SF仙女武侠伝 無自覚TSサイボーグ、江湖武林を逝く! 作:モリーマ
瑞国の都、安陽に朝が訪れた。
城壁を越えて差し込む陽光が街路を照らし始める頃には、軍需物資を積んだ荷車が行き交い、武具を携えた兵士たちが慌ただしく走り回っていた。
長風原の戦況は依然として厳しく、朝が来たからといって、都の人々に安穏とした一日が訪れるわけではない。
そんな安陽の一角にある瑞公府で、
昨夜、
娘の
まして景承は瑞国の防衛にも協力を約束しており、今後の連絡や相談を考えても、瑞公府に滞在してもらう方が都合がよかった。
そうした瑾寧の厚意によって用意された客室は、景承がこれまで泊まってきた宿とは比較にならないほど立派なものだった。
磨き上げられた寝台には柔らかな寝具が整えられ、窓辺には繊細な彫刻を施した卓が置かれている。壁には山水画が飾られ、室内にはほのかに香の匂いが漂っていた。
李家を出奔して以来、粗末な寝床に身体を横たえる日々が続き、瑞軍の雑兵となってからは雨露を凌げれば十分という有様だった。それが今では、国主の府邸で賓客として遇されているのである。
しかも、瑞国を救うために招かれた仙女として。
――うむ。これぞ吾に相応しき待遇よ。
昨夜はそんなことを考えながら寝台へ横たわり、柔らかな寝具の誘惑に負けて、あっという間に眠りに落ちてしまった。
そして現在。
朝食を終えた景承は、窓辺で優雅に茶を飲んでいた。
梁公から贈られた白と淡青の衣は丁寧に整えられ、朝日を浴びれば、いかにも浮世離れした仙女の姿に見えることだろう。
――まこと、仙女たる者、朝のひとときも悠然としておらねばならぬ。
景承は茶の香りを楽しみながら、庭の木々を眺めた。
しかし、それを半刻ほど続けたところで、重大な問題に直面した。
――……暇じゃ。
蘇瑾寧は政務と軍務に追われ、趙雪衡も瑞軍の立て直しに奔走しているらしい。景承にもいずれ協力を求めることになるだろうが、今のところ具体的な指示は届いていなかった。
もちろん、瑞国を助けるという約束を忘れたわけではない。かつて雑兵として戦場に立った身であり、長風原で味方が苦戦していることも、決して他人事ではなかった。
とはいえ、勝手に戦場へ飛び出せば、かえって瑞軍の指揮官たちを困らせるだろう。だから今は待っているのだが、何しろ、することがない。
景承は頬杖をつきかけ、慌てて姿勢を正した。
――いかん。仙女がそのようにだらしなくしてはならぬ。
しかし、誰も見ていない客室で姿勢を正したところで、退屈が紛れるわけでもなかった。
何か仙女らしい暇つぶしはないものか。
そう考えるうちに、幼い頃から読み耽ってきた神魔小説や仙侠物語が思い浮かんだ。
物語の仙人たちは、雲に乗って諸国を巡り、風雨を操り、紙に描いた獣を走らせる。豆を撒くだけで軍勢を生み出す者までいた。
――そうじゃ。吾は仙女ではないか。仙女ならば、仙術の一つくらい使えてもよさそうなものじゃが……。
景承は考え込んだ。
これまで身につけた太和拳の諸功や医功は、いずれも常人には真似のできない力である。しかし、それらは武功であって、神魔小説に登場するような仙術とは趣が違う。
幸い、自分には頼りになる相棒がいる。
「のう、
《肯定。仙術に相当する現象の構築は可能です》
「……は?」
景承は茶盃を持ち上げかけた姿勢のまま、動きを止めた。
「ちょ、ちょっと待て。今のはどういう意味じゃ?」
《ご質問のとおりです。
「な、何じゃとぉ!?」
思わず立ち上がった拍子に椅子が滑り、卓上の茶盃がかたんと鳴った。景承は慌てて盃を押さえると、頭の中の叡艾へ詰め寄った。
「仙術が使えるじゃと!? そんな大事なこと、どうして今まで黙っておったのじゃ!」
《ご質問がありませんでしたので》
「……は?」
《仙術相当機能の構築について、具体的な要求を受けていません》
「いやいやいや! 吾は仙女じゃぞ!? 仙女といえば仙術であろうが! 普通は言われずとも教えるものではないのか!」
《これまでの行動履歴では、
「融通の利かぬ奴じゃのう!」
《ご指摘を記録しました》
「記録するでない!」
景承は頭を抱えた。
しかし、いつまでも文句を言っている場合ではない。使えるというのなら、使えばよいのだ。
「ふふふ……そうか、仙術か。ついに吾も真の仙女へと近づく時が来たというわけじゃな」
《補足。構築される現象は、記憶情報にある仙術と同一の原理に基づくものとは限りません》
「細かいことはよい。肝心なのは、仙術らしいことができるかどうかじゃ」
《肯定。機能要件が定義されれば、実現可能性を解析できます》
景承は満足げに頷いた。
せっかく新たな仙術を生み出すのなら、相応しい名前も必要だろう。
「決めたぞ。吾がこれより生み出す仙術の体系、その名も――
《
「うむ。実によい響きではないか」
天地の奥深き理を窮め、万象を自在に操る秘奥義。
名前を口にしただけで、そのような荘厳な術理が備わっている気がしてくる。
もっとも、肝心の術はまだ一つもない。
景承は腕を組み、最初に何を作るべきか考え始めた。
空を飛ぶのもよい。雷を操るのも素晴らしい。しかし、ふと思い出したのは、幼い頃に読んだ神魔小説の一場面だった。
仙人が紙を切り抜いて兵士を作り、豆を撒けば軍勢が生まれる。
そんな光景に憧れて少年時代には庭に小石を並べ、兵士に見立てて合戦遊びをしたものだった。
――おお、そうじゃ! あれがよい!
「叡艾よ。紙を兵士の形に切り抜き、本物の兵のように動かすことはできるか?」
《肯定。ただし、紙を利用する場合は立体構造と強度の確保に追加処理が必要です。土を素材とする方が効率的と判断します》
「土とな?」
《肯定。周囲の土を成形し、
景承は少し考え、頷いた。
土から人形を作り、それに命を吹き込むというのも、いかにも仙人らしい。
「よし、では土で作ろう。ただし普通の兵士では芸がない。鬼の面をつけた勇壮なる兵士とするのじゃ! 槍や刀、それに兜も欲しいのう」
《了解。鬼面と小型兵装を含む外形を生成します》
景承の頭の中には、すでに鬼面の兵士たちが隊列を組んで進軍する光景が広がっていた。
もっとも、最初から大軍を作るつもりはない。まずは掌ほどの小兵士を作り、動かしてみたい。
――これは、たまらぬのう!
景承は早速、術を試すことにした。
ただし、国主の客室へ土を持ち込むわけにはいかない。使用人に頼んで、人目につきにくい中庭の一角を使わせてもらうことにした。
建物に囲まれたその場所には、植え込みの脇に土の露出した一画があり、庭石の周囲には細かな砂利が敷かれていた。
景承は衣の裾を整え、庭石の傍らに腰を下ろした。
「さて、叡艾。何から始めればよい?」
《土へ接触し、兵士の外形を指定してください。その後、内力を供給していただきます》
景承は右手を伸ばし、土へ指先を触れた。
丹田に意識を向けると、武仙功を使う時と同じように内力が身体を巡り始める。その流れを掌へ集め、大地へ送り込んだ。
《内力供給を確認。周辺素材の解析を開始します》
しばらくすると、指先の土が微かに震え、細かな粒が寄り集まり始めた。
土の盛り上がりから丸い頭が現れ、二本の角と恐ろしげな鬼面が形作られる。続いて首と胴、左右の腕、短い脚が生まれ、身体の表面には鎧のような細かな凹凸が刻まれていった。
頭には兜が載り、右手には細い土が引き伸ばされて槍となる。
やがて小兵士は、土から片足ずつ引き抜き、地面の上で槍を構えて直立した。
「お……おおお……!」
景承は目を輝かせた。
掌ほどの大きさしかないが、鬼面をつけ、鎧をまとい、槍を携えた立派な武人ではないか。
「叡艾! こやつ、動くのか!?」
《肯定。移動指示が可能です》
「では、前へ進め!」
命令を受けた小兵士は槍を傾け、片足を踏み出した。
とことこ、と。
短い脚を交互に動かしながら歩き始め、小さな足跡を土の上へ残していく。
「おおっ! 歩いたぞ! 歩きおった!」
景承は思わず両手を打ち合わせた。
しかし、兵士はそのまま庭石へ向かって進んでいく。
「ま、待て! 止まれ!」
小兵士がぴたりと止まった。
「右を向け! 左を向け! 槍を掲げよ!」
次々と命令を受けた兵士は律儀に向きを変え、最後には小さな槍を天へ向けて掲げてみせた。
「はははは! 素晴らしい! まことに素晴らしいぞ!」
神魔小説の中でしか見たことのなかった光景が、目の前で実現している。景承はしばらく小兵士を眺めた後、背筋を伸ばして宣言した。
「土より鬼面の兵を生み出し、吾が命に従わせる秘術……その名も、鬼人成兵術じゃ!」
《
太玄神功に属する、記念すべき第一の仙術。
名前も姿も、実に申し分ない。
「叡艾よ。こやつをもっと増やすことはできるか?」
《肯定。複数個体の生成と並列制御が可能です》
「ならば、遠慮は無用じゃ!」
景承が再び内力を送り込むと、土が幾つも盛り上がり、次々と鬼面の兵士が姿を現した。
槍を持つ者、刀を携える者、盾を構える者。兜や鬼面の形にも違いがあり、角の長い者もいれば、太い眉を吊り上げた者もいる。
兵士たちは景承の命令に従い、幾列もの隊伍を形作っていった。
やがて、その数は数十体に達した。
景承は地面に膝をつき、整然と並ぶ小さな軍勢を見つめた。
まるで本物の兵士をそのまま小さくしたような光景である。
――これは……夢ではなかろうな。
幼い頃の自分が見たら、驚きのあまり腰を抜かすに違いない。
景承が一体の兜を指先で軽くつつくと、小兵士は僅かに身体を揺らし、すぐに姿勢を正した。
「……たまらぬのう」
しかし、せっかく軍勢ができたのに、ただ並ばせておくのは惜しい。
兵がいるならば、戦をさせねばならぬ。
もちろん、本物の戦争ではない。仙女の優雅な暇つぶしとしての合戦である。
「叡艾よ。この兵たちを二つに分け、互いに戦わせることはできるか?」
《肯定。模擬戦闘として実行可能です》
「よし! では半分ずつに分けるのじゃ!」
鬼人兵たちが左右へ分かれ、庭石を挟んで向かい合った。
景承は両軍を見比べ、片方には角を二本、もう片方には一本つけるよう命じた。
「吾は二本角の軍勢を率いる。一本角の方は叡艾が指揮するのじゃ」
《了解。対抗側の行動制御を実行します》
庭石を山に、砂利の敷かれた場所を平原に、植え込みを森に見立てれば、小さな戦場の出来上がりである。
景承は地面に落ちていた細い枝を拾い、軍配代わりに掲げた。
「よいか、叡艾! 吾が名将の采配、とくと見せてくれよう!」
《模擬戦闘を開始します》
「うむ。では、進軍じゃ!」
二本角の兵士たちが、一斉に歩き始めた。
先頭には盾兵、その後ろには槍兵が並び、庭石へ向かって整然と進んでいく。
対する一本角の軍勢は、広い間隔を保ちながら庭石の脇へ回り込もうとしていた。
「ふふん。側面を突くつもりか。浅い、浅いぞ叡艾よ!」
景承は槍兵を横へ移動させ、敵の進路を塞いだ。
やがて両軍が衝突し、土の槍が盾を打つ小さな音が響き始めた。盾兵が押し込んだ隙間へ槍兵が踏み込み、刀を持つ兵士たちも入り乱れる。
「おおっ! よいぞ、よいぞ! そのまま押し込め!」
二本角の軍勢は、少しずつ敵を後退させていった。
しかし、景承が勝利を確信しかけた時、一本角の前列が左右へ割れ、その隙間から別の一隊が飛び出してきた。
兵士たちは庭石の陰を通って景承の槍兵の側面へ回り込み、短い刀を振り下ろしたのである。
「あっ! こ、こら! そこは駄目じゃ!」
景承が慌てて命令を出した時には、すでに数体の兵士が地面へ転がっていた。一体は肩口から崩れ、そのまま元の土へ戻ってしまう。
「な、何ということじゃ! 吾が精鋭が!」
《対抗側は、正面の兵力を後退させ、側面への攻撃経路を形成しました》
「分かっておる! 分かっておるが、そう易々と討たれては困るのじゃ!」
景承は手にした枝を握り直した。
相手が叡艾である以上、単純な突撃では勝てないらしい。
そこで庭石と植え込みの位置を見比べ、敵を狭い場所へ誘い込む策を思いついた。
正面の兵を後退させ、その間に別働隊を植え込みの陰へ回す。敵が追ってきたところを挟み撃ちにするのである。
――ふふふ。これぞ兵法というものよ!
景承は数体の槍兵を庭石の裏へ回し、植え込みの根元に隠した。
準備を整えると、軍配代わりの枝を振った。
「前列は少しずつ退くのじゃ! 隊列を崩してはならぬぞ!」
二本角の兵士たちが後退を始める。
一本角の軍勢は好機と見たのか、追撃してきた。
やがて敵の先頭が庭石と植え込みに挟まれた場所へ差しかかる。
「今じゃ! 伏兵、出でよ!」
葉陰に隠れていた兵士たちが飛び出し、横から槍を突き出した。同時に正面の二本角の軍勢も反転し、敵へ攻めかかる。
狭い場所に押し込まれた一本角の兵士たちは隊列を乱し、後続も進路を塞がれてしまった。
「かかった! かかったぞ! 見たか叡艾! これこそ吾が必勝の策じゃ!」
《対抗側の一部隊列が挟撃を受けています》
「うむ! さあ、降伏するなら今のうちじゃぞ!」
ところが、一本角の軍勢は降伏するどころか、伏兵がいる植え込み側へ一斉に突撃してきた。
狭い通路を抜けるため、包囲の薄い部分へ兵力を集中させたのである。
景承の伏兵は横へ長く展開していたため、一点へ押し寄せる敵を食い止められず、逆に押し返され始めた。
「な、何じゃと!?」
《対抗側は、包囲の完成前に局所突破を試みています》
「ええい、そういうことをするでない!」
《対抗側の行動制限は指定されていません》
「それはそうじゃが!」
景承は慌てて伏兵を下がらせ、正面の槍兵へ前進を命じた。しかし、庭石が邪魔になり、思うように兵を動かせない。
もはや仙女らしい優雅な姿勢など忘れ、地面へ膝をつき、細い枝を夢中で振り回していた。
「右じゃ、右! いや、そちらではない! ああっ、その兵は下がるのじゃ!」
《指示対象が不明瞭です。部隊を指定してください》
「ええい、二本角の、槍を持った、そこの三人じゃ!」
《対象を確認。命令を実行します》
小兵士たちが慌てて向きを変える間にも、敵の刀が盾を打ち、味方の一体が仰向けに転がった。
「おお、何をしておる! 立て、立つのじゃ!」
小兵士は短い手足をもぞもぞと動かし、どうにか起き上がると、慌てて盾を掲げた。
勇壮な鬼面に似合わぬ仕草が何とも愛嬌たっぷりで、景承は思わず吹き出してしまった。
しかし、笑ってばかりもいられない。
その後も両軍は攻め、退き、またぶつかり合った。景承の奇策が決まることもあれば、叡艾の冷静な対応によって、あっさり破られることもあった。
景承は一喜一憂しながら命令を飛ばし、やがて双方の兵士が相当に倒れたところで、ようやく手にした枝を下ろした。
「……ふう。なかなか手強いのう、叡艾よ」
《模擬戦闘の結果を集計しますか》
「いや、よい。勝敗だけが戦のすべてではないからのう」
《了解》
もっとも、そう言ったのは、自分の軍勢の方が多く倒れているように見えたからだった。わざわざ数えて敗北を確定させるなど、面白いはずがない。
――大切なのは、その過程で何を学んだかということじゃ。
実際、学んだことは多い。
兵士の手足を叡艾が動かしてくれるとしても、どこへ向かわせ、何をさせるかは自分で考えなければならない。個別に命令を出していたのでは敵の動きに追いつけず、部隊単位で指揮する必要があることも分かった。
景承は一体の鬼人兵を摘み上げ、掌へ載せた。
鬼面は勇ましく、鎧の細工も見事だったが、指先に伝わるのは土の硬さと重みだけである。
その感触に、ふと雑兵だった頃のことを思い出した。
あの時は敵の槍を受け止めることも、倒れる味方を助けることもできず、ただ自分が生き残るだけで精一杯だった。
しかし、この鬼人兵たちは倒れても血を流さず、痛みを訴えることもない。傷つけば崩れ、ただの土へ戻るだけである。
「……不思議なものじゃのう」
《何についてのご質問でしょうか》
「いや、何でもない。少し昔を思い出しただけじゃ」
景承は小兵士を地面へ戻した。
兵士は一歩踏み出し、再び槍を構えて直立する。
その律儀な姿を見ているうちに、景承の口元へ笑みが戻った。
今の自分には、以前とは違う力がある。その使い道はいずれ考えなければならないだろうが、今はもう少し、この小さな兵士たちと遊んでいたかった。
「叡艾よ。今度は騎兵も作れぬか?」
《小型の騎乗兵を生成することは可能です》
「おおっ! ならば馬も作れるのじゃな!」
《肯定。ただし、兵士と騎乗体の同時制御には、追加の処理量が必要です》
「構わぬ! 今度は騎馬隊を作るのじゃ!」
《補足。鬼人兵の生成と維持には、継続的なエネルギーと出力を必要とします。大規模に運用した場合、他の能力へ配分可能な出力が減少します》
「ふむ。つまり、大軍を作れば、その分だけ内力を使うということじゃな」
《概ね肯定》
景承は頷いた。
太和拳の武仙功にも内力が必要なのだから、仙術だけが何の代償もなく使えるはずもない。
もっとも、今は掌ほどの小兵士で遊んでいるだけである。
「その辺りは追々考えるとしよう。今は、もう少し遊びたいのじゃ」
《了解》
景承が土へ手を触れると、地面がもこもこと盛り上がり、小さな馬の頭が姿を現した。
耳が立ち、首が伸び、胴と四本の脚が作られていく。やがて小馬は地面の上へ立ち上がり、首を振って前脚で土を掻いた。
「おお……! なかなか愛嬌のある馬ではないか!」
続いて兜をかぶった小兵士が生まれ、小馬の背へ跨がった。少々不格好ではあったが、立派な騎兵の完成である。
「よし、走ってみよ!」
小馬は短い脚を素早く動かし、庭石の周囲を駆け始めた。騎兵は身体を上下に揺らしながらも、やがて姿勢を整え、槍を前へ突き出して戻ってきた。
「素晴らしい! これなら騎馬隊も作れそうじゃな!」
景承はさらに土へ内力を送り込み、何頭もの小馬と騎兵を生み出した。
庭石の脇には、長槍を携えた小さな騎馬隊が並んでいる。
「さあ、今度は騎馬隊の突撃じゃ!」
景承が枝を振ると、騎兵たちは一斉に走り出した。最初は足並みが乱れたものの、やがて速度が揃い、槍の穂先が同じ方向へ向けられる。
景承は歓声を上げ、叡艾へ対抗部隊の編成を命じた。
すると、反対側の土から長槍を携えた歩兵たちが現れ、互いの間隔を詰めて槍を斜め前方へ突き出した。
騎兵を迎え撃つ槍の壁である。
景承は眉をひそめた。
正面から突撃させれば、馬も兵士も無事では済むまい。
――ふむ。なかなか考えておるのう、叡艾め。
先ほどの模擬戦で、力押しばかりでは通用しないことは学んだ。ならば騎兵の速さを生かし、敵の弱いところを突くべきだろう。
景承は騎馬隊を二つに分け、一方を正面へ、もう一方を庭石の陰へ向かわせた。
正面の騎兵が敵の注意を引いている間に、別働隊を側面へ回すのである。
「ふふふ。今度こそ、そう簡単にはやられぬぞ」
枝を前方へ突き出すと、正面の騎兵がゆっくりと進み始めた。
対する槍兵たちは穂先を低く構えて待ち受けている。その間にも庭石の陰を回り込んだ騎兵たちは、次第に速度を上げていった。
景承は思わず身を乗り出した。
狙いどおり敵の側面を突けるか。それとも、また叡艾の策にしてやられるのか。
結果が気になり、もはや周囲のことなど目に入らなかった。
瑞公府の外では、相変わらず軍需物資を積んだ荷車が行き交い、兵士たちが忙しく動き回っている。
長風原の戦況は厳しく、瑞国の命運はなお予断を許さない。
しかし、瑞公府の奥まった中庭では、掌ほどの鬼面の兵士たちが土埃を上げながら走り回り、白と淡青の衣をまとった美しい少女が、軍配に見立てた小枝を楽しそうに振っていた。
額の宝珠が陽光を受けて輝いていることにも、衣の裾に土がついていることにも、本人はまるで気づいていない。
太玄神功。
鬼人成兵術。
自分が名付けた新たな仙術を思い浮かべるたび、景承の胸は高鳴った。
次はどのような術を生み出そうか。
雷を操るのもよいし、雲に乗って空を飛ぶのも捨てがたい。
いや、まずは鬼人兵に立派な軍旗を持たせるべきではなかろうか。
景承はそんなことを考えながら、再び小枝を振り上げた。
「進め、進め! 今度こそ吾が軍勢の勝利じゃ!」
その号令に応じ、小さな騎兵たちが一斉に速度を上げた。
槍兵の隊列が横へ向き直り、騎兵はさらにその外側へ回り込もうとする。景承は身を乗り出し、細い枝を握る指先に力を込めた。
そうして景承が時の経つのも忘れ、土の兵士たちの小さな合戦へ熱中している間にも、瑞公府の外では本物の兵士たちが、迫り来る戦いに備えていたのである。