影、喰らい泣け、泣月路   作:浮月 愁

4 / 9
【4】バクドウ

バクドウは身体をみしみしと軋ませながら、細い糸のような声で笑った。

 

「トウロに言われて来た……葵星草(きせいそう)を採りに行け……って。いっぱい生えてる……安心した……めでたし、めでたし」

「めでたくねえよ、馬鹿野郎」

「縛(ばく)」

 

バクドウが呟くと、カブロの身体にもツルが巻きついた。

だが、カブロがぐっと全身に力を込めると、ツルはいとも容易く引きちぎれる。

 

「ああ。さすが、妖力満タン」

 

不愉快そうに顔を歪めたバクドウは、そのまま地面へ沈み込んで消えた。

その隙に、カブロはセイヤを縛るツルを引きちぎる。

 

「カブロ!! カブロ、逃げよう!」

「逃げてどうするの。負ける相手じゃあない。落ち着いて」

 

手が震える。耳鳴りがする。吐き気まで込み上げてきた。

セイヤは必死に深呼吸し、どうにか頭を働かせようとする。

このままでは殺される。

 

背負い袋に手を伸ばし、袋の中の瓶に指先が触れた、その瞬間――

 

「縛(ばく)」

 

背後から、小さな声。

 

空高く伸びたツルがセイヤの身体を一瞬で絡め取った。

 

「ああああ!!」

 

セイヤの身体が、宙へと吊り上げられる。

絶叫するセイヤを見上げ、カブロは額に手を当てると、どこか楽しそうに笑った。

 

「おお。高いなぁ」

「邪魔するな……カブロ」

 

地面から生え出たバクドウが、忌々しげにカブロを睨んでいる。

それを受けて、カブロの声が冷たく走った。

 

「うるせえ。クソが。邪魔はてめぇだろ」

 

カブロは鎌を振り上げ、バクドウへ斬りかかる。

刃はたしかにバクドウの身体へ食い込んだ。だが、それ以上は振り抜けない。

 

「んっ?」

「痛い……痛い……痛いよぉぉぉ! ハハハハハ! 馬鹿め!」

 

バクドウの身体から、黄色い樹液のような粘液がどろりと噴き出し、カブロの全身を覆った。

たちまち、カブロは指一本動かせなくなる。

 

「はああああ!? なんだこれ!!」

「……さて。ここに咲いている葵星草(きせいそう)……根こそぎ、いただきます……」

「こらっ!! クソ! やめろ!!」

 

地面から無数のツルが伸び、舞うようにゆらゆらと揺れる。

それらはぴたりと止まると、一斉に葵星草(きせいそう)へ向かって伸びていった。

 

「やめろ!!」

「ふふ……ふふ……くはは……ん……?」

「ん?」

 

空気の中に、甘い匂いが漂っていた。

腐る寸前の果実を思わせる、濃厚でねっとりとした甘い香り。

 

「んー?」

「ん……」

「んー」

「うん」

 

カブロとバクドウは途端に戦意を失った。

それぞれ、ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか、目の前の相手が誰なのか……。

何も分かっていない顔だ。

 

カブロとバクドウは、そろって首を傾げた。

 

セイヤは叫んだ。

 

「た、助けて!! ここから下ろして!!」

 

二人は見上げる。

視線の先のセイヤはツルに掴まれたまま。

ずっと空中でもがいていたのだ。

 

「あーららー。なんか大変そうだなぁ。下ろしてあげたら?」

「……そうだな。……そうしよう」

「ぼかぁ、なんでネバネバにされてるんだ?」

「それはわたしのネバネバ……お湯……掛けたら、溶ける」

「おまえのネバネバか」

 

ようやくセイヤは地上へ降ろされた。

胸には空になった瓶が抱え込まれている。ラベルには「扇毛糖皮(せんもうとうひ)」と書かれていた。

果物の皮を乾燥させた香辛料だ。

瓶の口からは、まだわずかに甘い匂いが漂っている。

 

心臓はまだどくどくとうるさい。

それでもセイヤは、どうにか笑顔を貼り付けた。

カブロがその顔を覗き込む。

 

「君、可愛いねえ。名前は?」

「俺は、俺は、セイヤだよ」

「ああ、男の子か」

 

初めて万香堂(ばんこうどう)で会ったときと同じやりとりに、セイヤは苦笑する。

 

「わたしは……誰だ……?」

「君はバクドウ。えーっと、たしか千血盤(せんけつばん)に帰るとか言ってたなっ」

 

喉が緊張で締めつけられる。

それでも、できるだけ明るい声で言った。

 

バクドウはしばらくきょとんとしていたが、やがて納得したようにツルをすべて引っ込め、そのまま地面へ沈んで消えた。

 

妖怪の気配が完全に消え、畑にはカブロとセイヤだけが残る。

張りつめていた緊張が一気にほどけ、セイヤはその場に崩れ落ちた。

カブロはそんなセイヤをじっと見つめ、不思議そうに呟く。

 

「ところで……ぼかぁ、誰だ?」

「カ、カブロでしょう!! この、ポンコツ!!」

 

妖怪が消えた安堵と気の緩みで、セイヤは半ば泣きそうな声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

しばらく、ポンコツになったカブロと間の抜けた会話を続けていたが、やがて甘い匂いは薄れ、カブロもようやく正気に戻った。

樹液はお湯を掛ければ溶け、カブロは少し火傷しただけで済んだ。

 

「それにしても、よくやったな〜。セイヤくん」

「もう駄目かと思った……な、なんだったの?」

 

バクドウ――黒影衆(こくえいしゅう)の一人。

そして、彼が口にしていた「トウロ」こそ、黒影衆(こくえいしゅう)の頭領だ。

 

「トウロに言われて来たって言ってたから、もうここもダメだねぇ」

「……え?」

「バクドウもそのうち正気に戻る。またここへ戻ってくるかもしれない。黒影衆(こくえいしゅう)はこの場所ごと、根こそぎ奪うつもりだ」

 

風が吹いた。

葵星草(きせいそう)がふわふわとやさしく揺れている。

 

「ね、根こそぎ?」

「そうさ。献上なんて考え、あいつらには通じない。とんだ甘ちゃんだね、セイヤくんは」

 

セイヤは葵星草(きせいそう)畑を見渡した。今にも奪われかけていたことなど何も知らない、無垢な花だ。祖父と共に葵星草(きせいそう)を大事に育て、摘みに来た日々を思い出す。

 

「い、嫌だよ。じいちゃんも奪われて、そのうえ大切な香辛料の材料まで奪われたくない!」

「だよねぇ。さあ、どうする?」

 

葵星草(きせいそう)畑は広い。

今すぐどこかへ移すことも、完全に隠すこともできない。

何も思い浮かばない。

 

「……どうしよう」

「一つ案がある」

 

カブロは腕を組み、にやりと笑った。

 

 

 

 

 

「こ、これでいいの?」

 

セイヤは葵星草(きせいそう)畑の周囲に、「扇毛糖皮(せんもうとうひ)」を撒いた。

祖父が作った大切な香辛料。

土に直接撒くことには抵抗があったが、いまはカブロの言うとおりにするしかない。

 

撒かれた香辛料の上をカブロが撫でるように歩くと、粉はふわりと浮き上がり、畑を覆うようにドーム状に広がっていった。

 

「わぁ……」

「言ったでしょう。物を浮かせるなんて朝飯前だって。ぼくの妖力が尽きるまでは維持できる。この中に入った妖怪は、みーんなポンコツになるはずさ」

 

さっきのぼくみたいにね、とカブロは肩を竦めて笑った。

 

葵星草(きせいそう)畑が誰にも荒らされませんように。

 

セイヤが両手を組み強く願ってると、横からカブロの気の抜けた大あくびが聞こえた。

呑気なものだ。

 

(カブロの妖力が尽きないように……星火散(せいかさん)、定期的に吸わせなきゃ)

 

「さあ、行こう。千血盤(せんけつばん)へ」

 

そう言って歩き出すカブロの背を、セイヤは慌てて追いかけた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。