駿平は歩き続けた。
破壊された街。
崩れた建物。
逃げ惑う人々。
その上空には、人間たちが無重力状態で浮かんでいた。
アスモンティスが指を動かすたび、人々が空へ吸い上げられていく。
不意に、意識の奥から声が響く。
「駿平」
「……ネイバースか」
「奴は強い。この戦いに勝っても、生きて帰れる保証はない。君の友を取り戻せるとも限らない」
ネイバースの声は静かだった。これから向き合う現実を伝えている。
「それでも行くか」
そして遠回しだが、自分と死ねるかとも言っている。
駿平はすぐには答えなかった。怖くないと言えば嘘になる。敵の力も、自分がこれから失うかもしれないものも、考えれば考えるほど足がすくみそうになる。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「……正直、まだ怖いところはある」
駿平は自分の拳を握りしめる。
「俺だって、生きて帰りたい。みんなを助けたいし、あいつだって取り戻したい。だけど……だからこそ、行かなきゃいけないんだ」
一度、息を吸う。
「俺がここで逃げたら、何も変わらない。助けられるかもしれない人たちを、見捨てることになる。そんなの、俺にはできない」
恐怖は消えなかった。それでも駿平は、前を向いた。
「だから行く。ネイバース、お前と一緒に」
意識の奥で、ネイバースは沈黙した。人間の恐怖は、これまで何度も観察してきた。危険を前にして足を止めることも、絶望に屈することも知っている。
だが、駿平は違った。恐怖を感じていないのではない。恐怖を抱えたまま、それでも誰かのために進もうとしている。
そしてネイバース自身もまた、駿平とともに幾多の戦いをくぐり抜けてきた。
彼の怒り。悲しみ。誰かを守りたいという願い。
それらを間近で感じ続けて、今ようやく理解したものがあった。
駿平は立ち止まった。
「俺の夢は――」
かつて教室で語った言葉。
「正義の英雄になること」
「俺の大切な人を、すべて守ること!」
駿平は両拳を握った。
そして、両腕を広げた。
「君と一緒に戦って、たった今、私も気づいた……」
ネイバースの声が、駿平の心に強く響く。
「駿平……!!」
その呼びかけには、これまでになかった熱が宿っていた。
「君の想いが、私の力だ!!」
赤い光が眼から溢れ出す。
身体を赤い光の線が走る。
自衛隊のジャケットが弾け飛んだ。
肉体に神秘の光が宿り、力が細胞の一つ一つへ浸透していく。
胸元に炎のようなY字の光が浮かび上がった。
赤い光はさらに強くなり、駿平の全身を包み込む。
それは巨大な赤い球体へ変わった。
まるで心臓のように二度、大地の上で脈動する。
そして。赤い光球が空へ飛んだ。
人々を救うために。
アスモンティスが人間たちを投げ捨てようとした、その瞬間。
赤い光が突如として現れた。
一瞬、青い悪魔と浮遊する瓦礫の間を何かが駆け抜けた。
投げ捨てられようとしていた人々が全員消え。巨大な赤い光が街へ降り立った。
轟音。
煙。
そして――
横浜の街に、巨大な影が立ち上がった。
赤い光が徐々に収束する。
その姿が現れる。
これまでとは違う40メートルの赤い巨人。
銀色の皮膚はほとんど赤へ変わり、筋肉を縁取る線は銀白色。
胸には五つのエネルギーランプ。
その下には、心臓のように脈打つY字型のクリスタル。
そして頭部は以前よりも精密で、鋭く銀色の頭部には左右対称の赤いライン。
銀色だった突起も赤く染まっている。
「……これが」
祥子は息を呑んだ。
「駿平……」
赤い巨人、ネイバース。その真の姿だった。
それが今、横浜の街に立っていた。
救われた人々が呆然と見上げる。
「赤い巨人……」
「俺たちを助けてくれたのか?」
その光景を、避難区域の江国たちも見ていた。
「……駿平」
警視庁の羽生と大神も、言葉を失っている。
誰もが知っていた。この赤い巨人の正体を。
だが、実際に目の前で見る衝撃は、想像を遥かに超えていた。
祥子は両手を握った。
どうか、二人とも無事でいて。
ネイバースはゆっくりと歩いた。
その先にいるのはアスモンティス。
「もう、これ以上お前を間違った道へ進ませない」
ネイバースはアスモンティスの腕を掴んだ。
掌から放とうとしていた青い光弾を握り潰す。
赤い光が身体を包む。
「ならば――」
アスモンティスが笑った。
「試してみろ!」
二人は距離を取った。
背後には海。
青い光がアスモンティスの身体から溢れ出す。
「怨術・地縛霊撃」
都市そのものが歪み始める。巨大な力が街を包み、建物、道路、橋、大地。
すべてが揺れ、崩れていく。
その影響は八キロ離れた自衛隊の安全区域にまで及んだ。
人々が立っていられないほど揺れる。
祥子もまた、空間そのものに押し潰されるような苦しさを感じていた。
だがネイバースは動かない。そのまま立っている。
そして、念動力が迫った瞬間、拳を突き出した。
赤い脈動波が放たれる。
青い念動力と衝突し、空間の歪みが消え、崩れかけた瓦礫が元へ戻る。
破壊された都市が修復されていく。
アスモンティスが初めて僅かに目を細めた。
「ほう、己が力を余への攻撃ではなく守る方に使うか」
だが、すぐに笑った。
「面白い」
アスモンティスが走る。ネイバーも走った。
二つの巨体が激突する。
パンチ、キック、エルボー、衝撃波。
街そのものが揺れる。
ネイバースの拳がアスモンティスの胸を打った。巨体が後退し、瓦礫の壁を崩す。
続いてキック。アスモンティスの腹部が大きくへこみ、巨体が倒れる。
しかし、すぐに立ち上がった。
「怨術・死霊一閃」
青い光弾が放たれる。
ネイバースは腕を振るい、赤い光刃が飛ばした。
光と光が空中で衝突し、一発がアスモンティスの脇腹を切り裂いた。
青い血が飛び散る。
だが傷は瞬時に再生した。
「……再生能力か」
ネイバースが呟く。
「左様。この世に霊のある限り余は不滅」
アスモンティスが拳を振るう。ネイバースも拳を返す。
二つの拳が激突し、大地が震えた。
やがてアスモンティスは両手を組んだ。
「怨術・騒霊波」
神戸の大地がさらに激しく揺れ、亀裂が街を走る。
「死したる者たちの怒りを――」
空中へ建物が浮かび上がる。
「貴様たちにも味わわせてやる!」
巨大な建物が、避難する人々へ向けて投げ飛ばされた。
しかしネイバースは逃げない。
両手を開き、赤い念動力が広がる。
「……!」
飛んできた建物、瓦礫、鉄骨もが空中で停止し、ゆっくりと元の場所へ戻されていく。
一棟。また一棟と破壊された建物が修復されていく。
最後にアスモンティスが投げたのは、あの教会だった。
ネイバースは拳を軽く握った。崩壊したコンクリートと鉄骨が再結合し教会が元の姿へ戻った。
人々から安堵の声が漏れる。
だが、その直後。
「怨術・浮遊霊流」
青い光が街を包み、人々が次々と浮かび上がる。
「うわああっ!」
祥子の身体も浮いた。
その瞬間、ネイバースが祥子の前へ移動する。赤い光が彼女を包み、青い念動力を弾き返した。
祥子の身体が地面へ戻る。
「……!」
アスモンティスはさらに多くの人々を空中へ浮かせる。
それだけでなく車、信号機、瓦礫らすべてを混ぜ合わせ、まるでゴミのように街へ投げ捨てる。
ネイバースはそれを一つずつ受け止めた。
人々を地面へ戻し、瓦礫を安全な場所へ移す。
建物を修復する。
それを何度も繰り返す。
祥子は心配になった。駿平の力が、いつまで持つのか。
だがネイバースは止まらない。
「……まだだ」
そのとき。
アスモンティスが両手を地面についた。
「怨術・無間地獄」
青い光が地中へ潜る。
地殻、マントル。そして日本列島全体、やがては世界中の地脈へ。
「……何だ?」
自衛隊の観測員がモニターを見る。
「長官!」
「どうした?」
「横浜の震源波が外へ広がっています!」
「何?」
「日本全土、いや、世界中を覆う勢いです!」
さらに別の報告が入った。
「世界各地の海面が……急激に上昇しています!」
自衛官の顔が青ざめた。
「まさか……」
「こいつは、世界中を海の底に沈めるつもりか!」
ネイバースは拳を地面へ叩きつけた。
赤い脈動波が地下へ潜り、地震の源を探す。
そして掴み、破壊する。
世界中へ広がろうとしていた地震波が消えていく。
大地の揺れがめた海面の上昇も止まる。
「……止まった?」
人々が赤い巨人を見る。
「巨人が……」
しかし、アスモンティスはまだ倒れていない。
「怨術・霊火焔」
青い光弾が飛び、それをネイバースが弾く。
「怨術・死霊一閃」
続いて無数の波動弾。ネイバースは光刃と火炎弾で迎撃する。
空が赤と青の光で染まる。
最後の光弾を受け止めたネイバーは、両腕を交差させた。
その内部へ、膨大なエネルギーが集まる。
腕を開いた。
光が十字を描く。
「ライジング・シュトローム」
白と青の輝きを帯びた光線が、アスモンティスへ突き刺さる。
「怨術・霊障壁」
紫色の盾が展開された。
だが三秒。それだけだった。
盾が砕けちり、光がアスモンティスの身体を包む。
左半身、顔、肉体の大部分が吹き飛ぶ。
「ぐ……」
だがすぐに再生が始まった。
腐肉が剥がれ落ち、新しい肉が生える。
それでもネイバースは攻撃を止めない。
拳、蹴り、肘。
再生途中の肉体を徹底的に叩き潰す。
やがてアスモンティスの再生速度が落ちていく。
そして肘のブレードがが喉へ向かう。
「駿平!」
祥子の声がした。その瞬間。
ネイバーの腕が止まった。
了の姿が脳裏に浮かんだ。カメラを持って笑っていた少年。親友。
「……」
「馬鹿め」
その一瞬、アスモンティスの目が光った。
完全に再生した左手が、ネイバーの胸へ触れる。
「怨術・呪霊掌」
零距離から喰らったネイバースの巨体が吹き飛ぶ。
高層建築へ叩きつけられ、建物が崩壊する。
「隙だらけだな」
アスモンティスが笑った。
そして呪印を結んだ。
「怨術・ヴァルプルギスの夜」
青い光がネイバーの頭へ侵入した。
「ぐああああっ!」
駿平の精神を無数の亡霊たちの怨念が襲う。
叫び声。
怨嗟。
絶望。
そして――了。
彼は赤い目で駿平を見つめている。
「なぜ?」
「なぜなんだ?」
「なぜ、彼女を死なせた?」
「なぜだ!」
駿平の精神が崩れていく。
しかし――
『しっかりしろ駿平!これはただの幻覚だ!』
ネイバースの声。その声を聞いた駿平は両手を顔の前へ構えた。
念力を一点へ集中し、幻術を押し返す。
一つ、また一つと亡霊の声が消えていく。
幻術が破壊された。
アスモンティスが後退する。
「……しぶとい奴め」
胸の七つの青い宝石が輝く。
「だが、無駄だ。すべての人間の魂は、永遠の苦痛へ沈む!」