茶酉(さとり)くんはサトラない〜習得した異能である〈サトリ〉は、人間には効かずに精霊などの上位存在に効くようです。そんなのってアリですか!?〜 作:白千ロク(玄川ロク)
1話 〈精霊の郷〉住みのケット・シーと出会ったら(1)
「今日もクソみたいな〈異能〉はバグってたぞ」
返答のない言葉の後に、はーと溜め息を吐くのは何度目だろうか。毎日やっているから、三百六十五回以上だということは解る。
七歳から変わらない無反応な〈異能〉。バグるにしても長すぎるんだよなあ。オレこと
自室に行く前にキッチンでお茶を一杯飲む。下がった気分を落ち着かせるために。推しの配信を見ない限りは戻らないな。オレにはダンジョン配信なんて夢のまた夢だし。
探索者ギルドに登録して講習を受けさえすれば、初級ダンジョンの浅い層ならば誰でも入れるんだけども、浅い層には浅い層で魔物がいるからな。なにがあっても不思議ではないダンジョンだが、死んだら終わりなのよ。ダンジョン探索は男なら大体の人が憧れはするが、堅実に生きている者たちも多くいる。命は一つしかないからな。お高い回復薬なら欠損までは治せるようだし、蘇生魔術もあるにはあるらしいが、こちらは
攻撃系の〈異能〉持ちだったなら、嬉々としてダンジョンに潜ってるわ。オレのことだから調子に乗るまでもあるな。まあ、そもそもその前に、〈異能〉のバグをどうにかしないといけないんだよなー。どうにかする方法が解らないから悩むしかないんだけど。成人済みなのに〈異能〉の使い方が解らないとか、人生詰んでるだろ。ダンジョン探索の道は遠いぞー。
はーとふたたび溜め息を吐くと、外から「うにゃ!」「にゃー!」と声が聞こえてきた。焦っているようだが、猫が庭にでも入ってきたのか。様子を見ようとキッチンから続くリビングの窓を開けて辺りを見渡すと、庭の隅に小さな白い塊があった。
「むぁ〜! 取れないです〜!」
声から察するにきー! と悔しがっている様子だ。次いで小さな白い塊はジタバタ暴れだした。「なんで取れないですかぁぁぁぁ〜!」と。
「んむ……? あ、この家の人ですか〜?
なんだって?
様子を眺めていたオレに気がついた小さな白い塊改めケット・シーは、器用にとてとてと二本足で走り寄り、にゅっと前足を差し出した。確かに右前足の肉球には、太めの棘が刺さっている。深めに。
「ダンジョンで木の実を取ろうとしたら幹のささくれが刺さっちゃったです〜。白金は頑張って取ろうとしてるですが、取れないです〜。〈精霊の郷〉でも取れる人がいないので困ってるですよ〜。痛みはなくしたですけど、違和感がありまくりですからぁ、早く取ってほしいです〜」
みゃ〜と小さく鳴いてミミを垂らす姿は大変愛らしいが、ケット・シー含む精霊は街中にはいないのがこの世界の常識だ。地球側は元々魔素が極薄のようだったし、異世界側に寄っているのは当然だろう。精霊に会いたければダンジョンか、異世界産の森に行かねばならないのだ。それか精霊と契約している人に頼むかになる。
棘の話に戻るが、ケット・シーの前足では形状的に取ることは難しいかもしれない。見たまんま、猫の前足だからな。細かい作業には向いていないように思えてならないが、オレは猫でもケット・シーでもないので、実際どうなのかは知らないけども。
ちょっと待ってろと言いおいて一度リビングへと戻り、救急箱とティッシュを箱ごと一緒に持っていく。ちょこんと香箱座りだっけ? で待っていたケット・シーの前に座り直すが、救急箱を開ける前にティッシュを広げた。棘を置く場所は必要だろう。ようやっと救急箱を開け、中からチューブタイプの軟膏を出してティッシュの重しにする。
片手ではピンセットを取り出しつつも片手では右前足を優しく手に取り、棘をピンセットで挟んで取ってやった。引っかかりもなく取れたのはよかったよかった。見てみても返しはないようだし、やはり前足の形状的に取れなかっただけのようだ。
ティッシュの端に置いた棘ごと軽くティッシュを丸め、今度は消毒液を取り出す。人間用だけれどもこれしかないし、消毒しないとマズイだろう。あ、手を洗うのが先か。
「いまから手を洗えるか?」
「精霊魔術ですぐですよ〜」
小さな水の玉が生まれると、ケット・シーが両方の前足を入れた。ちゃんと洗えているのだから知性はあるようだ。そもそも言葉が通じているのだから、賢いんだろう。
「洗ったですよ〜」
「これは消毒液だから舐めちゃダメだぞ」
水の玉から前足を出したケット・シー。用が終わればすぐに跡形もなく消滅するのが魔術だが、便利だよな。
消毒液の小さなボトルをケット・シーに見せると、「にゃあ!」と鳴いた。ちょっと怒気を含ませて。
「白金はそこまで食い意地張ってないですぅ!」
「食い意地じゃなくて、舐めたら危ないってことだよ。動物用の消毒液じゃないから」
「白金は動物ではなくて精霊ですよぉ! 〈精霊の郷〉に住んでいる、清く正しいケット・シーなのですぅ! 間違えてはダメなのですぅ!」
ぷんすか怒るケット・シーはべしべし足を叩いてきた。痛くないけど。
「はー、その言葉だと清くもなく正しくないケット・シーもいるのか」
「ちょっと言ってみただけです〜。白金だって清くもなく正しくもないですから〜。でもでも、主様を守るためなら、世界を敵に回すですよ〜。ボッコボコのギッタンギッタンにしてやるです〜! あともぐのです! ついでに言うと、白金は通り名です〜。白い毛と〜、金色の瞳だからですね〜」
喋り方はおっとりであるのに、内容は擁護できない。なにをもぐ気なんだこの猫は!
怖い怖いと恐れつつ、消毒を終える。一応、軟膏も塗って包帯も巻いておくか。
ケット・シーの金色の瞳がじっと作業を眺めていた。満月みたいにまん丸で、宝石のように光り輝いている。
「はい、終わったぞ。包帯は念の為に巻いといた」
「ありがとうなのです〜。白金は良い人に出会えたですね〜」
ふにゃっと笑ったケット・シーは包帯を巻いた方の前足を足に載せた。今度はポフポフと叩いてくる。
「さっきから疑問だったんだけど、ケット・シーは日本語を話せるのか?」
「話せるわけがないです〜。白金たち精霊は精霊語で話しているですよ〜? 人族で言えば共通語です〜。精霊たちが他の種族の言葉を理解するのは、精霊が生まれる時に女神様が言語理解を与えてくれるからですよ〜。そういう理になっているのです〜」
「そうなのか。じゃあなんでオレはケット・シーの言葉が解るんだ?」
後にも先にも精霊魔術を使う予定もないので精霊語は習ってないし、解るわけがないんだよな。それなのに理解できているのが不思議でしかたがない。ケット・シーを手当てできたのは偶然なのか、それとも女神様のお導きなのか。オレはそこまで信仰心高くないんだけど……。
「それは――」
「それは?」
「教えてあげないのです〜! 白金の主でないのなら、教える理由はないですから〜」
「生殺しやめて!」
知っていて言わないのはモヤるぞ。ニヤニヤ笑うのも相乗効果があるし。
「そう言われても、主でないですから、しかたがないのです〜。それよりも、白金は疲れたから少し休むですよ〜。ダンジョンから転移で来たですが、ここに来るまでにたくさん転移したので疲れたのです〜」
「自由すぎるだろぉ……」
猫型精霊だから自由なのか? いやでも、ペットはだいたい自由に過ごしてないか?
自由奔放なケット・シーがなにも言わないだろうことを察したオレは諦めた。頭を抱えたくなったと言ってもいいか。契約していないんだから、なにをするにも無理なのだ。そもそも精霊と契約をする場合は人間有利ではなく、精霊が気に入った者と契約すると言われている。だから無理強いしてはいけない。
「白金を撫でるといいです〜。特別に許すのです〜」
「片付けてからだな」
あくびをした後に足に乗り上げてくるケット・シー。そのままちょいちょい片付けを進めていると、「んにゃ〜! いいあぐら座りしてるですね〜」と言われてしまう。
ケット・シーはあぐらの中へすっぽり収まっていたが、いいあぐら座りとはなんだ?