多元世界境界領域。
二つのピースギア艦隊の中央で、一隻の輸送船が青白い光に包まれていた。
船体中央の貨物区画。
そこに搭載された空間接続装置が、制御不能のまま出力を上昇させている。
接続先は恒星近傍。
もし空間接続が完全に成立すれば、輸送船内部に恒星近傍の高エネルギー環境が流入する可能性がある。
第一調停艦隊旗艦。
艦橋では、複数の警報が重なって鳴り続けていた。
オペレーター「空間接続装置、出力上昇! 現在、定格出力の百三十二パーセント!」
イズモ「……この数値、装置の設計限界を超えていますね」
綾音「停止できそう?」
イズモ「通常の停止命令は全部拒否されています。外部から制御権を奪おうとしても、追加された制御装置が上書きしてくる」
綾音「……なら、どうする?」
イズモは画面を拡大した。
装置の中核を取り囲む制御環。
そこから伸びる複数の電力供給経路。
通常なら、それぞれ独立して停止できる構造になっている。
しかし、今は違った。
イズモ「……電力系統まで直結されている?」
異世界綾音『こちらでも確認しました。正規の遮断装置を迂回する配線が追加されています』
イズモ「随分と強引な改造ですね……」
異世界綾音『ええ。おそらく、緊急停止を妨害するためのものです』
綾音「……意図的に暴走させようとしているってこと?」
イズモ「そこまでは分かりません。でも、少なくとも安全装置を機能しなくしているのは確かです」
通信士「輸送船内の救助隊より報告! 残留乗員、四十七名! 五名の追加退避に成功!」
綾音「救助作業を継続!」
オペレーター「了解!」
イズモは貨物区画の監視画面を開いた。
そこでは、救助隊が破損した通路を進んでいた。
崩れた隔壁。
床に転がった機材。
気密扉を塞ぐように変形した配管。
その向こうに、まだ人が残っている。
イズモ「……全員を出すには、まだ時間が必要ですね」
綾音「そうね」
イズモ「なら、時間を作ります」
異世界艦隊の旗艦から、新たな通信が入った。
異世界イズモ『第一調停艦隊、聞こえますか』
イズモ「はい」
異世界イズモ『こちらの技術主任から報告を受けました。対象装置の制御不能状態が継続しています』
イズモ「確認しています。現在、別の停止方法を検討中です」
異世界イズモ『了解しました。ただし、こちらの予測では空間接続の完全成立まで猶予がありません』
異世界綾音『推定値は四分弱。ただし、制御装置の改造状況から誤差が大きく、もっと早まる可能性があります』
綾音「……四分」
異世界イズモ『こちらは、輸送船の破壊を緊急手段として準備しています』
イズモ「…………」
異世界イズモ『先にお伝えしたとおり、現段階では発射命令を出していません』
イズモ「……ありがとうございます」
異世界イズモ『ですが、周辺艦艇への被害が確実となる段階では、判断を下さなければなりません』
イズモ「理解しています」
異世界イズモ『それまでに、可能な限り乗員を退避させます』
綾音「こちらも救助を続けます」
異世界イズモ『お願いします』
通信が終了した。
イズモは少しだけ目を閉じた。
異世界側の判断には理由がある。
暴走した装置を放置すれば、周囲の艦隊まで巻き込まれる。
現在の状況では、破壊による停止を検討すること自体は不自然ではなかった。
ただし。
イズモ「……壊せば終わる、というわけでもないんですよね」
綾音「どういうこと?」
イズモ「接続が成立した後に装置を破壊すれば、制御されていないポータルだけが残る可能性があります」
綾音「……余計に危険じゃない」
イズモ「はい。破壊するなら、その前に接続先を切り離す必要があります」
綾音「その作業はできる?」
イズモ「……方法はあります」
イズモは端末に手を伸ばした。
綾音「……その顔、何か思いついた?」
イズモ「ええ。ただし、そちらの技術主任にも協力してもらう必要があります」
数十秒後。
二つの艦隊の技術主任が、共通の制御画面を開いていた。
異世界綾音『……なるほど。こちらの空間制御艦を中継にするんですね』
イズモ「はい。装置の内部制御を奪えないなら、接続先そのものを外側から固定します」
異世界綾音『ただ、接続先の位相を固定するには相当な出力が必要ですよ』
イズモ「そちらの空間制御艦なら、足りますよね?」
異世界綾音『……ええ。出力だけなら』
イズモ「その上で、こちらの精密制御装置を同期させます」
異世界綾音『つまり、出力はこちら、制御はそちら……』
イズモ「そうです。私たちだけでは出力が足りない。そちらだけでは固定精度が足りない」
異世界綾音『……お互いの不足を補うわけですね』
イズモ「ええ」
異世界綾音は、共有された制御図をしばらく見つめていた。
異世界綾音『……面白いですね』
イズモ「何がですか?」
異世界綾音『この方式、私たちの世界では採用されなかった設計に似ています』
イズモ「……そうなんですか?」
異世界綾音『高出力装置を複数の小型制御装置で管理する方式です。ただ、戦闘中の応答速度が不足するという理由で、採用が見送られました』
イズモ「……なるほど」
異世界綾音『そちらでは実用化したんですね』
イズモ「はい。戦闘中の瞬間的な応答より、安定性を優先しましたから」
異世界綾音『…………』
イズモ「……どうしました?」
異世界綾音『いえ。同じ問題でも、何を優先するかで随分違うものになるんだなと』
イズモ「……ですね」
短い沈黙。
異世界綾音『では、始めましょう』
イズモ「お願いします」
二つの艦隊から、複数の光が伸びた。
異世界側の大型空間制御艦が、輸送船を中心とした巨大な固定フィールドを形成する。
その外側を、基準世界の艦隊が展開した精密制御フィールドが包み込んだ。
オペレーター「空間接続領域、固定開始!」
イズモ「位相偏差を確認……まだ大きいですね」
異世界綾音『こちらで出力を上げます』
イズモ「急激に上げないでください。制御が追いつかなくなります」
異世界綾音『了解。段階的に上昇させます』
イズモは複数の数値を確認した。
固定フィールド内の歪みが、少しずつ収束していく。
イズモ「……よし。接続先の変動が小さくなってきました」
オペレーター「空間干渉反応、低下!」
綾音「……止められそう?」
イズモ「まだです。でも、この状態なら……」
その瞬間。
制御画面の数値が反転した。
イズモ「……っ!?」
オペレーター「空間接続装置、出力急増!」
異世界綾音『……何!?』
イズモ「制御フィールドを逆流している!?」
異世界綾音『追加制御装置が、こちらの固定フィールドを利用して出力を増幅しています!』
イズモ「……そういうことか!」
装置は、外部からの干渉を停止命令として認識していなかった。
代わりに、利用可能なエネルギー源として取り込んでいた。
イズモ「外部制御を解除! 今すぐ!」
異世界綾音『了解! 全制御艦、接続解除!』
光の膜が消えた。
しかし。
輸送船の中央に形成された光の輪は、先ほどより大きくなっていた。
オペレーター「空間接続、進行中!」
綾音「イズモ!」
イズモ「……まずいですね」
異世界イズモ『こちら第一機動艦隊。対象装置の危険度が限界に接近しています』
イズモ「……はい」
異世界イズモ『最上技術主任。装置を停止できますか?』
イズモ「…………」
画面には、急速に拡大する空間接続領域。
そして、残された乗員。
四十三名。
イズモ「……まだ、方法はあります」
異世界イズモ『具体的には?』
イズモ「装置の内部制御を物理的に切り離します。外部からの停止ができないなら、直接遮断するしかありません」
異世界イズモ『作業時間は?』
イズモ「……正確には分かりません」
異世界イズモ『…………』
イズモ「ただ、機材を準備している間に救助は続けられます」
異世界イズモ『了解しました』
イズモ「……ありがとうございます」
異世界イズモ『ですが、もう一つ確認させてください』
イズモ「はい」
異世界イズモ『このまま作業を続けた場合、救助隊も巻き込まれる可能性がありますね?』
イズモ「……あります」
異世界イズモ『では、作業を中止する判断基準を共有してください』
イズモ「…………」
異世界イズモ『私は、あなた方の努力を否定したいわけではありません』
通信画面の向こうで、異世界イズモは静かに続けた。
異世界イズモ『ただし、救助のために投入した人員まで失うことは避けたい』
イズモ「……同感です」
異世界イズモ『ならば、撤収限界を決めましょう』
イズモ「……分かりました」
二つの艦隊は、共同で撤収判断の基準を設定した。
それは、両者が初めて共有した明確な作戦規則だった。
残り一分四十秒
救助隊から通信が入った。
救助隊長『最後の居住区画に到達! 負傷者を順次搬送します!』
綾音「残りは?」
オペレーター「二十一名です!」
綾音「急いで!」
イズモは装置の内部図を拡大していた。
追加された制御系統。
その配線経路を辿る。
貨物区画中央。
主制御環の下部。
非常用電力供給装置。
イズモ「……見つけた」
異世界綾音『何をですか?』
イズモ「追加された制御装置の電力供給元です。主機関じゃない。貨物区画の非常電源から独立して供給されています」
異世界綾音『……つまり?』
イズモ「ここの接続を物理的に遮断すれば、追加装置の命令を止められる可能性があります」
異世界綾音『……ですが、その区画は』
イズモ「はい。空間接続装置のすぐ下です」
異世界綾音『作業員を入れるには危険すぎます』
イズモ「なので、人は入れません」
異世界綾音『……え?』
イズモ「救助艇に搭載している遠隔作業機を使います」
異世界綾音『……なるほど』
イズモ「ただ、装置への接近にはそちらの隔離フィールドを部分的に解除する必要があります」
異世界綾音『できます。ただし、その間の空間安定性が問題になります』
イズモ「……こちらで補います」
異世界綾音『了解。作業機の通信規格を送ってください』
イズモ「ありがとうございます」
二つの艦隊から、制御命令が同時に送られた。
貨物区画の隔壁が開く。
小型の遠隔作業機が、ゆっくりと内部へ進入した。
その映像が、艦橋の中央に表示される。
配管の間を進む作業機。
視界の先では、空間接続装置が青白い光を放っていた。
イズモ「……もう少し」
遠隔作業機のアームが、非常電源の接続部に触れた。
異世界綾音『……位置確認。間違いありません』
イズモ「了解。遮断します」
作業機の切断装置が起動した。
しかし。
警告音。
オペレーター「空間接続、最終段階へ移行!」
イズモ「……っ!」
作業機の映像が大きく乱れた。
異世界綾音『作業機の姿勢制御が失われています!』
イズモ「……補正!」
アームが揺れる。
接続部まで、あとわずか。
その瞬間、作業機の機体が大きく引き寄せられた。
映像が途切れた。
イズモ「……あっ」
異世界綾音『……作業機、反応消失』
オペレーター「空間接続反応、継続!」
綾音「……イズモ」
イズモは端末から手を離した。
一度、深く息を吐く。
イズモ「……失敗、しましたね」
通信士「第一機動艦隊から緊急通信!」
綾音「接続して」
異世界イズモ『現在の状況を確認しました』
綾音「……ええ」
異世界イズモ『対象装置は、まもなく完全接続に至ります』
イズモ「…………」
異世界イズモ『作業継続は危険と判断します。双方の救助隊へ即時撤収を命令してください』
綾音「……残留乗員は?」
オペレーター「十七名です!」
異世界イズモ『…………』
数秒間の沈黙。
異世界イズモ『残念ですが、これ以上の作業は救助隊の損失につながります』
イズモ「……まだ十七人いるんです」
異世界イズモ『承知しています』
イズモ「…………」
異世界イズモ『我々も、可能な限り救助しました。しかし、現時点での危険性を考慮すれば――』
イズモ「……最終手段、ですか」
異世界イズモ『……はい』
相手の声は、落ち着いていた。
しかし、判断を軽く扱っているようには聞こえなかった。
異世界イズモ『このまま接続が成立すれば、周辺艦隊にも重大な被害が発生する可能性があります』
イズモ「……理解しています」
異世界イズモ『だからこそ、破壊します』
その言葉と同時に、異世界艦隊の大型戦艦がゆっくりと旋回した。
巨大な砲身。
その周囲に、複数の空間制御環が展開される。
オペレーター「異世界戦艦、主砲起動!」
綾音「……何の兵装?」
イズモ「……エレメンタルシンフォニーキャノン」
綾音「…………」
イズモ「設計資料にありました。基準世界では、制御系の危険性と破壊範囲の問題から採用されなかった大型兵装です」
オペレーター「対象への照準固定を確認!」
異世界イズモ『第一調停艦隊へ。最後の警告です』
綾音「……聞いています」
異世界イズモ『対象船への射線上から、すべての救助艇を退避させてください』
綾音「…………」
異世界イズモ『残留乗員については、我々が責任を持って記録します』
イズモ「……記録?」
異世界イズモ『氏名、所属、家族関係、救助活動の経緯、攻撃判断の理由。そのすべてです』
イズモ「…………」
異世界イズモ『彼らを失うことを、なかったことにはしません』
イズモは、画面に表示された輸送船を見つめた。
船体の一部はすでに光に侵食されている。
その中には、まだ十七人がいる。
それでも異世界側は、破壊という判断を下した。
理由は理解できる。
危険性も、判断の重さも。
だが。
イズモ「……綾音」
綾音「……何?」
イズモ「輸送船に、防御シールドを展開してください」
綾音「…………」
通信画面の向こうで、異世界イズモが顔を上げた。
異世界イズモ『……今、何と?』
イズモ「防御シールドを展開します。輸送船を保護してください」
異世界イズモ『……我々の攻撃を防ぐつもりですか?』
イズモ「……はい」
艦橋が静まり返った。
異世界イズモ『最上技術主任。こちらの攻撃は、周辺艦艇を保護するためのものです』
イズモ「理解しています」
異世界イズモ『その攻撃を阻止すれば、あなた方の艦隊も危険にさらされます』
イズモ「……承知しています」
異世界イズモ『では、なぜ?』
イズモは、画面を見つめたまま答えた。
イズモ「……まだ、救える可能性がありますから」
異世界イズモ『…………』
イズモ「私たちの防御シールドなら、空間接続の影響を一時的に隔離できます。その間に、輸送船内部の電力供給を切り離せるかもしれません」
異世界綾音『……ですが、こちらの主砲に耐えられる保証はありませんよ』
イズモ「……ええ」
異世界綾音『最悪の場合、そちらの艦まで巻き込まれます』
イズモ「それを避けるためにも、防御の配置は調整します」
異世界イズモ『……本気ですか』
イズモ「はい」
異世界イズモ『…………』
イズモ「あなたたちの判断を理解できないわけではありません。でも……」
そこで言葉が止まった。
輸送船から、新たな救難信号が届いた。
救助隊長『こちら救助隊! 残留乗員十七名、最後の区画で確認! ただし隔壁が開きません!』
綾音「……っ!」
イズモは、通信を切り替えた。
イズモ「救助隊、聞こえますか!」
救助隊長『はい!』
イズモ「隔壁の開放手順を送ります! ただし、作業限界を超えたら必ず退避してください!」
救助隊長『了解!』
イズモ「……お願いします」
通信を戻す。
異世界イズモは、まだ画面の向こうにいた。
イズモ「……あの中に、人がいます」
異世界イズモ『……分かっています』
イズモ「なら、最後まで救う方法を探したい」
異世界イズモ『……それが、艦隊全体を危険にさらすとしても?』
イズモ「艦隊全体を犠牲にするつもりはありません。だから、防御と退避の手段を同時に準備します」
異世界イズモ『…………』
イズモ「ただ、今この瞬間に、あの十七人を諦める判断だけはしたくありません」
沈黙。
異世界イズモは、ゆっくりと司令席に背を預けた。
異世界イズモ『……そちらの計画を聞かせてください』
イズモ「……え?」
異世界イズモ『何秒必要ですか』
イズモ「……正確には」
異世界イズモ『正確でなくても構いません。装置の完全接続までの猶予と、あなた方の作業時間を教えてください』
イズモは、手元の計算結果に目を向けた。
イズモ「……現在の出力上昇が続くなら、完全接続まで約四十秒」
異世界イズモ『……四十秒』
イズモ「こちらの防御シールドで、接続領域を一時的に隔離します。装置の内部電源を遮断する作業には……二十秒ほど」
異世界綾音『二十秒で、ですか?』
イズモ「遠隔作業機は失いましたが、貨物区画の緊急制御端末がまだ使えます。内部の救助隊から操作してもらいます」
異世界綾音『……かなり危険ですよ』
イズモ「……はい」
異世界イズモ『…………』
相手は数秒間、考えていた。
そして。
異世界イズモ『……了解しました』
異世界綾音『司令?』
異世界イズモ『主砲の発射を保留します』
異世界綾音『……了解』
異世界イズモ『ただし、完全接続の直前までです。それ以上は認められません』
イズモ「……ありがとうございます」
異世界イズモ『感謝は必要ありません。まだ救助可能性が残っていると判断しただけです』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『ですが、約束してください』
イズモ「何を?」
異世界イズモ『失敗した場合は、我々の攻撃を妨害しないこと』
イズモ「…………」
綾音が、イズモを見た。
イズモは少しの間、答えなかった。
そして。
イズモ「……その時点で、他に方法が残っていなければ」
異世界イズモ『…………』
イズモ「……最終手段として、判断します」
異世界イズモ『……分かりました』
通信が終了した。
残り三十八秒
オペレーター「輸送船、防御シールド展開開始!」
綾音「全艦、出力支援! ただし自艦の最低防御能力は維持して!」
オペレーター「了解!」
イズモ「救助隊、制御端末にアクセスできますか!」
救助隊長『確認中!』
イズモ「電源供給系統の緊急遮断を選択してください!」
救助隊長『……ありました!』
イズモ「実行!」
数秒。
救助隊長『……拒否されます!』
イズモ「……やっぱり」
制御装置は、内部からの停止命令すら拒否していた。
イズモ「……なら、強制遮断モードへ!」
救助隊長『確認しました!』
イズモ「安全装置の再起動が必要です。こちらから補助制御を送ります!」
異世界綾音『最上技術主任! こちらからも制御支援を送れます!』
イズモ「お願いします!」
異世界綾音『了解!』
二つの艦隊から、同じ装置に制御信号が送られた。
異世界側の高出力制御技術。
基準世界側の精密制御技術。
双方の技術主任が、同時に端末を操作する。
オペレーター「空間接続反応、変動!」
綾音「……どう?」
イズモ「……もう少し!」
救助隊長『強制遮断モード、起動しました!』
イズモ「よし!」
異世界綾音『……待って!』
イズモ「……え?」
異世界綾音『追加制御装置が、非常電源を再接続しています!』
イズモ「……っ!」
再び警報。
オペレーター「空間接続出力、急上昇!」
綾音「イズモ!」
イズモ「……まだ!」
イズモは新たな制御命令を入力した。
異世界綾音『……無理です! このままでは制御装置が過負荷になります!』
イズモ「……分かっています!」
異世界綾音『もう内部制御では止まりません!』
イズモ「…………」
異世界綾音『最上技術主任!』
その声に、イズモの指が止まった。
画面には、限界を超えた装置の警告が表示されている。
残り時間。
十六秒。
イズモ「…………」
通信士「異世界艦隊、主砲の照準を再固定!」
異世界イズモ『第一調停艦隊へ。これ以上は危険です』
綾音「…………」
異世界イズモ『撤収を命令してください』
イズモは、輸送船の映像を見つめた。
崩れた貨物区画。
その奥に残された人々。
救助隊員が、最後の隔壁を開こうとしている。
イズモ「……救助隊」
救助隊長『はい!』
イズモ「……撤収してください」
救助隊長『……ですが!』
イズモ「……これ以上は危険です」
救助隊長『…………』
イズモ「お願いします」
数秒後。
救助隊長『……了解しました』
イズモは、ゆっくりと息を吐いた。
綾音「……イズモ」
イズモ「……はい」
綾音「……シールドは?」
イズモ「……維持してください」
綾音「…………」
イズモ「まだ、輸送船の船体を守れる可能性があります」
異世界イズモ『……最上技術主任』
イズモ「……はい」
異世界イズモ『シールドを解除してください』
イズモ「…………」
異世界イズモ『このままでは、こちらの攻撃がシールドに阻まれます』
イズモ「……分かっています」
異世界イズモ『…………』
イズモ「……ただ、まだ一つだけ」
異世界イズモ『……何ですか』
イズモ「防御シールドで空間接続領域を隔離して、その内部だけを切り離せないか検討しています」
異世界綾音『……それは』
イズモ「……難しいですよね」
異世界綾音『……はい。でも、不可能とは断定できません』
イズモ「…………」
異世界綾音『ただし、接続領域の内部にある装置は失われます』
イズモ「……構いません」
異世界綾音『船体への影響も大きいですよ』
イズモ「……それでも」
イズモは、画面に映る十七名の生命反応を見つめた。
イズモ「……船全体を破壊するよりは、可能性があります」
異世界イズモ『…………』
しばらく沈黙。
そして。
異世界イズモ『……綾音』
異世界綾音『はい』
異世界イズモ『その方法を検証してください』
異世界綾音『……了解!』
イズモは顔を上げた。
イズモ「……いいんですか?」
異世界イズモ『……最終手段は、最後に使うものです』
イズモ「…………」
異世界イズモ『我々も、それを忘れたわけではありません』
その言葉に、イズモは一瞬だけ目を伏せた。
イズモ「……ありがとうございます」
残り七秒
二つの艦隊から、再び光が伸びた。
今度は、空間接続装置そのものではない。
装置を取り囲む、ごく狭い領域。
そこだけを切り離すための空間制御フィールドだった。
イズモ「……領域固定!」
異世界綾音『出力上昇!』
オペレーター「空間接続、完全成立まで残り五秒!」
綾音「……間に合う!?」
イズモ「……間に合わせます!」
異世界綾音『接続領域の境界を捕捉!』
イズモ「……切り離し準備!」
異世界綾音『了解!』
残り三秒。
輸送船の中央に、巨大な光の輪が形成された。
その向こうに、赤く輝く恒星の表面が一瞬だけ見えた。
オペレーター「……っ!」
イズモ「……今!」
異世界綾音『空間切断、実行!』
光が弾けた。
輸送船の中央部から、巨大な制御装置が消失した。
その周囲に存在した空間だけが、切り取られたように暗くなる。
数秒後。
警報が止まった。
オペレーター「……空間接続反応、消失!」
綾音「……装置は?」
オペレーター「完全に切り離されました!」
イズモ「……船体は?」
オペレーター「大規模な損傷を確認! ですが……」
一瞬の間。
オペレーター「……生命反応、十七名! 全員生存しています!」
綾音「……っ!」
艦橋に歓声が上がった。
イズモは、椅子に深く背を預けた。
イズモ「……はぁ……」
異世界綾音『……やりましたね』
イズモ「……ですね」
異世界綾音『正直、最後は駄目かと思いました』
イズモ「……私もです」
二人は、短く笑った。
異世界イズモ『第一調停艦隊へ』
綾音「……はい」
異世界イズモ『作戦成功、おめでとうございます』
綾音「……ありがとうございます」
異世界イズモ『残留乗員の救助を再開してください。こちらも医療班を派遣します』
綾音「了解しました」
異世界イズモ『……それにしても』
イズモ「……はい?」
異世界イズモ『そちらの技術は、想像以上でした』
イズモ「……そちらの協力がなければ無理でしたよ」
異世界イズモ『…………』
イズモ「本当に、助かりました」
異世界イズモ『……こちらこそ』
その声には、わずかな安堵が混じっていた。
数十分後。
輸送船の乗員二百十四名は、全員が両艦隊の医療施設へ搬送された。
重症者は少なくなかった。
救助作業中に負傷した隊員もいる。
貨物区画の空間切断によって輸送船は航行不能となったが、船体の主要居住区画は維持されていた。
二つの艦隊は、共同で船体を曳航する準備を始めた。
イズモは技術主任席で、作業記録を確認していた。
失われた遠隔作業機。
過負荷を受けた防御装置。
限界近くまで使用した空間制御系統。
そして、救助された乗員。
イズモ「……結構、無茶しましたね」
綾音「本当にね」
イズモ「……すみません」
綾音「謝る必要はないわ。でも、次はもう少し余裕のある方法を考えて」
イズモ「……善処します」
綾音「……本当に?」
イズモ「……努力します」
綾音は小さく笑った。
そのとき、異世界艦隊から通信が入った。
異世界イズモ『第一調停艦隊へ。輸送船の回収について、改めて協議したい』
綾音「……了解しました」
異世界イズモ『貨物装置は失われましたが、船内には機密情報が残っています。乗員についても事情聴取が必要です』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『ただし、今回の救助に関する記録は、双方で共有したいと考えています』
綾音「こちらも同意します」
異世界イズモ『ありがとうございます』
少しの沈黙。
異世界イズモ『……最上技術主任』
イズモ「はい?」
異世界イズモ『今回、我々は装置の破壊を最終手段として準備しました』
イズモ「……はい」
異世界イズモ『あなた方は、それを回避するために、最後まで別の方法を探した』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『その結果、全員を救助できた』
イズモ「……ええ」
異世界イズモ『……正直に申し上げます』
イズモ「……何でしょう」
異世界イズモ『私は、あの時点で破壊以外の方法はないと考えていました』
イズモ「…………」
異世界イズモ『ですが、あなた方は別の方法を見つけた』
イズモ「……私たちだけではありません」
異世界イズモ『…………』
イズモ「そちらの技術があったからです。あなたたちが造った、私たちが中止したはずの艦がなければ、止められませんでした」
異世界イズモ『……そうですね』
イズモ「だから……」
少し考えてから、言葉を続ける。
イズモ「……どちらの判断も、無意味だったとは思いません」
異世界イズモ『…………』
イズモ「ただ、私は次も同じ方法を探すと思います」
異世界イズモ『……なぜです?』
イズモ「……まだ、救える方法があるかもしれませんから」
異世界イズモ『…………』
数秒後。
異世界イズモが、わずかに笑った。
異世界イズモ『……あなたは、本当に私なんですね』
イズモ「……え?」
異世界イズモ『昔の私も、同じことを言っていました』
イズモ「…………」
異世界イズモ『……ですが』
その表情が、少しだけ曇った。
異世界イズモ『いつか、その方法が見つからない日が来るかもしれません』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『そのとき、あなたはどうしますか?』
イズモは、しばらく考えた。
そして。
イズモ「……だからこそ、武力行使は最終手段なんです」
異世界イズモ『…………』
イズモ「最後に止められるように。殺す罪を背負うために」
異世界イズモは、何も言わなかった。
イズモ「……私たちも、すべてを救えるとは思っていません」
異世界イズモ『…………』
イズモ「でも、救えないと決めつけるのは、最後の最後にしたいんです」
異世界イズモ『……そうですか』
イズモ「……はい」
通信画面の向こうで、異世界イズモは静かに頷いた。
異世界イズモ『……その考えを、否定するつもりはありません』
イズモ「……ありがとうございます」
異世界イズモ『ただし、我々の考えも変わりません』
イズモ「……理解しています」
異世界イズモ『我々には、我々の歴史があります』
イズモ「……ええ」
異世界イズモ『その歴史の中で、我々は今の判断基準を作りました』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『ですから、いつかまた同じ状況になったとしても、我々が同じ結論を出すとは限りません』
イズモ「……それも理解しています」
二人は、しばらく互いを見つめていた。
そして。
異世界イズモ『……また、お話ししましょう』
イズモ「……はい」
通信が終了した。
イズモは、静かになった艦橋で観測画面を見つめていた。
異世界艦隊は、まだそこにいる。
同じ名前。
同じ人物。
同じ技術。
しかし、違う歴史。
違う判断。
そして、違う平和。
綾音「……イズモ」
イズモ「……はい?」
綾音「彼らのこと、どう思う?」
イズモは少し考えた。
イズモ「……怖いですね」
綾音「……怖い?」
イズモ「ええ」
綾音「兵器が?」
イズモ「……それもありますけど」
彼は、異世界艦隊の旗艦を見つめた。
イズモ「……私たちと同じことを考えていた人たちが、別の結論に辿り着いたということが」
綾音「…………」
イズモ「……それが、一番怖いです」
綾音「……そうね」
イズモ「でも……」
綾音「……何?」
イズモ「……今日、彼らも最後まで救助を手伝ってくれました」
綾音「……ええ」
イズモ「だから、話せない相手ではないと思います」
綾音「……そうね」
イズモは、静かに頷いた。
しかし、そのとき。
通信士「司令! 異世界艦隊から、追加の正式通達です!」
綾音「……内容は?」
通信士「先ほど回収した輸送船について、乗員の一部に重大な軍規違反の疑いがあるとして、身柄の引き渡しを要求しています」
綾音「……身柄?」
イズモ「…………」
通信士「さらに、輸送船の貨物区画に追加されていた装置の製造元が判明したとのことです」
綾音「……どこ?」
通信士「……それが」
通信士は、送られてきた資料を見つめた。
通信士「製造番号は、異世界ピースギアの正規軍需工廠に登録されています」
イズモ「……正規品?」
通信士「はい。ただし、製造目的が通常の装置とは異なります」
綾音「……目的は?」
通信士「……敵対勢力の軍事施設を破壊するための、戦略空間接続兵装です」
イズモ「…………」
通信士「そして、今回の輸送船が持ち出した装置は……」
一拍。
通信士「異世界ピースギアが、近日中に実戦投入を予定していた兵器だったようです。」
綾音「…………」
イズモは、異世界艦隊の方向を見つめた。
先ほどまで協力していた艦隊。
二百十四名の命を救うために、共に行動した組織。
しかし、その組織が開発した兵器は、別の世界線で使用される予定だった。
イズモ「……なるほど」
綾音「……イズモ?」
イズモ「……どうやら、もう少し話を聞く必要がありそうですね」
遠方では、異世界ピースギアの大型戦艦が静かに航行していた。
その艦首に搭載されたエレメンタルシンフォニーキャノンは、すでに停止している。
だが、その兵器が本来どのような目的で造られたのか。
イズモは、まだ知らなかった。
そして、なぜ輸送船の乗員が命令に背いてまで装置を持ち出したのか。
その理由も。
二つのピースギアの最初の共同作戦は、成功に終わった。
しかし、それは互いの違いを知るための、ほんの始まりにすぎなかった。
第三話「最終手段」完
次話「引き渡し要求」