河口湖。
現地警察との交渉を経て、駿平は正式に観光客失踪事件の捜査へ加わることになった。
捜査を担当する警察官の説明によれば、行方不明になった観光客はいまだ一人も発見されていない。
しかし、奇妙な変化も起きていた。ここ数日、毎日のように発生していた失踪事件が、次第に減少していたのである。さらに二日前からは、新たな失踪者がほとんど確認されていなかった。
そのため、捜査の重点も変わりつつあった。
失踪そのものの原因を突き止めるだけではない。
姿を消した人々が、いったいどこへ行ったのか。その行方を追うことが、現在の最優先事項になっていた。
「現場からは、遺体らしきものは一切見つかっていません」
捜査員が説明を続ける。
「事故に遭った可能性も考えましたが、河口湖周辺の地形や環境を考えても、これほど多くの観光客が短期間に相次いで姿を消すとは考えにくい。衣服の破片や、破壊された建造物も発見されています」
「となると……誘拐でしょうか」
駿平は考え込むように呟いた。
「あるいは、もっと深刻な可能性もある。何者かが人々を殺害し、遺体を運び去って証拠を隠滅した……ということか」
「現時点では、その可能性も否定できません」
捜査員は厳しい表情で頷いた。
駿平は一通りの説明を聞き終えると、事件について疑問に思っていた点をいくつか挙げ、自分の考えを伝えた。
その後、捜査員たちはそれぞれの失踪現場を詳しく調査し、明日の午後8時頃に再び合流することを決めた。
それまでに新たな異常が発生した場合は、随時連絡を取り合う。
そうして一行は、それぞれ別の場所へ向かっていった。
現地警察と別れた駿平は、一人で楓の林へ足を踏み入れた。
ここは、古びた神社と並んで、失踪事件の発生頻度が特に高い場所だという。
朝の林には、木々の葉の隙間から陽光が差し込んでいた。
草葉から転がり落ちる朝露が光を反射し、周囲には静かで穏やかな空気が漂っている。
美しい景色だった。
それでも、駿平の心は晴れなかった。
むしろ、林の奥へ進むほど、胸の底に不安が重く積もっていく。
似ている。5年前、自分の身体に眠る赤い光へ初めて触れた、あの森林地帯に。
静かな自然の中に潜む、説明のつかない異常。
その気配が、この場所にも確かに存在していた。
駿平は立ち止まり、静かに目を閉じた。
意識を集中させる。
胸の奥にある力を起点として、感知の範囲を少しずつ広げていった。
念によって包み込まれた感知意識が、身体の外へと広がっていく。
幾重にも連なる山々。
その間に広がる湖。
森を渡る風や、地面を伝わる細かな振動までもが、駿平の意識の中へ流れ込んできた。
彼はそれらの情報を一つずつ選り分けていく。
自然が発する波形。
人間の身体から放たれる波形。
そして、それらとは明らかに異なるもの。
以前の戦闘を経て、駿平の感知能力はさらに研ぎ澄まされていた。
今なら、河口湖周辺の広い範囲を探ることもできる。
やがて駿平の意識が、ある異常な波動を捉えた。
場所は、山中湖の湖畔にある、人目につきにくい一角。
自然環境から発せられる波形は、駿平の意識の中では緑色に見える。
人間の波形は赤。
そして今回、彼が捉えたものは幽かな青だった。
あの青い光と同じ色。
「……見つけた」
駿平は目を開いた。
間違いない。
この周辺に、あの光と関係する何かが潜んでいる。
さらに詳しく探ろうとした、その瞬間だった。
意識が、まるで硬い壁に激突したかのような衝撃を受けた。
「……っ!」
激しい眩暈と痛みが頭を襲う。
広げていた感知意識が、何かに弾き返されたのだ。
駿平は歯を食いしばり、もう一度、同じ場所へ意識を向けようとした。
しかし先ほどまで確かに存在していた青い波形は、跡形もなく消えていた。
「何だ……今のは」
駿平は眉をひそめた。
こんなことは初めてだった。
相手が自分の感知を察知し、意図的に存在を隠したとでもいうのか。
まるで、こちらの能力を学習し、対抗する術を身につけたかのようだった。
「おい、今の現象、お前にも分かったか?」
『ああ』
隣に赤いオーラが現れ意識の奥から、落ち着いた声が返ってきた。
「俺の感知が、何かに弾き返された。こんなことは初めてだ。あの青い波動は、ただのエネルギー反応じゃないのか?」
『少なくとも、自然発生したものではない』
「じゃあ、何者かが意図的に隠したってことか?」
『その可能性は高い』
駿平は、青い波動を最後に捉えた場所へ目を向けた。
「俺が探っていることに気づいた……?」
『断定はできないが、お前の感知を遮断した何かが存在することは確かだ』
「俺の能力に対抗できる相手がいるってわけか……」
『お前の力が、あらゆるものを見通せるわけではない。忘れるな』
「分かってるよ。けど、相手が俺の感知を妨害できるなら、こっちも今までと同じやり方じゃ通用しない」
『そうだ。力を過信するな。感じ取れないものがあるからといって、そこに何も存在しないとは限らない』
駿平は黙り込んだ。
今まで、感知能力は彼にとって大きな武器だった。
「厄介な相手だな……」
駿平は周囲を見渡した。
波動そのものを捉えられなくなったとしても、大まかな位置までは把握できている。
あとは、相手が再び動き出すのを待つしかない。
そして、彼には、もう一つ確認しなければならないことがあった。
「……祥子は、まだこの辺りにいるのか?」
今回、駿平が河口湖へ来た理由は、怪物の調査だけではなかった。
祥子がこの地を訪れている。その事実が、彼の心を落ち着かなくさせていた。
駿平は再び目を閉じ、河口湖周辺にいる人々の波形を一つずつ確かめていった。
やがて見慣れた気配を捉えた。
祥子だった。
彼女は現在、ある客と話をしている。
少なくとも、その瞬間には危険に巻き込まれている様子はなかった。
「……よかった」
駿平は小さく息を吐いた。
だが、安心するのはまだ早い。
あの青い波動が再び現れる可能性は十分にある。
「自分から動き出すのを待つしかないか……行こう」
駿平は呟き、歩きながら周囲の変化を探り続けた。
一方、その頃。
納品を終えた祥子は、店長とともに河口湖を離れようとしていた。
今回の仕事は無事に終わった。顧客からもデザイン品について満足したとの返事をもらい、店長も上機嫌だった。
祥子は車へ乗り込もうとしたところで、突然、足を止めた。
「あっ……!」
何かを思い出したように、鞄の中を確認する。
そして、顔色を変えた。
「しまった……デザイン用の素材を持ってくるの、忘れちゃった」
「どうしたの、祥子?」
店長が振り返った。
「ガソリンスタンドに置いてきたんだと思います。あれ、すごく大事なものなのに……!」
祥子は慌てて周囲を見回した。
納品の途中で客と電話をしていた。おそらく、その時に持ってくるのを忘れたのだろう。
「ごめんなさい、店長。ちょっと急いで確認しないといけない用事ができちゃって。今回は先に帰ってください。終わったら、すぐに戻りますから」
「へえ、そんなに急ぎの用事なの?」
店長は興味深そうに祥子を見た。
「まさか、この辺りで格好いい男性でも見つけて、私に内緒でデートするつもり?」
「違いますって!」
祥子は慌てて首を横に振った。
「お店のデザイン素材をガソリンスタンドに置き忘れたんです。あれをなくしたら大変なんですよ」
「それは確かに大変ね。でも、どうしてそんな大事なものを忘れたの?」
「その時、お客さんと電話で話していて、あまり気にしていなかったんです。たぶん、その時に持ってくるのを忘れたんだと思います。まだ、そんなに時間は経っていませんから、今なら見つかるかもしれません」
店長は少し考えた後、頷いた。
「分かったわ。でも、気をつけてね。あまり長居しないように。この辺り、最近は観光客の失踪事件が頻発しているから。お客さんとの約束がなかったら、こんな時期にあなたを連れて来たくなかったくらいよ」
「ありがとうございます、店長。気をつけます」
祥子は車に乗り込み、ドアを閉めた。
そして、ガソリンスタンドへ向けて車を走らせた。