影、喰らい泣け、泣月路   作:浮月 愁

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【13】間抜け

その姿を見た瞬間、セイヤの頬が引きつった。

 

現れた三体は、どれも五歳児ほどの背丈しかない、頭ばかり大きな子鬼だった。腹はぽんぽこりんに膨れ、身体の色はそれぞれ赤、黄、青。

揃いも揃って黄色と黒の鬼のパンツを穿いている。

 

赤い子鬼が胸を張り、「並べ、並べ!」と幼児らしい舌っ足らずな発声で号令をかけた。

 

「灼熱の業火! 燃えたぎる魂はここに! ダイイチ!」

「轟け、天空の怒り! 雷光の前に跪け! ダイニ!」

「深海の支配者! 冷たき水底へ沈め! ダイサン!」

 

「せーの!」

 

「「「我ら、黒影衆(こくえいしゅう)の宝! 子鬼ーず!!」」」

 

三体は声を揃えると、それぞれ決めポーズを取った。

頭に生えた角がきらりと光り、その顔は自信に満ちあふれている。

 

(笑っちゃダメなんだよな……)

 

反応に困ったセイヤは、とりあえず拍手をした。

子鬼たちは互いに顔を見合わせると、照れくさそうに後頭部をかいている。

 

「なーんだ、子鬼たちか」

「なんだとはなんだー! せっかく来てやったんだぞー!」

「そうだ、そうだー!」

「遠かったんだぞー!」

 

子鬼たちが口々に騒ぐと、カブロとコクズメは鎌と槍を消した。

どうやら本気で戦う相手ではないらしい。

 

「なかなかの殺気だった。よかったぞ」

 

コクズメが褒めると、子鬼たちはまた嬉しそうにもじもじと身体をくねらせた。

 

「何しに来たの?」

 

カブロの問いに、子鬼たちの表情がぴりっと引き締まる。

 

「カブロが黒影衆(こくえいしゅう)を裏切って、人間を匿ってるって聞いた!」

「カブロ! どうして黒影衆(こくえいしゅう)を裏切ったの?」

「そうだよ! また黒影衆(こくえいしゅう)に戻ってきてよ!」

 

やんややんやと、子鬼たちはカブロを取り囲んだ。

 

その様子を見ながら、セイヤは改めて思い知る。

カブロは妖怪たちに好かれている。

誰も彼もがカブロを知っていて、最初から露骨な嫌悪や敵意を向けてきた者はいなかった。

――いや、コクズメは違ったが、あれは裏切りへの怒りだった。

 

「オレ達がその人間をトウロのところまで運んでやるから」

「カブロは逃げろ!」

「トウロに会ったら殺されるぞ!」

 

――殺される。

 

その言葉に、セイヤは指先からすっと血の気が引くのを感じた。

 

カブロは「うまく交渉できる」と言っていた。

けれど、もう話し合いでどうにかなる段階ではないのだろうか。

 

カブロは裏切り者になってしまった。

黒影衆(こくえいしゅう)の反逆者。

トウロ――実の兄の敵。

 

祖父を救い出せさえすれば、それで終わりだと思っていた。

考えていなかった。

カブロが殺されるかもしれない、なんて。

 

コクズメが腰に手を当て、子鬼たちを上から見下ろした。

 

「……とーちゃん、かーちゃんは、ここに来てることちゃんと知ってるんだろうな?」

「知らないよ」

「勝手に来たんだもん」

「だったら、すぐに帰れ。きっと心配している」

「えー」

 

そのやり取りを見ながら、セイヤの胸は、ますます苦しく、重くなっていった。

 

カブロにも、もしかしたら、妻や子どもや、大切な誰かがいるのかもしれない。

 

カブロは、星火散(せいかさん)を黒影衆(こくえいしゅう)に独占させたくないから、千血盤(せんけつばん)まで同行してくれている。

だが、ほとんど嗜好品みたいな香辛料のために、そこまで命を賭ける必要があるのだろうか。

 

ふと気づけば、足元に子鬼たちが群がっていた。

 

「このキラキラ人間はなんだ?」

「カブロは男の子を連れてるって聞いたけど」

「女の子じゃないか」

 

カブロはしばらく無表情で子鬼たちを見下ろしていたが、やがてにやりと笑う。

 

「あー。そのお嬢さんは迷子のお嬢さんでね。トウロが探している男の子とは別さ」

「カブロ?」

 

嘘だ。

コクズメも意図を瞬時に察したらしく、すました顔でカブロに合わせる。

 

「人間の男の子とは途中ではぐれてしまった。迷子のお嬢さんを家まで送りながら、探しているんだ」

「そうそう。だから手伝ってくれないかい。千血盤(せんけつばん)へ向かってるはずなんだ」

 

子鬼たちは、真剣な顔で一言一句聞き漏らすまいと頷いている。

とても素直だ。疑うことを知らない目をしている。

 

「わかった!」

「じゃあ、千血盤(せんけつばん)に向かいながら探す!」

「いい子だ」

 

カブロが子鬼たちの頭を撫でた。

 

その瞬間――

撫でていたカブロの腕が、肘のところで真っ二つに切れた。

 

あまりにも一瞬だった。

 

凄まじい勢いで切断面から血が噴き出し、子鬼たちを真っ赤に濡らす。

ぼとりと腕が地面に落ち、カブロは咄嗟に妖術で止血した。

 

セイヤの視界が、一瞬にして鮮血の赤一色に染まる。

 

「わああああああ!!」

「カブロ!?」

 

絶叫した直後、セイヤの意識は飛んだ。

そのまま地面へ倒れ込む。

 

「セイヤ!」

 

コクズメが駆け寄り、頬を何度か叩かれる。

セイヤはうっすらと目を開けた。

 

視界がぼやける。

まるで水の中にいるようだった。

声も、気配も、何もかもが遠い。

 

「嘘はいけないよー」

「ずっと聞いてたよー」

「その人間がじじいの孫なんでしょー?」

 

子鬼たちは表情を失うと、その身体がずるりと溶けた。

まるでスライムのように崩れ、赤、黄、青の色がひとつに混ざり合っていく。

 

やがて、むくむくと盛り上がったそれは、巨大なヘドロの塊になった。

その中から、カタツムリの目のようなものがにゅっと突き出し、ぎょろりと三人を見渡す。

 

「裏切り者、カブロ。ここで死ね」

 

カブロは顔色を真っ青にして、その妖怪を睨みつけた。

額には脂汗が滲み、呼吸も荒い。

想像を絶する激痛なのだろう。

切り落とされた右腕の上腕部を、左手の指先が食い込むほどの強さで必死に握りしめている。

 

「……だよなあ。あんな殺気、子鬼たちが出せるわけがない。偽物と気づけなかった、ぼくが……悪い……」

 

喉の奥でぐっと声を漏らし、カブロはその場に膝をついた。

切り落とされた腕のそばには、真っ赤な血溜まりが広がっていく。

 

「クソ……いてえな……」

 

カブロがかすれた声で呟く。

ヘドロの妖怪の身体から、ぬるりと触手が伸びた。

 

「次は首だ」

「させるか!」

 

コクズメはセイヤを地面に横たえ、カブロの前へ立ちはだかる。

瞬時に槍を出し、構えた。

 

「くく。そっちじゃない」

 

触手が狙ったのは、カブロではなくセイヤだった。

 

「セイヤ!」

 

コクズメが地面を蹴り、跳び上がった。

黒色の羽が白い風景に舞う。

だが、間に合わない。

 

脱力したままのセイヤの身体を、ヘドロが絡め取って持ち上げる。

 

「やめろ!」

 

コクズメの叫びもむなしく、セイヤはそのままずぶずぶとヘドロの中に囚われていった。顔だけを外に出ており、呼吸はできる。

 

「こんな簡単なこと、他の妖怪は何をしてたんだ」

「くっ!」

 

コクズメは羽を大きく広げた。

 

「セイヤを離せ!」

 

飛び、助走をつけ、一気にヘドロの妖怪へ突っ込む。

直前で槍を突き出し、その本体めがけて突き刺した。

 

――だが、手応えはない。

 

ヘドロは自ら身体に大穴を開け、その一撃を回避していた。

 

「間抜け」

 

ヘドロの妖怪は木の幹へ巻きつくようによじ登り、そのまま木々の間を伝って逃げようとする。

 

「待て!!」

 

コクズメは飛び立とうとした、が、その背後で、どさりとカブロが倒れる音に足を止めた。

一瞬、コクズメは迷う。

 

「……カブロ!!」

 

だが、結局カブロの方へ駆け寄った。

 

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