ゴンジュの家に閉じ込められた。
カブロは歯をぎりと軋ませながら、ゆっくり振り返る。
「ゴンジュ。さっきセイヤくんも言ってただろ。先を急ぐ旅だ。ここからぼくたちを出してほしい」
「あーはん? いいだろう」
外の気配が変わる。
さらさらと木々の揺れる音が聞こえ、カブロは扉を開けた。
たしかに外だ。
一歩踏み出しかけたところを、コクズメが止めた。
「罠だ。外に出るな」
「おっ! さすが、コクズメは賢いねぇ!!」
ゴンジュは一瞬でセイヤの隣に移動し、その身体をひょいと担ぎ上げた。
「わああああ!! やめて!! 触るな!」
「暴れない、暴れない! さっ、可愛いお洋服を着させてあげようねえ!!」
「セイヤくん!」
カブロが手を伸ばす。
だがその手は空を切り、ゴンジュもセイヤも、その場から煙のように消えてしまった。
「あ……」
「……諦めろ。ゴンジュに敵うわけがない」
コクズメはため息をつき、ゆっくりとベンチに腰を下ろして項垂れた。
「き、気持ち悪い……こんな格好……」
転移した先は、おそらくゴンジュの私室だった。
視界いっぱいに広がる、まばゆい黄金の洪水。
天井から幾重にも連なる巨大なシャンデリア。壁一面を覆う金箔と宝石の装飾。調度品の一つひとつが、過剰なまでに華美で、リッチだ。
その中央で満足そうに微笑むゴンジュに眺められながら、セイヤは椅子に座らされていた。
オフショルダーの異国のドレス。もちろん、金色。
肩からデコルテにかけては露出し、胸元には繊細なレースが幾重にも重なっている。
腰には宝石をあしらったリボン。髪にも、同じ意匠のリボンが丁寧に巻かれていた。
それが、今のセイヤの姿だった。
「じつに、美しい……可憐だ……満点、いや、満点以上だ」
ゴンジュはため息を漏らしながら、頭の先から爪先まで何度も視線を往復させ、満足そうに頷いた。
その顔はまた赤らみ、鼻も伸びている。
セイヤは俯き、人形のように身を固くするしかない。
(もうおしまいだ。ここで俺は、ゴンジュのお嫁さんになってしまうんだ……)
ぎゅっとドレスの裾を掴む。
(……なんて、諦めてたまるか。俺はもう一度じいちゃんと一緒に、
そう決意した瞬間、閃いた。
――そうだ。香辛料だ。
きっとゴンジュにも、香辛料を振りかければ何らかの効果が出るはずだ。
きょろきょろと周囲を見回すが、一緒に転移されたはずの背負い袋が見当たらない。
このドレスも妖術で変えられたものだ。元の服がどうなったのかもわからない。
「……ゴンジュ」
「なんだね?」
「俺……いや、わ、わたし。ゴンジュと結婚するよ」
それを聞いた途端、ゴンジュの顔がぱっと輝いた。
聞いたことのない歌を大声で歌いながら、部屋中を妙なステップでくるくると回り始める。
くるくる、くるくる。
そして、セイヤの目の前でぴたりと止まった。
「本当かい?」
ぬっと顔が間近に迫る。
頬に張りついた金髪が、鼻息で揺れている。
鼻奥から興奮した吐息が聞こえ、背筋が粟立った。
それでもセイヤは、できるだけ明るい声を作って答える。
「うん。だから、その……お願いがある」
「なんでも聞くよぅ」
ふーふーと息が荒い。
セイヤはちらりと上目遣いでゴンジュを見た。
「なんでも?」
「なんでもだ」
ごくりと唾を飲み込む。
「まずは、お、わ、わたしたちを、なんとかプラズマに乗せて、
するとゴンジュは一瞬で身を引き、眉を下げて困ったように首を横に振った。
「あーん。それは聞けないな」
「ちゃんとここに戻ってくるし、戻ったら一緒に暮らすから! お願いっ!」
心のなかで「その時までに約束を覚えていたらね」と付け足す。
必死でお願いポーズをするセイヤを見て、ゴンジュは目尻を下げた。
「え〜……んふふ」
「あ、あ、もう一つ! 俺の! じゃない、わたしの持ってきた背負い袋をここに出して」
デレデレとしていた表情が一瞬で引き締まった。
「なぜ?」
急に鋭くなった瞳に射抜かれ、セイヤはひゅっと息を呑んだ。
「ゴ、ゴンジュに見せたいものがあるんだ。わたしの、だいじな、もの」
上目ではにかむようににこりと笑ってみせると、それは矢となり、ゴンジュの胸の的の中心に深く刺さったようだ。
ゴンジュの顔がまた真っ赤になる。
「かーわいいねぇーーーー!!! ひゅーーーー!!! それは早く見たい!!」
急にテンションが跳ね上がったかと思うと、「じゃーーん!」と叫び、セイヤの目の前に背負い袋を出現させた。
「ありがとう!」
飛びつくように椅子から降り、セイヤは背負い袋を開ける。
ごちゃごちゃした中から、香辛料の瓶を一つ取り出した。
『
セイヤが苦手な香辛料だ。
これを作る時は、作業場が浮浪者のような臭いで満たされる。
どんな効果が出るのかはわからない。
けれど、女の身体に変えられ、ドレスまで着せられたこの屈辱。
とにかく臭い香辛料で苦しめてやろうと、セイヤは蓋を開けた。
――もう臭い。
「ん? なんだい、それは?」
「ああっと!! 手が滑ったーーー!!」
顔を寄せてきたゴンジュに向かって、セイヤは立ち上がると、その香辛料を頭から盛大に振りかけた。
「ダハーーーーーー。最高ぉぉぉ」
「ああ。最悪だ」
床に転がるカブロの目は、とろんと宙をさまよっている。
その姿を見下ろしながら、コクズメは呆れたように額を押さえた。
「コクズメもやっちゃう?
「結構だ。誰が貴様のその姿を見て吸いたがる」
はだけた着物から剥き出しの素足が見え、襟元もだらしなく乱れている。
カブロを一瞥すると、コクズメはため息を吐いた。
「セイヤは無事だろうか」
「……んー。ぼくたちもここから出られないし、困ったな」
カブロは気だるげに目を閉じたまま、もう一度キセルを深く吸い込んだ。
「『殺さないで』か……」
「ん?」
「いや、セイヤくんが言ってただろ。『殺さないで』って」
「ああ」
コクズメはベンチに座り直し、脚を組む。
「私は関係ない。私は殺したいときに殺す。殺さないと約束したのはカブロ、貴様だけだ」
「ふふふ。非情だねぇ」
カブロは遠い目をして少しだけ笑うと、もう一度キセルに口を付けた。
直後。
部屋の中央の景色がぶれ、眩いドレスを着たセイヤが突然現れた。
「セイヤくん!?」
「セイヤ!!」
カブロとコクズメが驚いて立ち上がる。
セイヤは自分の姿が恥ずかしいのか赤面して俯いたが、すぐに部屋の匂いに気づき、顔をしかめた。
「カブロ……
「お? お、おぉ……」
「まったく……俺が大変なときに!」
セイヤは持っていた背負い袋から、一つの瓶を取り出して二人に見せた。
『
「「ゴ、ゴンジュ!?」」
カブロとコクズメが声を揃えた。
手のひらサイズに縮んだゴンジュが、不機嫌そうに腕を組み、瓶の中で鎮座していたのだ。
「ああ! 臭い!! 臭い、臭い、くさーーーい!! 可愛い人間! 早くここから出しなっさい!!!!」
瓶の中でわめくゴンジュを見て、カブロはげらげらと笑い、コクズメも肩を震わせて笑いを堪えるのだった。