銀河外縁部、多元世界境界領域。
そこには星がなかった。
正確には、星の光が届かないわけではない。観測装置が捉える恒星の位置と、艦橋の窓から見える光の位置が一致しないのだ。
遠方の銀河が、ゆっくりと水面のように歪んでいる。
ピースギア所属、第一調停艦隊。
その旗艦は、世界線間航路に発生した原因不明の空間変動を調査していた。
イズモは艦橋後方の技術主任席で、観測データを確認していた。
周期的な空間歪曲。
複数の転移反応。
そして、既知の航行方式によく似た波形。
イズモ「……妙ですね」
綾音「何か見つかった?」
イズモ「自然現象にしては、位相制御が正確すぎます。人工的な転移反応に見えますね」
綾音「所属は?」
イズモ「まだ不明です。ただ、少なくとも私たちの技術体系と非常によく似ています」
綾音が司令席から観測画面へ視線を移す。
綾音「別世界の文明が、似た技術を開発した可能性は?」
イズモ「あります。でも、ここまで波形が一致するのは……」
警報が鳴った。
オペレーター「前方空間に大規模転移反応!」
綾音「総員、警戒配置。防御シールド展開。ただし兵装の照準は行わないで」
オペレーター「了解!」
艦橋正面の空間に、幾筋もの青白い光が走った。
最初に現れたのは一隻の大型艦。
続いて、その左右に巡洋艦らしき艦影が出現する。
さらに後方。
二隻、四隻、八隻。
次々と巨大な艦艇が姿を現した。
整然とした陣形だった。
転移直後にもかかわらず、各艦の相対距離に乱れがない。
イズモは椅子から身を起こした。
イズモ「……艦隊?」
オペレーター「転移反応、継続中! 現在確認できる艦艇、三十二隻! なお増加しています!」
綾音「艦隊全体の識別を」
オペレーター「照合中です!」
数秒後。
オペレーターの声が途切れた。
綾音「どうしたの?」
オペレーター「……識別情報が」
イズモ「何か問題でも?」
オペレーター「全艦、ピースギア所属艦として識別されています」
艦橋が静かになった。
綾音「……もう一度」
オペレーター「艦艇識別情報、通信規格、所属コード、すべてピースギアのものと一致しています。認証系統も正常です」
イズモ「……え?」
オペレーター「ですが、艦艇データベースとの照合結果に多数の不整合があります」
イズモ「詳細を出してください」
立体投影された艦隊図に、次々と警告が表示された。
識別番号は正しい。
艦級名も、確かに見覚えがある。
しかし、姿が違う。
イズモ「……あれ?」
艦隊中央に位置する大型巡洋艦。
基準世界にも存在する艦級だった。
ただし、艦首には本来存在しない大型砲塔が二基追加されていた。
側面の救護区画に相当する部分は装甲で覆われ、複数の砲口が並んでいる。
艦尾の機関配置まで異なっていた。
オペレーター「同型艦と判定される艦にも、船体構成の差異を多数確認。救護設備の一部が縮小され、代わりに兵装区画が増設されています」
綾音「……改修艦?」
イズモ「それだけではありませんね」
イズモは別の艦影を拡大した。
細長い船体。
両舷に巨大なエネルギー収束装置。
艦体中央に設置された、異様なほど大きな空間制御環。
その姿を見た瞬間、イズモの表情が変わった。
イズモ「……これ、まさか」
綾音「知ってる艦?」
イズモ「はい。設計資料があります」
綾音「配備されていた?」
イズモ「いえ」
イズモは端末を操作した。
数年前の日付が付いた建造計画書が表示される。
その最終ページには、赤い文字が残されていた。
『建造計画中止。運用上の危険性が許容基準を超過』
イズモ「……私が中止を提言した艦です」
綾音「……何ですって?」
イズモ「実験段階では成立していました。でも、あまりに攻撃能力を優先した設計で……事故時の被害を限定できなかったんです」
オペレーター「該当艦、二隻確認。さらに未登録の後継艦と推定される大型艦を三隻確認しています」
イズモ「……後継艦まで?」
綾音「どういうこと?」
イズモ「私たちが採用しなかった技術を、採用した歴史がある。しかも一度きりじゃない。そこから改良と発展を続けているんです」
綾音「…………」
イズモは画面に並んだ識別番号を見つめた。
船体構成だけなら偽装の可能性もある。
しかし、内部の機関配置、推進方式、空間制御装置の周波数まで、自分たちの技術に由来している。
それでいて、設計思想だけが大きく違う。
イズモ「……コンタクト相手は……ピースギアか」
小さく息を吐いた。
イズモ「来るべくしてきた感じか」
綾音「……別世界の?」
イズモ「恐らく。私たちだけが、すべての世界に存在する唯一のピースギアとは限りませんから」
綾音「……そうね」
通信士「先方艦隊より通信要求! 発信元、旗艦と思われる大型戦艦!」
綾音「接続して」
イズモ「待ってください。接続前に一つ」
綾音「何?」
イズモ「全艦の識別を再分類してください。相手を敵艦として扱う必要はありませんが、同じ識別コードで味方判定が通る状態は危険です」
綾音「了解。臨時識別区分を設定。全艦に共有して」
オペレーター「了解!」
綾音「……それじゃ、話を聞きましょうか」
通信が接続された。
艦橋正面に巨大な映像が現れる。
映し出されたのは、ピースギアによく似た艦橋だった。
しかし、雰囲気が違う。
装飾は少なく、各座席には戦術情報が表示されている。
中央には巨大な作戦投影装置。
艦橋後方には、兵装制御専用と思われる複数の管制席が並んでいた。
そして中央の司令席。
そこに座っていた人物を見て、イズモは一瞬言葉を失った。
イズモ「…………」
綾音「……え?」
相手の司令官は、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。
異世界イズモ「こちら、多元世界管理機構ピースギア、第一機動艦隊」
異世界イズモ「艦隊司令官、最上イズモです」
綾音「…………」
イズモ「……ああ」
綾音「イズモ……?」
イズモ「はい。見えてます」
異世界イズモ「そちらの所属、指揮官、および世界線識別情報を要求します」
その声は、イズモ自身のものとほとんど変わらなかった。
しかし、言葉の運び方には違いがあった。
簡潔で、無駄がない。
必要な情報だけを確認する、長く指揮官を務めた人物の話し方だった。
綾音「こちらは超銀河平和維持機構ピースギア、第一調停艦隊。司令官、綾音です」
異世界イズモ「……綾音?」
相手の視線がわずかに動いた。
異世界イズモ「失礼。もう一度、お名前を確認しても?」
綾音「綾音です」
異世界イズモ「…………」
そのとき、相手艦橋の右側から、一人の女性が近づいてきた。
見慣れた顔だった。
ただし、その服装は司令官のものではない。
異世界綾音「……司令、少し代わっていただけますか?」
異世界イズモ「どうぞ」
異世界綾音「こちら、艦隊技術主任の綾音です。そちらの技術責任者は?」
イズモ「……私です」
異世界綾音「…………」
イズモ「最上イズモです」
数秒間。
両方の艦橋が沈黙した。
異世界綾音「……なるほど」
綾音「そちらでは……役職が逆なのね」
異世界綾音「そのようですね」
イズモ「……いやあ、こんなこともあるんですね」
異世界イズモ「並行世界間の接触であれば、十分考えられる事象です。ただ、同一人物の配置がここまで入れ替わっている事例は、我々の記録にも多くありません」
イズモ「そちらも並行世界を管理しているんですか?」
異世界イズモ「ええ。必要に応じて介入も行います」
イズモ「……そうですか」
異世界イズモ「それにしても」
異世界側の司令官が、こちらの艦隊図を見つめる。
異世界イズモ「興味深い艦隊ですね」
綾音「どういう意味かしら?」
異世界イズモ「多くの艦が旧式の兵装配置を維持しています。その一方で、防御機構や空間制御装置は、こちらの現行艦を上回る部分がある」
異世界綾音「特に非殺傷兵装の構成が特徴的です。あの区画、全部が無力化装置なんですか?」
イズモ「はい。必要に応じて対象の機関、兵装、移動能力を個別に停止できます」
異世界綾音「……個別に?」
イズモ「ええ。乗員や周辺環境への被害を抑えるためです」
異世界綾音は隣の端末に視線を落とした。
異世界綾音「……技術的には、相当高度な制御をしているんですね」
イズモ「そちらの艦艇も、かなり興味深いですよ。中止したはずの設計が実用化されているとは思いませんでした」
異世界綾音「中止?」
イズモ「ええ。空間接続系統の事故リスクが大きすぎて、私たちの世界では採用しなかった艦があります」
異世界綾音「……ああ。あの艦ですか」
彼女はすぐに理解したようだった。
異世界綾音「初期設計では確かに問題がありました。でも、現在運用している艦には冗長制御系と独立遮断機構を追加しています」
イズモ「……なるほど。そこを改修したんですか」
異世界綾音「そちらは違う解決方法を?」
イズモ「危険な運用そのものを必要としない方向へ変更しました」
異世界綾音「…………」
イズモ「ただ、改修後の安全性評価には興味がありますね」
異世界綾音「私も、そちらの無力化装置には興味があります」
異世界イズモ「綾音」
異世界綾音「……はい。すみません、司令」
綾音が小さく笑った。
綾音「……どこの世界でも、技術者は技術の話になると止まらないみたいね」
イズモ「……否定できませんね」
相手艦橋にも、わずかな笑みが広がった。
初めて、通信の緊張が緩んだ。
しかし、その空気は長く続かなかった。
異世界イズモ「本題に入りましょう」
綾音「ええ」
異世界イズモ「我々は、この世界線境界領域で発生している異常転移現象を調査しています」
綾音「こちらも同じ目的です」
異世界イズモ「では、双方の観測情報を共有できる可能性がありますね」
イズモ「それなら助かります」
異世界イズモ「ただし、先に確認したい事項があります」
彼の背後に、複数の世界線を表した立体図が表示された。
異世界イズモ「そちらの組織では、文明間紛争に対して、どの程度の武力介入を認めていますか?」
綾音「原則として、対話と調停を優先します。武力による介入は最終手段です」
異世界イズモ「……最終手段」
綾音「ええ」
異世界イズモ「相手が停戦に応じず、軍事行動を継続した場合は?」
綾音「必要な範囲で戦闘能力を無力化します」
異世界イズモ「致死的な攻撃は?」
イズモ「可能な限り避けます」
異世界イズモ「……可能な限り?」
イズモ「はい。完全に排除できるとは言いません。でも、命を奪わずに止めるための手段は、最後まで検討します」
異世界イズモ「…………」
相手司令官は、その答えを遮らなかった。
ただ、何かを確かめるように、しばらくこちらを見ていた。
異世界イズモ「……理解しました」
綾音「そちらは?」
異世界イズモ「我々も、交渉による解決を優先しています。しかし、相手の軍事能力が継続的な脅威と判断された場合、必要な武力行使を認めています」
イズモ「……殺傷を含めて?」
異世界イズモ「ええ」
イズモ「…………」
異世界イズモ「誤解しないでいただきたい。我々も無用な殺傷を推奨しているわけではありません」
異世界綾音「実際、民間人の避難や戦闘地域の分離には相当な資源を投入しています。攻撃対象の選定にも厳格な基準があります」
異世界イズモ「ただし、戦闘の長期化によって犠牲が増えることが明白な場合、早期に敵戦力を破壊する判断も必要です」
綾音「……随分と軍事寄りなのね」
異世界イズモ「そうならざるを得ない歴史がありました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「停戦合意を何度も破棄する勢力。非殺傷による制圧後、再武装して民間人を襲撃する組織。調停のために設けた非武装地帯を利用して侵攻する国家」
異世界イズモ「我々は、それらに対処する制度と技術を作りました」
綾音「……それで、今の艦隊になったのね」
異世界イズモ「ええ」
異世界綾音「最初からこうだったわけではありません」
彼女は自分の背後に表示された艦隊を振り返った。
異世界綾音「私たちだって、救護設備を減らしたかったわけじゃないんです」
その声は落ち着いていた。
異世界綾音「ただ、艦が撃沈されれば、救護設備も救護する人員も失われます。だから、まず生き残れる艦を造った」
イズモ「…………」
異世界綾音「その結果が、あの艦隊です」
イズモは画面に映る艦艇を見つめた。
大型砲塔。
厚い装甲。
増設されたエネルギー収束装置。
それらが、単純な破壊衝動によるものではないことは理解できた。
あの艦艇には、あの世界なりの設計上の理由がある。
何度も戦場に投入され、損傷し、改修され、生き残るために進化してきたのだろう。
しかし。
イズモ「……それでも、私たちは同じ設計にはしないと思います」
異世界綾音「……ええ。そうでしょうね」
否定も、反論もなかった。
彼女はただ、静かに頷いた。
そのときだった。
オペレーター「司令! 境界領域内部に新たな転移反応!」
綾音「位置は?」
オペレーター「両艦隊の中間です!」
異世界側の艦橋にも、警報が鳴り響いた。
異世界綾音「司令! 未確認船舶の出現を確認!」
空間が歪んだ。
そこから一隻の小型輸送船が飛び出した。
船体の半分が破損していた。
推進機関は停止。
船尾から大量のエネルギーが漏出している。
イズモ「……遭難船?」
オペレーター「救難信号を受信! 乗員二百十四名! うち多数が負傷している模様!」
綾音「救助部隊を準備!」
イズモ「空間変動がまだ続いています。通常の接近では危険です。こちらで航路を確保します」
綾音「お願い!」
異世界側でも、すぐに動きがあった。
異世界イズモ「救難信号を確認。第三救助戦隊、前進。医療班を待機させてください」
異世界綾音「了解。周辺空間の安定化も開始します」
両艦隊から、小型艇が発進した。
同じ目的だった。
遭難者を救う。
少なくとも、その瞬間までは。
イズモ「……なるほど」
綾音「何?」
イズモ「そちらのピースギアも、救助活動はかなり迅速ですね」
異世界イズモ「当然です。我々も平和維持機構ですから」
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ「そちらも、随分と早い」
イズモ「救難信号が出ていますから」
異世界イズモ「ええ。その点では、我々に違いはないようです」
二つの艦隊から発進した救助艇が、損傷した輸送船へと接近していく。
ところが。
異世界綾音「……待ってください」
その声が変わった。
異世界綾音「司令、輸送船の貨物区画を確認してください」
異世界イズモ「何か?」
異世界綾音「……次元干渉反応があります」
イズモも同じ異常を確認していた。
輸送船の中央部。
貨物区画に相当する場所から、規則性のあるエネルギー反応が漏れている。
イズモ「……これは」
異世界綾音「間違いありません。空間接続装置です」
綾音「民間船に?」
異世界イズモ「……全救助艇、一時停止」
相手側の救助部隊が減速した。
異世界イズモ「輸送船の所属を確認してください。貨物区画の隔離を最優先。乗員には移動制限を通達」
綾音「待って。負傷者がいるのよ?」
異世界イズモ「承知しています。ですが、あの装置が起動状態にある以上、救助艇を不用意に接舷させることはできません」
イズモ「……確かに、接続先が不明ですね」
異世界綾音「そのとおりです。場合によっては救助艇ごと、別の世界線へ引き込まれる危険があります」
綾音「イズモ、対処できる?」
イズモ「解析します。少なくとも、装置そのものを破壊する必要はありません」
異世界イズモ「……破壊?」
イズモ「ええ。そちらの艦艇が兵装を展開しているので」
異世界側の大型巡洋艦が、ゆっくりと砲塔を旋回させていた。
ただし、照準はまだ輸送船に向いていない。
異世界イズモ「警戒措置です。あの装置が何であるか確認できるまでは、攻撃しません」
イズモ「……了解です」
異世界綾音「こちらからも解析情報を共有します。あの型の空間装置なら、こちらに制御実績があります」
イズモ「助かります」
二人はほとんど同時に端末へ手を伸ばした。
共通規格で送られた情報が、互いの艦隊間を行き交う。
異世界綾音「……そちら、位相固定を外部から行えるんですか?」
イズモ「可能です。ただし対象を隔離するため、輸送船自体を一時的に拘束することになります」
異世界綾音「……なるほど。それなら起動を抑制できるかもしれません」
イズモ「ですね。協力してもらえれば、より安全に――」
警報。
オペレーター「貨物区画の出力、急上昇!」
異世界綾音「……っ! 接続先が変わった!」
イズモ「……まずい!」
立体投影された輸送船の内部で、空間接続装置が急激に膨張した。
接続先は不明。
周囲の時空間が引き伸ばされる。
オペレーター「船体構造に亀裂! このままでは分断されます!」
綾音「救助艇を退避させて! イズモ!」
イズモ「分かっています!」
異世界イズモ「全艦、対空間防御態勢! 第三救助戦隊は退避、対象周辺に隔離フィールドを形成!」
異世界綾音「司令、あの出力では通常の隔離フィールドだけでは足りません!」
異世界イズモ「ならば、こちらの空間制御艦を投入します。輸送船ごと安定化させてください」
イズモは思わず顔を上げた。
異世界側の大型戦艦が、救助部隊の前へ進み出る。
あの、建造計画が中止された艦だった。
艦体中央の巨大な空間制御環が輝き始めた。
オペレーター「異世界艦、巨大な空間固定フィールドを展開!」
イズモ「……なるほど。あの制御環は、そのためにも使えるんですね」
異世界綾音「本来は別用途ですが、応用できます!」
イズモ「なら、こちらの位相安定装置と同期してください。接続先の揺らぎを抑えます!」
異世界綾音「了解!」
二つの艦隊から放たれた光が、損傷した輸送船を包んだ。
空間の歪みが、少しずつ収まっていく。
異世界側の強大な出力。
基準世界側の精密な制御。
異なる目的で発展した技術が、一つの遭難船を救うために重なっていた。
オペレーター「……安定化成功!」
綾音「乗員は!?」
オペレーター「全員生存! 船体崩壊も停止しました!」
艦橋のあちこちで、安堵の息が漏れた。
イズモは端末から手を離した。
イズモ「……ふう」
通信画面の向こうでも、異世界綾音が椅子に背を預けていた。
異世界綾音「……何とかなりましたね」
イズモ「ですね。助かりました」
異世界綾音「こちらこそ。そちらの精密制御がなければ、もう少し危険だったと思います」
異世界イズモ「救助作戦を継続。対象船の負傷者は優先して搬送してください」
綾音「こちらの医療艦も受け入れ可能です。必要なら協力します」
異世界イズモ「ありがとうございます。では、重症者の一部をお願いします」
それは、ほんの短い時間だった。
二つのピースギアが、まったく同じ目的のために行動した時間。
その結果、二百十四名が救われた。
救助作業が落ち着き始めたころ。
異世界イズモから再び通信が入った。
異世界イズモ「……最上技術主任」
イズモ「はい?」
異世界イズモ「そちらの技術は、非常に興味深いものでした」
イズモ「ありがとうございます。そちらの空間制御艦も、思っていた以上に完成度が高かったです」
異世界イズモ「……そうですか」
イズモ「正直、あの設計を中止した身としては複雑ですけどね」
異世界イズモがわずかに笑った。
異世界イズモ「我々も、あの艦を完成させるまでに多くの問題を解決しました」
イズモ「でしょうね」
異世界イズモ「ですが、技術的に可能なことと、運用を許可すべきことは別です」
イズモ「……ええ」
異世界イズモ「我々は、必要性が上回ると判断した」
イズモ「私たちは、危険性が上回ると判断しました」
異世界イズモ「そういうことです」
しばらく沈黙が続いた。
異世界イズモ「……いつか、そちらの判断に至った経緯も聞いてみたいですね」
イズモ「こちらもです」
異世界イズモ「ただ、一つだけ」
イズモ「何でしょう?」
異世界イズモ「今日のように、双方の目的が一致するとは限りません」
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ「そのとき、我々が異なる判断を下したとしても、互いの事情を知らないまま断罪することだけは避けたい」
イズモ「同感です」
異世界イズモ「ありがとうございます」
通信が一度途切れた。
イズモは、観測画面に残る異世界艦隊を見つめた。
一隻一隻に、こちらの歴史には存在しない改修が施されている。
強大な火力を持つ艦。
危険すぎて計画中止となった艦。
そして、その後継として完成した艦。
しかし、つい先ほど。
あの危険な戦艦は、遭難船を救うために使われていた。
イズモ「……複雑ですね」
綾音「何が?」
イズモ「同じ技術でも、こんなに違うものになるんだなって」
綾音「……そうね」
イズモ「ただ、少なくとも一つは分かりました」
綾音「……何?」
イズモ「彼らも、ちゃんと人を救おうとしている」
綾音は黙って、異世界艦隊を見つめた。
綾音「……ええ」
イズモ「だからこそ、もし戦うことになったら……」
そこで言葉を止めた。
綾音「……戦わずに済ませたい?」
イズモ「もちろんです」
綾音「……そうね」
イズモ「ただ、それだけでは済まない可能性もあります」
綾音「…………」
イズモ「相手は、私たちと同じ技術を持っていて、私たちとは違う判断をする組織ですから」
そのとき、技術端末に新たな解析結果が届いた。
救助された輸送船の貨物区画から取得した、空間接続装置の記録だった。
イズモは何気なく、その履歴を開いた。
そして、手を止めた。
イズモ「……え?」
画面には、装置が接続していた世界線の一覧が表示されていた。
その中に一つ。
異世界艦隊の転移経路と一致する座標があった。
イズモ「……ちょっと待って」
綾音「どうしたの?」
イズモ「この輸送船、偶然ここに来たわけじゃないかもしれません」
綾音「……どういうこと?」
イズモは記録をさらに拡大した。
航路履歴。
接続許可。
貨物情報。
その最後に、一つの識別コードが残されていた。
『管理機構ピースギア・特別輸送指定』
イズモ「…………」
綾音「……イズモ?」
イズモ「……これ、彼らの世界の船かもしれません」
その瞬間。
異世界艦隊から緊急通信が入った。
異世界イズモ「第一調停艦隊へ。先ほど救助した輸送船について、重要な確認事項があります」
綾音「……何でしょう?」
異世界イズモ「その船の貨物は、こちらの管理下にある危険技術です。正式な輸送許可のない状態で、世界線境界を越えています」
綾音「……危険技術?」
異世界イズモ「ええ。乗員の保護については感謝しています」
一拍。
異世界イズモ「ですが、その貨物は我々が責任を持って回収しなければなりません」
イズモ「……回収しなければ、どうなるんですか?」
異世界イズモは即答しなかった。
代わりに、隣の綾音へ何かを確認している様子が映った。
数秒後。
異世界イズモ「……過去に、同型装置が原因で一つの恒星系が失われています」
艦橋が静まり返った。
異世界イズモ「その事故を繰り返すわけにはいきません」
イズモ「…………」
異世界イズモ「ですから、お願いがあります」
綾音「……何でしょう」
異世界イズモ「その輸送船を、我々に引き渡してください。」
イズモは、救助されたばかりの船の映像を見つめた。
まだ医療班が活動している。
船内には負傷者が残っている。
そして貨物区画には、未知の装置がある。
イズモ「……まず、装置の詳細と危険性評価を共有していただけますか?」
異世界イズモ「もちろんです。ただし、回収作業には我々が立ち会います」
イズモ「それは構いません」
綾音「……輸送船の乗員については?」
異世界イズモ「治療と安全の確保が最優先です。その後、事情を聴取します」
綾音「……了解しました」
互いの要求は、まだ矛盾していなかった。
少なくとも、今は。
しかし、イズモは気づいていた。
双方が同じ船を救い、同じ危険を認識していても、最後に許容できる選択肢が違う。
そして、装置の制御に失敗したとき。
異世界側は何を決断するのか。
自分たちは、どこまでそれを止められるのか。
イズモは、貨物区画の監視画面を閉じなかった。
そこでは、わずかながら空間干渉反応が再び増加し始めていた。
第一話 完
次話「回収命令」