて受け止めてくれますし、城ヶ崎君の良さを一番引き出してくれます。ボクがいつまでも女房役みたいな顔をして居座るわけにはいきませんから」
俺は淡々と、当然の事実として言葉を結んだ。
投手にとって、信頼できる捕手と組むことは何よりも重要だ。試合で受けるのは正捕手の堂本キャプテンで、俺はいずれ一歩下がる。それは指導役としての順当な役目に過ぎない。
しかし俺が話し終えると、食卓は水を打ったように静まり返っていた。
母親は呆気にとられたように俺を見つめ、それから隣で打ちひしがれている息子を見た。城ヶ崎はどんぶりを持ったまま、魂が抜けたような顔で固まっている。
母親は深く息を吐き出し、そっと息子の広い肩に手を置いた。
「……投真」
「……何、母さん」
「あんたも、苦労しそうねえ」
「……言わないでくれよ……」
父親も憐れむような目で息子を見つめ、自分の茶碗に箸を伸ばした。
「まあ、なんだ。焦らず地道にな、投真。相手が手強いのは昔からよくあることだ」
「父さんまで……もう飯食わせてくれよ……」
城ヶ崎は力なく肩を落とし、まるで敗戦投手のような暗い表情で白米を咀嚼し始めた。
なぜ城ヶ崎が苦労するのか、さっぱり分からない。堂本キャプテンへの引き継ぎはチームにとっても城ヶ崎にとっても最善の選択のはずなのだが、家族の間では何か別の文脈があるのだろうか。
「姫宮さん、これデザートに切ったから食べてね」
食事を粗方終えた頃、城ヶ崎のお母さんが冷蔵庫からよく冷えたメロンの皿を出してきてくれた。鮮やかな緑色の果肉から、甘い果汁が滴っている。
「ありがとうございます。いただきます」
フォークで一口運ぶと、上品な甘みと冷たさが口いっぱいに広がった。今日はずっとネットの外で立っていたからか、糖分と水分が染み渡るように美味い。
「そういえば姫宮さん、投真の小さい頃の写真を見てみない? 昔は本当に可愛かったのよ。ちょっとアルバム持ってくるわね」
「あ、ぜひ見たいです」
母親が立ち上がろうとした瞬間、城ヶ崎が椅子を派手に引いて立ち上がった。
「ダメ! 絶対にダメ! アルバムだけは勘弁してくれ!」
「いいじゃないの、ちょっとくらい。赤ちゃんのときの写真とか、泥遊びして大泣きしてるやつとか……」
「余計ダメだろ! 頼むからやめてくれ母さん! 姫宮、もう帰る時間だろ!?」
城ヶ崎は必死の形相で母親の行く手を阻み、腕を広げてリビングのドアを塞いだ。その顔は本気で切羽詰まっていて、あまりの必死さに父親が腹を抱えて大笑いしている。
「あはは、じゃあアルバムはまた今度ね。姫宮さん、本当に今日は来てくれてありがとうね」
「ごちそうさまでした。どれも本当に美味しかったです」
俺は立ち上がり、丁寧にお礼を言った。
両親が玄関まで見送りに来る。
ローファーに足を入れていると、母親がにこやかに声をかけてくれた。
「姫宮さん、いつでも遊びに来てね。今度はもっと女の子が好きそうなメニューを用意しておくから」
「投真のこと、これからもよろしく頼むな」
父親が太い腕を組んで頷く。
俺は二人の顔を真っ直ぐに見つめ、背筋を伸ばして胸を張った。
「はい。城ヶ崎君の体と投げ方は、責任を持って最後まで見届けます。絶対に怪我をさせずに最高の投手に仕上げますから、安心してください」
自信満々に宣言すると、両親は顔を見合わせて楽しそうに笑っていた。本当に温かくて、居心地のいい家だ。
「ほら投真、夜も遅いから姫宮さんを家まで送ってやりなさい」
「い、言われなくても送るって」
城ヶ崎が慌ててスニーカーに足を突っ込み、俺たちは二人で城ヶ崎の家を出た。
玄関の外に出ると、初夏の夜風がひんやりと火照った頬を撫でた。
住宅街の街灯がぽつぽつと灯り、アスファルトから昼の熱が抜け始めている。見上げると紺色の夜空には薄い雲がかかり、遠くに一番星が瞬いていた。
俺の家へ向かう並木道を、俺と城ヶ崎は並んで歩く。
城ヶ崎は両手を制服のズボンのポケットに突っ込み、どこかバツの悪そうな顔をして歩幅を緩めている。
「……悪かったな、姫宮」
「何が?」
「うちの両親、あんなんでさ。変なことばっかり言って、姫宮に迷惑かけたんじゃないかって」
「全然迷惑じゃなかったよ。ご両親ともすごく温かくて、素敵な人たちだった。城ヶ崎君が素直で真っ直ぐに育った理由が、よく分かった気がする」
心からの感想を伝えると、城ヶ崎は少し驚いてから照れくさそうに口元を緩めた。
「そうか……なら良かったけどさ」
「ご飯も本当に美味しかったしね。唐揚げはもちろんだけど、豚汁の具材の多さにはびっくりしたよ。毎日あんなご飯を食べてるなら、城ヶ崎君の体力もちゃんとついてくるはずだよ」
「姫宮って、本当に運動のことばっかりだな」
城ヶ崎が呆れたように小さく笑う。
しばらくの間、二人の足音だけが静かな夜道に響いていた。
「なあ、姫宮」
「ん?」
「さっきの、キャプテンに託すって話だけどさ」
「うん」
「……でもさ」
城ヶ崎は立ち止まり、街灯の下で俺の顔をじっと見つめてきた。
「俺、堂本キャプテンに投げるのも嬉しいけどさ。やっぱり……一番はお前に受けてほしいんだよ」
真剣な瞳だった。試合で見せる闘志とは違う、どこか縋るような眼差し。
俺は少し困ったように息を吐き出し、柔らかく笑った。
「気持ちは嬉しいけど、試合で受けるのは正捕手の仕事だよ。ボクが防具をつけてホームベースの後ろに座るわけにもいかないでしょ。城ヶ崎君が上のレベルを目指すなら、ちゃんとしたキャッチャーに受けてもらうのが一番なんだよ」
「姫宮……」
「大丈夫。キャッチャーミットは構えられなくても、一番近くで見張ってる役目は変わらないから。サボったり変な投げ方をしたら、ちゃんと指摘してあげるから覚悟してね」
冗談めかして言うと城ヶ崎は張り詰めていた肩の力をふっと抜いて、観念したように息を吐き出した。
「ありがとう……見張っててくれるなら、今はそれで満足するよ」
夜風が並木道の木の葉をカサカサと揺らし、初夏の匂いを運んでいった。
これにて第一章完結です!
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!
第二章も引き続き毎日投稿いたしますので、ご愛読よろしくお願いいたします!
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