SF仙女武侠伝 無自覚TSサイボーグ、江湖武林を逝く!   作:モリーマ

13 / 13

おかげさまで、本作の総合評価が2,000ptを超え、評価してくださった方も85人に達しました。
多くの方に読んでいただき、評価までいただけたことを大変嬉しく思っています。
いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。
今後とも『SF仙女武侠伝』をよろしくお願いいたします。


第十三話 仙女、瑞国への道をゆく

 

 梁都・錦城を発ってから、すでに半日ほどが過ぎていた。

 城壁の外へ続いていた太い街道は、都から離れるにつれて少しずつ細くなり、行き交う荷馬車や商人の姿もまばらになっている。

 

 瑞国へ向かう一行は、大きくはない。先頭と後方に数騎の護衛を置き、その間を一台の馬車が進んでいる。

 

 梁国が瑞国へ援軍を送ることは、すでに決まった。

 

 だが、国を動かすとなれば話は別である。兵を集め、部隊を編成し、武具を整え、糧秣を用意し、進軍路を確認する。さらに自国の防備を空にしないため、残す兵と送り出す兵を分けなければならない。

 

 梁公は出兵を決断した。しかし、決断したその日に数千の兵が城門から整然と歩き出せるわけではない。

 

 一方の瑞国には、援軍が来るという事実そのものを一刻も早く知らせる必要があった。朔軍に押され続ける中で、援軍が本当に来るのか、それとも自分たちは見捨てられたのか。その違いは、兵の士気にも、国主の判断にも関わる。

 

 そこで蘇凌華(そ・りょうか)は、梁公から瑞公宛ての正式な書状を預かり、護衛たちとともに先行して瑞国へ戻ることになった。

 

 そして、その馬車の向かい側には、もう一人。

 李景承(り・けいしょう)が座っていた。

 もっとも、その姿だけを見て、数日前まで瑞国軍の雑兵だったと見抜ける者は、まずいないだろう。

 

 梁公から餞別として贈られた衣は、白を基調に淡い青を重ねた上質なものだった。余計な刺繍や金糸は少なく、華美というほどではない。それでも布地は柔らかく、袖や裾が動くたびに青銀の陰影を返す。

 

 白磁のような肌には腰近くまで伸びた黒髪が映え、光の加減によって青や金の色を浮かべる瞳と、額の中央に輝く宝珠が、ただでさえ人目を引く容姿へいっそう神秘的な印象を加えていた。

 

 粗末な雑兵服の頃でも十分に異様な美貌ではあったが、衣服まで整ってしまえば、もはや旅の武人というより、山奥からふらりと現れた仙女と呼ぶ方がよほど自然だった。

 

 景承は窓の外を眺めながら、何でもない顔をしていた。

 

 ――どうじゃ。

 

《質問内容を特定してください》

 

 ――見れば分かるであろう。

 

《衣服の状態に異常は確認されません》

 

 ――そういうことではない。

 

《では、質問内容を特定してください》

 

 景承は内心だけで小さく舌打ちした。

 

 ――吾の姿じゃ。随分と仙女らしくなったとは思わぬか。

 

《外見評価の基準が不明確です》

 

 ――おぬし、本当にそういうところじゃぞ。

 

 昨日までの雑兵服とはまるで違う。鏡で見た時には、景承自身でさえ一瞬、誰だこれはと思ったほどだった。

 

 もちろん顔も身体も以前から同じなのだが、衣服というものは恐ろしい。白と淡青の衣をまとって髪を整えただけで、自分がずっと頭の中で想像してきた「仙女」に、ずいぶん近づいたように見える。

 

 それを本人が口に出して褒めるわけにはいかない。だから叡艾(えいあい)に言わせようとしたのだが、どうやら期待した言葉は返ってきそうになかった。

 

「景承殿」

「む?」

 

 向かいに座っていた凌華がこちらを見ていた。

 目が合うと、凌華は少し迷ったように視線を下げ、それからもう一度景承を見る。

 

「そのお召し物、本当によくお似合いです」

 

 景承の胸の内で何かが大きく跳ねた。

 

 ――聞いたか。

 

《音声入力は正常です》

 

 ――そういう意味ではない!

 

 もちろん外には出さない。

 景承は袖の端を軽く整え、何でもないことのように頷いた。

 

「梁公から賜ったものじゃ。吾には少々立派すぎる気もするがの」

「そんなことありません」

 

 凌華はすぐに否定した。

 

「最初にお会いした時も、その……とても目立つ方だとは思いましたけど」

「目立つ?」

「あっ、悪い意味ではありません」

 

 慌てて手を振る。

 

「あの時は、兵の服を着ていらしたでしょう? それなのに顔立ちも雰囲気も全然合っていなくて、かえって目立っていたというか……」

 

「ほう」

 

 景承は顎に手を添えた。

 

 ――つまり、あの時から仙女の風格は隠し切れておらなんだということか。

 

《その解釈を支持する十分な根拠はありません》

 

 ――黙っておれ。

 

 凌華はそんな内心のやり取りなど知るはずもなく、景承の衣を改めて眺めた。

 

「今は、ずっと自然です。こういうお姿の方だったんだなって」

 

 今度こそ景承は満足した。

 

「人を衣服で判断するものではないぞ、凌華殿」

「はい」

「されど、まあ……梁公の心遣いを無下にするわけにもいかぬからの」

「はい」

 

 凌華の口元が少しだけ緩んだ。

 明らかに笑いを堪えている。

 景承はそれに気づいた。

 

「何じゃ」

「いえ」

「何か言いたそうではないか」

「本当に、その服がお気に入りなんですね」

 

「なっ――」

 

 一瞬だけ声が裏返りかけた。

 景承は咳払いを一つして、すぐに表情を整える。

 

「……気に入っておらぬとは申しておらぬ」

「そうですね」

 

 凌華が今度ははっきり笑った。

 それを見て、景承もそれ以上は追及しなかった。

 

 梁国へ着いたばかりの頃、凌華はもっと張り詰めていた。母から託された書状の本当の意味を知り、援軍が得られるかどうかも分からず、自分だけ安全な場所へ残されるかもしれないと知った時には、その顔から余裕らしい余裕が消えていた。

 

 今は違う。梁国軍はまだ動いておらず、瑞国の戦況が好転したわけでもないが、それでも援軍派遣という確かな約束を得て帰ることができる。

 

 その違いが、凌華の顔にも表れているのだろう。

 

 馬車が小さく揺れ、景承は窓の外へ視線を戻した。

 街道の左右には畑が広がっている。収穫を終えた区画もあれば、まだ農夫たちが働いている場所もあり、遠くでは低い丘の向こうへ街道が延びていた。

 

 梁国は豊かだ。

 

 錦城へ入った時から分かっていたことだが、都の外へ出ると余計に実感する。道はよく整えられ、荷車が通るだけの幅もあり、ところどころには宿や茶店が見える。荷を運ぶ商人の姿もまだ多い。

 

 これが瑞国へ近づけば、少しずつ変わっていくはずだった。

 

「凌華殿」

「はい?」

「瑞へ戻れば、まず安陽へ向かうのであろう?」

「はい。母上に梁公の書状をお渡ししなければなりません」

「そうであろうな」

 

 景承は頷いた。

 

「吾も瑞にはしばらく縁があったが、国の内情まで詳しいわけではなくての。安陽にも長く滞在したわけではない」

「そうだったんですか?」

「うむ。そもそも吾は、あちこちを転々としておったゆえな」

 

 完全な嘘ではない。むしろ、ほとんど本当だ。

 ただし、どのような立場で瑞国を転々としていたのかまで説明するつもりはなかった。

 

「安陽は、どのような都なのじゃ?」

 

 凌華の表情が変わった。

 

「錦城ほど大きくはありません」

 

 少し考えてから続ける。

 

「城壁も市場もありますし、人も多いですけど……梁都と比べると、ずっと小さいです。商人の数も少ないですし、珍しい物もそんなにはありません」

「ずいぶん控えめに申すのう」

「本当のことですから」

 

 凌華は少しだけ頬を膨らませた。

 

「でも、私は好きです」

 

 即座に付け加える。

 

「ほう」

「大きな市場は一つですけど、朝になると近くの村から農家の人が野菜や果物を持ってきます。城門の近くには旅人向けの宿が集まっていて、南側には職人の店が多くて……」

 

 言葉が次々と出てくる。

 景承は黙って聞いた。

 

「春になると、城外の川沿いに花が咲くんです。別に珍しい花じゃありません。でも、暖かくなってくると皆が見に行って……私も小さい頃、よく母上に連れていってもらいました」

 

「瑞公が?」

 

「はい。昔は、今よりもう少し外へ出る時間があったんです」

 

 凌華は懐かしそうに目を細めた。

 

「国主としての母上しか知らない人には、少し意外かもしれませんね」

 

「そうか。凌華殿にも、そういう思い出があるのじゃな」

 

「はい」

 

 景承が知る蘇瑾寧(そ・きんねい)は、凌華や梁国の者たちから聞いた話の中の人物でしかない。

 

 静かで理性的で、国のためなら自分自身を危険な場所へ残すことさえ厭わない国主。だが、今凌華が語っているのは、その人物がまだ幼い娘の手を引き、城外まで花を見に出かけていた頃の話だった。

 

 凌華は窓の外を眺める。

 

「私が小さかった頃は、まだ今ほど朔との関係も悪くありませんでしたから」

「長風原では昔から争いがあったと聞くが」

「ありました。ただ、今みたいな戦争じゃありません」

 

 凌華の声から、少しずつ笑みが消える。

 

「境界が曖昧な場所で村同士が揉めたり、兵が睨み合ったり、小さな衝突が起きたり……。でも、国中の兵を集めて戦うようなものではありませんでした」

「それが、今ではこの有様か」

 

 凌華は小さく頷いた。

 馬車の車輪が土を踏む音が続く中、膝の上で組んでいた手を組み直す。

 

「長風原は、ただの広い野原じゃないんです」

「街道が通っておるのであろう?」

 

「それもあります。安陽から東へ向かう大きな道の多くが、あの辺りを通っています。川を渡れる場所も限られていますし、周りには畑もあります。瑞の東側へ兵や物を運ぶなら、どうしても長風原を通ることが多くなるんです」

 

「なるほど。道と渡しを押さえられれば、兵も糧も動かしにくくなるというわけか」

「はい。だから長風原を失えば、そこだけを取られて終わりではありません。朔軍があそこを自分たちの足場にできるようになれば、その先へ進むのもずっと容易になります」

 

「そうなれば、安陽への圧も増す、か」

 

 凌華は頷いた。

 景承にも、それはよく分かった。

 

 雑兵だった頃、何度となく荷を担ぎ、荷車の後ろについて歩かされた道がある。何のために運んでいるのかまで深く考えたことなどなかったが、あの荷も、あの糧秣も、結局は前線を支えるためのものだったのだろう。

 

 今日の飯はあるか。

 次はどこへ運ばされるのか。

 自分の隊が前へ出されないか。

 敵が来た時に逃げられるか。

 

 当時の景承が考えていたのは、その程度だった。

 国全体の事情など、雑兵一人が気にしたところでどうしようもない。

 だが凌華は、同じ戦争をまったく違う場所から見ていた。

 

 もっとも、そのことを今ここで口にするつもりはない。仙丹を得て山から下りてきた謎めいた仙女が、少し前まで瑞国軍で荷を担いでいたなど、あまりにも格好がつかなかった。

 

 話はそのまま瑞国の現状へ移っていった。

 

「瑞は大きな国ではないからのう」

「はい。兵も、食糧も、お金も、朔より少ないです」

 

 凌華は指を折るように一つずつ挙げていく。

 

「最初は、長くは続かないと思っていた人も多かったんです。小競り合いが少し大きくなった程度で、どちらかが引くだろうって」

「しかし、引かなかった」

 

 凌華は唇を結んで頷いた。

 

「朔は兵を増やしました。こちらも増やさなければならなくなって……。戦えば戦うほど人も物も減るのに、やめれば土地を取られる」

 

 景承は黙って聞いていた。

 

「母上は、ずっと戦を終わらせようとしていました」

「そうなのか?」

「戦うのが好きな人ではありません」

 

 少し強い口調だった。

 

「兵が死ぬのも、村から人がいなくなるのも、税を増やさなきゃいけなくなるのも……全部嫌っていました」

「しかし、戦わぬわけにもいかぬ」

 

 凌華は膝の上の手を握り、頷いた。

 

「だから、自分が残ればいいと思っているんです」

 

 景承は横目で見る。

 

「書状のことか」

「……はい」

 

 声が少しだけ低くなった。

 

「私を梁国へ送って、援軍を頼ませて。その上、もし瑞が駄目なら私だけ梁に残してもらおうとして」

 

 凌華は一度息を吐いた。

 

「母上は、昔からそうなんです」

「そうとは?」

「自分が我慢すればいいって考えるんです」

 

 言葉が少し速くなった。

 

「私が小さい頃だって、忙しいのに無理して時間を作って、疲れているのに平気な顔をして……。今だってそうです。国主なんだから自分が最後まで残るのは当然だって、きっと思ってる」

 

 景承は何となく想像した。

 静かな顔で娘を梁へ送り出し、自分は国に残る女国主。確かに英雄譚に出てきそうな人物ではあるが、娘からすればたまったものではないのだろう。

 

「母上は、私が何も分かっていないと思っているんです」

「そうなのか?」

「そうです」

 

 即答した。

 

「私はもう子供じゃありません」

 

 景承は凌華の顔を見る。

 

「十八であったか」

「もうすぐ十九です」

「十分若いではないか」

「景承殿に言われたくありません」

 

 景承は固まった。

 

「……吾に?」

「だって、どう見ても私と同じくらいでしょう」

 

 景承は視線を逸らした。

 

 ――叡艾。

 

《はい》

 

 ――こういう時、何と返すのがよい。

 

《事実を回答する場合、実年齢を申告してください》

 

 ――それだけは嫌じゃ。

 

 景承の実年齢は三十八である。

 しかも元男だ。

 ここで律儀に説明したところで、話がややこしくなるだけだ。

 

「見た目と年齢は必ずしも一致せぬものじゃ」

 

 仙女らしく答える。

 

「やっぱり年上なんですか?」

「さてのう」

「ずるいです」

 

 凌華が笑い、景承も少し口元を緩めた。そのまましばらく、馬車の中に穏やかな空気が流れる。

 やがて景承は、ふと思った。

 

「凌華殿は、瑞が好きなのじゃな」

「え?」

「話を聞いておれば分かる」

 

 凌華は一瞬黙った。

 それから、当たり前のことを問われたように答える。

 

「好きです」

 

 迷いはなかった。

 

「小さな国ですし、梁みたいに豊かでもありません。冬は寒いですし、場所によっては畑もあまり豊かじゃないし、朔と揉める前から困っていることだってたくさんありました」

「随分と悪いところを並べるのう」

「でも、私の国です」

 

 凌華は窓の外へ目を向けた。

 

「安陽の市場も、城壁も、川も、城外の村も知っています。そこで暮らしている人たちも、全部知っているわけじゃないけど……それでも、私が育った場所なんです」

 

 景承はその横顔を見た。

 

「だから、母上だけ残して逃げるなんて嫌なんです」

「なるほどのう」

「景承殿は?」

「吾?」

「瑞国のこと、嫌いですか?」

 

 思いがけない問いだった。

 景承はすぐには答えなかった。

 

 嫌いか。

 

 思い返せば、あまり良い記憶ばかりではない。

 瑞国軍に入ったのも、理想を抱いて志願したからではない。食い詰めて、ほかに行く場所がなかっただけだ。

 

 雑兵として荷を運び、陣地を作り、上から怒鳴られ、敵が来れば震えた。

 最後には戦場から逃げた。

 

 そんな場所を、好きかと聞かれる。

 

「……嫌いではない」

 

 景承はそう答えた。

 自分でも少し意外だった。

 

「良い思い出ばかりではないがの。されど、全く知らぬ土地でもない」

 

 凌華は黙って聞いている。

 

「以前、瑞には少々縁があるとおっしゃっていましたね」

「うむ」

「どんなご縁だったのか、少し気になります」

 

 景承は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 雑兵であった。

 

 そう答えるだけなら簡単である。

 だが、白と淡青の衣をまとい、仙女然として座っている今の自分から、荷を担いで怒鳴られていた頃の姿へ話を繋げるのは、どうにも気が進まない。

 

「まあ、人には色々とあるものじゃ」

「また、それですか」

「む?」

「景承殿、答えたくないことを聞くと、だいたいそうやって誤魔化します」

 

 景承は思わず凌華を見た。

 いつの間にそんなことを覚えたのだ。

 凌華は少し笑ってから、首を横へ振った。

 

「でも、いいです」

「よいのか?」

「はい。聞かれたくないことを、無理に聞くつもりはありません」

 

 その答えが少し意外だった。

 少女はもう窓の外へ視線を戻している。

 

 これまでの凌華は、助けた相手であり、瑞公の娘であり、梁国へ送り届けるべき密使だった。だが、こうして向かい合って話していると、それだけではなくなりつつある気がする。

 

 ――存外、気の利く娘ではないか。

 

《評価を記録しました》

 

 ――いちいち記録せんでよい。

 

 やがて凌華が、もう一度こちらを向いた。

 

「それでも、景承殿は戻ってくださるんですよね」

「何じゃ、藪から棒に」

「だって、良い思い出ばかりではないんでしょう?」

「まあ、そうじゃな」

 

「それでも瑞へ戻って、力を貸してくださる」

 

 景承はしばらく黙った後、肩をすくめた。

「今さら途中で投げ出すのも、寝覚めが悪いからの」

「それだけですか?」

「さてのう」

「また誤魔化しました」

 

 今度は景承も笑った。

 

「細かいことを気にする娘じゃ」

「気になりますよ」

 

 凌華も笑う。

 少し前までなら、こんな軽口を交わすことはなかった。景承はその変化を、さほど悪いものとは思わなかった。

 

 馬車がまた揺れ、景承が窓の外へ目を向けると、先ほどまで広がっていた畑は少しずつ姿を消し、代わりに低い丘と雑木林が増えていた。街道も次第に狭まり、行き交う商人の姿も明らかに減っている。

 

 すれ違う荷車の中には、梁国側へ向かって家財らしき物を積んだものもあり、その横を疲れた顔の家族が歩いていた。

 

 景承は目で追った。

 

「避難民か?」

 

 凌華も窓の外を見る。

 

「たぶん」

 

 声が硬くなる。

 

「瑞から?」

 

「国境に近い村からなら、ありえます」

 

 しばらく二人とも何も言わなかった。

 先ほどまで話していた安陽の市場や、川沿いに咲く花。そうしたものと同じ国から、人が家財を抱えて逃げてきている。

 

 馬車の中の空気が変わり、凌華が背筋を伸ばした。景承が横目で見れば、先ほどまで笑っていた少女の顔から柔らかさが消え、少しずつ国主家の娘の顔へ戻っていく。

 

「もう近いのかの」

「はい。このまま進めば、今日中には瑞国領に入れるはずです」

 

「そうか」

 

 景承も窓から先を見る。

 街道の向こうに、薄く山並みが見えていた。

 

 瑞国。

 

 少し前まで、自分が雑兵として暮らしていた国。

 そして最後には、戦場が怖くなって逃げ出した国。

 

 そこへ今度は、白と淡青の衣をまとい、額に宝珠を輝かせ、瑞公の娘と同じ馬車に乗って戻ろうとしている。しかも後からは、梁国軍までやって来る。

 

 景承は自分の袖へ目を落とした。

 数日前の自分が今の姿を見たなら、何と言うだろう。

 

 おそらく、まず信じない。

 

 いや。

 

 むしろ――

 

 ――やはり吾には、こうなる運命があったのじゃ。

 

《根拠を確認できません》

 

 ――おぬしは本当に、少しは空気を読めぬのか。

 

《質問の意味を特定できません》

 

 景承は小さく息を吐いた。

 隣では凌華が遠くの山並みをじっと見つめている。その横顔には、母への心配も、国の戦況への不安も残っている。それでも彼女は帰ろうとしていた。

 

 景承も同じ方向を見る。

 かつて雑兵として逃げた国へ、今度は救援が来るという報を携えて戻る。

 

 何とも妙な巡り合わせだったが、不思議と以前ほど、その道を嫌だとは思わなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

YouTubeでも朗読動画を公開中!▼YouTubeで「俺の異能が中華ゲーだった」と検索してみてください。▼ ブラック企業を辞めて十一ヶ月。実家で無職生活を送っていた34歳の森川直哉の前に、ある朝突然、ゲームのような画面が現れた。▼ その名も《因果集結クロニクル》。▼ キャラクターガチャ、武器ガチャ、レベル、スキル、限定バナーに天井――どう見ても現代の中華系…


総合評価:8445/評価:8.46/連載:75話/更新日時:2026年10月26日(月) 11:30 小説情報

転生したら聖園ミカだったけど、どう考えてもここはキヴォトスではない。(作者:Othuyeg)(原作:強殖装甲ガイバー)

どこをどう見てもキヴォトスではない場所に聖園ミカの姿で転生した元(・)一般人の話。▼※なんかしら反応があったら続く。▼※予想外に反応が多かったので連載に切り替えました。君らガイバー二次に飢えすぎだろ。▼※pixivにもマルチ投稿を始めました。(2026/07/26)


総合評価:3219/評価:8.51/連載:13話/更新日時:2026年09月20日(日) 17:15 小説情報

うわぁぁ!!! エルフだ!!??!(作者:葛城)(オリジナル:ファンタジー/日常)

例によって例のごとく、神様のミスで異世界TS転生しただけでなくエルフになった人の話▼なお、異世界ではエルフはお伽噺の住人扱いされるぐらいで、本当にエルフっていたんだって超驚かれる存在である▼※セルフレイティングは、いちおう念のため


総合評価:4461/評価:8.24/連載:14話/更新日時:2026年08月19日(水) 17:01 小説情報

TS少女は演じたい(作者:息抜き)(オリジナル:現代/日常)

男性として生きた朧げな前世の記憶を持つ女子高校生、白瀬真琴。▼友人に誘われた短編映像の撮影をきっかけに、彼女は二度の人生で初めて、自分の「才能」を認められる。▼芸能界への憧れはない。ただ、本当に自分に才能があるなら、確かめてみたかった。▼そんな気持ちから始まった体験レッスンは、やがて人気アイドルグループに加わるという、思いもよらない道につながっていく。▼話数…


総合評価:3869/評価:8.49/連載:46話/更新日時:2026年10月26日(月) 17:45 小説情報

理想のラスボス系うすほそになったので、完璧を求めて暗躍していたら悪が蹂躙されていた(作者:ほそラス)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ラスボス系ヒロインが好きなオタクが、ある時理想のラスボス系うすほそになった。▼ただ見た目は理想でも、中身はまだまだ完璧じゃないし、本人はアホだ。▼結果、ラスボスっぽい力を求めて彼女は暗躍することとなった。▼しかしその過程で、助けた少女に心酔されたり、裏側に潜む闇を無自覚に暴くから世界はさぁ大変。▼そして等の本人は、周囲を気にせず仲間にはポンコツを晒しながら、…


総合評価:3128/評価:8.79/連載:4話/更新日時:2026年10月10日(土) 00:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>