メルクの様子が限界だった。
今日はメルクの診断日。
三度目まではギルドの一室を借りていたが、幼い女の子と淫紋商売をしている怪しい男。
受付担当がミアさんだったらまだいいのだが、三回目の診察時、別の担当さんに受付してもらった時の目はまるで性犯罪者を見るような厳しいものだったことを覚えている。
まぁ、最悪俺はいい。
だが、メルクは小さなAランク冒険者で有名だし、人の多いギルドで変な噂が立つのも問題だ。次回からはうちのお店で、と約束を交わしていたのだが、冷静になって考えてみるとうちの店にメルクが来る方が問題な気もしなくもない。
ただ、会うのが夜なら大問題な気がするが、診察は大体朝か夕方だ。
今日もお昼前の時間帯。
テントには『刺青屋』と書かれた看板が掛かっている。
まだ昼食には早い時間なこともあって人通りは少ない。
普段、昼間は閉じていないカーテンの内。
今日も今日とて施術台に座るメルクの胸の刻印に杖を
「……先週は何してた?」
刻印魔法の施術中、俺はゆっくり話しかける。
メルクの施術は慣れない作業なだけあって時間がかかる。
午後から冒険に出かけるのか今日は動きやすそうな格好だった。紺色のショートパンツに白いシャツと同じく紺のショートマント。マントには
そこから捲ってもらったシャツの下からはもはや見慣れた白黒ビキニ。
ここから察するに、服はいつもアンブラに見繕ってもらっているが、下着(?)だけは自分で選んでいるという状況なのだろう。
「先週は、ヴォルグレイブっていう魔物討伐の依頼を受けてた」
「泊りか?」
尋ねるとメルクはこくりと頷く。
「じゃあずっと仲間と一緒だな」
「うん」
メルクの表情はいつも通りの無表情。
それは聖紋や淫紋に関係なくもともとの性質のものなのだろう。
無感情という意味ではない。それは感情が顔に現れにくいだけ。
杖と魔力を通して彼女の心臓に触れてみると少なくとも俺にはよく分かる。
どくり、どくりと鼓動が早い。
そしてただ呼吸をする。それだけで起こる皮膚とそれを覆う布との摩擦にふるふると本当にわずかに体を震わせている。
「仲間はどんな人がいるんだ?」
そして、早くなった鼓動に伴って呼吸が少し浅くて速い。
「三つ年上の、アルクス。弓と槍が上手で、いつも元気……パーティのリーダーで、いろんなことを決めてくれる」
メルクはたどたどしい言葉でメンバーのことを教えてくれる。
もちろん俺の意識は施術に集中している。
ただ今回は四回目。難しいところは終わっているし、四回目ともなると多少喋りながらやっても問題はない。
「もう一人は、賢者のオラン……回復魔法が得意で、とっても頭がいい」
「あと一人がアンブラか」
メルクはまたこくりと頷く。
「アンブラは教会の小さいころからずっと一緒。一番大切な友だち」
その言葉には一番親しみが
アルクス、オランともにとても仲のいいパーティなのだろう。
「……ん」
施術はおそらく今回、次回あたりが山場といっていいだろう。
痛覚制限の一つをまた胸の神経につなげると普通であったら気づくはずのない小さな刺激にメルクは声を漏らす。
刻印から一瞬視線をあげてみるとこちらを見つめていた彼女と真正面から目が合う。
どくん、どくん、どくんどくん。
と鼓動がより早くなってしまう。
「……はっ……はっ」
「メルク、落ち着いて」
「…………っ、うん」
……こんな状況でまともに冒険できるのだろうか?
正直、俺は少し疑問に思っていることがある。
俺は彼女にすでに自分で触ってもいいと許可を出している。
もちろん、俺の店に来てそこで触れ……という訳ではない。そこは俺の言い方が悪かったのだが、自分の家でよしよしした後、俺の店で問題ないか見る。
という流れであれば、俺の中ではギリギリセーフのラインなのだが、杖を通してホルモンや魔力の流れを見てもメルクが
神経接続によってメルクの先端感度は相当の高みまで上がってきている。
むしろここまで
ここから導き出される結論は。
メルクは頂を知らないのだろうか……?
冷静になって考えてみると十三歳。教会育ち。
聖紋のせいもあるのだろうが、頭の中身は冒険のことばかりで、情緒の成長というものがあまりにも感じられない。
教えるべきなのだろうか。
俺が?
……俺がか?
仕事柄上適任と言っていいのか。
それとも一番教わっちゃいけない人物なのか。
なんとなく後者な気がするが、そこは自信を持つべきなのか?
む、難しいところだ。
冷静になるとアンブラに教えてもらいなさい、というのが無難な気もするのだが、それはそれで俺から伝えるのも意味が分からないし、かといってメルクに俺から教えてもらいなさいって言われたとか伝えられた日には俺の信頼はお終いである。
こういう時は、間接的に教える。
それが誰も傷つかない一番の方法だ。
ふぅ。と俺は一つ息を付く。
「他にはどんなことしたの?」
俺はメルクの気を逸らすためにも話を続けさせる。
メルクはとても素直にいろいろな体験を一つずつ順番に話してくれた。
森で珍しいキノコを取ったらオランに怒られたとか。
アルクスと模擬戦をするけど負けたことがないとか。
湖のほとりで休んでいたら空をドラゴンが横切ったとか。
けれど、話せど話せど一度静かな水面を揺らした快楽は、さざ波のように少しずつ大きくなっていくのか鼓動は一向に収まることはない。
「楽しかったんだな」
「……うん。みんなと冒険するのは楽しい」
メルクの目は少し虚ろだった。
抑えきれない感情を得ても彼女は驚くほど外観に変化がない。
身を焦がす激情が外に出ないというのはそれはそれで一つの呪いだろう。
「じゃあ、冒険中は、いつも冒険のこと考えてるのか?」
どくんと一際大きく心臓が脈打つ。
もう施術は終わっている。これはただの問診だ。
メルクは答えない。
「冒険中。なにを考えてた?」
「……はぁ……はぁ」
まだメルクは答えない。
ただ額や首筋に汗が流れ、呼吸が荒くなる。
「教えて」
最後にもう一度だけ尋ねると、メルクは観念したように白い頬に
「触りたい……って考えてた」
「それはずっと?」
メルクは頷く。
「魔物を討伐するときも、みんなでお喋りするときも、ご飯食べる時も、薬草摘んだりするときも、ずっと触りたいって思ってた」
「なんて思ってたの?」
「……乳首触りたい。乳首触りたいって」
「へ~……そんなこと思ってたんだ」
もはや心臓はバクバクと音を立ててやまない。
「どんな風に?」
「……くに、くにって」
メルクは水着の手前で前回練習したように人差し指をくにくにと動かす。
もちろん指は水着からは離れており、ここでは触らせない。
――そんなこと考えてるってアンブラたちが知ったらどう思うかな?
と追撃してやろうかと思ったが、それは流石にやめておく。
大人と子供の違い。
それはラインを理解しているかどうかだと、俺は思います。はい。
そこまで話すと俺は刻印杖を彼女から離す。
汗で肌が濡れていたので近くに用意してあるタオルで軽く胸元とお腹を拭ってやる。
軽く拭き終わるとメルクはぱっと服をもとに戻した。
少しメルクの呼吸が落ち着くの待つ。
「やっぱり絆創膏貼ってても擦れるの気になるか?」
「それもあるけど……少し、かゆい」
「あ、かゆみか」
俺は渡したタオルで首筋などを拭くメルクを眺めながら軽く納得する。
最近は暖かくなってきた。
勇者の加護を授かっていても全く汗をかかないという訳にはいかないだろう。おまけにメルクは通気性の悪そうな水着をいつも身に纏っている。
ただ、それを通気性のよい下着に変えたところで絆創膏貼ってたらその部分に問題が出るのは避けられないだろう。
かといって絆創膏外して、となると服の擦れがキツイだろうし……。
これがジレンマってやつか。
なかなか難しい問題だった。
こういった問題に直面した時、人はどうするか。
少なくとも俺の場合、案をいくつか出し楽になる方法を模索していく方法を取る。
俺はぱっと三つの方法が頭に浮かんだ。
「メルク。たぶんまた冒険に行くことになると思うし、少しでも楽になる方法を俺も見つけてやりたい。少し考えてることがあるんだが聞いてくれるか?」
メルクは少し黙った後、こくりと頷いた。
「まずはな。人は性欲を持て余した時、昇華という方法を使うことがあるそうだ。つまり触りたい……って気持ちになった時こそ、運動をしたりして気を紛らわすって方法だな」
ただ、それは一般論ではあるが、実際この方法で性欲を発散してる人間はこの世に存在するのだろうか。と言いたくなるほど
おまけにメルクは既に実践しているようなものだろう。
「そして二つ目が、これはどれがマシかを比べるという意味で、絆創膏あり、絆創膏なしという状況下で気になる度合いを計るってことだ」
擦れと蒸れ。
その二つを天秤にかけ、より活動しやすい選択肢を選ぶ。
実に論理的だ。
「そして最後。これは俺も文献で読んだだけなんだが、局所的な痛みっていうものは別の痛みによって分散するっていう手法があるらしい」
「……分散?」
よくわからなかったのかメルクが首を傾げる。
俺は続ける。
「胸が気になるにしても常日頃から一定同じだけ気になるってわけじゃないだろう? 例えば水着が少しずれた時なんかに多く気になるはずだ。その瞬間、乳首が気持ちいいって感情を全身が気持ちいいっていう快楽で上書きするんだ」
冷静に考えて俺はいったい何をいっているのだろうか?
そもそも可能なのかそんなことが。
少なくとも俺には無理だが、目の前にいるのは幼き勇者。
可能性はある。
「全身気持ちいい……?」
メルクはあまり理解できないようだ。
安心してほしい。話している俺も理解できていない。
「方法はこうだ。いいか? 俺はこれからもう一度だけ聖紋の設定を
「…………? どうやって伝えるの?」
「そこが問題だ」
例えば俺の刻印魔法で全身に快楽神経を繋げる。
その方法は簡単だ。ただ、正直、だいぶ俺仕様に書き換えたとはいえ聖紋由来の刻印からそこまでするのは大変だしリスクがある。
ここはメルクの才能に掛けるしかない。
あまり少女の体を抱くようなことは仕方ないが、感覚を
「少しだけこっち来てくれるか?」
「うん」
そういってポンと自分の膝を叩くと素直にメルクは俺の膝の上に乗る。
「ちょっとだけ設定書き換えるな」
もう一度服を上げてもらうのも面倒だったので、中指を彼女の心臓の上。刻印の中央に
「じゃあ十回だけ練習してみよう。いいか、一、二、三……」
と言って三十まで数えるとぴくんと小さくメルクの体が震える。
その瞬間、俺はメルクの体を少しぎゅっと軽く抱きしめてあげる。
なるべく彼女が幸福になるように祈りながら優しく全身を包みこむ。
「じゃあ、もう一度。乳首に伝わる快楽を全身をぎゅってされる気持ちよさで相殺するんだ」
「……うん、やってみる」
「じゃあ、一緒に数字数えて」
「「一、二、三」」
そうして数字を数え、
「三十」
の言葉でメルクの体をぎゅってする。
「……ふぅ……ふぅ」
「じゃあ、次はもう一度」
「一、二、三」
もう一度、「三十」というと先ほどより彼女の体がぴくんと大きく跳ねる。
「……シグナ、うまく出来てる?」
「ああ、上手だ。もう一回」
「一、二、三……」
それを十セット繰り返したころにはメルクは多少コツを掴んだようだった。
単純に凄い。
「じゃあ、最後はさっき言った三つのことを同時にやってみようか? ちょっと外出よう」
**
俺たちのいる露店街は地図でいえば街の南東あたり。そこから少し歩き、西の方へ歩いていくとこのあたりは閑静な街並みが広がり、宿ではない住宅街をさらに進むとメルクやアンブラが住む教会とその周りには緑広がる大きな公園がある。
今日は天気もいいこともあって周りは駆けっこやボール遊びする小さな子供やジョギングや散歩を楽しむ大人たちが各々のんびりと過ごしている。
といってもここはあくまで皆の憩いの場。
軽い運動や柔軟くらいしかできないだろうが、俺たちとてそんな目立つようなことをするわけではない。あくまでメルクの冒険が少しでも楽になるためのサポート。
人が多少いるのは、そちらの方が実践に近い環境のはずだからだ。
「まずはそのままの状態で十五秒に一回のペースに早くするから軽くストレッチ続けてみようか?」
俺は杖を服の上から一瞬彼女の胸元に充てると三十秒の設定から十五秒の設定に変更する。
「じゃあ……腕を前から上げて大きく背伸びの運動から」
一、二、三、四……と二人向かいあって準備体操をやっていく。
十五秒ごとにぴくり、ぴくりとメルクが体をわずかに震わす。
彼女は戦っているのだ。
一人孤独に、己の理性と欲望の狭間で。
がんばれ……がんばれ……。
俺の心の中で精いっぱい声援を送る。
そして三分ほどの体操を一通り終えたあたりで俺はメルクへ少し近づき。
「じゃあ、次は絆創膏なしでやってみようか? ……はずせる、ここで?」
一応、人目もあったので小声で尋ねるとこくりと頷き、メルクは服の
戻した手のひらには凄くしわしわになった絆創膏。
なんかすごく見覚えがある。
「あの……メルクさん? これ、私があげたやつと同じですが」
「……うん、大切に使ってる」
いや、大切に使うんじゃないそんなものを。
せめて二日くらいで取り換えてくれ。
など色々言いたいことはあったがとりあえず。
「よく粘着力持ったな……」
もう四週間。一か月だぞ。
と俺は少し感心しつつそう漏らす。
「粘着力弱くなってから、接着剤でくっつけてる」
それが
と俺はすごく突っ込みたい気持ちを抑え、大切に懐に仕舞ってしまったメルクの頭をぎこちなくよしよしと撫でておく。
「……おばかさんだね。君は……帰りに新しいの買ったげるな」
そんな話をしつつ、とりあえず絆創膏なしでもどうなるか試してみるのだった。
「じゃあ、両足飛びで全身を揺する運動から……一、二、三、四」
「……ん、ん、ん、ん」
当然、こちらのダメージは壊滅的のようであった。
**
――Side メルク
夜中。
教会の寝室。部屋は幼い頃からアンブラと一緒だった。
すでに夜は更け、隣のベッドからはすぅすぅと静かな寝息が聞こえている。
今日の帰り道、シグナから買ってもらった絆創膏が入った箱と、もう一つ。
かゆみを抑える軟膏を普段持ち歩くポーチバッグの中から取り出す。
軟膏の蓋を開けて、そっと少し冷たい薬を指で
今日の別れ際、シグナはすごく迷ったような表情で私に言ってきた。
『いいか。軟膏を塗る時……じゃないほうがいいか。そうだな、軟膏を塗って絆創膏を貼った後、その上から
理由はよく分からないが言う通りにする。
シグナは私のお医者さんだし、シグナの言葉はいつも私をぽかぽか温めてくれるものだった。
軟膏をぷくりとした胸の先っぽにゆっくり塗る。
すごくひやっとする。塗り終えた後、そこはスースーとした不思議な感覚がした。
服が擦れるのとは違うが、なんとなく少し胸がドキドキする。
そして次は絆創膏。
本当は、夜は初めて貰った絆創膏をつけたかったが今日は我慢。
くすりの上からつけてしまうと粘着力がすごく弱くなってしまう気がしたし、それは私の宝物。もっと大切な日につけるようにしよう。と心の中で決めておく。
新しい絆創膏を一つ取り出し、ぺりっと紙を取る。
慎重に、慎重に。
先端の真上に白いパッドの真ん中がちょうど来るようにぴたりとくっつける。
そしてすり、すりとと剥がれないように肌と密着させる。
もう一枚も上手に貼り付けられた。
あとはシグナのいう通り、十分くらいこれを続けるだけ。
もともとシグナにも触っていいといわれていた。
けれど、頑張る女の子が好き、って言っていたシグナにたくさん触って幻滅されたくはなかった。
どうしても我慢できなくて、ちょん、ちょんと数回触ってしまったことはあった。
ただ、結局余計つらくなるだけなので、なるべく我慢するようにしていた。
でも、今日は。
すり、すり。
絆創膏の上をなぞる様に。
すり、すり。
すり、すり。
すり、すり。
「…………っ」
自分の心臓の音で静かな室内がとてもうるさい。
声を決して漏らさないように、静かな夜。
頭の中にずっとシグナの姿を思い浮かべながら、すりすりすりと絆創膏を撫で続けるのだった。
――Side Out
ヴォルグレイブ:古代種の魔狼。黒い外皮と鋭い爪牙でめっちゃ強い。A-ランク相当
シグナ:極めて理論派の魔法使い
メルク:超感覚派の魔法剣士。ほぼ身体能力向上魔法一本。