駿平の胸が揺れた。
もし、本当に鞘香なら。
あの日、失われたものを取り戻せるのなら。
自分はもう、彼女の死を悔やみ続けなくていい。
みんなで、昔に戻れる。
そんな思いが、駿平の中に芽生えた。
目の前の少女を見つめる時間が長くなるにつれて、駿平自身も、了の言葉を信じ始めていた。
突然「蘇った」鞘香への疑念も、少しずつ薄れていく。
その時、意識の奥からネイバースの声が響いた。
『駿平』
「……分かってる」
『いや。君は、分かっていない』
「何だと?」
『君は、あの少女が生きていてほしいと願っている。だからこそ、目の前の姿を信じようとしている』
駿平は言葉を失った。
『だが、あの少女は本当に、お前の知っている少女なのか』
「……」
『例え顔が同じであっても、記憶が同じであっても、命まで同じだとは限らない』
駿平は、もう一度女性を見た。
確かに、何かがおかしい。
けれど、了の瞳には本当の喜びが浮かんでいた。彼がどれほど鞘香に会いたかったのか、駿平には分かってしまう。
「……了は、ずっと鞘香に会いたかったんだ」
『そうだ』
ネイザースの声は、静かだった。
『だからこそ、あの光は彼の願いを利用できた』
駿平は拳を握った。
「だったら、なおさら……」
『駿平。願いが本物であることと、願いを叶えたものが正しいことは、同じではない』
その言葉が、駿平の胸に重く落ちた。
そして――。
「違う!」
祥子の声が響いた。
「鞘香がここにいるはずない! その人は……偽物よ!」
駿平は、はっと顔を上げた。
祥子は震えていた。それでも、目の前の女性から視線を逸らさなかった,。
了は悲しそうに笑った。
「偽物だって?……どうして信じてくれないんだ、祥子?俺たち四人は、この場所で会おうって約束しただろ?君だって乗り気だったじゃないか。だから――」
了は女性を見る。
「俺が鞘香を連れて帰ってきたんだ」
駿平はもう一度、女性の姿を頭の先から足元まで見つめた。
そして、ようやく違和感の正体を見つけた。
女性の身体から、微かな淡い青色の光が漏れている。
「……そういうことか」
駿平の顔から血の気が引いていく。
「了……お前、青い光と同化したのか」
駿平が言いかけると、了はあっさりと頷いた。
「そうだよ」
了は笑った。
「光が、俺の願いを叶えてくれたんだ」
そして、駿平を指差した。
「駿平。お前だって、光によって子供の頃の夢を叶えたじゃないか。正義のヒーローになった」
駿平は答えられなかった。
「だから俺の願いも叶ったんだ」
了は笑い続けた。
「鞘香に、もう一度会いたい。それを、この光が叶えてくれた」
「……」
「それにしても、不思議だよな」
了は女性を見つめた。
「鞘香は死ぬはずじゃなかったんだ」
「こんなに優しい女の子が……どうして死ななきゃいけなかったんだ?」
駿平は、強い口調で言った。
「了、聞いてくれ。あの青い光は危険な存在だ」
駿平は、友人の目を見据えて言った。
「宇宙から来たものなんだ。そして、10年前の相模湾沖地震を引き起こした元凶でもある!」
「……!」
了の表情が変わった。
「嘘だ!」
「俺はお前を騙してなんかいない!」
駿平は声を張り上げた。
「俺と研究班、それに軍の上層部まで調査して、すべて分かっている! あの発光体は宇宙から江ノ島の近海に落下した。それが大地震の震源となり、沿岸部に壊滅的な被害をもたらしたんだ!」
駿平の脳裏に、あの日の惨状がよみがえる。
海に呑まれた町。崩れ落ちた建物。助けを求める声。そして、帰らなかった人々。
「多くの市民が命を落とした。そして……鞘香も!」
「…………」
了の表情が、徐々に複雑なものへと変わっていった。顔が引きつり、少しずつ歪んでいく。まるで、心の中で何かと戦っているようだった。
駿平は、その変化を見逃さなかった。
「了……!」
だが、その時。了の内側で、あの声が響いた。
――何を迷うことがある?
――願いを忘れたか?
――あの少女が、どんなふうに死んだのか忘れたのか?
――貴様は、本当にこれからもずっと、他人が夢を叶え、明るい世界で笑っていくのを見ながら、自分だけが絶望した現実の中で苦しみ続ける理不尽を受け入れ続けるつもりなのか?
声は、異様なほど強かった。
まるで地獄から這い上がってきた無数の亡霊が、同時に叫んでいるかのようだった。
そこには怨みがある。無念がある。
そして、生きたいという、激しい渇望があった。
生きたい。
あの場所から呼び戻された、この少女と同じように。
生きたい。
数え切れない死者たちの祈りが、了の心に残っていた最後の迷いを、少しずつ削り取っていく。
その声は、彼の悲しみに寄り添うように響きながら、同時に、彼が現実を受け入れるための道を閉ざしていった。
駿平の意識の奥で、ネイバースが低く語りかけた。
『駿平。あの男の心が、奴に侵食されている』
「けど、了はただ鞘香に会いたかっただけなんだ」
『その願い自体を否定する必要はない』
ネイバースは静かに続けた。
『失った者にもう一度会いたい。失われたものを取り戻したい。その思いは、私にも理解できる』
「……お前にも?」
『だが、願いを抱くことと、その願いのために何を犠牲にするかは別の問題だ』
駿平は、了の顔を見つめた。
「了を止める。まだ間に合うはずだ」
『ならば、彼の言葉を聞き続けろ。彼が何を望んでいるのか、最後まで見失うな』
駿平は頷き、再び了へ向き直った。
「それだけじゃない!」
駿平は説得を続けた。
「地震の後、青い光は震災で亡くなった人たちの霊を吸収した。その結果、悪魔の意識に目覚めたんだ!」
「……」
「そして、生き残ろうとする本能を利用して、人間を服従させる。最後には、すべてを破壊する邪悪な存在になる!」
「邪悪だと……?」
了が、ぽつりと呟いた。
「何が邪悪なんだ?」
「……何?」
駿平は聞き返した。
了が顔を上げる。その瞳には、狂気にも似た光が宿っていた。
「鞘香を生き返らせたいと思うことの、何が悪いんだ?」
声が震え始める。
「死んだら……何も残らないじゃないか!」
了は、隣に立つ女性を見た。
「それでも……それでも鞘香は生きている」
その顔には、もはや疑いも迷いも残っていなかった。
「これからも、ずっと生きていくんだ!」
駿平は、思わず一歩踏み出した。
「了!」
駿平は唇を噛んだ。
了の悲しみは、偽物ではない。
鞘香に会いたかったという願いも、彼が長い年月をかけて抱え続けてきたものだった。
だからこそ、青い光はそこにつけ込んだのだ。
「了……鞘香は、もういないんだ」
駿平は、声を絞り出した。
「違う!!鞘香は生きている!」
了の声が屋上に響き渡る。
「それを否定する奴は――否定する奴は……」
彼の瞳が、いっそう強く青く輝いた。
「全員、敵ダアアアアアア!!!」
――その瞬間。
了の両眼から、青い光が迸った。
隣に立っていた少女の身体からも、強烈な青い光が噴き出す。
二つの光が融合していく。
了の身体と、鞘香の姿をした存在が、一つになっていった。
「了……!」
駿平が叫ぶ。
しかし、もう声は届かなかった。
融合した光が膨れ上がり、背中から巨大な一対の青い光の翼が生える。
翼が大きく開かれた。
そして、了は空へ飛び上がった。
「了――!」
駿平の両眼から、強烈な紅い光が噴き出した。
「あああああああっ!」
体内の超能力が一気に解放される。
だが変身はしなかった。駿平はそのまま、自らの力で空へ飛び上がった。
雲の彼方へ消えていく、青い光の姿を追って。
「了!」
駿平の声が、空へ遠ざかっていく。
「駿平!」
祥子は、ただ呆然と空を見上げていた。
やがて、二人の姿が雲の向こうへ消えていく。
祥子の顔は、恐怖で真っ青になっていた。
「どうして……」
震える声が漏れる。
「どうして、こんなことに……」