同じ頃。河口湖畔のコンビニ
「らっしゃっせー」
店内に入ってきた客に、眠そうな表情の大学生くらいのカウンターの店員が挨拶した。
訪れたのは祥子だった。
彼女は店員に軽く会釈を返すと、すぐに尋ねた。
「すみません、こちらの店長さんはいらっしゃいますか?」
「店長っすか、今ちょっと用事で出てましてー、戻ってくるのは、かなり遅くなると思いますよ。何かご用件でしたら伝えときますけど」
店員は、やる気なさげな表情ながら祥子が少し急いでいる様子なのに気づいた。
そのため、無理に店主を待たせるようなことは言わず、用件を聞くことにした。
「そうですか。では、二つほど聞きたいことがあります。というより、ある場所について教えていただきたいんです」
「どこですか?」
「看板があって、その前に弓の形をしたトーテム柱が立っている場所です」
祥子は両手を使って形を示しながら、できるだけ分かりやすく説明した。
店員は少し考えると、すぐに答えた。
「ああー、あれか。それなら、この湖沿いを、お客さんが来た方向へ2キロかそこらくらい戻ってください。そうすれば見つかると思います」
「本当にあるんですか?」
答えを聞いた祥子の顔に、喜びが浮かんだ。
「かなり目立つ看板っすから、すぐに分かると思いますよ」
「ありがとうございます!」
祥子は深々と頭を下げた。
急いで店を出ると、駐車していた車へ戻り、運転席に乗り込む。
エンジンをかけ、店員に教えられた方向へ車を走らせた。
だが祥子はまだ知らなかった。少し離れた場所で、赤い巨人と巨大な蜘蛛が激しい戦いを繰り広げていることを。
そして、その戦いの渦中にいる駿平が、彼女の存在に気づこうとしていることを。
河口湖の夜は、静けさを取り戻すどころか、さらなる異変へと向かっていた。
スパイダーオルガメントは低い咆哮を上げると、大きく口を開いた。
次の瞬間、大量の糸が赤い巨人めがけて放たれた。
夜の林を覆い尽くすように、白い糸が飛来する。
赤い巨人は即座に身をひねって回避する。しかし、すべてを避けきることはできなかった。数本の糸が腕や胴体に絡みつき、巨人の動きを封じようとする。
蜘蛛は糸を引き、赤い巨人の身体を拘束した。
だが、赤い巨人は力任せに引きちぎろうとはしなかった。
肘に赤い光が集中し、灼熱の光を帯びた肘刃が伸び、身体に絡みついた糸を切断した。
拘束が解けた瞬間、赤い巨人は地面を蹴った。
巨体が夜空へ跳び上がる。
上方からスパイダーオルガメントへ攻撃を仕掛けようとした、そのときだった。
蜘蛛が口を開き、青い光弾を放った。
光弾が空中の赤い巨人へと迫る。
赤い巨人は身体を横へひねり、紙一重で攻撃をかわした。
光弾は背後の林へ飛び込み、木々の間で炸裂する。
爆発音が夜の静寂を破った。
着地した赤い巨人は間髪入れず反撃へ移った。
両腕から火炎衝撃弾を放つ。炎を帯びた衝撃が蜘蛛の巨体を襲い、怪物は脚を踏ん張りながら後退した。
しかし、スパイダーオルガメントも怯まない。
長い脚を地面に突き立て、体勢を立て直すと、再び赤い巨人へ糸を吐き出した。
赤い巨人は身を低くして糸をかわし、間合いを詰める。
巨人の拳がスパイダーオルガメントの身体を打ち据えた。
鈍い衝撃音が響き、巨体が傾く。
その隙を逃さず、ネイザースは脚部へ蹴りを叩き込んだ。
スパイダーオルガメントが体勢を崩す。だが、怪物は倒れる直前、前脚を振り上げて反撃した。
鋭い脚が赤い巨人の身体をかすめる。
巨人は後方へ飛び退き、攻撃の軌道から逃れた。
両者は再び距離を取った。
赤い巨人と巨大な蜘蛛。
互いに隙をうかがいながら、激しい攻防を繰り返していく。
灼熱の赤い光を放つ肘刃が、身体を拘束していた糸を切断する。
赤い巨人は空中へ跳躍し、上方からスパイダーオルガメントへ攻撃を仕掛けた。
林の中に、重い衝撃音が響いた。
赤い巨人のキックを受けたスパイダーオルガメントは、地面を転がりながら何度も呻き声を上げた。周囲の木々が揺れ、積もった枯れ葉が舞い上がる。
赤い巨人は、怪物から目を離さなかった。
駿平の意識は、怒りと焦燥に満ちていた。
スパイダーオルガメントはすぐに口を開き、青い光弾を放つ。
赤い巨人は空中で身体を横へ捻り、飛来した光弾をかわした。
続けて火炎衝撃弾を放ち、反撃する。
両者は激しい攻防を繰り返し、一進一退の戦いを繰り広げた。
この戦闘を通して、赤い巨人へ変身した駿平は、体内に潜む力を最大限まで引き出すことに、ますます習熟していった。
「前回の戦いを経て、俺の身体はこの姿にどんどん適応している……」
戦いながら、駿平の脳裏にはあの夜の光景が何度も蘇っていた。
横浜の造船所付近。
初めて赤い巨人へ変身した自分。
力を使い果たしながらも最後の力を振り絞り、光刃と火炎衝撃弾を放った。
巨大なミミズことワームオルガメントを一刀両断し、青い光を放っていた部分を粉々に吹き飛ばした。
そして、爆発によって舞い上がった砂塵の中から、青い光が離れていった。
その後、空から大雨が降り始めた。
自分が倒れた瞬間、赤い光が静かに体内へ戻っていった。
自分が本当に倒すべき敵。それは、目の前の蜘蛛だけではない。最初の戦いで目撃した、あの青い光の正体を突き止めなければならない。
あの光が何なのか。なぜ怪物たちが現れるのか。
そして、自分の身体に宿ったこの力は、いったい何なのか。
答えはまだ見つかっていなかった。
駿平は一歩、また一歩と怪物へ近づいた。次の攻撃を放つべく、全身に力を込める。
だが、その瞬間だった。
スパイダーオルガメントが突然、尻尾から林の奥へ向かって一本の糸を射出した。
糸は遠くの木の幹に巻きつき、直後、その巨体が引っ張られるように動いた。怪物は糸を利用して身体を引き上げ、そのまま木々の間へと逃走を始めた。
「待て!」
駿平は追おうとした。
しかし、スパイダーオルガメントはすでに暗い林の奥へ姿を消しつつあった。
巨人は逃げる怪物を見据えたまま、拳を握りしめた。
あと一歩だった。
それでも、戦いは終わらなかった。
スパイダーオルガメントの姿が完全に見えなくなると、林には再び夜の静けさが戻り始めた。
破壊された木々と、地面に残された巨大な足跡だけが、先ほどの戦闘が現実だったことを物語っていた。
駿平は、逃走した怪物の行方を追うため、暗闇の向こうへ視線を向けた。
その頃、彼が守ろうとした祥子もまた、別の場所へ向かっていた。
その頃、山中湖畔。
祥子の運転する車は、店員に教えられた道を進んでいた。
湖沿いの道を二キロほど戻ると、やがて前方に、弓形のトーテム柱と古びた看板が見えてきた。
周囲には木々が生い茂り、そこに建つ神社は長い年月の経過を感じさせた。
「あれだ……」
祥子は車を林道脇に停めた。
ドアを開けて外へ出ると、静かな足取りで神社へ向かう。夜の空気は冷たく、木々の間から聞こえる風の音が、辺りの静寂をいっそう際立たせていた。
やがて、祥子は神社の前に立つトーテム柱へたどり着いた。
「ずいぶん古くなったね。あの頃は、こんなじゃなかったのに……」
彼女はそっと手を伸ばした。
柱の表面には苔が生え、石にはいくつものひび割れが走っていた。乾いて皺の刻まれたその姿は、まるで長い年月を生きてきた老人の顔のようだった。
祥子は、指先で苔を撫でた。
懐かしかった。
ここには、彼女が忘れることのできない思い出が残されている。
かつて、親友の鞘香と一緒に祈りを捧げた場所。
あの頃は、桜の花が舞う季節だった。
二人はこの柱の隣にある看板へ、それぞれの願いを刻み込んだ。
お互いの幸せ。
駿平への願い。
そして、了への願い。
いつか夢が叶うように。大切な人たちと、ずっと一緒にいられるように。
祥子は顔を上げ、トーテム柱の向こうにある看板を見つめた。
刻み込まれた文字は、今もかすかに残っていた。
しかし、長い年月を経て、その輪郭はすっかり薄れてしまっている。
「鞘香……。もし生きていたら、みんなで……」
言葉の続きを口にすることはできなかった。
祥子は静かに目を伏せた。
もう一度、弓形のトーテム柱を見つめる。
その瞬間、彼女の意識は、遠い過去へと引き戻された。
あれは確か桜の木の下。
満開の花びらが風に舞い、柔らかな春の日差しが境内を照らしていた。
弓形のトーテム柱の前に、二人の少女が並んで正座している。
一人は白い弓道着をまとった祥子。
もう一人は、ピンク色の服を着た鞘香だった。
二人は神聖な柱に向かい、目を閉じて祈りを捧げていた。
やがて、祈りが終わろうとした頃。
「ねえ、鞘香。一つ聞いてもいい?」
祥子が静かに声をかけた。
「何?祥子」
鞘香は固く握り合わせていた手を離し、目を開いた。
スカートには、何枚かの桜の花びらが付いていた。彼女はそれを軽く払い、風に乗って飛んでいく花びらを見送ってから、隣の祥子へ顔を向けた。
穏やかな表情だった。
「駿平と……了。どっちのほうが好き?」
「え?」
あまりにも唐突な質問に、鞘香はきょとんとした。
「二人のうち、どっちが好きなの?」
祥子は、もう一度尋ねた。
鞘香はすぐには答えなかった。
視線を、トーテム柱の隣にある願掛けの看板へと向ける。
そこには、たくさんの小さな文字が刻まれていた。
一番上には、祥子と鞘香が一緒に書き込んだ、駿平と了への祝福の言葉が残っている。
鞘香はしばらく黙っていた。
祥子も急かさなかった。
親友の気持ちを知りたい。姉妹のように親しくしてきた彼女が、誰を想っているのか。その答えを、どうしても聞いてみたかった。
やがて、鞘香はふっと笑った。
「駿平はね……イケメンだし、時々ちょっと抜けてるところもあるけど、人としては真っ直ぐだよね。昔から抱いていた夢のために、ずっと努力を続けてる。今じゃサッカー場で一番輝いてる選手だし、彼のプレーに惹かれてる女の子もたくさんいる。私も例外じゃないよ!」
祥子の表情が固まった。
思いがけない答えに、複雑な感情が顔をよぎる。
しかし、鞘香は続けた。
「でも、どういうわけか……比べてみると、私はやっぱり了のほうが好きかな。たぶん、私って心の中で、ああいう目立つタイプの男の子を受け入れにくいんだと思う」
「ふぅ……」
鞘香の言葉を聞き終えた祥子は、心の中で安堵の息を吐いた。
そして、ほっとした笑顔を浮かべた。
「そう? それならよかった。了もあなたのことが大好きだもんね。きっと将来、とっても仲のいい夫婦になるよ」
「じゃあ、祥子と駿平は喧嘩ばかりする仲良しカップル?」
「えっ?」
祥子の顔が一瞬で真っ赤になった。
「ふふっ!」
鞘香はすぐに笑い出した。
その笑顔はとても美しく、恥ずかしさで赤くなった祥子の顔と鮮やかな対照を成していた。
「祥子が駿平を好きなのは知ってるよ」
鞘香は、からかうように言った。
「でも、駿平はずっと祥子のことを友達や仲間としてしか見てないみたい」
「あの鈍感バカったらねえ!私が何度もそれとなくアピールしてるのに、いつもいつもあんなふうに呆けてはいおしまい!どうして私の気持ちが分からないのよ。頭の中はサッカーとトレーニングと、正義のヒーローになることばっかり。もう、本当に腹が立つんだから!」
祥子の脳裏に、駿平の間の抜けた顔が浮かんだ。
途端に怒りが込み上げ、さっきまでの穏やかな表情が一変する。頬を膨らませ、まるで子供のように不満をぶちまけた。
「そんなこと、みんなの前じゃ絶対に言わないでしょう? 特に駿平の前では、いつも淑女そのものなのに」
鞘香は、そんな祥子を見てまた笑った。
「だって、私たち親友でしょ。鞘香なら私の気持ちを分かってくれるから、あなたの前ではこうやって怒れるの。でも駿平は……なんていうか、あの馬鹿は、私が怒ったって無駄なのよ。私の気持ちなんて全然分かってくれない」
「だったら、どうして彼のために祈ってるの?」
鞘香は、祥子の白い弓道着を見つめた。
「しかも、一番お気に入りの弓道着まで着て。外でそれを着ることなんて、ほとんどないのに」
祥子は言葉に詰まった。
春風が吹き抜け、二人の間を桜の花びらが舞っていった。
その先にある願掛けの看板には、二人が大切にしてきた願いが刻まれていた。
祥子は、駿平への想いを誰よりも長く胸に秘めていた。
不器用で、鈍感で、夢ばかり追いかけている彼。
それでも、彼が夢を諦めずに努力し続ける姿を、祥子はずっと見てきた。
だからこそ、彼が無事でいてほしい。
夢を叶えてほしい。
いつか、自分の気持ちにも気づいてほしい。
そんな願いを、祥子はこの場所で何度も祈ってきたのだった。
「だって、負けてほしくないんだもん」
祥子は、少し拗ねたように答えた。
「ここまで頑張ってきたんだから、プロリーグへの昇格資格を取れなかったら、恥をかくのは彼だけじゃなくて、私まで肩身が狭くなるじゃない。それに、この服を着たほうが祈りももっと真剣になるでしょ!」
「そうなの?聞いたことないけど」
「もう、鞘香ったら!いいもんいいもん!あなたとは話さない!」
祥子はぷいと顔を背けた。
そんな彼女を見つめながら、鞘香は優しく笑った。
それは、祥子に向けた彼女の笑顔の中でも、とりわけ美しいものだった。
「わあ、また風が吹いてきた」
そのとき、強い風が境内を吹き抜けた。
桜の花びらが一斉に舞い上がり、二人の周囲をピンク色に染めていく。
鞘香は、その光景にうっとりと目を細めた。
舞い踊る花びらを手で受け止める姿は、まるで桜の季節そのものが人の形を取ったかのようだった。
隣で立ち上がった祥子も、思わず見とれてしまう。
一瞬、ピンク色の服を着た少女が、桜吹雪を背景にした世界の主役になったように見えた。
周囲の景色さえ、色褪せてしまうほどに。
「綺麗だね、祥子」
鞘香は手のひらに落ちてきた花びらを見つめたあと、祥子へ振り返った。
そこには、いつもの可憐な笑顔があった。
「うん。鞘香、すごく……綺麗だよ」
祥子は、しばらく呆然としていた。
自分がどうしてそんな言葉を口にしたのか、彼女自身にもよく分からなかった。
「ふふ。私たち、別のものについて言ってるよね」
鞘香は楽しそうに笑った。
その温かな笑顔を最後に、記憶の映像は止まった。
記憶が今へと戻る。
祥子は、ゆっくりと目を開いた。
目の前にあるのは、古びた神社と、長い年月によって風化した看板だった。
夜の闇の中で見るそれは、かつての記憶とは違い、ひどく冷たく感じられた。
過去と現在。長い年月を経て変わり果てた柱や看板のように、あの日の思い出もまた、簡単には元に戻せないものになっていた。
祥子は胸の奥から込み上げる複雑な感情を押し込み、腕時計を確認した。
もう、ずいぶん長い時間が経っている。
そろそろ帰らなければならない。
けれど、これほど夜が更けてしまっては、帰宅する頃には深夜になっているだろう。
「この辺りに泊まれる場所って、あるのかな……」
祥子は周囲を見渡し、車へ戻ろうとした。
そのときだった。
「きゃあああっ!」
全身が震えるほどの悲鳴が、静かな夜を切り裂いた。
女性の声だった。
その声には、死への恐怖が満ちていた。
祥子の表情が変わった。
あの大災害を経験した彼女は、人間の悲鳴にとりわけ敏感だった。助けを求める声を聞けば、どうしても放っておくことができない。
祥子は、声が聞こえた方向へ顔を向けた。
古びた神社の脇にある林から、一人の中年女性が飛び出してきた。
女性の顔は恐怖に歪んでいた。
まるで、死そのものに追い立てられているかのようだった。
「た、助けて!助けてください!怪物が!」
女性は必死に走ってきた。
最後の命綱にすがるように、祥子のもとへ駆け寄ろうとしている。
祥子は、その女性の服に見覚えのあるタグが付いていることに気づいた。
あのコンビニのものだった。
さらに、身につけている高価そうなアクセサリー。
もしかすると、先ほど店員が話していた店主なのかもしれない。
だが、確かめる時間はなかった。
突然、林の奥から白い糸が飛んできた。
糸は女性の身体に巻きつくと、そのまま彼女を林の中へ引きずり始めた。
「いやあああっ!助けて!」
女性の叫び声が遠ざかっていく。
直後、林の奥から、背筋を凍らせるような音が聞こえた。
ぐしゃぐしゃと何かを咀嚼する音だった。
「な、何なの……あれ!」
祥子は林の中に目を凝らした。
木々の間を、巨大な影が動いている。
異様なほど速い。
そして、あまりにも大きい。
その瞬間、店長やコンビニの店員から聞いた話が、祥子の脳裏によみがえった。
観光客の失踪事件。
次々と姿を消していく人々。
そして、ニュースで報道されていた不可解な事件。
祥子の顔から血の気が引いていった。
再び、林の中から巨大な何かが飛び出した。
先ほどの女性が襲われた光景を目撃していた祥子は、反射的に横へ飛び込んだ。
直後、目の前を白い物体が通過した。
巨大な糸だった。
その太さは、少なくとも五十センチはある。先端が地面に張りつき、粘着質の塊となって広がっていた。
林の奥から、奇妙な鳴き声が響く。
次の瞬間、巨大な影が再び飛び出した。
よく見ると、怪物は木々や神社脇の柱に張り巡らせた糸を利用し、身体を吊り下げながら高速で移動していた。
糸を引く力を利用し、獲物めがけて飛びかかってきたのだ。
巨大な影は、祥子の目の前にある神社の石段へ着地した。
そして、その姿がはっきりと見えた瞬間――。
祥子の身体は激しく震えた。
顔から血の気が引いていく。
そこにいたのは、巨大な蜘蛛だった。
祥子は恐怖を押し殺し、自分の車へ向かって走り出した。
逃げなければ。
ここにいては殺される。
しかし、彼女が車へたどり着くよりも早く、怪物が巨大な口を開いた。
その口の奥で、青い光が輝いた。
次の瞬間、人間の頭ほどもある青い光弾が放たれた。
祥子の車が爆発した。フロントガラスが吹き飛び、炎が夜空を赤く染める。
爆風に煽られた祥子は、思わず足を止めた。
燃え上がる車。帰るための唯一の手段は、目の前で破壊されてしまった。
祥子はゆっくりと振り返った。
巨大な蜘蛛が、こちらへ飛びかかってくる。
逃げ道はない。祥子は震える手を伸ばし、爆発した車から飛び散った燃える鉄棒を拾い上げた。
熱が手に伝わる。
それでも、手放さなかった。
相手がどれほど恐ろしい怪物であろうと、黙って食われるつもりはなかった。
祥子は鉄棒を構え、迫り来る巨大な蜘蛛を睨みつけた。
そして、死を覚悟して戦おうとした。
だが――。
怪物が大口を開き、祥子を丸ごと飲み込もうとした、その瞬間。
巨大な蜘蛛の動きが、祥子の目の前で突然止まった。