キーンコーンカーンコーン、と六時間目の終わりを告げるチャイムが、重苦しい空気を切り裂くように鳴り響いた。
「はい席に着けー。週末だからって羽目を外すなよ。忘れ物がないか、机の中も確認してから帰ること。……じゃあ日直、号令」
号令がかかり、教室中の生徒が一斉に頭を下げる。
担任がプリントの束を抱えて引き戸の向こうへ消えた瞬間、教室内には堰を切ったように週末のざわめきが満ちていった。
机を引く音、スクールバッグのチャックを開け閉めする音、部活へ向かう生徒たちの慌ただしい足音。
金曜日の放課後特有の、ふわりとした開放感が教室を満たしていく。
だが、俺の本番はここからだった。
背筋をぐっと伸ばし、膝の上で握りこぶしをきつく固める。
呼吸を整えろ。肩の力を抜け。
昼休みに渡り廊下のベンチで城ヶ崎と交わした言葉が、頭の奥で何度も巡っていた。
机を挟んだすぐ前の席で、ガタッとパイプ椅子の脚が床を擦る音がした。
前の席。大きなふとももがチャーミングな大原桃香さんがくるりと振り返り、俺の隣の席の横山広美さんがそれに応えるように体をぐいと寄せる。
横山さんはゆったりしたブレザーを着ていてもわかるくらいに肩幅が横に大きい、どこかのんびりした空気を纏った関西弁の女子だ。
二人はモモ、ヒロ、と呼び合って普段からよくつるんでいた。
「ねえヒロ、今日このあと駅前寄ってかない? 西口の広場に新しくできたクレープ屋さん、雑誌に載っててずっと気になってたんだよね」
「あ、駅前のキッチンカーのやつやんな。うちも気になっててん。生クリームが山盛り乗ってるやつやろ?」
「そうそう! 金曜日だしさ、今週一週間頑張ったご褒美に食べに行こうよ」
クレープ。
放課後の買い食いにおける絶対の王道。
ここだ。ここしかない。
同じものを食べ、同じ時間を過ごす。それさえできれば俺が危険な猛獣などではなく、ただの同級生の一人だと分かってもらえるはずだ。
二人が鞄に教科書を詰め込み、席を立とうとしている。今を逃せば次の機会がいつ来るか分からない。
俺は深く息を吸い、静かに椅子を引いて立ち上がった。
「あの……」
「わっ!?」
声をかけた瞬間、横山さんが肩をビクッと跳ねさせ、机の上の筆箱を落としかけた。
大原さんも目を丸くして、息を呑んだまま固まっている。
また驚かせてしまった。だがここで引くわけにはいかない。俺は喉の奥を柔らかく広げ、できる限り穏やかな笑みを作った。
「驚かせてごめんね。あのさ、もし邪魔じゃなかったら……ボクもそのクレープ屋さんに一緒に行ってもいいかな」
周囲の喧騒が嘘のように、二人の周りだけがピタリと静止した。
二人は顔を見合わせ、それから信じられないものを見るような目で交互に視線を交わした。
やっぱり駄目だったか、と胸の奥がキュッと縮みかけたそのときだった。
大原さんの表情がパッと華やぎ、パンと勢いよく両手が合わされた。
「えっ、ほんとに!? 邪魔なわけないじゃん! 姫宮さんが来てくれるの、あたしたちめっちゃ嬉しいよ!」
「そうやねん、うちも急やったからびっくりしただけやもん! 姫宮さんと放課後遊びに行けるなんて思ってへんかったから。行こ行こ!」
横山さんも顔をほころばせ、大きく頷いてくれた。
拒絶されたわけではなかったのだと分かった瞬間、張り詰めていた首筋の力がふっと抜け落ちた。
「じゃあさ、一旦家に荷物置きに帰って、四時半に学校の前集合にしよっか!」
「せやな!」
「うん、わかった。四時半に学校の前だね」
無事待ち合わせの約束を交わし、俺は足取りも軽く一度自宅へと戻った。
ここまでは順調だった。完璧な滑り出しだった。
だが、自分の部屋へ戻り、私服に着替えようとクローゼットの扉を勢いよく開け放った瞬間、俺の思考は完全に停止した。
視界に飛び込んできたのは、整然と並んだ学校の予備の制服。
そして引き出しを埋め尽くす、吸汗速乾性に優れた無地の黒Tシャツ、身体を締め付ける機能性インナー、膝の出たグレーのスウェット、中学時代から着倒してきた各競技のジャージの数々だった。
幼少期から身体を極限まで鍛え抜くことしかしていない弊害がここにも出るとは。
なんと俺のクローゼットには、放課後に女友達と遊ぶための可愛い私服が一着たりとも存在していなかったのだ。
胸元に大きく競技用ブランドのロゴが入った蛍光色の速乾シャツを引っ張り出し、いやダメだ、と頭を抱える。
かといって膝の抜けたジャージで行けば、せっかくの金曜日の空気を根底から叩き壊してしまう。
冷や汗を流しながら引き出しをひっくり返し、三分間頭を抱えて唸り続けた末、俺は苦渋の決断を下した。
学生にとって最も礼儀正しく、当たり障りのない正装。脱ぎかけた学校の制服をきっちりと着直し、ネクタイを完璧な角度で結び直した。
四時半。夕暮れの光が差し込む学校の校門前。
立って待っていると、坂道の下から二人組の女子高生が楽しげに歩いてくるのが見えた。
大原さんは春らしい柔らかな薄手のニットにふんわりと広がるスカート。横山さんは落ち着いた色合いのシャツに、ゆったりとしたお洒落なパンツを履きこなしている。二人とも、放課後の街を歩くにふさわしい、華やかで可愛らしい私服姿だった。
だが、校門前に直立する俺の姿を認めた瞬間、二人の足がピタリと止まった。
「……えっ!? 姫宮さん、制服!?」
「着替えてこんかったん!?」
二人が目を白黒させながら駆け寄ってくる。
「あ、いや……一度家に帰ったんだけど……その、手持ちの中で一番まともで失礼のない服が、これしかなくてさ」
気まずさに目を泳がせながら答えると、二人はぽかんと口を開けた。
「まともって……え、私服持ってないの!?」
「おもろ! 姫宮さん制服めっちゃ似合ってるし可愛いからええけど!」
横山さんがフォローするように笑ってくれたものの、いざ三人で並んで駅へと続く坂道を下り始めると、居心地の悪さは一気に跳ね上がった。
おしゃれな春服を着た華やかな二人組の隣に、校則通りにきっちりと制服を着た俺。
下校途中の他クラスの生徒やすれ違う通行人の視線が、どことなく珍しいものを見るようにこちらへ向いてくる。
浮いている。誰がどう見ても、猛烈に浮いている。
金曜の夕方の街を歩くには、俺の装いはあまりにも真面目すぎた。
四月の夕暮れの風は心地よく、街路樹の若葉を優しく揺らしている。
滑り出しから盛大に躓いてしまったが、歩き始めて三分もしないうちに、今度は俺の身体感覚が別の違和感を訴え始めた。
歩く速度が、あまりにも遅い。
普段の俺なら、背筋を伸ばして足を踏み出し、大股でぐんぐん進む。
だが今、隣を歩く二人の足取りは、散歩というよりも小幅でゆっくりとしたすり足に近く、俺の普段の半分以下のスピードしかなかった。歩幅が狭くて身体が後ろに残るため、すねやふくらはぎのあたりが妙に突っ張ってくる。
さらに、隣を歩く横山さんの足元がどうしても視界に入ってしまう。
歩くときにかかとの内側から地面を擦るように着いて、つま先が外を向いている。
あれでは靴の内側ばかりがすり減ってしまうし、長く歩けば膝に余計な負担がかかって疲れやすいはずだ。
いけない、と頭を振って思考を追い払う。
今日はお友達と楽しくおしゃべりをしに来たのだ。運動の指導員のような目で観察していたら、せっかくの空気が台無しになってしまう。
俺は頑張って口をつぐんでいた。
「ねえねえ、姫宮さん」
前を歩く大原さんが、くるりと振り返りながら弾むような声で言った。
「ん? どうしたの大原さん」
「あのさ、朝からずっと気になってたんだけど、姫宮さんって普段どんなスキンケア使ってるの? 肌すごく透き通ってて綺麗だし、リップもすごく自然な色だけど、どこのブランドのやつ?」
化粧品。
予想もしなかった角度からの問いかけに、俺の思考回路が完全に停止した。
化粧品のブランド名など、前世のスポーツ科学漬けの記憶にも、今世で身体を鍛え続けてきた記憶にも、一文字たりとも登録されていない。
俺が顔に塗っているものと言えば、外に出る前の日焼け止めくらいだ。日焼けのダメージを回復するのにも体のエネルギーは使われてしまう。
塗っておくだけで体力の消耗が抑えられるというのであれば、塗らない理由はないのだ。
「ええと……基本的には日焼け止めくらいかな」
「……え?」
大原さんが足を止め、目を瞬かせた。
「日焼け止め? 化粧水とか乳液は? ファンデーションはどこの?」
「塗ってないよ。日焼けからの回復にも体力を使うから、日焼け止めを塗ってそれを防止しているんだ」
ありのままの事実を正直に答えた。
だが、二人はぽかんと口を開けたまま顔を見合わせ、それから深いため息を漏らした。
「すっぴんでその肌なんだ……」
「毛穴がどこにあるんかも分からへんくらい綺麗やのに……」
「あたしたちがお小遣い削ってコスメ買ってるの、なんだか切なくなってきちゃうよ……」
どうするのが正解だったのだろうか。なぜか二人から怨嗟のような溜め息が漏れ、場の空気が一段と重くなってしまった。
そうしてとりとめのない話に相槌を打ちながら歩いていると、ついに駅前まで到着した。
ロータリーの脇にパステルピンクの可愛らしいキッチンカーが停まっている。
車の周りには甘いバニラと焼きたての生地の香ばしい匂いが漂い、高校生や若い女性が何人か列を作っている。
「わあ、ほんとにあった! 可愛い!」
「看板の写真、めっちゃ美味しそうやん!」
二人は一気に機嫌を直したように駆け寄り、立て看板のメニューを指差しながら盛り上がり始めた。
よし、ここが名誉挽回の機会だ。同じものを美味しく食べれば、自然と打ち解けられるはずだ。
俺も二人の後ろに立ち、看板に並ぶメニューの写真を眺めた。
そして、俺の視線はその場で完全に凍りついた。
……なんだ、この油と糖の塊は
メニューの写真に写っているのは、薄いクレープ生地から溢れんばかりに盛り上がった純白の生クリームの山。
その上からドロリと注がれた濃厚なチョコレートシロップ。キャラメリゼされたバナナ、角切りのブラウニー、マシュマロ、そして極めつけに巨大なバニラアイスが突き刺さっている。
生まれてから今日に至るまで、俺の身体は徹底して健康的な食事で作られてきた。
主食は白米、主菜は茹でた鶏むね肉か脂の少ない魚、副菜はブロッコリーやほうれん草、海藻の味噌汁。喉が渇けば水か冷たい麦茶。間食を口にするとしても、バナナくらいのものだ。
スナック菓子や炭酸飲料など口にしたことがなく、油分と砂糖が山盛りに絡み合った洋菓子など、俺のこれまでの人生において完全に未知の物体だった。
「姫宮さんは何にする? あたしたち、この特盛りチョコバナナブラウニーにしようと思うんだけど!」
大原さんが振り返って楽しそうに尋ねてくる。
「え、あ……二人とも、それにするの?」
「うん! 一番人気って書いてあるし、せっかくやから一番すごいやつ食べたいやん!」
しかし、ここで一人だけ別のものを頼んだり、自分はいらないなどと言い出せば、せっかくの空気が冷え切ってしまう。
覚悟を決めろ。
「じゃあ……ボクも同じ、特盛りチョコバナナブラウニーにするよ」
「やった、三人お揃いだね!」
二人が無邪気に笑う。俺は財布から小銭を取り出しながら、未知の食べ物に対する緊張で喉を鳴らした。
広場の隅にある木製のベンチに三人で腰を下ろし、手渡されたクレープの紙包みを開いた。
ずっしりとした重みが手のひらに伝わってくる。生地の温かさとアイスの冷たさが指先に伝わり、甘い匂いが鼻をくすぐった。
「いただきまーす!」
「んんーっ! 美味しい! クリームふわっふわ!」
女子二人は幸せそうに頬を緩め、大きな口を開けてクレープにかぶりついた。
その食べっぷりは見事なもので、口の端にクリームをつけながら、楽しそうに笑い合っている。
よし、いってやる。
俺は山盛りの生クリームとチョコシロップを、覚悟を決めて口の中へと放り込んだ。
ッ!?
瞬間、頭蓋骨の裏側を直接殴られたような、強烈な甘さの衝撃が脳天を突き抜けた。
甘い。あまりにも甘すぎる。
舌の上に広がる、ネットリとした濃厚な油分の感触。鼻へと抜ける人工的なバニラの香り。
美味いか不味いかで言えば、間違いなく美味い。口にした瞬間に脳が痺れるような、完璧に計算されたジャンクな美味さだ。
だが、その直後だった。
喉を通って胃に落ちた生クリームの塊が着地した瞬間、ずしりと鉛を呑み込んだような重みが腹の底に広がったのだ。
うっ、と息が詰まる。
強烈な胸焼けと、人生で一度も経験したことのないド級の胃もたれ。
生まれてこの方、お菓子やジュースを口にしたことがない純粋無垢な俺の胃袋が、未知の敵の襲来に大パニックを起こしていた。
「……っ」
俺は必死に胃の不快感を堪えながら、冷や汗を流して手元のクレープを見つめた。
まだ、ほんの一口食べただけだ。
それなのに、胃袋が「これ以上入れるな!」と全力で拒絶サインを出している。
「あれ? 姫宮さん、どうしたの? 全然進んでないよ」
大原さんが不思議そうにこちらを覗き込んできた。二人の手元を見れば、すでに半分近くが綺麗に平らげられている。
「あ、いや……その……」
「もしかして、甘いの苦手だった?」
横山さんも心配そうに眉尻を下げる。
嘘をついて誤魔化すことも考えたが、顔色が悪くなっているのは自分でも分かった。
「苦手っていうか……生まれてから今まで、お菓子とかジュースを一度も食べたことがなくてさ」
「……は?」
大原さんが目を丸くして固まった。
横山さんもクレープをくわえたままピタリと動きを止めている。
「一度もって……どういうこと?」
二人の手がぴたりと止まった。
「文字通りの意味だよ。物心ついた頃から身体作りのためのご飯しか食ってこなかったから、砂糖とか生クリームを食べた経験が人生で一度もなくて。一口食べただけで、胃がびっくりして強烈にもたれてきちゃったんだ……」
「ええええええっ!?」
二人の悲鳴が広場に響き渡った。
「十六年間、お菓子もジュースもなし!?」
「ケーキもポテチもコーラも食べたことないん!?」
「うん、ないよ。白米や肉ならいくらでも食えるんだけどね……。ごめん、残しちゃうのは作ってくれた人にも申し訳ないんだけど、これ以上食べたら本当に動けなくなりそうで」
情けなさで頭を下げる俺に対し、女子二人は戦慄したような顔で俺を見つめていた。
「少食だから食べられないんじゃなくて、生活がストイックすぎて胃がお菓子を受け付けないってこと……?」
「お弁当はあんなにしっかり食べてるのに、クレープ一口でノックアウトなん……?」
「い、いや! 君たちが普通なんだ! 空気が読めないこと言ってごめん!」
慌てて手を振って弁解すると、大原さんはふっと表情を緩め、キッチンカーの店員さんに声をかけて持ち帰り用のビニール袋をもらってきてくれた。
「ほら、無理して食べなくていいから、これに入れて持って帰りなよ。お家の人に食べてもらうとかできるでしょ?」
「ありがとう、大原さん……本当に助かるよ」
丁寧にクレープを包んで袋に収め、鞄の底へそっと入れた。
またしても、俺の世間知らずな体質が放課後の空気に水を差してしまった。穴があったら入りたいとはまさにこのことだった。
「さ、気を取り直して次行こ! せっかく駅前来たんだし、プリクラ撮ろうよ!」
落ち込む俺を気遣うように、大原さんが明るい声で提案してくれた。
駅前の商業ビルの地下にあるゲームセンターへ移動する。薄暗いフロアには電子音が賑やかに響き、奥の区画にはカーテンで仕切られた大きな撮影機が並んでいた。
写真を撮る。それだけなら、胃袋の強さも関係ない。
今度こそ普通の女子高生らしく、笑顔で楽しんでみせると心に誓った。
カーテンをくぐって機械の中へ入ると、白い照明が一斉に灯り、機械から楽しげな案内音声が流れ出した。
「姫宮さん、真ん中入って! カウントダウン始まるから、可愛いポーズしてね!」
「か、可愛いポーズ……!」
画面に三、二、一、と数字が点滅する。
大原さんと横山さんは慣れた様子で首を傾げ、自然な笑顔を作っている。
可愛いポーズ。女子高生らしいポーズ。
焦りかけた俺の頭の奥で、前世の記憶の片隅にあった光景がふと浮かび上がった。
そうだ。前世の大学生だった頃、世間の若い女性たちの間で流行していた最新の可愛いポーズがあったはずだ。あれをやれば、間違いなく自然に馴染める。
俺は咄嗟に右手を胸の前に出し、親指と人差し指の先を交差させて小さなハートの形を作った。指ハートだ。
カシャッ、と白い光が焚かれた。
「……えっ?」
大原さんが撮影画面を見つめ、ぽかんと固まった。
「姫宮さん、今の手……何? お金数えてる?」
「へっ?」
「指擦り合わせて、なんやこれ?」
横山さんも目を丸くして自分の指で同じ形を真似している。
しまった、と背筋が凍った。
確かにこのポーズ、初見では意味がわからない!
「つ、次来るよ! 二枚目!」
機械が容赦なくカウントダウンを刻む。
焦った俺は、もう一つの記憶を手繰り寄せた。顔の横に手を添える、ほっぺハートというポーズだ。
俺は片手を頬に添え、親指と人差し指を曲げて半分のハートの形を作り、頬の丸みと合わせてハートに見えるように構えた。
カシャッ。
「……姫宮さん、今度は歯が痛いの?」
「違うよモモ、あれ片手でハート作ろうとしてるんちゃう? なんか器用やな……」
「えっ、ハートなのそれ!? どうやってやるの!?」
「あ、いや、ええと……!」
説明する間もなく、最後のカウントダウンが始まった。
これ以上妙なポーズをして混乱させるわけにはいかない。俺は腹を括り、誰もが知っているポーズへと逃げ込んだ。
両手で小さなピースサインを作り、顔の横に添えてぎこちなく笑う。
撮影が終了し、機械から外へ出ると、落書きコーナーの画面に三コマの写真が表示された。
一コマ目は、満面の笑みの二人と、胸の前でお金を数えているように見える俺。
二コマ目は、首を傾げる二人と、頬に未知のハートを添えて必死な顔をしている俺。
三コマ目は、ようやく三人揃ってピースをしている写真だった。
二人はタッチペンを握りながら、画面を指差して笑い転げていた。
「あははは! 姫宮さん、あの指のポーズなに、すごく面白いんだけど!」
「でも二枚目のやつ、なんか不思議で可愛らしいわ。うちも真似してみたい」
「ご、ごめん……変なことして……」
「変じゃないよ、むしろ楽しい!」
大原さんが慣れた手つきで日付やスタンプを散らし、印刷口から小さなシールシートが吐き出されてきた。
大原さんは小さなハサミを取り出し、三コマの写真がそれぞれに行き渡るよう三人分に切り分けてくれた。
「はい、姫宮さんの分!」
「ありがとう……大切にするよ」
手渡された小さなシールを見つめながら、俺は内心で深く反省していた。
未来の知識を中途半端に引っ張り出して、またしても奇行を演じてしまった。普通にピースだけしておけばよかったのだ。
そうして失敗を噛み締めながら駅前のゲームセンターを出た頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
駅前には行き交う通勤客や学生たちの足音が慌ただしく反響している。
「今日はありがとね、姫宮さん! すっごく楽しかった!」
大原さんが満面の笑みで手を振ってくれた。
「クレープは残念やったけど、また美味しいとこ探して行こな!」
横山さんも柔らかく微笑んだ。
「うん……二人とも、今日は一緒に来てくれて本当にありがとう」
俺がぺこりと頭を下げると、二人は並んで俺とは反対側の住宅街へ帰っていった。
一人残された俺は本日、何度目か分からない反省の念に苛まれた。
鞄の底には一口しか食べられずに持ち帰る羽目になったクレープが、ずっしりと重たく沈んでいる。
駅前のドラッグストアに入り、棚から胃腸薬を一箱手に取ってレジで会計を済ませた。
店を出て、夜風に吹かれながら一人で歩く。
クレープは一口で胃もたれを起こして持ち帰り、プリクラでは変なポーズで二人を困惑させてしまった。
二人は優しかったから笑って許してくれたけれど、内心では呆れていたに違いない。
普通の女子高生らしく放課後を楽しむという目標は、何一つ達成できなかった。むしろ変人としての印象を強固にしてしまっただけではないだろうか。
月曜日に学校へ行ったとき、二人がよそよそしくなっていたらどうしよう。
胃の重みと自己嫌悪が混ざり合い、俺の足取りは鉛のように重たかった。
***
お互いの家へと向かう道すがら、大原桃香と横山広美は肩を並べて歩いていた。
「ねえヒロ、今日すっごく面白くなかった!?」
大原が鞄を揺らしながら、弾むような声で言った。
「ほんまにそうやね。うち、今日一日で何回笑ったか分からへんわ」
横山も目を細め、服のポケットから先ほど切り分けたばかりの小さなプリクラシールを取り出した。
そこには、真顔で親指と人差し指を交差させ、真剣な顔でポーズを決めている姫宮ほのかの姿が写っていた。
「見てこれ。姫宮さん、あんなに大人っぽくて綺麗な顔してるのに、やること全部独特すぎて可愛すぎない?」
「そうやんな。クレープ一口食べて、胃がもたれたって固まったときはどうしようかと思ったけど、お家持って帰るって大事そうに鞄に入れてるの見て、なんかすごく真面目な子なんやなって思ったわ」
「そう! それにあの二枚目のハートのポーズ! あれ絶対新しいよね。あたしも次プリクラ撮るとき真似しよっと」
そう言いながら同時にポーズを再現すると、二人は顔を見合わせて吹き出した。
「クラスだとさ、すごい記録持っててクールそうに見えて、ちょっと声かけづらいのかなって思ってたけど……全然違ったね」
「うん。なんかちょっと抜けてて、一生懸命でめっちゃいい子やった」
「月曜日さ、学校行ったらまた誘おうよ! 今度は湯豆腐とか食べに行こう!」
「湯豆腐て! チョイスおかしないか?」
そうして、二人はまた顔を見合わせて吹き出した。