影、喰らい泣け、泣月路   作:浮月 愁

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【19】マハト

鉛色の羽が生えた美少年の名前はマハトといった。

コクズメと同様に上半身は人間で下半身は鳥――半人半鳥の妖怪だった。

 

ツンツンに立った短い黒い髪。目元に赤い目張りを入れている。耳馴染みのない訛り。

小さな見た目と大人っぽい低い声がチグハグだ。

彼はコクズメに槍術を教えた師範だという。

 

(俺より小さいのに先生なんだ……)

 

マハトにコクズメの羽と手紙を渡すとすぐに状況を理解し、道場へと招き入れてくれた。

道場周りを歩きながら、コクズメの名前を連呼していたのを聞いていたらしい。

全く怪しまれることなく通してくれた。

 

布団一式を道場に置き、マハトはそのまま出ていった。

 

布団を敷く。

 

「……ここって安全なのかな。マハトも黒影衆(こくえいしゅう)なのかな……」

 

セイヤが敷き終わった布団に、待ってましたとばかりにカブロがごろりと寝転がった。

 

「マハトは黒影衆(こくえいしゅう)じゃあない。あーー。気持ちいいー」

「自分の布団は自分で敷いてよ」

「うーん。コクズメは頭がいい。この場所は、黒影衆(こくえいしゅう)は荒らせないだろうねぇ」

「どういう意味?」

 

カブロが大あくびをする。

 

「黒影衆(こくえいしゅう)の槍術使いは……みな、一度はここで修行している。世話になっているんだ。マハトに、迷惑、掛けられないだろ?」

 

カブロが目を瞑った。

その言葉を聞いて、セイヤは安心した。

もう一式布団を敷き終えると、セイヤも布団の中に入った。

身体の疲れが癒される。

急激に睡魔が襲ってきた。

 

「おやすみ、カブロ」

 

返事は無かった。すでに眠ってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

翌朝、セイヤは布団から身を起こし青ざめていた。

 

(どうして気が付かなかったんだろう)

 

身体も疲れていたし、脳も疲れていた。

そこまで気が回らなかった。

セイヤは慌ててカブロの身体を揺すった。

 

「カブロ! カブロ、起きて!!」

「……かー」

 

カブロは起きない。

布団を蹴飛ばし、はだけた着物から、脚もふんどしも丸出しにしている。

 

「もぉー、だらしないなあ」

 

イライラしながらセイヤはカブロの身体を何度も叩いた。が、彼は目を覚まさない。

 

「カブロ! カブロってば!!」

「なかなか起きんねえ」

 

甘い色気のある声。

ハッと背後を振り返るとマハトが道場の入口に立っていた。

 

「おはよう。泊まらせてくれてありがとう」

「よう眠れたかや?」

「うん。……って、マハト! 聞いて!」

「ん?」

 

セイヤが気にしていたのはコクズメの安否だった。

コクズメも一緒に来ればよかったのだ。

ここに一緒に泊まれば、安全だったのに。

もしかしたら、今コクズメは危険な状態かもしれない。

そうセイヤが一気に言うと、マハトが笑った。

 

「コクズメは簡単にやられたりせんさ。今はバラバラで行動したほうがええ。そう彼女が判断したんだがや」

 

それにね、と、マハトは声をひそめる。

 

「俺様は一度コクズメに告白してフラれとるのさ。だで、会うのが気まずいんだろうね。来ればよかったのに。俺様も久しぶりにコクズメに会いたかったよ」

 

セイヤはなんと返せばよいのかわからず、俯いた。

聞いていい話だったのだろうか。

 

「で、でも、恩師って言ってたし、マハトのこと嫌いじゃないと思うよ」

「俺様は嫌われててええのさ」

「え?」

 

そういうとマハトは顔を紅潮させて何もないところを見上げ、目を細めた。まるで何かを思い出すかのように。

 

「だって、彼女が一番美しいのは怒りに満ちたあの表情。うっとりするよ。毎日でも罵られたい……」

 

セイヤが固まっていると、カブロが目を覚ました。

 

「……会うのが気まずいんじゃなくて、シンプルに会いたくないんだろうね」

「……おはよう。カブロ」

 

マハトはにこりと微笑んだ。

 

「朝餉にしよう」

 

 

 

 

 

 

道場で住み込みの生徒なのだろう。

礼儀正しい様々な姿の妖怪が、台所で慌ただしく朝食を作っていた。

カブロとセイヤを見るなり、腰を直角に曲げ、大声で朝の挨拶をしてくれる。

中には不気味な姿の妖怪もいるため、セイヤは目に入るたびカブロの背中にしがみついた。

 

朝食が終わると、生徒たちは道場の掃除を始めた。

 

「まだ稽古まで時間があるに。少し話そうか」

 

マハトに誘われ、カブロとセイヤは道場奥の和室に連れられた。

本当はすぐにでも市場へと行きたかったが、カブロは大人しくマハトについていったので、セイヤもそれに合わせた。

 

セイヤのことや、これからのことは全てコクズメの手紙に書かれていたらしく、マハトはこの状況に興味を持ったらしい。

 

「それで、人間の香辛料が妖怪にどんな効果をもたらすんだや?」

 

ワクワクした様子でマハトがセイヤに尋ねた。

 

「……香辛料によって効果が違うんだ。全部は把握できていない。でも……」

 

腰にぶら下げた小さな袋から『根香粉(こんこうこ)』を取り出した。

シキダマに使った香辛料。

これだけ奪われずに手元に残っていた。

 

「『根香粉(こんこうこ)』。これは妖怪の傷を治して、もしかしたらそれ以上の効果があるのかもしれない」

 

マハトは前のめりになると目を輝かせた。

 

「へぇ!」

 

マハトは槍を出現させ、即座に自らの腕に傷を付けた。一筋の赤い線。浅い傷。

その傷に沿ってじわりと血がにじみ上がる。

 

「治してちょ」

「え!?」

 

セイヤがカブロの方を見ると、カブロはどうぞと目で合図を送る。一瞬躊躇うが、セイヤは瓶の蓋を開け、自分の手の上に香辛料を取り出した。

そして、恐る恐るマハト目掛けてふりかけた。

 

マハトがスッとその香辛料を吸い込む。

一、二、三、四、五。五秒。たった五秒後。

マハトは急に白目を向いて、ガタガタと震え始めた。

 

思えばシキダマも同じようにガタガタと震えていた。

セイヤは後退りし、カブロの背後に隠れた。

 

マハトの腕についていた傷は一瞬で音もなく消えてしまった。

 

「ああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛!! すごい!!」

 

マハトは絶叫に近い雄叫びを上げた。

彼の身体がメキメキと音を立て軋み、膨らむ。

 

「わああ! カブロ!!」

「……な、なんだ、これ」

 

いつも余裕を崩さないカブロの声が、初めて上ずり、引っくり返った。

 

マハトの羽がまるで爆発するように四方八方いっぱいに広がった。

部屋の天井や壁、全てを乱暴なまでの質量で覆い尽くしていく。

襖は羽の圧力で外れ、廊下へと吹き飛んでいった。

 

外の光が完全に遮断される。

羽の中の暗闇にある二つの赤い光。

それは、マハトの獰猛なる瞳。

ギラリと光り、カブロとセイヤを睨んでいた。

 

「カブロ!! カブロ!!」

 

恐怖にカブロの着物を無我夢中で引っ張り、セイヤはその中に隠れようとしたが、丈が足りない。

仕方なく、両手で頭を覆い、身を丸めた。

 

丸太のような太さになった腕。

身体も小柄な少年のそれではない。

暗闇の中、その姿の全貌は把握できない。

しかしこれだけはわかる。

 

その姿、まさに巨大怪鳥。

 

鉛色の羽に覆われた鳥の太い腿から伸びた足の先。

鉤爪はカブロの鎌より大きく鋭い。

乱暴に畳のい草をを削っていった。

 

「んんんんん……ッ!! んんんんん!! あぁ……ッ!!」

 

呼吸とともに漏れる低く獣じみた声。

しかし、その声は狂気的な歓喜に満ちていた。

 

 

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