影、喰らい泣け、泣月路   作:浮月 愁

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【11】ドレス

ゴンジュの家に閉じ込められた。

カブロは歯をぎりと軋ませながら、ゆっくり振り返る。

 

「ゴンジュ。さっきセイヤくんも言ってただろ。先を急ぐ旅だ。ここからぼくたちを出してほしい」

「あーはん? いいだろう」

 

外の気配が変わる。

さらさらと木々の揺れる音が聞こえ、カブロは扉を開けた。

たしかに外だ。

一歩踏み出しかけたところを、コクズメが止めた。

 

「罠だ。外に出るな」

「おっ! さすが、コクズメは賢いねぇ!!」

 

ゴンジュは一瞬でセイヤの隣に移動し、その身体をひょいと担ぎ上げた。

 

「わああああ!! やめて!! 触るな!」

「暴れない、暴れない! さっ、可愛いお洋服を着させてあげようねえ!!」

「セイヤくん!」

 

カブロが手を伸ばす。

だがその手は空を切り、ゴンジュもセイヤも、その場から煙のように消えてしまった。

 

「あ……」

「……諦めろ。ゴンジュに敵うわけがない」

 

コクズメはため息をつき、ゆっくりとベンチに腰を下ろして項垂れた。

 

 

 

 

 

 

「き、気持ち悪い……こんな格好……」

 

転移した先は、おそらくゴンジュの私室だった。

視界いっぱいに広がる、まばゆい黄金の洪水。

天井から幾重にも連なる巨大なシャンデリア。壁一面を覆う金箔と宝石の装飾。調度品の一つひとつが、過剰なまでに華美で、リッチだ。

 

その中央で満足そうに微笑むゴンジュに眺められながら、セイヤは椅子に座らされていた。

 

オフショルダーの異国のドレス。もちろん、金色。

肩からデコルテにかけては露出し、胸元には繊細なレースが幾重にも重なっている。

腰には宝石をあしらったリボン。髪にも、同じ意匠のリボンが丁寧に巻かれていた。

 

それが、今のセイヤの姿だった。

 

「じつに、美しい……可憐だ……満点、いや、満点以上だ」

 

ゴンジュはため息を漏らしながら、頭の先から爪先まで何度も視線を往復させ、満足そうに頷いた。

その顔はまた赤らみ、鼻も伸びている。

セイヤは俯き、人形のように身を固くするしかない。

 

(もうおしまいだ。ここで俺は、ゴンジュのお嫁さんになってしまうんだ……)

 

ぎゅっとドレスの裾を掴む。

 

(……なんて、諦めてたまるか。俺はもう一度じいちゃんと一緒に、万香堂(ばんこうどう)で香辛料を作るんだ!)

 

そう決意した瞬間、閃いた。

 

――そうだ。香辛料だ。

 

きっとゴンジュにも、香辛料を振りかければ何らかの効果が出るはずだ。

きょろきょろと周囲を見回すが、一緒に転移されたはずの背負い袋が見当たらない。

このドレスも妖術で変えられたものだ。元の服がどうなったのかもわからない。

 

「……ゴンジュ」

「なんだね?」

「俺……いや、わ、わたし。ゴンジュと結婚するよ」

 

それを聞いた途端、ゴンジュの顔がぱっと輝いた。

聞いたことのない歌を大声で歌いながら、部屋中を妙なステップでくるくると回り始める。

 

くるくる、くるくる。

 

そして、セイヤの目の前でぴたりと止まった。

 

「本当かい?」

 

ぬっと顔が間近に迫る。

頬に張りついた金髪が、鼻息で揺れている。

鼻奥から興奮した吐息が聞こえ、背筋が粟立った。

それでもセイヤは、できるだけ明るい声を作って答える。

 

「うん。だから、その……お願いがある」

「なんでも聞くよぅ」

 

ふーふーと息が荒い。

セイヤはちらりと上目遣いでゴンジュを見た。

 

「なんでも?」

「なんでもだ」

 

ごくりと唾を飲み込む。

 

「まずは、お、わ、わたしたちを、なんとかプラズマに乗せて、千血盤(せんけつばん)に連れていってほしい」

 

するとゴンジュは一瞬で身を引き、眉を下げて困ったように首を横に振った。

 

「あーん。それは聞けないな」

「ちゃんとここに戻ってくるし、戻ったら一緒に暮らすから! お願いっ!」

 

心のなかで「その時までに約束を覚えていたらね」と付け足す。

必死でお願いポーズをするセイヤを見て、ゴンジュは目尻を下げた。

 

「え〜……んふふ」

「あ、あ、もう一つ! 俺の! じゃない、わたしの持ってきた背負い袋をここに出して」

 

デレデレとしていた表情が一瞬で引き締まった。

 

「なぜ?」

 

急に鋭くなった瞳に射抜かれ、セイヤはひゅっと息を呑んだ。

 

「ゴ、ゴンジュに見せたいものがあるんだ。わたしの、だいじな、もの」

 

上目ではにかむようににこりと笑ってみせると、それは矢となり、ゴンジュの胸の的の中心に深く刺さったようだ。

ゴンジュの顔がまた真っ赤になる。

 

「かーわいいねぇーーーー!!! ひゅーーーー!!! それは早く見たい!!」

 

急にテンションが跳ね上がったかと思うと、「じゃーーん!」と叫び、セイヤの目の前に背負い袋を出現させた。

 

「ありがとう!」

 

飛びつくように椅子から降り、セイヤは背負い袋を開ける。

ごちゃごちゃした中から、香辛料の瓶を一つ取り出した。

 

『腐頭粉(ふずこ)』

 

セイヤが苦手な香辛料だ。

これを作る時は、作業場が浮浪者のような臭いで満たされる。

 

どんな効果が出るのかはわからない。

けれど、女の身体に変えられ、ドレスまで着せられたこの屈辱。

とにかく臭い香辛料で苦しめてやろうと、セイヤは蓋を開けた。

――もう臭い。

 

「ん? なんだい、それは?」

「ああっと!! 手が滑ったーーー!!」

 

顔を寄せてきたゴンジュに向かって、セイヤは立ち上がると、その香辛料を頭から盛大に振りかけた。

 

 

 

 

 

 

「ダハーーーーーー。最高ぉぉぉ」

「ああ。最悪だ」

 

床に転がるカブロの目は、とろんと宙をさまよっている。

その姿を見下ろしながら、コクズメは呆れたように額を押さえた。

 

「コクズメもやっちゃう? 星火散(せいかさん)」

「結構だ。誰が貴様のその姿を見て吸いたがる」

 

はだけた着物から剥き出しの素足が見え、襟元もだらしなく乱れている。

カブロを一瞥すると、コクズメはため息を吐いた。

 

「セイヤは無事だろうか」

「……んー。ぼくたちもここから出られないし、困ったな」

 

カブロは気だるげに目を閉じたまま、もう一度キセルを深く吸い込んだ。

 

「『殺さないで』か……」

「ん?」

「いや、セイヤくんが言ってただろ。『殺さないで』って」

「ああ」

 

コクズメはベンチに座り直し、脚を組む。

 

「私は関係ない。私は殺したいときに殺す。殺さないと約束したのはカブロ、貴様だけだ」

「ふふふ。非情だねぇ」

 

カブロは遠い目をして少しだけ笑うと、もう一度キセルに口を付けた。

 

直後。

 

部屋の中央の景色がぶれ、眩いドレスを着たセイヤが突然現れた。

 

「セイヤくん!?」

「セイヤ!!」

 

カブロとコクズメが驚いて立ち上がる。

セイヤは自分の姿が恥ずかしいのか赤面して俯いたが、すぐに部屋の匂いに気づき、顔をしかめた。

 

「カブロ……星火散(せいかさん)吸ったでしょ」

「お? お、おぉ……」

「まったく……俺が大変なときに!」

 

セイヤは持っていた背負い袋から、一つの瓶を取り出して二人に見せた。

『腐頭粉(ふずこ)』と書かれたその瓶の中には、少量の香辛料と――

 

「「ゴ、ゴンジュ!?」」

 

カブロとコクズメが声を揃えた。

 

手のひらサイズに縮んだゴンジュが、不機嫌そうに腕を組み、瓶の中で鎮座していたのだ。

 

「ああ! 臭い!! 臭い、臭い、くさーーーい!! 可愛い人間! 早くここから出しなっさい!!!!」

 

瓶の中でわめくゴンジュを見て、カブロはげらげらと笑い、コクズメも肩を震わせて笑いを堪えるのだった。

 

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