身長5m。全身を赤都銀で覆った巨人、ネイバース。
祥子と了の前にその姿が現れた。
「…!」
その迫力に祥子は思わず息をのんだが、すぐに了の肩を揺さぶった。
「ねえ見た!?あれが駿平よ!」
「これが……駿平なのか?」
二人が見上げる中、ネイバースはわずかに顔を横へ向け、二人へ静かに頷いた。
それから再び前を向く。その視線の先にはゆっくりと立ち上がるハウンドオルガメントがいた。
雄たけびを上げるハウンドオルガメント。以前兵器庫内で見た人間。それが再び姿を現し巨大になったことにハウンドオルガメントは咆哮した。
白濁した眼球に淡い青い炎が浮かんだ。
鋭い咆哮でこちらを威嚇するハウンドオルガメント。対するネイバースは構えを取った。
そして二歩前へ踏み込み、巨大な拳がハウンドオルガメントの腰に叩き込まれた。
凄まじい威力。ハウンドオルガメントは悲鳴のような声を上げ、二歩後退する。
だがすぐに目を見開き、大口を開けて突撃してくる。
ネイバースは両腕を交差させた。巨大な顎が両腕噛み付かれる。
変異いによってさらに巨大化した牙が赤い筋繊維を包む銀色の体表を突き破った。
その傷口から光の流れのような血が噴き出した。
「ぐああっ!」
腕を噛み付かれた激痛に、駿平、ネイバースは思わず叫び声を上げた。まるで体の奥まで直接えぐられたかのような痛みだった。
「駿平!」
祥子が悲鳴を上げる。その眼には強い心配が浮かんでいた。
だがその隣の了は、苦痛に耐えながら、それでも一歩も引かずに自分たちを守り続ける赤い巨人を見つめていた。
そしてその瞬間、彼の脳裏にかつての記憶がよみがえった。
「正義のヒーローになる」
そういっていつも夢を追い続けていた少年。あの頃の駿平。
了は拳を握り、昔と同じように叫んだ。
「頑張れ……駿平!頑張れぇぇっ!」
その声にこたえるように、そして祥子の期待に満ちた視線にこたえるようにネイバースは皮膚と肉を貫く激痛を押し殺し、両腕を上へ突き上げ巨大な顎を押し開き、ハウンドオルガメントの胸へ鉄拳を叩き込んだ。
ハウンドオルガメントの巨体が吹っ飛ぶ。だが怒り狂ったハウンドオルガメントは再び突進してきた。
鋭い爪が空を切る。ネイバースは腕を横へ構え爪を受け止め、足を振りぬいた。
強烈な音とともにキックがハウンドオルガメントの腹部に突き刺さった。
巨体が吹っ飛び、配管の張り巡らされた地下駐車場の柱に激突する。そのすきを逃さず、ネイバースは一気に接近し、パンチ、キック、またパンチ、掌底の猛攻をハウンドオルガメントに浴びせ、最後は手刀を背中に叩き込み、おまけとばかりに顎にアッパーカットをお見舞いした。
顎を撃ち抜かれたハウンドオルガメントの口から砕けた牙が数本飛び散った。猛烈な攻撃を受けたハウンドオルガメントがネイバースの攻撃から逃れる。
また、怒りに満ちた咆哮。だがその声の中には奇妙な音が混じっていた。
まるで死者の悲鳴のような声。
「またこの声か……」
駿平は内心呟いた。この怪物の発する奇妙な音を聞くのは二度三度の話ではない。
なぜかこの声には強い違和感がある。どこか懐かしく、それでいて全く知らない。そんな奇妙な感覚だった。
それでもネイバースは攻撃の手を緩めない。さらに踏み込んで巨大なキックを放つ。
ハウンドオルガメントの巨体が数メートル吹き飛ばされた。飛ばされたハウンドオルガメントは奇妙な声を上げる。するとその全身から青い光があふれ始めた。
その異様な光景に駿平を応援していた了の動きが止まった。
振り上げていた拳が空中で固まる。彼はただ、ハウンドオルガメントを包む青い光を見つめていた。
まるで、何かに魅入られたかのように。
一方、ネイバースのY字型のクリスタルも激しい赤い光を放ち始めた。その巨体の全身が光に包まれ激しく明滅する。
「これは…?」
『青い光が、君の中にいる私の力と共鳴している』
ネイバースが説明する。これまで一度も経験した事のない現象だった。
しばらく明滅していた青い光はやがてハウンドオルガメントの体に収束し、その口を開かせた。口内で青い光が渦を巻き、青い光弾が次々に発射された。
だがネイバースは動かない。片手をあげ、拳を握る。
そして一発、また一発と拳だけで光弾を次々と吹き飛ばした。
一発も命中しない。ハウンドオルガメントは怒りの咆哮を上げ、さらに光弾を発射した。対するネイバースは両拳に灼熱の炎をまとわせ、拳を前に突き出しパルス振動をまとった炎の衝撃弾を発射した。
互いの攻撃が正面から衝突し、相殺されていく。だが最後の二発がハウンドオルガメントの右上肢と原に命中した。
ハウンドオルガメントは苦痛の叫びをあげ、四肢を地面につけて震える体をどうにか支えた。
そして再び口を開こうとしたが、今度は駿平がその時間を与えない。一気に距離をつめ、拳へ衝撃波を集中。そして青い光が渦巻く口の中へ直接拳を叩き込んだ。
鋭く伸びた牙が衝撃で次々と砕け散っていく。ハウンドオルガメントは再び吹き飛ばされ地面へとたたきつけられた。
その後ろでは、祥子と了が、再び駿平の勇敢な戦いを目の当たりにしていた。
二人の眼には強いあこがれと尊敬の光が宿っている。
やがて、倒れていたハウンドオルガメントが起き上がった。だが先ほどまでの凶暴さは消え、鳴き声はおびえたような声になる。
一歩、また一歩と後退していく。まるで目の前の赤い巨人を恐れているかのようだった。
ネイバースは両拳を握りしめた。拳の周囲で空気が激しく歪み、念動力が実体化したような強烈な空間の揺らぎを生む。
そして一発の拳を放つ。銀色の拳から念動力が飛び出した。その直後、ネイバースの拳が開かれる。ハウンドオルガメントへ向け虚空をつかんだ。
すると拳に撃ち抜かれたハウンドオルガメントの体が見えない力に拘束された。
身動きが取れない。そこへもう一方の拳を振りぬきさらに念動力を発生させる。ハウンドオルガメントは数メートル吹き飛ぶと壁際の柱に叩きつけられた。
柱に亀裂が入り、地下駐車場そのものが激しく揺れた。
祥子と了は倒れそうになりながらも周囲を見回す。いたるところに亀裂が走っていた。このままではこの駐車場がいつ崩落してもおかしくはない。
駿平もそれに気づいていた。拘束されているハウンドオルガメントにはもはや反撃の力は残っていない。ならばここで終わらせる。
ネイバースは連続してエネルギーを放ったことで上下している胸を落ち着かせ、最後の一撃を放とうとした。
だがその時、ハウンドオルガメントはその眼を見開き、青い光を激しく燃え上がらせた。すると先ほどの倍近い大きさの青い光弾が発射された。
ネイバースはとっさに顔をそらし、一歩後退して回避した。その一瞬、拘束から解放されたハウンドオルガメントが走った。向かった先は祥子と了がいる先。まるで二人を人質にネイバースの追撃から逃げようとしている。
だが駿平はその意図を読んでいた。
「させるか!」
ハウンドオルガメントの大あごが祥子たちに届こうとした瞬間、ネイバースは念動力をさらに変換した。数個の後輪が縦一列になり一本の光線となって放たれる。
それは瞬時に姿を変え、光の拘束輪-リヒト・リング-となってハウンドオルガメントの口を封じた。これでもう口は開けない。
勢いを止められなかったハウンドオルガメントはそのまま倒れこんだ。祥子と了からわずかな場所。白濁した恐ろしい目が二人をにらみ、最後の悪あがきとばかりに突然左前脚を伸ばして二人を引き裂こうとした。
しかしネイバースはさらに四発の輪を発射し、四肢の全てを拘束。肘のブレードが赤く発光し、互いに共鳴する。
次の瞬間、五発の赤い光の刃が連続して放たれ、ハウンドオルガメントの頭部と四肢に一斉に襲い掛かり切り刻んだ。
これで終わった。駿平も、了も、祥子もそう思っていた。
だが光の刃は四肢と首に傷をつけただけだった。傷口から青い光の粒子を混じらせた血が噴き出す。
「こいつ前よりも体が硬くなっている……」
『何度も様々な生物と融合したことで青い光そのものも強化され、寄生した対象も強化している』
ならばもう一段階力を上げるしかない。
ネイバースは両腕を再び合わせ、体内のエネルギーを両腕に集中。両腕を左右に開き、格子状に連結していた光流が断ち切られ収束したエネルギーが手のひらに集まる。
その状態でネイバースは両腕を十字に構え、ライジング・シュトロームを発射。
地面に倒れ、動けないハウンドオルガメントを真正面から撃ち抜いた。
巨大な体が白い光の奔流の中で激しく震え、そして赤い光を伴いその巨大が内側から爆発した。
ハウンドオルガメントの体は無数の破片となり、空中へ飛び散る。やがてその残骸は粒子となって周囲へ舞い散った。
ネイバースは発射姿勢を解除した。そして静かに立っている。
だが。待てども予想していた青い光が現れない。
「……おかしい」
駿平は疑問を抱いた。
その時、赤い光が身体の周囲に浮かび始める。
巨大な身体が少しずつ縮んでいき、やがて元の人間の姿へ戻った。
「駿平!」
後方から、 優しい声が聞こえる。
駿平は振り返った。
そこには、 手を振っている祥子と了がいた。
駿平は二人へ穏やかな笑みを浮かべる。