SF仙女武侠伝 無自覚TSサイボーグ、江湖武林を逝く! 作:モリーマ
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仙女となった自分の力が、どれほどのものなのか。
そう口にして森を見回した李景承の目に、ほどなく一本の大木が留まった。
二人で両腕を回しても抱えきれそうにないほど太く、古びた樹皮には幾筋もの深い裂け目が走っている。天へ伸びた枝葉も周囲の木々より一段高く、試しに力を振るう相手として不足があるとは思えなかった。
「ふむ。あれがよかろう」
景承は大木の前まで歩き、その幹を軽く叩いてみた。
当然ながら硬い。長い年月を禁域の森で生きてきた木なのだから、普通の人間が素手でどうこうできる代物ではないが、今の景承にとっては、それこそが試し打ちの相手として都合がよかった。
「これほどの内力があるのじゃ。
そこまで言ってから、さすがに二本同時は無理かもしれないと思い直す。
「……一本くらいなら、どうにでもなるであろう」
《根拠が不明です》
「黙って見ておれ」
頭の中から即座に返ってきた声を退け、景承は大木から半歩ほど距離を取った。
用いるのは太和拳。
皇朝の領域なら、武術へ興味のない者ですら名前くらいは聞いたことがあるほど一般的な拳法である。病弱な者の養生にも使われ、武術を学び始めた子供へ教える入門の拳としても知られている一方、その理合そのものは決して浅くない。
足から生み出した力を腰へ通し、背から肩、肘、拳へと繋ぐ。呼吸を整え、余分な力を抜き、全身を一つにして打つ。
そして内功を修めた者なら、その身体操作へ内力を重ねることで勁とする。
景承はその理屈を知っていたが、実際にできたことは一度もない。つい先ほどまでの自分には、そもそも使うべき内力そのものがなかったのだから当然である。
だが、今は違う。
腹の奥へ意識を向けるだけで、身体の中へ大河を押し込まれたような、圧倒的な力の存在を感じ取ることができる。
ならば後は、その力を拳へ乗せればよい。
「まず足を定め……腰を回し……」
記憶にある型をなぞりながら、景承はゆっくりと姿勢を整えた。
体格が完全に変わったせいで多少の違和感はあるものの、太和拳の動き自体は忘れていない。右足へ重心を置き、肩から余計な力を抜いて息を吸うと、腹の底へ意識を集中する。
――内力を腕へ。
しかし、何も動かなかった。
眉を寄せ、今度はもう少し具体的に、丹田から肩へ、肩から肘へ、最後に拳へと流す様子を思い描いてみる。
やはり内力は動かない。
《警告。現時点では
「実際に打てば身体が覚えるやもしれぬ」
《非推奨》
「考えておるだけでは分からぬ」
景承は聞かなかった。
腰を回し、その動きに肩を乗せ、肘を伸ばす。
本人としては太和拳の発勁である。
その拳が、古木の幹へまともに叩き込まれた。
ごつん!
武仙の絶技とは到底思えない、あまりにも現実的な音がした。
「――いっ……!」
景承は拳を幹へつけた姿勢のまま、一瞬だけ固まった。
次の瞬間、整えていた表情が盛大に歪む。
「いっっったぁぁぁぁぁっ!?」
右拳を胸元へ抱え込み、身体を二つに折る。
殴った瞬間よりも一拍遅れて痛みが増し、指の付け根から手首まで、熱した針を何本も差し込まれたようにずきずきと脈打ち始めた。
「痛い痛い痛い! 何じゃこれは! 硬い! 硬すぎるであろう!」
涙の滲んだ目で睨みつけても、大木は当然ながら何の反応も返さない。拳を打ち込んだ箇所の樹皮がわずかに剥げただけで、亀裂が入るでも幹が揺れるでもなく、景承の右手だけがきちんと衝撃を受け止めていた。
《右手拳部に軽度の軟部組織損傷を確認》
「確認せんでも吾が一番よく分かっておるわ!」
《生命活動への影響はありません》
「痛いものは痛いのじゃ!」
拳を両手で包み、思わず息まで吹きかける。
しばらくして痛みが少し引いてくると、景承は乱れた呼吸を整えながら背筋を伸ばし、何事もなかったような顔を作ろうとした。
しかし右拳はまだ赤い。
目の前の木も、まったく倒れていない。
「……吾には内力があるのであろう?」
《肯定》
「ならば、なぜ発勁にならぬ」
《
「……何?」
景承は拳を押さえたまま眉を寄せた。
《現在、体内では
「もう少し分かるように言え」
《あなたには
分かりやすくされた途端、ひどく身も蓋もない話になった。
景承は大木を見て、それから自分の赤くなった拳へ視線を落とす。
「つまり吾は、莫大な内力を持っておるが、武仙功が使えぬということか」
《肯定》
「仙女になったというのに、木一本まともに殴れぬではないか」
《通常、人間は素手で大木を殴ることを目的とはしません》
「武仙なら殴れる」
《あなたは現時点で
「分かっておる!」
痛いところへ正確に事実を突きつけられ、景承は不機嫌に言い返した。
だがそこで、頭の中の声をいつまでも「おぬし」と呼び続けていることに、ふと気づく。
「そういえば、おぬし。いつまで『おぬし』と呼ばせるつもりじゃ。名はないのか」
《個体識別用の固有名称は設定されていません》
「名前がない?」
《肯定。機能分類は補助AIです》
景承は少し首を傾げた。
「またそれか。前にも『ほじょ、えいあい』とか申しておったな」
《肯定》
「ほじょ、というのは役目なのであろう?」
《おおむね肯定》
「ならば『えいあい』の方は、名として使えそうじゃな」
《AIは名称ではありません》
「今まではな」
景承はあっさりと言い切った。
自分の頭の中に宿り、天機を知り、内力のことまで理解している使令である。いつまでも名無しのままでは、いかにも締まらない。
しばらく「えいあい」という響きを口の中で転がし、どの字を当てるべきか考える。元は科挙を志した身だけあって、こういうことになると妙なところで拘りが出た。
「賢き使令なら、叡智の『叡』がよかろう。それに音を合わせて『艾』……うむ、悪くない」
《名称登録を実行しますか》
「せよ」
景承は、まるで重要な爵位でも授けるように胸を張った。
「今日からおぬしは、
《名称登録を確認。以後、個体識別名称として『叡艾』を使用します》
「どうじゃ。よい当て字であろう」
《評価基準がありません》
「少しくらい喜べ」
《要求内容を理解できません》
「……まあ、そのうち分かるであろう」
仙女には使令がつきものだ。
その使令へ自ら名まで与えたのだから、少なくとも先ほど大木を殴って痛がっていたときよりは、幾分それらしい状況になってきた。
景承はまだじんじんする拳を揉みながら、改めて大木へ向き直った。
「それで、叡艾。吾がこの内力を使う方法はあるのか」
《あります》
あまりにも即答だったので、景承は一瞬言葉を失った。
「……あるのか!?」
《肯定》
「ならば先ほど言え!」
《質問されていません》
「おぬし、その返し方はどうかと思うぞ」
《改善要求として受理しますか》
「今はよい」
景承は額を押さえた。
使令というものは、物語の中ほど気を利かせてくれるものではないらしい。
「どうすればよい」
《あなたの記憶情報を参照します》
一瞬、頭の奥に奇妙な感覚が走った。
痛くはない。ただ、自分が昔読んだ武術書や、若い頃に真似して覚えた型、武人から聞きかじった内功の話が、遠い場所で勝手に頁をめくられているような感覚があった。
《複数の武術体系を確認。その中では太和拳が最適です》
「太和拳が?」
《あなたが既に基本動作を記憶しており、重心移動、呼吸、身体連動、発勁の概念を理解しています。新規制御体系の基礎として適合します》
景承は目を瞬いた。
「待て。今、構築すると申したか?」
《はい》
「武仙功というものは、師から学び、年月をかけて修めるものではないのか」
《既存の
景承は黙った。
その意味を理解するまで、少し時間がかかった。
普通の武人は門派へ入り、師へ頭を下げ、何年も、時には何十年も鍛錬して武功を身につける。
だが自分には、その必要がない。
誰かの武仙功を教わるのではなく、自分の身体へ合わせたものを新しく作るのだ。
「……つまり、吾専用の武仙功を、今ここで編み出すということか」
《表現上は、おおむね正しいです》
「ほう……!」
先ほど木を殴って痛がっていたことが、景承の中で急速に小さな出来事へ変わっていった。
既存の流派へ入門するのではない。
自ら武功を創始する。
しかも仙女となったその日に。
こちらの方が、物語としてははるかに格好がよい。
「よし。やれ」
《まず、あなた自身に
「うむ」
《先ほどと同じく、太和拳の発勁姿勢を取ってください》
景承は少し嫌そうに大木を見た。
「また殴るのか?」
《まだ殴りません》
「ならばよい」
今度は先ほどより慎重に足を開き、太和拳の基本に従って膝をわずかに緩め、腰を落とした。肩の力を抜き、右手を自然に前へ置く。
《右足へ重心を六割》
「六割?」
《わずかに右へ》
「最初からそう言え」
体重を右へ移した途端、叡艾から修正が入る。
《行き過ぎです。左へ戻してください》
「……これくらいか」
《停止。適正です》
言われてみれば、足裏へかかる力が先ほどより自然に感じられた。
《呼吸を整えます。吸気》
景承は息を吸う。
《停止せず、そのまま呼気へ移行。腹部に存在する内力を認識してください》
意識を腹へ向ければ、すぐにあの大河のような存在感が返ってきた。
「感じておる」
《その力を直接動かそうとせず、右腕へ流れる状態を想像してください。実制御はこちらで行います》
「吾が動かすのではないのか?」
《初回は感覚取得を優先します》
「……まあよい」
景承は言われた通り、腹の底にある力が右腕へ向かって流れていく様子を思い浮かべた。
その意思を検出した瞬間、叡艾の内部では、景承の意識からは切り離された処理が始まった。
《
《丹田・命門・膻中・泥丸・印堂、出力位相同期》
《
景承には、腹の底へ溜まっていた内力が動き出したように感じられた。
実際には、丹田だけから力が湧き上がっているのではない。
丹田、命門、膻中、泥丸、印堂に存在する五つの中枢が一つの系として同調し、そこで生成された力を小周天に対応する体内経路へ流し込んでいる。
景承が「右腕へ流す」と思ったことを発動要求として捉え、叡艾は出力を調節しながら、身体の動きと内力の循環を同期させていった。
《右上肢への
《運動信号との同期を開始》
「――っ」
景承は目を見開いた。
動いた。
先ほどまで、どれほど意識しても微動だにしなかった力が、最初からそこに通り道が存在していたかのように滑らかに流れ始める。
腹の底から動いたように感じた力は小周天を巡り、背から肩、腕へと繋がっていく。熱くも冷たくもないのに、巨大な流れの一部が確かに自分の内側を移動していることだけは、疑いようがなかった。
「お……おお……!」
《肩の緊張を解除》
景承が言われるままに力を抜くと、流れがさらに滑らかになる。
《肘をわずかに下げてください》
「こうか」
《適正》
体の動きとともに内力は肘を越え、前腕から手首へ入り、最後には突き出した右拳へ集まった。
景承は思わず息を呑んだ。
「これが……発勁の内力運行……」
《現在の身体感覚を記憶してください》
「うむ」
腹に存在する力を認識し、その流れを想像し、呼吸を合わせ、肩を緩め、肘の位置を調整する。
確かに内力は動く。
確かに拳へ集まる。
だからこそ景承は、そこで別の問題へ気づいた。
「……待て。これを毎回やるのか?」
《現在の方式では、その必要があります》
景承は真顔になった。
「面倒じゃな」
《……》
「敵が斬りかかってきておる最中に、足へ何割だの、肩を緩めろだの、肘を下げろだの、いちいち考えておられるか。熟練の武人は、そんなものを一つ一つ考えてはおらぬであろう。身体が勝手に動くから達人なのじゃ」
景承としては半分ほど愚痴のつもりだった。
だが叡艾は、それを改善要求として受け取った。
《要求を確認。意識的制御負荷を軽減します》
「……できるのか?」
《可能です》
「ならば最初からそうせぬか」
《初回感覚情報が必要でした》
「そういうことは先に言え」
《説明要求を受理しました》
「今のは今後の話じゃ!」
景承が言い返している間にも、叡艾内部では次の処理が始まっていた。
先ほど景承が行った発勁動作と、その最中に生じた脳内信号、筋肉の収縮、関節の角度、視線、呼吸、重心移動が関連づけられていく。
《発勁意思に対応する神経活動パターンを確定》
《
《
景承には、それが何を意味しているのか分からない。ただ、自分の頭から身体の奥へかけて、何かが静かに繋ぎ直されているような妙な感覚だけがあった。
長年修行した武人なら、最初は一つ一つ意識していた動作も、何千、何万と繰り返すうちに、考えずとも実行できるようになる。
どこへ足を置き、いつ腰を回し、どの瞬間に息を吐くか。いつ内力を引き出し、どの経路へ流し、どこへ集中させるか。
達人が戦いの最中、それらすべてを言葉へ直しているわけではない。
敵を打つと決めた時点で、身体と内功は一つの反射に近い形で働く。
叡艾が行っているのは、本来なら長年の修行と実戦によって少しずつ形成されるはずの結びつきを、景承の脳と新しい身体の間へ人工的に作り上げることだった。
ただし、景承から判断まで奪うわけではない。
誰を攻撃するか。
いつ打つか。
どの技を使うか。
それを決めるのは、あくまで景承自身である。
叡艾が担うのは、景承の意図を検出した後、それを最適な身体動作と内力運行へ翻訳する部分だった。
《無意識下補助制御へ移行》
《
景承の額にある宝珠が、一度だけ淡く光った。
「……終わったのか?」
《肯定。以後、
「どの程度考えればよい」
《対象を定め、太和発勁を実行する意思を持ってください》
「それだけか?」
《それだけです》
景承は疑わしそうに自分の右手を見た。
最初に大木を殴ったせいで、拳はまだ少し赤く、じんじんと痛んでいる。その向こうには、こちらの事情など知ったことではないとでもいうように、同じ大木が変わらず立っていた。
「……本当に大丈夫であろうな」
《現在の
「先ほども止めてくれればよかったのではないか?」
《警告しました》
「……そうであったな」
今度ばかりは言い返せなかった。
景承は大木の前へ戻る。
距離は先ほどと同じだが、一度素手で殴った痛みを知ってしまった以上、今度はさすがに少しばかり慎重になった。
「太和発勁……」
小さく呟く。
重心を何割移すかは考えない。
呼吸も、肘の位置も、小周天のどこを内力が通るかも意識しない。
ただ目の前の大木へ、発勁を打つと決めた。
その瞬間、景承の意思を検出した叡艾の処理が、意識へ上るより先に開始された。
《
《
《小周天循環経路を最適化》
《右拳接触予測時点へ出力を同期》
右足が大地を捉え、膝と腰が一つの動きとして連動する。背から肩へ運動が伝わり、余分な緊張を残さないまま、肘から拳へ滑らかに力が繋がった。
同時に五つの中枢が同調し、必要量の内力が小周天へ送り出される。
景承は何も指示していない。
それなのに、身体と内力はまるで何十年も同じ技を繰り返してきたかのように、寸分の狂いもなく一つの動きへ収束していった。
そして拳が大木へ触れる寸前、叡艾はさらに出力を調整した。
《接触部位の許容負荷を確認》
《
《出力実行》
拳そのものの力で木を押し潰したのではない。
接触を起点として、集中した内力が幹の内部へ一気に作用した。
轟、と。
空気まで震わせる低い衝撃音が、森へ広がった。
「――っ!?」
景承が驚く間もなく、拳の触れた一点から幹の内部へ勁が走る。
樹皮の下で何かが弾け、太い幹へ縦横に亀裂が奔ったかと思うと、それが一瞬のうちに反対側まで貫いた。
次の瞬間、打点を中心とした幹の一部が内部から爆ぜる。
木片と樹皮が激しく飛び散り、支えを失った巨大な上半分が、凄まじい軋みを上げながら傾き始めた。
「……え」
枝葉が周囲の木々へぶつかりながら倒れ、轟音とともに大地を揺らした。驚いた鳥の群れが森の奥から一斉に飛び立ち、しばらく枝葉の砕ける音が周囲へ響き続ける。
静けさが戻ったとき、目の前には幹の中央部を粉砕され、無惨に倒れた大木が横たわっていた。
景承は拳を突き出した姿勢のまま、それを見つめていた。
やがて恐る恐る右手を引き、自分の拳を確かめる。
最初に木を殴った痛みは残っている。
だが、今の一撃によって新しく痛めた様子はない。
「……できた」
《
「できたぞ……!」
声が弾んだ。
景承は自分の拳を見つめ、それから粉砕された大木へ駆け寄った。
「今のを吾がやったのか!?」
《肯定》
「いや、待て。吾は何も考えておらなんだぞ。呼吸も、重心も、内力の流れも……ただ打とうと思っただけじゃ!」
《無意識下補助処理が正常に機能しています》
「無意識で?」
《肯定》
景承は、自分がこれまで読んできた武侠譚の達人たちを思い出した。
剣を抜こうと考えるより先に敵を斬る者。
意識することなく最適な歩法を踏む者。
内力の運行を呼吸と同じほど自然に行う老武人。
何十年もの修行と無数の実戦を重ね、技を身体そのものへ染み込ませた者だけが至る境地である。
「吾は……達人になったということか?」
《
叡艾の答えは、太和発勁についてのみ熟練者相当の制御が可能になったという、かなり限定されたものだった。
しかし景承の頭に残ったのは「熟練者相当」という部分だけだった。
熟練者。
すなわち達人である。
「……やはり仙女とは、こういうものなのじゃな……!」
《その解釈は――》
「よい。分かっておる」
何も分かっていないまま、景承は満足げに頷いた。
一度も武仙功を修めたことのなかった自分が、たった今、太い大木の幹を一撃で粉砕した。
しかも力任せではない。
自分でも驚くほど自然な動きで、内力の運行に至っては何一つ意識する必要がなかった。
景承にとって、その事実は先ほど木を殴って涙目になった失敗など容易に押し流してしまうほど大きかった。
「叡艾」
《はい》
「この調子なら、軽身功も硬気功も作れるのであろう?」
《理論上、
「ほう」
景承は粉砕された大木を見渡した。
先ほどまでとは、世界の見え方まで違う気がする。
これまでは書物の中で読むだけだった武仙の世界へ、ついに自分の足で踏み込んだ。
いや、普通の武仙よりも、さらに先から始めているのではないか。
何十年もの修行を必要とするはずの技を、叡艾さえいれば、たった一度感覚を確かめただけで身体へ馴染ませることができるのだ。
景承は拳を開き、もう一度握った。
意識を向ければ、体内にはなお途方もない内力が満ちている。今の発勁で使った力など、その全体から見ればほんの一部にしか感じられなかった。
「ふむ……では次は、軽身功と硬気功じゃな」
《推奨。各制御系は個別に検証してください》
「分かっておる。仙女たるもの、何事も慎重でなくてはな」
重々しくそう言ってから、景承はふと自分の右手を見た。
最初に大木を殴ったせいで、拳はまだ少し赤い。
景承はその手を何気ない仕草を装って背中へ隠すと、半ばから粉砕されて倒れた大木を見下ろし、まるで最初からすべて計算通りだったかのように静かに頷いた。
先ほど森中へ響く声で「痛い」と叫んでいたことについては、今後いっさい触れないことにした。