その姿を見た瞬間、セイヤの頬が引きつった。
現れた三体は、どれも五歳児ほどの背丈しかない、頭ばかり大きな子鬼だった。腹はぽんぽこりんに膨れ、身体の色はそれぞれ赤、黄、青。
揃いも揃って黄色と黒の鬼のパンツを穿いている。
赤い子鬼が胸を張り、「並べ、並べ!」と幼児らしい舌っ足らずな発声で号令をかけた。
「灼熱の業火! 燃えたぎる魂はここに! ダイイチ!」
「轟け、天空の怒り! 雷光の前に跪け! ダイニ!」
「深海の支配者! 冷たき水底へ沈め! ダイサン!」
「せーの!」
「「「我ら、
三体は声を揃えると、それぞれ決めポーズを取った。
頭に生えた角がきらりと光り、その顔は自信に満ちあふれている。
(笑っちゃダメなんだよな……)
反応に困ったセイヤは、とりあえず拍手をした。
子鬼たちは互いに顔を見合わせると、照れくさそうに後頭部をかいている。
「なーんだ、子鬼たちか」
「なんだとはなんだー! せっかく来てやったんだぞー!」
「そうだ、そうだー!」
「遠かったんだぞー!」
子鬼たちが口々に騒ぐと、カブロとコクズメは鎌と槍を消した。
どうやら本気で戦う相手ではないらしい。
「なかなかの殺気だった。よかったぞ」
コクズメが褒めると、子鬼たちはまた嬉しそうにもじもじと身体をくねらせた。
「何しに来たの?」
カブロの問いに、子鬼たちの表情がぴりっと引き締まる。
「カブロが
「カブロ! どうして
「そうだよ! また
やんややんやと、子鬼たちはカブロを取り囲んだ。
その様子を見ながら、セイヤは改めて思い知る。
カブロは妖怪たちに好かれている。
誰も彼もがカブロを知っていて、最初から露骨な嫌悪や敵意を向けてきた者はいなかった。
――いや、コクズメは違ったが、あれは裏切りへの怒りだった。
「オレ達がその人間をトウロのところまで運んでやるから」
「カブロは逃げろ!」
「トウロに会ったら殺されるぞ!」
――殺される。
その言葉に、セイヤは指先からすっと血の気が引くのを感じた。
カブロは「うまく交渉できる」と言っていた。
けれど、もう話し合いでどうにかなる段階ではないのだろうか。
カブロは裏切り者になってしまった。
トウロ――実の兄の敵。
祖父を救い出せさえすれば、それで終わりだと思っていた。
考えていなかった。
カブロが殺されるかもしれない、なんて。
コクズメが腰に手を当て、子鬼たちを上から見下ろした。
「……とーちゃん、かーちゃんは、ここに来てることちゃんと知ってるんだろうな?」
「知らないよ」
「勝手に来たんだもん」
「だったら、すぐに帰れ。きっと心配している」
「えー」
そのやり取りを見ながら、セイヤの胸は、ますます苦しく、重くなっていった。
カブロにも、もしかしたら、妻や子どもや、大切な誰かがいるのかもしれない。
カブロは、
だが、ほとんど嗜好品みたいな香辛料のために、そこまで命を賭ける必要があるのだろうか。
ふと気づけば、足元に子鬼たちが群がっていた。
「このキラキラ人間はなんだ?」
「カブロは男の子を連れてるって聞いたけど」
「女の子じゃないか」
カブロはしばらく無表情で子鬼たちを見下ろしていたが、やがてにやりと笑う。
「あー。そのお嬢さんは迷子のお嬢さんでね。トウロが探している男の子とは別さ」
「カブロ?」
嘘だ。
コクズメも意図を瞬時に察したらしく、すました顔でカブロに合わせる。
「人間の男の子とは途中ではぐれてしまった。迷子のお嬢さんを家まで送りながら、探しているんだ」
「そうそう。だから手伝ってくれないかい。
子鬼たちは、真剣な顔で一言一句聞き漏らすまいと頷いている。
とても素直だ。疑うことを知らない目をしている。
「わかった!」
「じゃあ、
「いい子だ」
カブロが子鬼たちの頭を撫でた。
その瞬間――
撫でていたカブロの腕が、肘のところで真っ二つに切れた。
あまりにも一瞬だった。
凄まじい勢いで切断面から血が噴き出し、子鬼たちを真っ赤に濡らす。
ぼとりと腕が地面に落ち、カブロは咄嗟に妖術で止血した。
セイヤの視界が、一瞬にして鮮血の赤一色に染まる。
「わああああああ!!」
「カブロ!?」
絶叫した直後、セイヤの意識は飛んだ。
そのまま地面へ倒れ込む。
「セイヤ!」
コクズメが駆け寄り、頬を何度か叩かれる。
セイヤはうっすらと目を開けた。
視界がぼやける。
まるで水の中にいるようだった。
声も、気配も、何もかもが遠い。
「嘘はいけないよー」
「ずっと聞いてたよー」
「その人間がじじいの孫なんでしょー?」
子鬼たちは表情を失うと、その身体がずるりと溶けた。
まるでスライムのように崩れ、赤、黄、青の色がひとつに混ざり合っていく。
やがて、むくむくと盛り上がったそれは、巨大なヘドロの塊になった。
その中から、カタツムリの目のようなものがにゅっと突き出し、ぎょろりと三人を見渡す。
「裏切り者、カブロ。ここで死ね」
カブロは顔色を真っ青にして、その妖怪を睨みつけた。
額には脂汗が滲み、呼吸も荒い。
想像を絶する激痛なのだろう。
切り落とされた右腕の上腕部を、左手の指先が食い込むほどの強さで必死に握りしめている。
「……だよなあ。あんな殺気、子鬼たちが出せるわけがない。偽物と気づけなかった、ぼくが……悪い……」
喉の奥でぐっと声を漏らし、カブロはその場に膝をついた。
切り落とされた腕のそばには、真っ赤な血溜まりが広がっていく。
「クソ……いてえな……」
カブロがかすれた声で呟く。
ヘドロの妖怪の身体から、ぬるりと触手が伸びた。
「次は首だ」
「させるか!」
コクズメはセイヤを地面に横たえ、カブロの前へ立ちはだかる。
瞬時に槍を出し、構えた。
「くく。そっちじゃない」
触手が狙ったのは、カブロではなくセイヤだった。
「セイヤ!」
コクズメが地面を蹴り、跳び上がった。
黒色の羽が白い風景に舞う。
だが、間に合わない。
脱力したままのセイヤの身体を、ヘドロが絡め取って持ち上げる。
「やめろ!」
コクズメの叫びもむなしく、セイヤはそのままずぶずぶとヘドロの中に囚われていった。顔だけを外に出ており、呼吸はできる。
「こんな簡単なこと、他の妖怪は何をしてたんだ」
「くっ!」
コクズメは羽を大きく広げた。
「セイヤを離せ!」
飛び、助走をつけ、一気にヘドロの妖怪へ突っ込む。
直前で槍を突き出し、その本体めがけて突き刺した。
――だが、手応えはない。
ヘドロは自ら身体に大穴を開け、その一撃を回避していた。
「間抜け」
ヘドロの妖怪は木の幹へ巻きつくようによじ登り、そのまま木々の間を伝って逃げようとする。
「待て!!」
コクズメは飛び立とうとした、が、その背後で、どさりとカブロが倒れる音に足を止めた。
一瞬、コクズメは迷う。
「……カブロ!!」
だが、結局カブロの方へ駆け寄った。