ピースギア ― 二つの正義、一つの名 ―   作:最上 イズモ

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第二話「回収命令」

 

多元世界境界領域。

二つのピースギア艦隊の間に、一隻の輸送船が浮かんでいた。

船体の各所には亀裂が走り、破損した外装から内部構造が露出している。

しかし、その周囲には幾重もの光の膜が展開されていた。

基準世界のピースギアが展開した空間安定フィールド。

そして、異世界ピースギアが展開した隔離フィールド。

異なる歴史を歩んだ二つの組織が、一隻の船を守るために協力している。

少なくとも、現在は。

イズモは技術主任席で、輸送船の貨物区画を監視していた。

先ほど一度は沈静化した空間干渉反応が、再び増大している。

イズモ「……やっぱり、止まってませんね」

綾音「危険なの?」

イズモ「今すぐ爆発するようなものではありません。ただ、空間接続装置が何かを探しているように見えます」

綾音「探している?」

イズモ「ええ。接続先の座標を何度も変更しています。通常の転移装置なら、目的地を固定するはずなんですが……」

そのとき、異世界艦隊から技術資料が届いた。

異世界綾音『空間接続装置の基礎構造と緊急停止手順を送信しました。確認できますか?』

イズモ「受信しました。ありがとうございます」

異世界綾音『ただし、実機と設計資料が完全に一致する保証はありません。作業前に構造を照合してください』

イズモ「了解です」

受信した資料を開く。

最初に表示されたのは、複雑な空間制御環の断面図だった。

複数の制御装置が円環状に配置され、その中央に空間接続用の中核装置が収められている。

見覚えのある構造だった。

イズモ「……これ、ポータル制御装置ですよね?」

異世界綾音『ええ。正確には軍用の高出力空間接続装置です』

イズモ「軍用……」

資料をさらに読み進める。

そして、イズモの指が止まった。

装置の用途欄。

そこには、想像していたものとは違う説明が記載されていた。

『戦略空間接続兵装・ポータルキャノン用中核制御装置』

イズモ「…………」

綾音「どうしたの?」

イズモ「……ちょっと、見てください」

司令席の投影画面へ資料を転送する。

綾音は数秒間、その内容を読んだ。

綾音「……兵器?」

イズモ「はい」

綾音「ポータルを?」

イズモ「……兵器に転用したみたいです」

異世界綾音『転用というより、軍用として設計を再構成したものです』

イズモ「……なるほど」

異世界綾音『何か問題がありますか?』

イズモ「問題というか……私たちの世界でも、類似した技術の検討記録はあります」

異世界綾音『実用化は?』

イズモ「していません」

異世界綾音『理由は?』

イズモ「制御に失敗した場合の被害が大きすぎます。それに、そもそも空間接続を攻撃に利用する必要性が認められませんでした」

数秒の沈黙。

異世界綾音『……そうですか』

彼女の声は、特に驚いた様子ではなかった。

異世界綾音『こちらでは、必要性が認められました』

イズモ「……どのような運用を?」

異世界綾音『装甲内部への直接接続、遠隔地点へのエネルギー転送、敵艦推進機構への空間干渉などです』

イズモ「…………」

異世界綾音『ただし、無制限に使用できる兵器ではありません。接続先の環境によっては周辺宙域にも被害が出ます。使用には司令部の承認が必要です』

イズモ「……恒星近傍にも接続できますか?」

異世界綾音『可能です』

綾音「……まさか」

異世界綾音『ただし、その方式は使用条件が非常に厳しく設定されています。想定外の熱エネルギー流入や空間崩壊を防ぐためです』

イズモは画面に表示された制御装置を見つめた。

技術的には、理解できる。

原理も、設計思想も、どのような計算を行えば実現できるかも。

それが、余計に不気味だった。

イズモ「……本当に、私たちと同じ技術なんですね」

異世界綾音『ええ。だからこそ、そちらの技術主任には理解していただけると思っています』

イズモ「……理解はできます」

異世界綾音『…………』

イズモ「ただ、同じものを造りたいとは思いません」

異世界綾音『……それは、そちらの判断です』

彼女は淡々と答えた。

怒っているわけでも、反論を諦めたわけでもない。

ただ、それぞれの世界に異なる判断が存在することを認めているようだった。

 

輸送船内部

救助艇が、損傷した輸送船の側面に接舷した。

船内には非常灯が点滅し、破損した配管から白い蒸気が漏れている。

廊下の壁には、ピースギアの紋章が刻まれていた。

しかし、その下に書かれている文字が違う。

『多元世界管理機構・特別輸送局』

基準世界の救助隊員が、それを確認する。

救助隊員「……本当にピースギアの船なんだな」

異世界側の救助隊員「そちらからすると、珍しいでしょうね」

救助隊員「まあ……正直、まだ混乱してます」

異世界側の救助隊員「私たちもです」

二人は短く顔を見合わせた。

そして、担架を運ぶ作業へ戻った。

救助活動において、所属の違いは大した問題ではなかった。

負傷者を運ぶ。

呼吸を確認する。

移動可能な乗員を誘導する。

両世界の救助隊は、驚くほど自然に協力していた。

しかし、貨物区画の前では事情が違った。

異世界側の警備隊が、隔壁の前に立っていた。

警備隊長「この先は機密貨物区画です。救助目的以外での立ち入りを制限します」

基準世界の救助隊長「内部に取り残された乗員はいませんか?」

警備隊長「確認中です」

救助隊長「こちらも協力できます」

警備隊長「……ありがとうございます。ただし、装置に接触しないでください」

そのとき。

隔壁の向こうから、何かがぶつかる音がした。

救助隊長「……誰かいる?」

警備隊長が通信機を操作する。

警備隊長「貨物区画、応答してください」

雑音。

そして、弱い声。

輸送船乗員『……こちら、機関士……』

警備隊長「現在位置は?」

輸送船乗員『貨物区画……制御室……』

救助隊長「負傷していますか?」

輸送船乗員『……足が……動かない……』

警備隊長「了解。救助班を向かわせます」

だが、その直後。

通信機から、別の声が聞こえた。

輸送船乗員『……待ってください』

警備隊長「どうしました?」

輸送船乗員『装置を……司令部に渡さないで……』

警備隊長「……何?」

輸送船乗員『あれを……戻したら……』

通信が途切れた。

警備隊長はしばらく隔壁を見つめた。

そして、司令部への通信を開いた。

 

第一調停艦隊・旗艦

通信士「輸送船の救助隊から報告です」

綾音「どうぞ」

通信士「貨物区画に生存者を確認。ただし、その乗員が機密貨物の引き渡しに反対する発言をしています」

イズモ「……反対?」

綾音「理由は?」

通信士「不明です。通信が途絶しました」

綾音「……なるほど」

イズモは貨物区画の監視映像を拡大した。

装置の表面に、複数の警告表示が点灯している。

先ほどの資料にはなかった表示だった。

イズモ「……あれ?」

綾音「何か?」

イズモ「装置が改造されています」

綾音「輸送船側で?」

イズモ「恐らく。正規の設計にはない制御装置が追加されています」

異世界綾音『……確認しました』

相手側の通信が入る。

異世界綾音『こちらでも異常を検出しています。輸送船は通常の軍用装置を運搬していたわけではないようです』

イズモ「……具体的には?」

異世界綾音『装置の内部に、独立した世界線座標記録装置が追加されています』

イズモ「……座標記録?」

異世界綾音『はい。しかも、通常の航行記録とは違います』

彼女は少し間を置いた。

異世界綾音『複数の恒星系について、空間接続可能な位置情報が保存されています』

イズモ「…………」

綾音「それって……」

異世界綾音『ポータルキャノンの照準用データである可能性があります』

艦橋が静まり返った。

イズモ「……それを輸送船で運んでいた?」

異世界綾音『正規の輸送手続きなら、厳重な護衛が付くはずです。ですが、この船には護衛艦がありません』

綾音「……無断で持ち出された?」

異世界綾音『その可能性があります』

そこへ異世界イズモが通信に加わった。

異世界イズモ『こちらで輸送船の登録情報を確認しました』

綾音「結果は?」

異世界イズモ『……所属は正規のピースギア輸送部隊です。しかし、今回の航行許可は発行されていません』

イズモ「……なるほど」

異世界イズモ『我々の管理下にある軍用装置が、許可なく世界線境界を越えたことになります』

綾音「それで、回収が必要なのね」

異世界イズモ『はい。ただし、乗員の救助を妨げるつもりはありません』

イズモ「……一点、確認しても?」

異世界イズモ『どうぞ』

イズモ「輸送船の乗員が、装置の返還を拒否するような発言をしています」

異世界イズモ『……承知しています』

イズモ「理由に心当たりは?」

異世界イズモ『現段階では断定できません。ですが、重大な規定違反が行われた可能性があります』

綾音「では、まず乗員から事情を聞きましょう」

異世界イズモ『同意します』

イズモ「……ありがとうございます」

異世界イズモ『ただし、装置の安全確保については、我々の責任で実施したい』

イズモ「技術情報の共有と、双方の立ち会いを条件にするなら問題ありません」

異世界イズモ『……了解です』

二つの艦隊は、共同調査を開始した。

 

貨物区画

隔壁が開いた。

内部は薄暗く、非常灯だけが床を照らしていた。

中央には巨大な円筒形の装置が固定されている。

その周囲には、空間接続用の制御環。

さらに、外部から追加されたと思われる小型の制御端末が取り付けられていた。

救助隊長「……機関士さん?」

装置の陰から、かすかな声がした。

機関士「……ここ……」

基準世界の救助隊員が駆け寄る。

壁際に、一人の男性が倒れていた。

片脚が崩れた機材の下敷きになっている。

救助隊員「意識あり! 右脚を挟まれています!」

異世界側の隊員が補助装置を展開する。

警備隊長「機材を固定します。そちらは引き出す準備を」

救助隊長「了解!」

数分後。

男性は救出された。

応急処置が終わると、機関士は震える手で救助隊長の腕を掴んだ。

機関士「……装置を……」

救助隊長「大丈夫です。まず治療を――」

機関士「……違う……」

彼は首を振った。

機関士「……あれを、使わせないでください……」

警備隊長「あなた方は、正規の輸送命令を受けていませんね?」

機関士「…………」

警備隊長「なぜ、この装置を持ち出したんですか?」

機関士は目を閉じた。

しばらくして、ゆっくりと口を開いた。

機関士「……戦争を、止めたかったんです」

警備隊長「……戦争?」

機関士「私たちのいた世界線では……まだ戦闘が続いています」

救助隊長「……それで?」

機関士「この装置は……その戦争で使われる予定だった……」

彼は装置を見上げた。

機関士「……私たちは、それを止めようとしたんです」

 

報告は、すぐに両艦隊へ送られた。

綾音「……戦争で使われる予定だった装置?」

異世界イズモ『…………』

彼はしばらく黙っていた。

異世界綾音も、何かを確認している。

やがて異世界イズモが口を開いた。

異世界イズモ『……該当する作戦があります』

イズモ「……どのような?」

異世界イズモ『ある世界線で、長期化した星間戦争が発生しています。我々は停戦交渉と並行して、交戦勢力の軍事能力を制限する作戦を計画していました』

綾音「……その作戦に、ポータルキャノンを?」

異世界イズモ『ええ。ただし、民間居住区への攻撃は認めていません』

イズモ「……標的は?」

異世界イズモ『敵勢力が保有する大型軍事施設です』

イズモ「…………」

異世界イズモ『その施設には、大規模な艦隊を補給できる能力があります。破壊できれば、敵側の継戦能力は大幅に低下するでしょう』

綾音「……でも、機関士は反対している」

異世界イズモ『そのようですね』

イズモ「施設に人員は?」

異世界イズモ『……います』

綾音「…………」

異世界イズモ『我々も当然把握しています。攻撃前に退避勧告を実施する予定でした』

イズモ「退避しなかった場合は?」

異世界イズモ『作戦判断によります』

イズモ「…………」

異世界イズモ『その施設を放置すれば、戦争はさらに長期化する可能性があります。結果として、より多くの人命が失われると分析されています』

綾音「……だから攻撃する?」

異世界イズモ『必要であれば』

艦橋に沈黙が落ちた。

イズモは、受信した作戦概要を見つめた。

軍事施設。

補給能力。

敵艦隊の活動範囲。

予測される戦争の長期化。

そして、施設内部に存在する人員。

数字と地図が、静かに並んでいた。

イズモ「……一つ聞いてもいいですか?」

異世界イズモ『どうぞ』

イズモ「その施設を破壊せず、補給能力だけを停止させる方法は検討しましたか?」

異世界イズモ『もちろんです』

イズモ「結果は?」

異世界イズモ『いずれも長期的な無力化には至りませんでした。短期間で修復される可能性が高い』

イズモ「……なるほど」

異世界イズモ『我々も最初から破壊を選択したわけではありません』

イズモ「分かっています」

異世界イズモ『ですが、最終的に必要な判断となりました』

イズモ「…………」

異世界イズモ『そちらなら、どうしますか?』

イズモはすぐに答えなかった。

目の前に表示された施設の構造図を拡大する。

補給ドック。

推進燃料貯蔵区画。

空間転移制御施設。

外部航路との接続装置。

イズモ「……まだ、情報が足りません」

異世界イズモ『……情報?』

イズモ「はい。施設を破壊する以外の方法が本当にないか、私たちはまだ検証していませんから」

異世界イズモ『…………』

イズモ「あなたたちが検討した内容も確認したいです。重複するかもしれませんが、それでも」

異世界イズモ『……分かりました』

異世界綾音『資料を送ります。ただし、作戦機密に該当する部分は制限します』

イズモ「ありがとうございます」

綾音「……それで、輸送船は?」

異世界イズモ『予定どおり、我々が装置を回収します。乗員については治療後に事情を聴取します』

イズモ「……一つ条件があります」

異世界イズモ『何でしょう』

イズモ「乗員の安全を保証してください」

異世界イズモ『医療処置と適正な手続きは保証します』

イズモ「……ありがとうございます」

異世界イズモ『ただし、規定違反が確認された場合、処分そのものを免除することはできません』

イズモ「それは理解しています。ですが、処分の理由と手続きは確認させてください」

異世界イズモ『……承知しました』

二人は、しばらく互いを見つめていた。

異世界イズモ『あなたは、ずいぶんと慎重ですね』

イズモ「そちらも、意外と話を聞いてくれるんですね」

異世界イズモ『……意外と、ですか』

イズモ「すみません。艦隊を見たとき、ちょっと身構えました」

異世界イズモ『……それは仕方ありません』

相手が小さく笑った。

異世界イズモ『こちらから見ても、そちらの艦隊は少々奇妙ですから』

イズモ「でしょうね」

その短い会話で、再び緊張が緩んだ。

しかし、状況はまだ終わっていなかった。

 

異世界ピースギア・第一機動艦隊

巨大な艦橋。

戦術情報が、司令席を囲むように投影されている。

異世界イズモは、救助された輸送船の情報を確認していた。

その隣では、技術主任の綾音が装置の状態を解析している。

異世界綾音「……司令」

異世界イズモ「どうしました?」

異世界綾音「追加された制御装置ですが……少し問題があります」

異世界イズモ「問題?」

異世界綾音「正規の安全装置を迂回しています」

異世界イズモ「…………」

異世界綾音「本来、この装置は接続先が不安定になれば自動停止します。でも追加装置が、その停止命令を上書きしているんです」

異世界イズモ「……意図的に?」

異世界綾音「恐らく」

異世界イズモ「……なぜ?」

異世界綾音「分かりません。ただ、このまま出力が上昇すると、周辺空間への影響が無視できなくなります」

異世界イズモ「対処方法は?」

異世界綾音「外部から制御を奪えば停止できます。ただし、接続先が固定されていないため、通常の手順では危険です」

異世界イズモ「……基準世界側の技術は?」

異世界綾音「使えると思います。彼らの位相制御技術は、私たちのものより精密です」

異世界イズモ「……なるほど」

異世界綾音「ただし、完全停止には時間がかかります」

異世界イズモ「…………」

異世界綾音「司令?」

異世界イズモ「……最悪の場合は?」

異世界綾音「装置の破壊です」

異世界イズモは、輸送船の映像を見つめた。

そこには、まだ救助艇が接舷していた。

異世界イズモ「……乗員は?」

異世界綾音「現在、百六十二名の退避を確認しています。残り五十二名です」

異世界イズモ「全員の退避が終わるまで、破壊は許可しません」

異世界綾音「……了解」

異世界イズモ「ただし、周辺艦隊への危険が限界を超える場合は別です。その際は直ちに報告してください」

異世界綾音「分かっています」

彼女は再び端末へ向き直った。

異世界イズモ「……綾音」

異世界綾音「はい?」

異世界イズモ「あなたは、どう思いますか?」

異世界綾音「……何がですか?」

異世界イズモ「向こうの私です」

綾音は少し考えた。

異世界綾音「……技術者として、優秀だと思います」

異世界イズモ「それは見れば分かります」

異世界綾音「でも……」

彼女は、基準世界の艦隊を拡大した。

異世界綾音「不思議ですね」

異世界イズモ「……何が?」

異世界綾音「彼らの艦艇には、私たちが削ったものが残っています」

異世界イズモ「……救護設備ですか?」

異世界綾音「それだけじゃありません。避難区画、非殺傷兵装、過剰と思えるほどの防御機構……」

異世界イズモ「…………」

異世界綾音「私たちが火力や戦闘継続能力を確保するために削ったものです」

異世界イズモ「そうですね」

異世界綾音「……なのに、ちゃんと艦隊として成立している」

異世界イズモ「…………」

異世界綾音「正直、設計資料を全部見てみたいです」

異世界イズモ「……技術者らしいですね」

異世界綾音「司令だって、向こうの艦隊運用に興味があるでしょう?」

異世界イズモは否定しなかった。

異世界イズモ「……ええ」

相手の艦艇は、自分たちより攻撃能力が低い。

しかし、防御能力と精密制御技術は明らかに優れている。

しかも、さきほどの救助活動では、自艦の安全余裕を確保しながら遭難船を保護していた。

合理的な運用だった。

異世界イズモ「……あの艦隊が、どんな戦場を経験してきたのか」

異世界綾音「……気になりますね」

異世界イズモ「ええ」

そのとき。

警報が鳴った。

オペレーター「輸送船の空間干渉反応、急上昇!」

異世界綾音「……っ!」

端末に新たな警告が表示される。

『空間接続装置・外部制御拒否』

異世界綾音「……まずい!」

異世界イズモ「状況!」

異世界綾音「追加装置が、こちらの停止命令を拒否しています!」

異世界イズモ「基準世界側へ通達!」

異世界綾音「了解!」

 

第一調停艦隊・旗艦

イズモ「……あれ?」

貨物区画の監視画面に、赤い警告が表示された。

綾音「どうしたの?」

イズモ「外部制御が拒否されています」

異世界綾音『最上技術主任! 装置の緊急停止が作動しません!』

イズモ「確認しています!」

異世界綾音『このままでは、装置が独立して空間接続を開始します!』

イズモ「……分かりました。こちらで位相固定を試みます!」

綾音「イズモ、危険性は?」

イズモ「……接続先が不明です。最悪、周辺の艦隊にも影響が出ます」

綾音「…………」

イズモ「ただし、まだ止められます」

綾音「……お願い」

イズモ「了解!」

イズモは端末に両手を置いた。

複数の制御画面が立ち上がる。

空間座標。

位相情報。

接続先の探索履歴。

その中に、一つの異常な座標が表示された。

イズモ「……え?」

綾音「どうしたの?」

イズモ「……これ」

立体投影された座標を拡大する。

接続先には、膨大なエネルギー反応が記録されていた。

恒星。

それも、非常に高温の恒星近傍領域だった。

イズモ「……まさか」

異世界綾音『……どうしました?』

イズモ「この装置、接続先が恒星近傍になっています!」

異世界綾音『……何ですって!?』

イズモ「何らかの理由で照準用の座標情報が読み込まれています! このまま接続が成立したら……!」

異世界綾音『……ポータルキャノンが起動する!』

艦橋が静まり返った。

綾音「……輸送船の中で?」

イズモ「……はい」

異世界イズモ『全艦に通達! 輸送船周辺から救助艇を退避! 空間隔離を最大出力へ!』

綾音「こちらも全艦、緊急防御配置! 救助隊は退避準備!」

オペレーター「了解!」

しかし。

イズモ「……待ってください!」

綾音「イズモ?」

イズモ「まだ五十二人が残っています!」

綾音「……分かってる」

イズモ「退避を急がせてください! 私が装置を抑えます!」

異世界綾音『最上技術主任、外部制御だけでは止められません!』

イズモ「分かっています!」

異世界綾音『装置の遮断には、内部制御系統への直接操作が必要です!』

イズモ「……なら、接続している救助隊に操作してもらいます」

異世界綾音『……危険です!』

イズモ「分かっています。でも、装置ごと破壊するより可能性があります!」

異世界綾音『…………』

彼女は数秒間黙った。

異世界綾音『……手順を送ります』

イズモ「ありがとうございます!」

異世界綾音『ただし、成功率は保証できません』

イズモ「ええ。保証できる人なんていませんから」

異世界綾音『……本当に、あなたは』

そこで通信が途切れた。

代わりに、異世界イズモの声が響いた。

異世界イズモ『最上技術主任』

イズモ「はい!」

異世界イズモ『こちらも、あなた方の作業を支援します』

イズモ「……ありがとうございます!」

異世界イズモ『ですが、一つだけ確認させてください』

イズモ「何でしょう?」

異世界イズモ『もし制御に失敗し、周辺艦隊に重大な被害が及ぶと判断された場合……』

少しの間。

異世界イズモ『我々は装置の破壊を選択します』

綾音「…………」

イズモ「……承知しました」

異世界イズモ『それまでに、可能な限り乗員を退避させます』

イズモ「……はい」

異世界イズモ『そして、あなた方の作業が成功するなら、我々に破壊する理由はありません』

イズモ「……分かりました」

異世界イズモ『では、お願いします』

通信が終了した。

イズモは、装置の監視画面を見つめた。

接続先は恒星近傍。

制御不能。

船内には五十二名の生存者。

そして、異世界艦隊には装置を破壊できる兵器がある。

綾音「……イズモ」

イズモ「はい?」

綾音「無理はしないで」

イズモ「……分かっています」

綾音「……本当に?」

イズモは少し笑った。

イズモ「少なくとも、無理をしない方法を探しています」

綾音「…………」

イズモ「それに……」

綾音「……何?」

イズモ「ここで装置を止められなかったら、あの人たちは本当に破壊するでしょうね」

綾音「……ええ」

イズモ「だからこそ、私たちが止めます」

綾音「…………」

イズモ「最後に殺すしかない、なんて結論にしないために。」

 

その直後。

観測画面に、新たな警告が表示された。

『空間接続開始』

輸送船の周囲に、巨大な光の輪が形成され始める。

異世界艦隊の主力戦艦が前進した。

その艦首で、巨大なエネルギー収束装置が起動する。

オペレーター「異世界艦隊、ポータルキャノン起動を確認!」

綾音「……照準は?」

オペレーター「……輸送船です」

イズモ「…………」

通信士「異世界艦隊より通達!」

異世界イズモ『第一調停艦隊へ。こちらは緊急時の破壊態勢に移行します。現段階での発射許可は出していません』

綾音「……了解しました」

異世界イズモ『装置を停止できるなら、こちらは発射しません』

イズモ「……必ず止めます」

異世界イズモ『期待しています』

通信が切れた。

イズモは端末に視線を戻す。

そこには、空間制御装置の内部構造が表示されていた。

基準世界で発展した精密制御技術。

異世界で発展した高出力空間接続技術。

二つを組み合わせれば、まだ方法はある。

しかし、そのためには。

イズモ「……綾音」

綾音「何?」

イズモ「救助隊の撤収まで、異世界側の隔離フィールドを維持してもらってください」

綾音「了解」

イズモ「こちらは、輸送船全体に防御シールドを展開します」

綾音「……防御シールド?」

イズモ「はい」

綾音「……何を防ぐつもり?」

イズモは、異世界艦隊の大型戦艦を見つめた。

その艦首には、すでに強大なエネルギーが蓄積されていた。

イズモ「……念のためです」

綾音「…………」

イズモ「私たちが装置を止められなかったとしても……」

一度、言葉を切った。

イズモ「あの船にいる人たちが、生き残れる可能性を残しておきたいんです。」

綾音は、静かに頷いた。

綾音「……分かった」

その命令が、後に二つのピースギアを分かつことになるとは。

まだ、誰も知らなかった。

 

第二話「回収命令」完

次話「最終手段」

異世界側は、艦内の五十二名を含む二百十四名を救いたい。しかし周囲の艦隊と文明を守るため、破壊という選択肢も残している。

基準世界側は、その最終判断が必要になる前に装置を停止しようとする。

そして異世界側のポータルキャノンに対して、基準世界側は輸送船を守るシールドを展開し始めた。

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