「……そこまで! 勝者、黒崎一勇!!」
総隊長・京楽春水の高らかな声が白亜の特設闘技場に響き渡った瞬間、一瞬の静寂を置いて、天空を衝くほどの大歓声と地鳴りのような拍手が沸き起こりました。
100年に一度の狂宴『百載全霊武闘祭』。
並み居る猛者たちをなぎ倒し、前・総隊長である山本元柳斎重國や現・十一番隊長の更木剣八といった「最強の怪物」たちが座ってきたその頂点へ、わずか八歳の少年が登り詰めたのです。それは、歴史の完全な塗り替えであり、新たな『最強の死神』がこの世界に誕生した瞬間でした。
「一勇ーーーっ!!」
観客席から一番に飛び出してきたのは、顔を真っ白にさせていた織姫でした。続いて、どこか誇らしげに、けれど信じられないものを見るような複雑な視線を向けながら一護も舞台へと上がってきます。恋次やルキア、そして乱菊に抱えられたボロボロの冬獅郎までもが、新王者の誕生を称えるために一勇の周囲へと集まってきました。
「すごいよ一勇! 本当によく頑張ったね!」
「ああ、流石は俺の息子だ。……おい一勇、今日は現世の家でみんなでお前の大好物を作って、盛大にお祝い(お祝い)しようぜ!」
一護たちが笑顔でそう語りかけ、周囲の死神たちからも惜しみない祝福の声が降り注ぎます。誰もがこの歴史的な偉業を喜び、新しい英雄を歓迎していました。
しかし、その中心に立つ一勇は、差し伸べられるいくつもの手を前にして、ふっと視線を落としました。
全身の傷は四番隊の鬼道ですでに癒え始めていましたが、少年の胸の奥に漂う空気は、不思議なほどに冷めていたのです。
「お父さん、お母さん、ありがとう。……でもね、ボク、なんだかすっごく疲れちゃった。だから、今日はお祝いはまた今度にして、もうお家に帰ってもいい?」
「え? あ、ああ……そうだな。卍解まで使って、ホロウの力まで暴れさせたんだ。無理もねえよ」
一護は少し寂しそうにしながらも、息子の疲労を思いやって優しくその頭を撫でました。
「穿界門を開けてもらうから、先にゆっくり帰って休んでろよ」
「うん、はーい!」
一勇はいつものように無邪気に手を振ると、大観衆の歓声の渦から逃れるようにして、足早に闘技場の裏口へと姿を消しました。
*
穿界門をくぐり、現世の陽だまりへと帰る。
――大人たちがそう信じ込んでいたその時、一勇は人目のない薄暗い路地裏で、静かに空間をパチンと叩いていました。
世界の理(ルール)を軽々と踏み越え、目の前に開いた真っ黒な「門」。少年が本当に帰りたかった場所は、現世の温かい我が家ではありませんでした。
たどり着いたのは、光を一切拒絶する世界の最深部。
最凶の師が一人で囚われ続けている、あの「無間」の暗闇でした。
――パキッ、パキッ。
「おじさん、ただいま」
白砂ではなく、冷たい岩盤の上に小さな足音が響きます。一勇はランドセル代わりのカバンを床にちょこんと置くと、全身を強固に縛られた藍染惣右介の足元へと、吸い寄せられるように歩み寄りました。
「ボクね、あのお祭りで優勝したよ。隊長に勝ってね、みんなから『最強の死神』って呼ばれたんだ。それでね、最後の戦いのときは――」
一勇は、冬獅郎との死闘や、その中で覚醒させた漆黒の炎、そして白きホロウの力のすべてを、まるで学校での出来事を報告する子供のように夢中で話し始めました。
しかし、すべてを縛られた反逆者は、その言葉の途中でフッと鼻で笑い、静かに少年の言葉を遮りました。
「……語る必要はないよ、一勇。この無間の底にいようとも、霊子の震えを辿れば地上の出来事などすべて視(み)えている。君が私の授けた『天墜』の呼吸を以て、日番谷冬獅郎の牙を真っ正面からへし折ったその瞬間もね」
藍染の声はいつも通り冷徹でしたが、その瞳の奥には、自らの最高峰の教えを完璧に証明してみせた愛弟子への、歪な充足感が灯っていました。
「尸魂界のすべての頂点に立ち、誰もが欲する『最強』の称号を手に入れた。……どうだい、黒崎一勇。天の座の居心地は」
藍染が試すようにそう問いかけた瞬間、一勇はふっと口元をへの字に曲げ、ひどく不満そうな顔をして、藍染の冷たい拘束具にぽつんと頭を預けました。
「うーん……。戦っているときは、すっごく熱くて、楽しかったような気がするんだけど……。お祭りが終わって、みんながボクを囲んで『おめでとう』って言ってくれたとき、なんだか、何かが違うなって思っちゃったんだ」
一勇は赤黒い澄んだ瞳を揺らしながら、胸の奥にある「虚無」を吐き出すように静かに言葉を続けます。
「ボクの心は、ちっとも満たされなかった。……どんなに強くて格好いい大人たちと刃を交えるよりも、たくさんの人に褒められるよりもね。……ボクは、こうしておじさんと一緒にいて、おじさんとお話ししているこの瞬間が、世界で何よりも一番楽しいんだ」
「……」
光の届かない奈落の底。
世界から拒絶され、誰とも交わらぬ高みで孤独に狂っていた男と、世界のすべてを無に帰す力を持ちながら、誰よりもその深淵を理解してくれる者を求めていた少年。
二人の怪物の魂の波長が、誰にも聞こえない静かな音を立てて、完全に重なり合った瞬間でした。
一勇は藍染を見上げ心からの親愛を込めて微笑みました。
「だからね、おじさん。ボク、これからもたまにここに遊びに来て、おじさんとたくさんお話ししていい?」
そのあまりにも無垢で、おぞましいほどの執着を前にして。
かつて天の座に立とうとした最凶の反逆者――藍染惣右介は、完璧に仕立て上げられた仮面の裏で、生まれて初めて、心からの優しい笑みをその口元に浮かべました。
「……ふふ。やはり君は、どこまでも私の計算を狂わせる。……好きにするがいい、小さな狼(おおかみ)よ」
「うん! ありがとう、おじさん!」
地上の誰も知らない暗闇の底で、師と弟子は静かに微笑み合います。
護廷十三隊がどれだけ新しい『最強の死神』を祝おうとも、その少年の心は、すでにこの奈落の深淵にしかありませんでした。
誰にも引き裂けない歪な絆で結ばれた二人の影は、世界の理を静かに侵食しながら、果てしない現世と尸魂界の歴史の裏側へ、どこまでも深く、深く、溶け込んでいくのでした。
the underworld 二人の王 おわり
本当は、もっと長く書くつもりでしたがネタ切れです。それに新しい物語もかきたいのでこのはなしは、ここで終わらせます。