カブロ一行は、ゴンジュの家へ招かれた。
真っ白な平屋のログハウス。だが、中に入ると、壁も調度品も黄金色の装飾で埋め尽くされ、ギラギラと光を反射して目がちかちかと痛むほどだった。
「さあさ、くつろいでくれたまえ!! 遠慮はいらない! 可愛い人間も好きな場所へ座るといい!!」
三人はそれぞれ、適当に金ぴかのベンチへ腰を下ろした。
「今、おいっしーーーーいお茶を淹れようねっ!」
ゴンジュは長い金髪を揺らし、スキップするようにキッチンへ消えていった。
姿が見えなくなったので、セイヤはソッとコクズメに顔を近寄せた。
「ゴンジュって有名な妖怪なの?」
「ああ。妖術の使い手としてはこの国で五本の指に入る。強くて、しかも聖人だ。彼の周りでは争いが起こらない」
そうは見えないが、立派な妖怪なのだろう。
第一印象が変態だっただけに、セイヤはその説明を聞いて思わず姿勢を正した。
「カブロ。ゴンジュに何をお願いするの?」
「あいつのゲロで
カブロが平然とそう言った瞬間、キッチンからゴンジュがひょこりと顔を出した。
「カブロ! ボクが出すのはゲロじゃなくてエクトプラズマさっ」
トレーに金色のティーカップのセットと茶菓子を載せて運んでくる。
それをテーブルに置き、手際良く一人ひとりの前にカップと菓子を並べると、ゴンジュはそのままセイヤの隣へ腰を下ろした。
身体からは、異国の香水のような匂いがする。
セイヤは緊張して背筋を伸ばし、膝の上に手をそろえた。
「可愛い人間、緊張しないで。お口をあ〜んと開けるんだ。あ〜〜〜はははは〜ん!」
ゴンジュは茶菓子を摘み、セイヤの口元でその指を行ったり来たりさせる。
いつ口に入れればいいのかわからない。
わたわたと目を泳がせていると、甘い焼き菓子がぽんと口の中へ放り込まれた。
さくさくと軽い食感。中には果物をすりつぶしたものが練り込まれている。
あまりの美味しさに、頬が落ちそうになる。
「ん、エクトプラズマって何?」
「妖力を練り合わせたものさっ! これだよ。オヴェ!」
突如、ゴンジュの口からでろりとした白濁の、液体とも固体ともつかない何かが飛び出した。
セイヤはベンチから転げ落ちそうになる。
「ゲ、ゲロだ!」
「ゲロじゃない」
ちゅるん、とそれはゴンジュの口の中へ戻っていく。
カブロは半笑いを浮かべ、テーブルの茶菓子を口へ放り込んだ。
「妖力は基本的に目には見えない力。触ることなんて当然不可能さ。でも、そのゲロ天狗は妖力を高密度化させて、見せたり触らせたりすることができ……ん〜。美味いな、これ」
「カブロ。ゴンジュをゲロ天狗と呼ぶのはやめろ」
コクズメが冷静にたしなめる。
カブロが言うには、ゴンジュの妖力はまさしく規格外。
練り上げたエクトプラズマをはるか遠方まで飛ばすことができるらしい。
それだけではない。
その妖力に乗って移動することまでできるのだという。
「つ、つまり
「セイヤ。エクトプラズマのことをゲロと呼ぶのはやめろ」
コクズメがまた冷静にたしなめた。
「ゴンジュ。そういうことだ。頼めるか?」
ゴンジュはカップのお茶をひと口飲むと、にっこりと微笑んだ。
「もちろん。お安い御用さっ。ただし――」
ゴンジュは突然テーブルの上へ飛び乗り、両手を高く掲げると、長い指をびしりとセイヤへ向けた。
「その可愛い人間を、僕にくれたらねっ!!」
部屋の空気は一瞬で凍りついた。
「「「はっ?」」」
三人の声がぴたりとそろう。
黄金の長髪をさらりと流し、ゴンジュはウィンクした。
「可愛い人間を、僕のお嫁さんにするのさっ!!」
驚愕のあまり、セイヤは呼吸を忘れそうになった。
当然だが、「嫁」という言葉は女に使うものだ。
セイヤの脚がわなわなと震え始めた。
「で、でもっ、俺……」
「男だ」と言いかけた、そのとき。
セイヤは異変に気づいた。
声が高い。
はっとして首元に手を当てる。
喉仏が消えている。
ざっと血の気が引いた。
震える手で胸に触れる。
……ある。膨らんでいる。
確かめるのも恐ろしいが、下もきっと無くなっているのだろう。
「お、女になってる……」
セイヤが絶望に震える声でつぶやくと、カブロが勢いよく立ち上がった。
「ゴンジュ! 元に戻せ!」
「いやんいやん。僕はこの可愛い人間が気に入ったんだ!!」
呆然としているセイヤのもとへ、コクズメが駆け寄る。
そして、手を伸ばしてくるゴンジュからセイヤを引き離した。
「ゴンジュ! セイヤはこの見た目で男であることに価値があるんだ。余計なことはするな」
「コクズメ、何言ってるの?」
ゴンジュの妖術で、身体を女に変えられてしまった。
しかも、求婚までされている。
今まで男として生きてきて、これからもそう生きていくつもりだったのに、あんまりだ。
(俺が言ったから……
後悔に胸が震える。
カブロは首の後ろをかき、深いため息をついた。その細められた琥珀色の瞳の奥に、本物の不快感が宿る。
「あ〜。だから、ぼかぁ、君のことが苦手なんだ。圧倒的な質量の妖力。誰も逆らえない。それをわかっていて、こういうことをする……」
「あっははん! 僕の妖力を、僕のために使って何が悪いの?」
つま先をぴんと伸ばし、ゴンジュはテーブルから軽やかに飛び降りた。
その顔に悪びれる様子はまるでない。
コクズメは、ゴンジュのことを聖人だと言っていた。
話せばわかってもらえるはずだ。
そう信じて、セイヤはコクズメの庇護から離れるように一歩前へ出た。
「ゴンジュ。俺がカブロたちと一緒にいるのは、俺のじいちゃんが
「んーふん?」
「一刻でも早く、じいちゃんのところに行きたい。ゴンジュのお嫁さんになってる場合じゃないんだ! 早く俺のこと、男に戻して!!」
セイヤは拳を握りしめ、精一杯の力強さで言い切った。
その姿を見てか、視界の端でカブロがうれしそうに口端を上げていた。
「可愛い人間よ」
「……なに?」
「自分のことは『俺』じゃなくて『私』と言う練習をしようか? 君はもう女の子なんだから」
にたりと笑うゴンジュの顔は赤くなり、鼻がまた伸びている。
話が通じない。
いや、そもそも聞いてすらいない。
表情を失ったセイヤを見て、カブロが二人の間に割って入った。
さっきまでの険しさを引っ込め、ひょうひょうとした態度に戻っている。
「ゴンジュ、ごめんごめん。頼みごとは無しさ。セイヤくん、コクズメ。歩いて峠を越える。時間はかかるけど、いいかい?」
「構わない」
「え、あの、俺は……」
カブロがぽんとセイヤの頭に手を置いた。
「セイヤくんは今日から女の子」
「え?」
「さ、出よう。お邪魔しました〜」
カブロが玄関の扉を開ける。
だが、その足が止まった。
扉の先に広がっていたのは、どこまでも続く闇。
足元すらない。
まるで宇宙のような空間が、玄関の先に口を開けていた。
カブロはそっと扉を閉める。
「……このゲロ天狗」
低い声でぼそりと呟くと、背後からゴンジュのいやらしい笑い声が聞こえた。