NEIGHBORS-鎮魂戦争-   作:トライアゲイン

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鎮魂-Requiem-

半月後。

 

「ここで最新のニュースをお伝えします。野毛山で行方不明となっていた方々の捜索についてですが、昨日遺体が発見されました。警察の発表によりますと、死因は内臓器官の急性機能不全によるものと判断されています。詳しい情報については、引き続き当局の記者が追ってお伝えします……」

 

横浜の病院の正面玄関へ、一台の白い乗用車がゆっくりと停車した。

 

そこでは二人の兵士が、それぞれ銃を構えたまま、玄関の両脇を警備していた。二人とも周囲を警戒するように、ひどく真剣な面持ちをしている。

 

やがて車のドアが開く。

 

中から降りてきたのは、淡い色合いの薄絹のワンピースを身にまとった女性だった。

 

女性は軽やかな足取りで玄関へと歩み寄ると、警備に立つ二人の兵士へ小さく頭を下げた。

 

それを受け、兵士たちも構えていた小銃を右肩に掛け、彼女へ一礼を返す。

 

そして自ら左右へ一歩ずつ退き、女性がそのまま病院内へ入れるよう道を開けた。

 

長い廊下を進み、秘密裏に厳重な警護が敷かれている病室――その一番奥から二番目にある病室の前まで来ると、女性は足を止めた。

 

しばらくすると、病室の中から一人の女性医師が姿を現した。

 

医師は素朴な服装の女性へ静かに頷く。

 

その眼差しには、いつも畏敬の念が宿っていた。

 

だが、それは目の前にいる女性に向けられたものではない。

 

「彼は……まだ目を覚まさないんですか?」

 

医師は無言で首を横に振った。

 

女性は小さく頷き、医師と二、三言葉を交わす。

 

そして病室のドアへ手を伸ばし、静かに押し開けた。

 

女性は一人、病室の中へ入っていった。

 

病室の造りは、驚くほど簡素だった。

 

そこにあるのは一台の病床と、プラスチック製の椅子が一脚。

 

そして身体の状態を確認するための医療機器がまとめて置かれた、白いベッドサイドキャビネットが一台あるだけだった。

 

壁際に寄せられた病床。

 

そのすぐ脇にある窓辺へ、窓の外から差し込んだ陽光がちょうど降り注いでいる。

 

光に照らされていたのは、一鉢の緑色の曼陀羅の花だった。

 

淡く上品な花弁は陽光を受けながら静かに開き、まるで外の世界へ向けて、生き続ける生命の力を示しているかのようだった。

 

女性――祥子は、病床の傍らへ腰を下ろした。

 

しかし、膨らみ始めた腹のせいで身体を動かしづらく、どこかぎこちない姿勢になってしまう。

 

それでも彼女は気にする様子もなく、ベッドへ視線を向けた。

 

そこには、一人の青年が眠っている。

 

下半身を失い、全身には白い包帯が巻かれ、半月前から変わらず、深い眠りについたままだ。

 

祥子はそんな青年の姿をじっと見つめる。

 

その瞳には、柔らかな愛情が浮かんでいた。

 

「駿平……もう何日も経ったのに、まだこうして眠ったままなんだね……」

 

祥子は小さく息を吐く。

 

「私も、あなたがいつ目を覚ますのか分からない。……それに、今こうして話していることが、あなたに聞こえているのかどうかも……」

 

しばしの沈黙。

 

やがて祥子は、静かに言葉を続けた。

 

その声には、目の前で眠り続ける大切な人が、一日も早く目を覚ましてくれることを願う、深い想いが込められていた。

 

「この半月の間に、本当にいろんなことがあったよ」

 

ネイバースとアスモンティスが繰り広げた戦いは、日本のみならず、世界中に衝撃を与えていた。

各国の報道機関は連日、あの戦いを取り上げた。

空を覆う黒煙。崩壊する街。絶望の中で立ち上がった赤い巨人。そして、世界を脅かした怪物との最後の激突。

映像は何度も繰り返し放送され、そのたびに世界中の人々が息を呑んだ。

あの巨人は何者だったのか。

どこから来たのか。

そして、なぜ人間を守るために戦ったのか。

その答えを知る者は、ほとんどいなかった。

日本政府は、確認できた事実を公表する一方、巨人の正体については明言を避けていた。自衛隊や警察も、戦闘の詳細や、あの存在との接触について厳重な情報管理を続けていた。

しかし、世界が動き始めていた。

各国から日本へ、哀悼と支援の申し出が相次いだ。

被災地には救援物資が届けられ、医療支援や復興に向けた国際協力が進められた。遠い国の人々が、見ず知らずの日本人のために募金を呼びかけ、手紙を送り、祈りを捧げた。

その一方で、人々は改めて、失われた命と向き合い始めていた。

震災で亡くなった人たち。

怪物の襲撃によって命を落とした人たち。

救助を待ちながら、帰らぬ人となった人たち。

これまで、悲しみのあまり思い出すことさえできなかった家族の名前を、もう一度口にする人もいた。

「あの人が生きていたら、きっと喜んだと思います」

ある被災者の女性は、取材にそう答えた。

「でも……あの巨人が守ってくれた命がある。だから、私たちも生きていかなきゃいけないんですよね」

その言葉は、多くの人々の胸に刻まれた。

インターネット上でも、赤い巨人への感謝の言葉があふれていた。

『ありがとう。本当にありがとう』

『あの人がいなかったら、今ごろ自分もここにいなかった』

『正体なんてどうでもいい。あの人は俺たちを守ってくれた』

『もう一度、あの姿を見たい』

『今度は、平和な世界で会いたい』

無数の投稿が世界中を駆け巡った。

子供たちが描いた赤い巨人の絵も、次々と投稿された。

力強く構えた姿。

両腕を広げ、人々を守る姿。

傷つきながらも立ち上がる姿。

絵の出来栄えはさまざまだったが、そこに込められた想いは、どれも同じだった。

ありがとう。

あなたがいてくれて、よかった。

 

「たくさんの人たちが、あの災害によってもたらされた苦しみや、あの出来事が持つ意味について、もう一度考えるようになった」

 

祥子は眠る駿平を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「みんな、死の淵から自分たちを救ってくれた、あの赤い巨人に感謝してる。世界を守った英雄として、あの人を讃えているの」

 

しかし、世界は感謝だけで動いているわけではなかった。

各国の政府や軍関係者は、別の問題に目を向けていた。

あの巨人は何者なのか。

日本政府は、どこまで事情を知っているのか。

戦闘中に観測された未知のエネルギーや、怪物の生態、巨人の身体構造に関する情報は存在するのか。

そして、それらを応用できる技術があるのなら、なぜ日本だけが独占するのか。

世界の覇権を争う大国は、日本政府に対する働きかけを強めていた。

「国際社会の安全保障に関わる問題だ」

「人類全体に影響を及ぼす技術を、一国だけが管理することは認められない」

「透明性のある情報開示と、国際的な共同研究が必要だ」

表向きはもっともらしい主張だった。

だが、その裏にあるのは、未知の力を手に入れたいという欲望だった。

日本政府は難しい立場に置かれていた。

協力を拒めば、国際的な孤立を招きかねない。かといって、相手の要求をすべて受け入れるわけにもいかない。

そもそも、政府が保有している情報だけで、ネイバースの力を再現できるわけではなかった。

それでも、各国は納得しなかった。

自衛隊もまた、厳しい状況に置かれていた。

未知の存在との接触記録。戦闘区域で収集された資料。関係者の証言。

それらを求める動きは、日に日に強まっていた。

だが、政府と自衛隊の中には、譲れない一線があった。

あの存在は、兵器ではない。

そして、もし今もどこかに残されている情報が、彼らを危険にさらすことになるのなら。

守らなければならない。

あの赤い巨人を。

そして、彼と共に戦った不動駿平という青年を。彼らは、その事実を胸に秘めたまま、外からの圧力に抗い続けていた。

 

「その一方で……命を軽視した結果、あんなにも恐ろしい怪物を生み出してしまったことについても、深く悔い改めようとしている」

 

世界が新たな時代へ向かおうとする中、あるネットニュースが注目を集めていた。

小学生の作文コンクールで、一人の男の子が表彰されたという記事だった。

見出しには、こう書かれていた。

「あの日、僕が教わったこと」

記事には、作文の一部が掲載されていた。

――僕は、あの怪物が現れたとき、もう世界は終わってしまうと思いました。

――大人たちも逃げていて、何が起きているのか、誰にもわからなかったからです。

――でも、赤い巨人が戦ってくれました。

――あの巨人は、傷だらけになっても立ち上がりました。何度倒されても、また立ち上がりました。

――僕は、どうしてそこまでできるのか、不思議でした。

――でも、今は少しだけわかる気がします。

――きっと、守りたいものがあったからだと思います。

――僕にも、お父さんやお母さんがいます。友達もいます。大切な人がいます。

――もし僕が、誰かを守れるようになったら、そのときは僕も逃げずにいたいです。

――僕は、あの日、自分の命の意味、生きていることの素晴らしさに気付きました。

――だから、僕はこれからも生きていきます。

――あの巨人が守ってくれた、この世界で。

作文の最後には、子供らしい、少し不格好な文字でこう記されていた。

――ありがとう。

――また、会いたいです。

その記事は多くの人々に共有され、静かな反響を呼んだ。

誰かを守るために戦った存在が、一人の子供の未来を変えた。

その事実は、戦いの映像とはまた違う形で、人々の心に残っていた。

 

祥子の声は、静かな病室の中へ溶けていった。

 

「伯母さんは、今は元気だよ」

 

「あなたのことも、全部話した。あなたがみんなを救った英雄になったことを知って、とても誇らしく思ってるって」

 

そこまで言うと、祥子は自分のお腹へそっと手を添えた。

 

その眼差しには、慈愛が満ちていた。

 

「それから……もう一つ、いい知らせがあるの。私たちの子供も、もう少ししたら生まれてくるよ」

 

祥子は微笑む。

 

「その時、この子が自分のお父さんがあんな英雄だったって知ったら……きっと、とても幸せだよね」

 

しばらくして、祥子の表情が少しだけ寂しげなものへ変わった。

 

「それから私、この間、鞘香にも会いに行ったの。それと……了にも」

 

祥子はそこで一度言葉を止めた。

 

「二人は今度こそ、ずっと一緒にいられるんだよね。……きっと、向こうで幸せに暮らしてるよね」

 

その言葉を口にした瞬間、祥子の瞳に再び涙が浮かんだ。

 

彼女はゆっくりと顔を上げる。

 

涙を湛えた瞳が、窓辺へ向けられた。

 

そこには、陽光を浴びて静かに咲き誇る、一輪の緑色の曼陀羅の花があった。

 

祥子はそれを見つめる。

 

そしていつの間にか、その柔らかな顔には、どこか安堵したような微笑みが浮かんでいた。

 

隣の病室からつけっぱなしのテレビのニュースの声が聞こえる。

 

『……以上、世界各地から届いた支援と、復興に向けた取り組みについてお伝えしました』

『あの戦いから、人々の間では、命の尊さや、誰かを守ることの意味について、改めて考える動きが広がっています』

 

画面には、被災地で遊ぶ子供たちの姿が映し出されていた。

 

『一方、赤い巨人の正体については、現在も多くの謎が残されています。彼はどこから来たのか。なぜ、私たち人間のために戦ってくれたのか。そして……』

 

映像が切り替わる。

夕焼けの空を背景に、傷つきながらも立ち上がる赤い巨人の姿が映し出された。

 

『彼は、再び私たちの前に現れることがあるのでしょうか』

 

「……あ、そうだ。駿平」

 

祥子は思い出したように、再び眠る青年へ視線を戻す。

 

「みんな、あの赤い巨人に新しい名前をつけたんだよ」

 

「それがね……あなたが子供の頃に憧れていた、正義のヒーローの名前にぴったりなんだって」

 

 

祥子は涙を拭い、微笑む。

 

隣の部屋からは変わらずアナウンサーの声がする。

 

『そんな中、子供たちは感謝と尊敬の意を込め、あの赤い巨人を、こう呼んでいます』

 

「その名前は――」

 

一拍の間。

 

そして彼女は、静かにその名を口にした。

 

「ULTRAMAN(ウルトラマン)!」

 

 

      NEIGHBORS

  それは、永遠に変わらない光の魂の絆。

 

 

  NEIGHBORS THE ULTRAMAN-鎮魂戦争-

 

         完

 

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