時はカブロが気を失った直後に遡る。
背後から小さな硬質な物音が聞こえ、コクズメはその音の方へと振り返った。
セイヤの背負い袋がそのまま放置されている。
セイヤが失神した時に手放して、そのままだった。
硬質な音の正体。
ハッとしてコクズメは背負い袋に駆け寄り、中身を確認した。
音の正体は瓶を叩くゴンジュだった。
「ちょ、ちょっと、なにがあったんだい!? 説明してくれ!!」
コクズメはしばらく瓶の中で喚くゴンジュを眺めていたが意を決して、状況をすべて話した。
ゴンジュはセイヤが連れ去られたことにいたく驚き、声を震わせた。
「な、なんてことだ……。僕の可愛い人間が……」
「……ゴンジュがセイヤを可愛くしすぎたせいで攫われたんだ。貴様のせいだ」
コクズメは一部嘘を吐いた。
ゴンジュを自責に追い詰めれば、なにか手助けをしてくれる可能性がある。
それはコクズメの想定通りだった。
「ゴンジュ。カブロの腕が切断された。今のままではセイヤの救出は困難。セイヤを助けたければ、どうにかしてくれ」
「わかった。この瓶から出してくれ。カブロの腕を元に戻そう。そして、僕の可愛い人間を取り返す!」
コクズメは瓶の蓋を開けた。
強烈な悪臭だ。むせた。手を振って臭いを霧散させる。
しばらくすると臭いも薄れ、ゴンジュの身体のサイズもゆっくりと元に戻っていった。
ゴンジュの妖術はやはりすごかった。
カブロの切り離された腕をくっつけるのかと思われたが、離れた切断面から新たに腕を再生させたのだ。
切り離される前と全く同じ状態に戻してみせた。
しかし、カブロは目覚めず顔色が悪いままだった。
失血が原因だ。頬を叩き目を覚させ、水を飲ます。
動けるようになったカブロは、コクズメの説明ですぐに状況を理解した。
「ゴンジュ、ありがとう」
「うんうん!! 大丈夫!! もちろんしっかりお礼はしてもらうし、約束も守ってもらうからねっ!!」
ゴンジュは顔を赤らめ、鼻を伸ばした。
カブロとコクズメは顔を見合わせた。
嫌な予感がしたからだ。
そして、ゴンジュの妖術でドクリョクを木っ端微塵に吹き飛ばし、今に至る。
説明しつつ、カブロが
――しかし。
「……や、やだ……やだ、やだ、絶対やだ」
セイヤはドレス姿のまま、逃げるように後退りした。ゴンジュが両手を広げ、セイヤに迫っていた。
「うーーん。恥ずかしがってる君も可愛いよぉ!! ふっははぁ〜」
ゴンジュの求めるお礼とはセイヤとの『
カブロとコクズメがその様子を死んだ目で見守っていた。
「カ、カブロ! コクズメ! 助けてよ!」
「んー」
「セイヤくん、大丈夫。軽いやつにしておけって言ってるから」
助ける気は無いようだ。
ゴンジュは赤い顔でにんまりと笑うと、長い鼻を揺らした。
「だって、言ってたじゃないか。わたしの、たいせつなものを、あ・げ・るってね」
「言ってないよ!! 見せるって言ったんだよ!」
コクズメは口元を手で覆うと、赤面した。
「セ、セイヤはゴンジュに何を見せるつもりだったんだ」
「……大切なもの、かあ……んー、刺激的だねえ」
カブロはふふふと笑うと、顎を指で擦った。
セイヤは背を木の幹にぶつけ、逃げ場を無くした。
「ひぃ!」
「さあさ、僕との夢の時間だよぉ〜」
ゴンジュがセイヤの両腕を掴み、顔を近づけた。
しかし、ゴンジュの鼻がセイヤの頬に突き刺さり、それ以上顔を近づけられない。
「ん?」
角度を変えてもう一度。
しかし、再び鼻が邪魔をする。
ゴンジュが必死に唇を伸ばすが、セイヤの顔には届かない。
「困ったな」
セイヤが必死に身を捩り、顔を背ける。
その目は涙目だ。
「ヤダァ!! なんでこんなことされなくちゃいけないんだよ!! 俺は男だぞ!!」
ゴンジュはそれを聞いて、何かを閃いたようだ。
「仕方がない」
ゴンジュはそう呟くと、一瞬で金髪の美女へと変貌した。真っ赤な厚い唇。ゴムまりのような豊かな胸。細った腰回りに丸い尻。深くスリットの入った身体に密着した金色のドレスから肉感のある太ももが見えている。
「え……」
セイヤは石像のように固まった。
「可愛い人間。僕に身を委ねなさ〜い」
「え……え……」
急に抵抗を止めたセイヤに女体化したゴンジュが――。
魂が抜けたようなセイヤの唇には、真っ赤な紅が移っていた。
脳が混乱していた。
自分は男で、でも、今は女の姿になっている。
ゴンジュは男で、でも、女の姿で『
男の姿で迫られたときは、死ぬほど嫌だったのに、女の姿のときは抵抗が薄れた。中身は男なのに。
性別とは?
自分は何者で、今何をされたのだ?
視界の端でゴンジュが元の姿に戻って、クルクル回りながら踊っている。ご機嫌だ。
「セイヤくーん。大丈夫?」
「ゴンジュ、もう満足しただろ。セイヤも元の姿に戻せ」
ゴンジュがピタリと止まった。
「また可愛すぎて攫われたら困るしね! 元に戻してあげよう!!」
セイヤはようやく男の姿へと戻ることが出来た。
セイヤは唇についた紅を拭うと、コクズメが持っていた背負い袋を受け取った。
男の姿を取り戻し、嬉しいはずなのに、先程の強いショックが身体から抜けない。
切り替えなくてはいけない。
「行こう。
セイヤの声に力はない。
カブロは複雑な顔をして、慰めるようにセイヤの肩を叩いた。
一行が歩き始めたが、ゴンジュがそれを止めた。
「待ちたまえ!! ヴォエエエエ!!」
ゴンジュが突然エクトプラズマを吐き出した。
白くドロリとした塊だ。しばらく蠢いていたが、やがてそれは絨毯のように平べったく広がった。
「可愛い人間は僕のものになった! また途中で誰かに攫われたらたまったものじゃない。僕のエクトプラズマで一気に
色々あったが、当初の目的通りになった。
三人はエクトプラズマに乗ると、ふわりと高く浮き上がり、上からゴンジュを見下ろした。
「可愛い人間、また会おう!!」
そう言って手をブンブンと振っている。
「……もう会いたくない」
セイヤが呟いた声に反応し、もう一度慰めるようにカブロとコクズメがセイヤの背を撫でた。