「皆さん、揃ったようで」
羽生は駿平と市川を見ると、その場にいた自衛隊員と警察官全員へ向き直った。
「皆さん、大変申し訳ありません」
羽生は深々と頭を下げた。
「我々の失態により、敵に再び襲撃を許してしまいました。皆さんには長時間にわたって調査していただくことになり、本当に申し訳なく思っています」
顔を上げる。
「この件については、警察側が責任を負います。ここまでご協力いただいたことに、心から感謝します」
調査を終えた隊員たちが、それぞれ帰還の準備を始めようとした。
羽生が解散を告げようとした、その動きを駿平が止めた。
「羽生警部」
「……?」
「どうか、ご自分を責めないでください。この件については、私も半分の責任を負うと言いました。隊長は私の提案を聞いて配置を決めたのですから」
羽生の表情がわずかに変化する。
しかし駿平は、そのまま別の質問をした。
「このことを知っている住民は、今どうなっていますか?」
「一時的に、情報の拡散は抑えられている」
大神が答えた。
「だが、SNSには映像が出回っている。大規模な報道に発展するのも時間の問題だろう」
「それなら、まだ取り返しがつきます」
駿平は言った。
「事態が大きくなる前に捕まえて解決できれば、問題はありません」
「言うのは簡単だ」
大神が冷たく返す。
「今どこへ行って探すんだ? いつ、どこに再び現れるかも分からないのに、どうやって配置する?」
「いや」
駿平は答えた。
「いつ捕まえられるかは分かっています」
全員が駿平を見る。
「今夜です」
「……」
「冗談を言っている場合か、不動駿平!」
大神が声を荒らげた。
しかし駿平は動じない。
「この街の詳細な地図をください」
羽生田は駿平を見つめた。
ふと、以前江国三尉から聞いた言葉を思い出す。
羽生田は自衛官から大きな地図を受け取り、地面へ広げた。
街の建物や道路、施設の位置が詳細に記されている。
駿平は地図を見渡す。少なくとも1.5平方メートルはある。
そして指を一点へ向けた。
街の西部。
海港付近にある造船工場だった。
「今夜、奴がこっちへ来る可能性が高い」
駿平は言った。
「皆さん、この周辺の住民と作業員を一時的に避難させられますか?」
その場にいた全員が眉をひそめた。
大神などは、明らかに疑っている。
羽生が尋ねた。
「判断の根拠を聞かせてくれるか?」
「砂場の穴の壁に残った痕跡。それから、坑道のそばに散乱していた薬莢の状況です」
駿平は淡々と答えた。
「そこから、おそらく相手は街の西部方面へ向かったと判断しました」
「それだけか?」
「ここまでしか話せません」
駿平はそれ以上言わなかった。
「他のことは、申し上げられません」
「そんな曖昧な言葉を判断の理由にするとは……」
大神が苛立った。
「まったく信憑性に欠ける。これは市民の安全を預かる話なんだぞ!」
「大神さん」
市川が口を挟む。
「不動先輩は、口から出まかせを言っているわけではありません。以前にも似たような任務で、こうした曖昧なものを判断材料にしていました。そして結果的に、先輩の判断は非常に正確でした」
「ふん!」
鳴海は鼻を鳴らした。
「だが、そんな言い分はあまりに馬鹿げている!」
声が大きくなる。
「これは市民の安全を預かる重大な話なんだぞ!」
「落ち着け大神」
羽生が遮った。
「不動さんは、上からの要請に応じてわざわざ我々を助けに来てくれたんだ。本来、彼はこの件に関わる必要すらなかった」
羽生は駿平へ視線を戻した。
「それでも彼が相手の行方をそこまで確信しているなら、何かしらの根拠があるんだろう」
羽生は決断した。
「今は他に手がかりがない。まずは彼の言う通りにやってみよう。問題が起きたら、その時に改めて対応する」
そして、最後だけ声を落とした。
「それに……江国三尉が言った言葉も忘れるな」
大神は黙った。
「すみません、羽生隊長!」
自分の態度が失礼だったと気づいた大神は、駿平と市川に頭を下げた。
「失礼しました」
そして脇へ退いた。
駿平は二人の警察官へ向き直った。
「お二人とも、ご安心ください」
その声には揺るぎがない。
「もし今回の予測が外れたとしても、その結果はすべて私一人が負います」
周囲を見渡す。
「ここにいる皆さんが証人になってください」
「……」
羽生は頷いた。
「では、こうしましょう」
地図を指差す。
「この造船所に近い警察署へ連絡し、一時的に周辺住民と作業員を避難させてもらう」
さらに指を動かす。
「その後、警察には周囲五から十キロを警戒してもらう」
そして造船所の隣にある廃墟群を指した。
「自衛隊はこの今は使われていない工場跡地の廃墟へ展開する」
円を描く。
「奴が現れたら、この範囲へ包囲して殲滅する」
具体的な配置について、全員で話し合いが始まった。
だがその為には一つ懸念があった。
「囮が必要になる」
誰かが言った。
その一言で、羽生も駿平も眉をひそめた。
作業員を全員避難させれば、奴を誘い出す獲物がいなくなる。
大まかな移動ルートを把握していても、相手を罠へ誘導できなければ作戦は成立しない。
「では、作業員を避難させないか?」
誰かが提案した。
「あるいは一部だけ残して、少人数の作業員を餌として……」
「駄目です」
駿平が即座に否定した。
「作業員であれ、一般市民であれ、その安全は絶対に確保しなければならない」
駿平は地図を見つめる。
「避難誘導を行う警察官も、十分に安全な距離まで撤退させる。目標が捕獲、あるいは駆除されるまでは、対象地域の近くへ戻ってはいけません」
顔を上げる。
「これが、すべての行動の前提です。決してミスは許されません」
「不動さん」
大神が言った。
「君はそこまで真剣になる必要はない。これは所詮、曖昧な推測に過ぎないんだ」
どこか冷めた声だった。
「以前、君が優秀に任務を遂行していたことと、羽生田さんの顔を立てるために、我々がこんな根拠のない作戦を取って非難されるリスクを負う必要があるとは思えない」
「周囲の人間を避難させることすら面倒だ、と?」
駿平は黙って見つめた。
「私は、絶対に一般市民の安全を人質にはしません」
羽生が口を開いた。
「奴は今夜、必ずここへ来る」
そして、続けた。
「もうこれ以上の失敗は許されない」
「私も、この危険なやり方には賛成できません」
大神も続ける。
「不動さんの判断が正確かどうかはともかく、もし本当に相手がこちらへ攻撃を仕掛けてきて、我々が何の行動も取らずに死傷者を出したら――」
その顔が険しくなる。
「市民は、治安と防衛を担当する者をますます信用しなくなるでしょう」
羽生は全員を見回した。
「この問題は、我々が先に提案したんだ」
静かな声だった。
「なら、囮が必要なら我々の中から選ぶべきだ」
沈黙。
誰も口を開かない。
囮役。それは、自ら敵の目の前に立つことを意味する。
ほんの少し判断を誤れば、命を失う。
「これは……自ら敵の巣穴に飛び込むようなものじゃないか?」
誰かが呟いた。
「なら、行かせてください」
駿平が立ち上がった。
「先輩一人では危険です!」
市川も続いた。
「自分も行きます」
駿平と市川は目を合わせた。
駿平は静かに頷く。
「それなら俺と大神も加えてくれ」
羽生が声を上げた。
今回の調査の主担当。その責任を自分たちも負うという意思だった。
羽生は周囲を見渡した。
もう誰も立候補しない。
やはり、この最悪の役割は四人が担うしかない。
「よし」
羽生が決断する。
「俺たち四人で奴を誘い出す」
羽生は地図を指差した。
「他の者は周囲に伏せて、俺たちの合図を待て」
駿平、市川、大神を見る。
「俺たちは常に不測の事態に備える必要がある。無駄死にしたくなければな」
そして周囲の自衛隊員と警察官へ向き直った。
「さらに、諸君の協力が必要だ」
少しだけ笑った。
「俺たちの命は、君たちの手に委ねられている」
「その点はご安心ください、羽生さん」
自衛隊員と警察官から笑いが起こった。
羽生が少し堅苦しくなった空気を和らげようとしていることが分かっていた。
「それなら、計画はこれで決まりだ!」
羽生が言う。
「早速、具体的な配置作業に取り掛かろう!」
次々と自衛隊員と警察官が持ち場へ散っていく。
やがて、その場に残ったのは、地図を見つめる駿平、その隣の市川、大神、羽生の四人だけだった。
羽生は、地図へ視線を落としたまま動かない駿平を見つめる。
「……本当に自信があるのか?」
駿平はすぐには答えなかった。
しばらく西の方角を見る。
その視線の先には、今は何もない。
だが、その地下深くでは――巨大な何かが、すでに街の西部へ向かって進んでいる。
「正直に言います」
駿平は静かに口を開いた。
「自分でも、よく分かりません」
その言葉を最後に、駿平は再び地図へ視線を落とした。
今夜、何かが起こる。
それだけは、確信していた。