鉛色の羽が生えた美少年の名前はマハトといった。
コクズメと同様に上半身は人間で下半身は鳥――半人半鳥の妖怪だった。
ツンツンに立った短い黒い髪。目元に赤い目張りを入れている。耳馴染みのない訛り。
小さな見た目と大人っぽい低い声がチグハグだ。
彼はコクズメに槍術を教えた師範だという。
(俺より小さいのに先生なんだ……)
マハトにコクズメの羽と手紙を渡すとすぐに状況を理解し、道場へと招き入れてくれた。
道場周りを歩きながら、コクズメの名前を連呼していたのを聞いていたらしい。
全く怪しまれることなく通してくれた。
布団一式を道場に置き、マハトはそのまま出ていった。
布団を敷く。
「……ここって安全なのかな。マハトも
セイヤが敷き終わった布団に、待ってましたとばかりにカブロがごろりと寝転がった。
「マハトは
「自分の布団は自分で敷いてよ」
「うーん。コクズメは頭がいい。この場所は、
「どういう意味?」
カブロが大あくびをする。
「
カブロが目を瞑った。
その言葉を聞いて、セイヤは安心した。
もう一式布団を敷き終えると、セイヤも布団の中に入った。
身体の疲れが癒される。
急激に睡魔が襲ってきた。
「おやすみ、カブロ」
返事は無かった。すでに眠ってしまったようだ。
翌朝、セイヤは布団から身を起こし青ざめていた。
(どうして気が付かなかったんだろう)
身体も疲れていたし、脳も疲れていた。
そこまで気が回らなかった。
セイヤは慌ててカブロの身体を揺すった。
「カブロ! カブロ、起きて!!」
「……かー」
カブロは起きない。
布団を蹴飛ばし、はだけた着物から、脚もふんどしも丸出しにしている。
「もぉー、だらしないなあ」
イライラしながらセイヤはカブロの身体を何度も叩いた。が、彼は目を覚まさない。
「カブロ! カブロってば!!」
「なかなか起きんねえ」
甘い色気のある声。
ハッと背後を振り返るとマハトが道場の入口に立っていた。
「おはよう。泊まらせてくれてありがとう」
「よう眠れたかや?」
「うん。……って、マハト! 聞いて!」
「ん?」
セイヤが気にしていたのはコクズメの安否だった。
コクズメも一緒に来ればよかったのだ。
ここに一緒に泊まれば、安全だったのに。
もしかしたら、今コクズメは危険な状態かもしれない。
そうセイヤが一気に言うと、マハトが笑った。
「コクズメは簡単にやられたりせんさ。今はバラバラで行動したほうがええ。そう彼女が判断したんだがや」
それにね、と、マハトは声をひそめる。
「俺様は一度コクズメに告白してフラれとるのさ。だで、会うのが気まずいんだろうね。来ればよかったのに。俺様も久しぶりにコクズメに会いたかったよ」
セイヤはなんと返せばよいのかわからず、俯いた。
聞いていい話だったのだろうか。
「で、でも、恩師って言ってたし、マハトのこと嫌いじゃないと思うよ」
「俺様は嫌われててええのさ」
「え?」
そういうとマハトは顔を紅潮させて何もないところを見上げ、目を細めた。まるで何かを思い出すかのように。
「だって、彼女が一番美しいのは怒りに満ちたあの表情。うっとりするよ。毎日でも罵られたい……」
セイヤが固まっていると、カブロが目を覚ました。
「……会うのが気まずいんじゃなくて、シンプルに会いたくないんだろうね」
「……おはよう。カブロ」
マハトはにこりと微笑んだ。
「朝餉にしよう」
道場で住み込みの生徒なのだろう。
礼儀正しい様々な姿の妖怪が、台所で慌ただしく朝食を作っていた。
カブロとセイヤを見るなり、腰を直角に曲げ、大声で朝の挨拶をしてくれる。
中には不気味な姿の妖怪もいるため、セイヤは目に入るたびカブロの背中にしがみついた。
朝食が終わると、生徒たちは道場の掃除を始めた。
「まだ稽古まで時間があるに。少し話そうか」
マハトに誘われ、カブロとセイヤは道場奥の和室に連れられた。
本当はすぐにでも市場へと行きたかったが、カブロは大人しくマハトについていったので、セイヤもそれに合わせた。
セイヤのことや、これからのことは全てコクズメの手紙に書かれていたらしく、マハトはこの状況に興味を持ったらしい。
「それで、人間の香辛料が妖怪にどんな効果をもたらすんだや?」
ワクワクした様子でマハトがセイヤに尋ねた。
「……香辛料によって効果が違うんだ。全部は把握できていない。でも……」
腰にぶら下げた小さな袋から『
シキダマに使った香辛料。
これだけ奪われずに手元に残っていた。
「『
マハトは前のめりになると目を輝かせた。
「へぇ!」
マハトは槍を出現させ、即座に自らの腕に傷を付けた。一筋の赤い線。浅い傷。
その傷に沿ってじわりと血がにじみ上がる。
「治してちょ」
「え!?」
セイヤがカブロの方を見ると、カブロはどうぞと目で合図を送る。一瞬躊躇うが、セイヤは瓶の蓋を開け、自分の手の上に香辛料を取り出した。
そして、恐る恐るマハト目掛けてふりかけた。
マハトがスッとその香辛料を吸い込む。
一、二、三、四、五。五秒。たった五秒後。
マハトは急に白目を向いて、ガタガタと震え始めた。
思えばシキダマも同じようにガタガタと震えていた。
セイヤは後退りし、カブロの背後に隠れた。
マハトの腕についていた傷は一瞬で音もなく消えてしまった。
「ああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛!! すごい!!」
マハトは絶叫に近い雄叫びを上げた。
彼の身体がメキメキと音を立て軋み、膨らむ。
「わああ! カブロ!!」
「……な、なんだ、これ」
いつも余裕を崩さないカブロの声が、初めて上ずり、引っくり返った。
マハトの羽がまるで爆発するように四方八方いっぱいに広がった。
部屋の天井や壁、全てを乱暴なまでの質量で覆い尽くしていく。
襖は羽の圧力で外れ、廊下へと吹き飛んでいった。
外の光が完全に遮断される。
羽の中の暗闇にある二つの赤い光。
それは、マハトの獰猛なる瞳。
ギラリと光り、カブロとセイヤを睨んでいた。
「カブロ!! カブロ!!」
恐怖にカブロの着物を無我夢中で引っ張り、セイヤはその中に隠れようとしたが、丈が足りない。
仕方なく、両手で頭を覆い、身を丸めた。
丸太のような太さになった腕。
身体も小柄な少年のそれではない。
暗闇の中、その姿の全貌は把握できない。
しかしこれだけはわかる。
その姿、まさに巨大怪鳥。
鉛色の羽に覆われた鳥の太い腿から伸びた足の先。
鉤爪はカブロの鎌より大きく鋭い。
乱暴に畳のい草をを削っていった。
「んんんんん……ッ!! んんんんん!! あぁ……ッ!!」
呼吸とともに漏れる低く獣じみた声。
しかし、その声は狂気的な歓喜に満ちていた。