テーブルの上には、ゴンジュの入った瓶が置かれていた。
三人はベンチに腰を下ろし、カブロはにやにや笑いながら、その瓶をつんつんと突いている。
コクズメは、考えあぐねていた。
セイヤを男に戻せとゴンジュに迫ったところ、先に瓶から出せと言われてしまったのだ。
今のゴンジュは小さく縮み、自力では出てこられない。
ということは、おそらく妖力も大きく落ちている。
妖力のないゴンジュなど牙を抜かれた獣。
警戒すべき相手ではない。
だが、瓶から出して元の大きさに戻れば話は別だ。
相手はこの国でも屈指の妖術使い。勝ち目はない。
再びセイヤを女の姿に変えられるだろうし、そうなれば元の木阿弥だ。どうすることもできなくなる。
しばらく黙り込んでいたコクズメは、やがて意を決したようにセイヤへ向き直った。
「セイヤ。ちょっとこっちへ来てくれ。……そうだな。カブロも」
「どこへ行くんだい!! 君たちぃ!!」
ゴンジュの叫びを無視して、呼ばれた二人は奥のキッチンへ移動した。
コクズメは声をひそめ、自分の考えを打ち明ける。
「……だから、瓶から出して、すぐにゴンジュを殺してしまおうと思う」
「え……!」
セイヤが息を呑んだ。
ぎゅっとドレスの裾を掴み、コクズメへ詰め寄る。
「殺さないって約束したのに!」
「静かにしろ。貴様と約束したのはカブロだ。私はそんな約束はしていない」
「そ、そんな……」
非情な一言に、セイヤは目に見えて肩を落とした。
その落胆ぶりを、カブロは冷静に観察している。コクズメは今度はカブロへと、視線を転じた。
「いいな、カブロ」
「……いや。よくない」
「なんだと?」
「ぼかぁ、ゴンジュを殺さないし、殺させない」
意図が掴めず、コクズメは口を閉ざした。
カブロは琥珀色の瞳をにやりと細め、セイヤの肩に手を回した。
「それにしても、ドレス似合ってるね。可愛いよ」
「……最悪。もうカブロには二度と
「そいつぁ、困るな」
カブロはさらにコクズメの肩にも手を回し、二人を引き寄せる。
そして、密やかに耳打ちした。
キッチンから戻ってきた三人を見て、ゴンジュはほっとしたような顔をした。
カブロはいつものへらへらした調子だが、セイヤとコクズメは複雑そうに顔を見合わせている。
その空気から察したのだろう。ゴンジュは瓶の内側を叩いた。
「君たちの考えていることなんて、お見通しさ!! どうせ僕を殺すつもりなんだろう!! そんな無慈悲なことはやめるんだ。約束は守る。だから……」
「ゴンジュ」
カブロの静かな声が、それを遮った。
「ぼかぁ、君を殺したりなんかしない。君ほどの妖力を持った妖怪なんて、そうそう現れない。殺すには惜しいよ」
その言葉に安心したのか、ゴンジュは瓶の中で胸を張る。
「まぁね!! ハッハハーン! 僕ほどの妖力は――」
「だから、君の妖力が尽きるまで、そのまま連れて
「な……なんだって!?」
妖術は、かけた本人の妖力が尽きれば自動的に解ける。
妖力とは、人間でいうところの体力や生命力のようなものだ。
人間は、空腹が極限を超えれば脂肪や筋肉を削ってでも生き延びようとする。
それと同じで、妖怪も飢えれば妖力を削って命を繋ぐ。
つまり、ゴンジュが空腹になり、妖力を使い果たし、妖術が自然に解けるのを待つというわけだ。
「平和だろ? うちのお嬢さんがどうも甘ちゃんでね」
その言葉に、セイヤはむっとしてカブロを睨み上げる。
「い……嫌だ!! 僕はこの可愛い人間をお嫁さんに……」
「これ以上さえずるな、ゴンジュ」
コクズメが凍てつくような一喝を浴びせた。
「私は言ったんだ。連れて歩く必要はない。瓶ごとそのへんの土に埋めておけばいいと。そうすれば、こちらが手を下さずとも、勝手に息絶え、術も解ける」
コクズメはふんと鼻を鳴らし、顎を逸らす。
「セイヤを苦しめた貴様には、黄金よりも暗闇の中での死がふさわしい。どうだ?」
その冷酷な言葉に、ゴンジュは瓶の中で俯いた。
そして、笑った。
腹の底に響くような低い笑い。
どす黒い怒りが、その目に宿っている。
セイヤは目を見開いた。
「おー、怖。さて、次はこの部屋をどう出るかだ」
カブロは片手を上げると、大鎌を出現させ、その柄をぐっと握った。
「ぼくの妖力は、
頭上で風を切るように大鎌を振り回し、そのまま構える。
「でも、玄関じゃない場所ならどうかな?」
下腹に力を込め、カブロは壁へ向かって鎌を振り抜いた。
先端が木の壁に食い込み、そのまま横一文字に裂いていく。
向きを変えて、もう一度。さらにもう一度。
木の壁が崩れ、大きな穴が開いた。
壁の崩れる音に負けない声量で「あああっ!」とゴンジュが叫んだ。頭を抱え、必死な形相だ。
「カブロ、君、何してくれてんだい!?」
「こっち側には妖術かけてないでしょ?」
「僕のステキな家が!!」
コクズメが慎重に外の気配を探った。
「問題ない。出るぞ」
ようやくカブロ一行は――
いや、ゴンジュを連れたカブロ一行は、黄金色に輝くログハウスから外へ出ることができた。
「……なんか、白いはずの森がちかちかする」
「……私もだ」
三人は目をしばたたかせながら、視界が慣れるまでその場に立ち尽くした。
ゴンジュ瓶を抱えたセイヤが、カブロの背中を叩く。
「ねえ!」
「ん?」
「俺、ずっとこの格好なの?」
真っ白な森の中で、きんきらのドレスはひときわ目立っていた。
「……まあ、ゴンジュの妖力が尽きるまでは?」
「カブロの妖術とかで、どうにかならない? 俺、すごく嫌なんだけど」
「ぼくの妖術が、ゴンジュの妖術に上書きできるわけないでしょ」
たしかに、強い香りの香辛料に弱い香りの香辛料を重ねても負けてしまう。
きっとそれと同じ理屈なのだろう。
諦めたセイヤは、ゴンジュの入った瓶を背負い袋の中へしまい込んだ。
――そのときだった。
カブロとコクズメの空気が、鋭く変わる。
カブロが視線を滑らせ、辺りを見回した。
「……二体」
「いや、三体だ。セイヤ、身を屈めろ」
二人はそれぞれ、大鎌と槍を出現させて構えた。
妖怪だ。
まだ姿は見えない。
セイヤは慌ててカブロの背後に回り込み、身を低くする。
相手は三体。数では不利だ。強敵なのだろうか。
張りつめた空気に、身体がこわばる。
やがて、木の陰からそいつらが姿を現した。