カブロはセイヤを怖がらせまいと、再び人の姿に戻った。
セイヤは今すぐにでも旅立ちたかったが、カブロがひらりと手を上げてそれを制した。
「焦らなくてもセイヤくんのおじいさんはすぐに殺されたりしない。きっとね。それより――」
カブロは顎を指で擦りながら、そわそわと店内の棚へ視線を向けた。
「この店に、もう
「確か……二本あったかな」
「いただこう」
浮き立つような足取りで棚へ向かうカブロ。鼻歌まで歌っている。
セイヤも後ろをついていった。
「お金払ってよ?」
「もちろん」
カブロは瓶の蓋を開け、まず香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
たちまち頬を紅潮させると、腰のキセルを一本抜き、火皿に
「え? そうやって使うの?」
返事もせず、カブロは妖術で火をつけ、勢いよく吸い込んだ。
火皿の
肺の奥の奥まで行き届いた煙を堪能した後――
「ダッハーーーーー!」
カブロは口と鼻から盛大に煙を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
「これこれこれ……最高ぉぉ。ぼかぁ、いっちゃいそうだよ……」
琥珀色の瞳は焦点が合っていない。
妖力が回復すると聞いていたが、想像と違う反応にセイヤは慌てて横に座る。
「だ、大丈夫? どこにいっちゃいそうなの?」
「そうだなぁ〜……天国かなぁ〜。天国の向こう側かなぁ〜」
カブロは素足を投げ出し、ばたばたと揺らしながら、ひゃははと笑った。
(妖怪に天国なんてあるのだろうか)
キセルから立ち上る煙は、冷たく清らかな香りを帯びていた。
セイヤがまじまじとそれを見つめていると、カブロはキセルをセイヤの口元へ差し出す。
「ん」
「え?」
「一口どうぞ」
セイヤは一瞬躊躇った。
だが、カブロが蕩けたような目で、早く吸えとでも言いたげに見つめてくる。
その恍惚とした表情に、恐さより興味が勝った。
恐る恐る、煙を吸い込む。
最初は冬の朝の空気のように冷たく、次にツンとした辛味が鼻へ抜ける。
よく知るいつもの
セイヤは軽く咳込んだ。
「あ、ありがとう」
「見えた? 天国」
「見えなかったよ」
カブロは残念そうに眉を下げ、またキセルに口を付けた。
しばらくカブロを観察していた。
妖力が増しているはずなのに、どう見てもただの酔っ払いだ。
本当にこの男に、祖父を助けられるのだろうか。
「カブロ」
「ん?」
「どうやってじいちゃんを
カブロは煙を吐き、目を閉じたままゆらゆらと頭を揺らす。
「ぼかぁ、こう見えてやるときはやる。それに……
「なんだぁ。そうなんだ……良かったぁ」
安堵するセイヤを見て、カブロはふふふと笑う。
「……セイヤくんは素直で可愛いねぇ。そんなんじゃ、すぐ騙されて痛い目を見る」
「え? 嘘なの?」
「嘘じゃあないさ」
そう言うと、カブロはその場にごろりと横になり、鼻歌を歌いながら
そのあいだにセイヤは背負い袋を持ち出し、持てるだけの香辛料を詰め込んだ。
重くなりすぎないよう、小瓶に移し替えながら詰めていく。
背負ってみると、肩が抜けそうなほど重かった。
四苦八苦していると、ふらついた足取りのカブロが近づいてくる。
「人間は難儀だねぇ」
カブロが背負い袋を一撫で、二撫でする度に袋が軽くなる。
「えっ? な、なんで?」
「妖術さ。物を浮かせるのなんて朝飯前」
どうやら袋の中で小瓶を浮かせているらしい。便利な力だ。
――であれば。
「カブロ。ちょっと行きたいところがある」
「なんだい?」
「
二人は
若い夫婦たちと青年たちが共同で営む大きな農園で、
「こっちだよ」
「……」
カブロは周囲を見渡しながらついてくる。
「
セイヤが笑って見上げると、カブロは困ったように笑った。
「いやー、それは止めといたほうがいい」
「なんで?」
「このことも、ぼかぁ聞かなかったことにしたい」
「だから、なんで?」
「だって……」
カブロの表情がふっと消えた。
視線を逸らしたかと思うと、一瞬で妖怪の姿へと変わる。
「……っ!? カブロ!?」
「伏せて」
カブロは何もない空間から大きな鎌を出現させ、構えた。
身体を捻り、水平に振り抜く。
赤褐色の毛髪がさらりと揺れた。
刃は空中で止まった。
無数のツルが絡みついたからだ。
少し離れた土の上から、何かがにょきにょきと生えてくる。
人の形をしているが、人ではない。
木の皮のような身体。
顔の位置には手が一本。
右腕の位置には弱々しい男の顔。
左腕には木の枝。
妖怪だ。
「うわぁぁあああ!!」
セイヤはその場で腰を抜かした。
カブロは大鎌を振るってツルを払い、その妖怪へ駆けた。
二撃目。
しかし、妖怪本体に当たる前に、またツルに阻害される。
「カブロ……やめて……」
妖怪が喋った。空気に溶ける消え入りそうな声。
「バクドウ、お前、なんでここに?」
カブロの琥珀色の瞳が鋭く光る。
腰を抜かしたままのセイヤを、バクドウと呼ばれた妖怪がちらりと見た。
「
その一言で、地面からツルが伸び、セイヤの身体を絡め取った。
「わぁあ!! カブロ、カブロォ!!」
パニックになり、ふりほどこうとするができない。
カブロはバクドウを睨み、舌打ちをした。