影、喰らい泣け、泣月路   作:浮月 愁

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【17】シキダマ

コクズメの家は外れの通りを折れ、さらに細い路地へと入る。

コクズメは足を止めた。

 

「ここだ」

 

指差された先を見て、セイヤは目を瞬かせた。

 

「……どこ?」

 

家が、ない。

あるのは三本の大木。

 

「上だ」

 

言われて見上げる。

幹は太く、空へと伸び、枝葉が夜空を覆っている。

月明かりの中、枝と枝の合間に屋根があった。

霞んだ黒い瓦。低く構えた軒。

 

家だ。

木の上に、家が乗っている。

 

それも一軒ではない。何軒かある。

コクズメは鳥の妖怪だから、住まいは木の上なのだろう。

口を開けっ放しにしていたことに気が付き、閉じる。

 

「まずはセイヤを連れて行く。カブロはここで待っていろ」

 

コクズメの鉤爪で胴を鷲掴みにされ、一気に空へと舞い上がった。

暗闇の中、景色が上から下へと勢いよく流れていく。

高い。怖い。セイヤは目を瞑った。

ふわっと一瞬空中で止まったかと思えば、丁寧に組まれた足場の上に降ろされる。

 

「落ちるなよ」

「ああああ、怖いっ」

 

ソッと目を開けたが、やはり高い。足が震える。

思わずしがみつくようにコクズメに腕を絡ませた。

コクズメは呆れたように笑うと、玄関までセイヤを誘導する。

 

「そんなにしがみつくな。歩きにくい……だろ……」

 

玄関の奥。灯りがついている。

コクズメの表情が険しくなる。

声を低くし、コクズメはソッとセイヤに耳打ちをした。

 

「セイヤ。私の家の中に誰かいる。何か言われても聞こえないふりをしろ」

「……え?」

「私より前に出るな。いいな」

 

コクズメは瞬時に槍を出現させ、掴む。

わざと大きな音を立て、玄関の引き戸を開けた。

 

「おい! ここは私の家だ! なんの用だ!」

 

コクズメが大声で叫ぶと、廊下から茶色い毛玉の塊から女性の人間の脚が生えた妖怪が玄関まで走り寄ってきた。

 

「コクズメ、おかえりぃ〜」

「シキダマか」

 

この毛玉には顔は無い。口も見当たらないが、どこからか甲高い裏声のような発声がある。

コクズメは不機嫌そうにその毛玉の塊に槍を向ける。

 

「なぜ勝手に家に入っている」

「あれ? その子誰?」

 

セイヤは肩を震わせてコクズメの背中に回り込み隠れた。

 

「……わからない。ゴンジュから預かってきた」

「……ふーん」

 

どうやら人間であることはバレていないようだ。

セイヤは顔を逸らした。

 

気味の悪い妖怪だ。生々しい脚。硬質な獣っぽい毛。左右にわさわさと揺れ動いている。

 

「ゴンジュのところに行ってきたの〜?」

「そうだ」

「カブロのところじゃなくて〜?」

「……ああ」

 

コクズメは短く返事した。

カブロのことを知られている。

つまりは黒影衆(こくえいしゅう)の一人。

知り合いに見えるが、コクズメはどこか余所余所しい。

 

「何しに来た?」

「確認だよ〜」

「確認?」

「コクズメが人間を連れていないか」

 

コクズメはその言葉を聞くなり、振りかぶると一気に槍でその毛玉を突いた。

しかし、毛玉はサッと横に跳ねる。

 

「キャハッ! あっぶない」

 

毛がふわりと揺れ、その中から乳房が見えた。

いや、乳房の先端が眼球になっている。赤い瞳。

セイヤと一瞬目が合った。

ゾクリと背筋に冷たいものが走る。

叫びそうになったのをセイヤは口を押さえて堪えた。

 

「その子、人間なんでしょ〜?」

「黙れ」

 

槍を逆手で持つともう一度コクズメはその毛玉に槍を刺した。

刺した、と思われたが、直前で両脚を折り曲げたシキダマが足裏でそれを挟み、止めていた。

身軽な妖怪だ。

コクズメが舌打ちをする。

 

「その子、妖力感じるよ〜。なんでかなぁ、コクズメぇ。何したの? そんな子供に……クフッ」

 

シキダマはその場で飛び上がり、両脚でコクズメを蹴り飛ばした。

コクズメは槍で防御するが、そのまま押され、大きな音を立てて玄関の引き戸に身体をぶつける。

 

「コクズメ!!」

 

セイヤが思わず声に出すと、シキダマがその場でステップを踏んだ。

 

「キャハハ!」

「平気だ」

 

コクズメはすぐに立ち上がった。

その横顔から見える瞳に静かなる怒りが映っている。

コクズメはフッと短く息を吐くと、重心を落とした。

 

左右に跳ねるシキダマを捉え、もう一度深く突く。

しかし、再び跳ね、足裏で挟まれる。

シキダマの毛が割れ、中から真っ赤な目玉が覗いた。

 

「飛べないコクズメは弱いねェ〜」

「そうか?」

 

コクズメは表情を変えず、涼しい声だ。

そのままバッと羽を広げた。

――瞬間、羽根が針のように尖り、矢の群れが放たれたかのように、一直線にシキダマへ飛んでいった。

乱雑に放たれる羽根の勢いと硬度は強くない。

シキダマの硬質な毛にほとんど弾かれてしまうが、剥き出しの脚にはしっかりと突き刺さったようだ。

 

「ギャァアアアァ!?」

「コクズメ!!」

「なに。この程度じゃ死なない」

 

バタバタと脚を動かしているせいで、滴った血液を撒き散らかしている。

手で口を塞ぎ、セイヤは喉の奥で叫びを押し殺した。

 

「痛い、痛い、痛いぃぃぃ!!」

「誰が弱いって?」

 

コクズメはシキダマに近寄るとその毛を掴み持ち上げる。

覚悟したのだろう。シキダマは脱力し、抵抗を止めた。

毛の隙間から覗いたシキダマのそれと不敵なコクズメの目が合う。

 

「セイヤ、こいつどうする?」

「え……え?」

「殺していいか聞いている」

 

セイヤは首を振った。

 

「ぜ、絶対ダメ」

「絶対ダメよぉ〜」

「シキダマ、貴様には聞いていない」

「……あ、そうだ!」

 

セイヤはハッすると背負い袋を下ろした。

 

 

 

 

 

 

「遅いな」

 

カブロは地上で待たされていた。

一服でもしようかと帯のキセルに手を伸ばしたが、上から羽音が聞こえてきて顔を上げた。

 

「……待たせたな」

 

コクズメのその表情は暗い。

 

「……何かあった?」

 

カブロが声を低くして尋ねたが、コクズメは言いにくそうに口ごもった。

 

コクズメの鉤爪で捕まれ、木の上の家まで行くと玄関でセイヤが膝を抱えて座っていた。

膝の上で顔を突っ伏している。

 

「セイヤくん。どうかした?」

 

カブロが近づき隣へ座ると、セイヤは悲痛な声を絞り出した。

 

「ゴメンナサイ……俺のせいだ……」

 

その痛々しいほどの姿にカブロは目を丸くする。

コクズメは眉根を寄せ、床に視線を落とした。

 

「カブロ、セイヤの香辛料がすべて奪われた」

 

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