茶酉(さとり)くんはサトラない〜習得した異能である〈サトリ〉は、人間には効かずに精霊などの上位存在に効くようです。そんなのってアリですか!?〜 作:白千ロク(玄川ロク)
救急箱の上にティッシュ箱と丸めたティッシュを置いて端にやると、ケット・シーは顔を上げた。「早く撫でるのですよ〜」とドヤ顔をしながら。自前のふわふわふかふかの毛は、猫が苦手か嫌いな人以外は魅力的でしかなかった。棘を抜く時だって、毛の触り心地の良さに口元が緩みかけたぐらいだからな。
「じゃあ遠慮なく」
小さい――さすがに生まれたてではないが子猫ほどの大きさしかないから、手のひらではなく指先で耳の間を撫でてやる。すぐさまケット・シーは「みゃあ! テクニシャンです〜!」としっぽをゆっくり揺らした。テクニシャンかどうかは判断しづらいが、確か猫がしっぽをゆっくり揺らしているのはリラックスしている時だったっけ。怒ってはいないし、気持ちよさげに見えるからこれでいいんだろう。動物の猫と精霊であるケット・シーでは生態系が違うかもしれないけど。
「背中も撫でてほしいのです〜。白金はふわふわですからぁ、撫でると気持ちいいと思うですよ〜」
「自分からふわふわと言うんだなー」
「ふわふわなのは事実ですから〜。自慢の毛なのです〜」
ぺしぺし足を叩いて催促してくるんだから、自信満々なんだなあ。いやまあ、相応しいものをお持ちであるから、自信満々なのも解るけど。
「はいはい。背中な背中」
背中を撫でてやると、でろんと伸びた気がする。リラックスしすぎだろ。このケット・シーには野良根性はなさげだ。オレは野良猫も野良犬も見たことがないから、野良根性がどういうものかは謎であるが。
「そういえば〜、また名前を聞いてなかったですね〜」
「聞かれてなかったしな」
「白金が名乗った時に名乗るべきだったのです〜」
「棘を取らないといけなかっただろー?」
「そうですけどぉ〜」
うりうりと額を
取ってくれと頼んできたのはケット・シーの方なのだ。そもそも、すぐに棘を抜く作業に入ってしまったので、名乗る時間なんてなかっただろうに。
「知りたいなら教えてやるけど、オレの名前は茶酉まふるだ。かわいいって言うのは禁止だからな〜」
「まふるですかぁ〜。確かにまふるという顔をしてるのです〜。よく似合ってるですね〜」
「まふるが似合う顔って、どんな顔なんだよ」
「美人さんなのですよ〜」
「オレのコンプレックスを抉りに来るのやめてくれない!?」
「ふぇ? コンプレックスなんですか〜? 美しかわいい顔ですけどぉ〜」
陽気に返すケット・シーだが、オレの心は死にかけている。会う人会う人に美人と言われている上に、初対面であるケット・シーにも美人認定されてしまったからだ。くそっ、ケット・シーにも美人と称されるんだから、この中性的な姿はどうにもならないんだな!? 姉さんには『薄幸美人』と言われるし! 薄幸ってなんだよ! 幸はあるわ! ちょっと〈異能〉格差に翻弄されてるだけなんだよ!
そもそもっ! すごい〈異能〉が使えるからといって、ソイツがすごい人間だとは限らないだろうが! みんなそこを解ってなさげなんだよな! ――とは言っても、負け犬の遠吠えなんだけど。なぜかというと、下位の者がなにを言っても、上位に君臨する者に聞き届けることは難しいからな。クラスカースト上位にいる陽気な人間には話しかけづらいじゃん。底辺を舐めるなっての! 面倒事は避けるに限るんだよ。
現代日本が〈異能〉社会に進んだ時に頭が切れる奴はあくどいことを考えたようだが、女神様の恩恵に抜かりはなく、犯罪系に利用した奴の〈異能〉が使えなくなるのは確認済みだ。その後は自重一直線よ。だから荒れそうな世の中になりそうなところでも、まだまだ平穏な面もある。世紀末な世界がこなくて安心した者は多くいるであろう。格差社会がそのままなのはクソ仕様だけど。
「美人から脱したい……。そもそも姉さんたちのが美人だと思うんだけどなあ」
「白金は脱するのは無理だと思うのですよ〜。生まれ持ったものですから〜。あと美的感覚は、人族によって異なっているですね〜」
中性的な見た目をしていることは解っているが、美人と言われると否定したくなる。オレより美しい人はたくさんいるから。特にエルフはみんな神々しいし。神や女神、天使が地上に降りた姿だろ、あの美しさは。この世の者とは思えない造形美だ。そんなエルフが基準になっていると、オレのような美人なんてどこにだっているただの人だ。そうだよ。オレなんてただのモブにすぎない人間のうちのひとりなわけだ。姉さんたち家族もイケメン美人揃いだし、家族の中でオレだけが違う。発動皆無な〈異能〉で考えても、B級ホラー映画の最初に殺されるモブ役だろ。
「みゃぁ〜!? まふるぅ〜、わしゃわしゃはもうやめてほしいですぅ〜!」
「あ、悪い。つい」
どうやら無心でケット・シーの全身をわしゃわしゃ撫で回していたらしい。小さいから重さがない分、コロコロ動き回していたようだ。
起き上がらせつつも抱き上げた両手で毛を直し始めると、「うぅぅ〜、白金のふわふわが爆発しちゃったですよぉ〜!」と嘆きの猫パンチを喰らってしまう。何度も。見た目は寝起きのぼさぼさ髪だからな、ふわふわが自慢のケット・シーには許し難いものがありそうだ。
「悪かったって」
「白金のふわふわの感想を教えてほしいのです〜。そうしたら許さなくもないのですよ〜!」
さあ、言うのです〜! と片方の前足――包帯をしていない方――でぺちぺち手を叩いてくる。気になるのはそこなのか!?
「ふわふわはふわふわだなー」
「わたがし? わたあめ? と白金はどちらがふわふわですかぁ〜?」
「ライバル意識はいいけど、相手は食いものだぞ?」
「白金のふわふわは負けてないですよぉ〜! 白金のこのふわふわは〜! 最上のふわふわなのですぅ〜!」
胸を張りながら言うことではないと思うが……。それでも、かわいいので応えてやりたくなるのだから小動物系は強い。
「ふわふわ度はわたあめの方が上だけど、触り心地はケット・シーが一番だなー」
「んにゃ〜! ならならっ、白金の方が強いですね〜!」
オレの言葉に満足気な顔をするが、ふわふわ度は負けてるんだぞ? なにも強くないんだぞ?
「安心したですからぁ〜、今度こそ白金は寝るですね〜」
「はいはい。おやすみ」
自由だ。自由すぎる……!
ふたたび毛を整え直してあぐらの中に戻してやると、ケット・シーは自分で体勢をどうにかし始める。丸まったりへそ天したり、横になったり。しばらくベストポジションを探っていたようだったが、最初の姿勢へと原点回帰した。箱座りである。背中を腹に預けた格好になっているが、秒で寝たのは言ったとおりに疲れていたからだろうか。結局、何階層のダンジョンからやって来たのかは聞けていないわけだが、躯が小さい分疲れも溜まりやすいんだろう。
ケット・シーのお腹をぽんぽん撫でていて気づく。これ、動けなくないか――と。少しならいいが、長い時間だといろいろと問題が出てくるぞ。あ、でも、足が痺れてきたらソファーに寝かせればいいのか。運ぶにしても軽いしな。
〈異能〉に関しても、精霊には通用することが解ったのは大きい。ただこの〈異能〉、隠された心の内を知るというわけではないのか? なんだか普通に会話になってたぞ。純真無垢な精霊だからなのか、裏表のない人間にも同じようになるのかが解らないのが痛いな。確認のしようがないんだから。
――どうしてオレだけこうも制限されているんだろう。
「……考えても無駄か」
答えは『神のみぞ知る』だからな。小さな呟きに返るのは「んみゅみゅ」というケット・シーの寝言だった。初めて聞く寝言でしたわ。