多元世界境界領域。
二つのピースギア艦隊は、一定の距離を保ちながら並走していた。
先ほどの救助活動によって、双方の艦艇には小規模な損傷が発生している。
基準世界の第一調停艦隊では、過負荷となった防御シールド発生装置の点検が続いていた。
異世界の第一機動艦隊でも、空間制御装置の冷却作業が行われている。
そして両艦隊の中央には、共同で救助した輸送船が曳航されていた。
乗員二百十四名。
全員の生存が確認された。
ただし、そのうち数名が軍用装置を無断で持ち出した疑いをかけられている。
第一調停艦隊旗艦。
司令席の綾音は、異世界側から届いた正式文書を読んでいた。
綾音「……身柄の引き渡し要求、ね」
イズモ「はい」
綾音「対象者は?」
イズモ「輸送船の船長、機関長、技術士官、それから貨物管理責任者の四名です」
綾音「……救助された人たちね」
イズモ「現在は医療艦で治療を受けています。船長と機関長はまだ集中治療区画です」
綾音「容体は?」
イズモ「命に別状はないそうです。ただ、事情聴取を受けられる状態ではありません」
綾音は文書の最後に視線を移した。
そこには、異世界ピースギアの正式な組織認証が付されていた。
綾音「……手続き自体は整っているのね」
イズモ「少なくとも、向こうの制度上は正規の要求みたいです」
綾音「でも、こちらの組織がそのまま従う義務はない」
イズモ「ええ。別世界の組織ですからね」
綾音「……どうしましょうか」
イズモは、医療艦から送られてきた報告書を開いた。
四名のうち、一名だけが短時間の会話に応じられる状態だった。
貨物管理責任者。
名前はセイル・ハーディ。
年齢三十二歳。
異世界ピースギア所属、特別輸送局の技術士官。
イズモ「……まず、本人から話を聞いてみませんか?」
綾音「事情聴取?」
イズモ「というより、状況確認です。私たちは彼らが何をしたのか、まだ十分に知りません」
綾音「……そうね」
イズモ「その上で、異世界側とも協議したいです」
綾音「分かった。医療班に確認を取って」
イズモ「了解です」
第一調停艦隊・医療艦
医療区画は、落ち着いた白い照明に包まれていた。
壁面には生体情報を表示する端末が並び、通路では医療スタッフが静かに行き交っている。
先ほどの救助活動で搬送された負傷者たちは、複数の区画に分かれて治療を受けていた。
イズモは、医療主任の案内で一つの病室へ向かった。
医療主任「短時間であれば会話可能です。ただし、負担が大きくなるようなら中止してください」
イズモ「分かりました」
医療主任「それから、強制的な事情聴取は認められません」
イズモ「もちろんです。本人が嫌なら、その時点で終わります」
医療主任は頷き、扉を開けた。
病室の中では、一人の男性がベッドに横たわっていた。
片腕には医療用の固定具。
額には小さな包帯。
男性はイズモを見ると、ゆっくりと体を起こそうとした。
イズモ「そのままで大丈夫ですよ」
セイル「……あなたは?」
イズモ「最上イズモです。こちらのピースギアで、技術主任をしています」
セイル「……イズモ?」
男性の表情が変わった。
セイル「……司令官?」
イズモ「いえ。そちらとは別の世界のイズモです」
セイル「…………」
イズモ「ややこしいですよね」
セイル「……いえ。話には聞いていました」
イズモはベッドの横に置かれた椅子へ座った。
イズモ「体調はどうですか?」
セイル「……悪くはありません。まだ少し、頭が痛みますが」
イズモ「無理はしないでください。話せる範囲で構いません」
セイル「……何を聞きたいんですか?」
イズモ「輸送船のことです」
男性の視線が下がった。
イズモ「そちらのピースギアから、身柄の引き渡し要求が届いています」
セイル「…………」
イズモ「まだ何も決めていません。まず、あなたの意思を確認したいんです」
セイル「……戻されたら、裁判になります」
イズモ「そうでしょうね」
セイル「……軍法会議です」
イズモ「……なるほど」
セイルは、固定された腕に目を向けた。
セイル「私たちは、命令に背きました」
イズモ「……はい」
セイル「軍用兵器を持ち出し、正規の航路を外れ、世界線境界を越えました」
イズモ「……何のために?」
セイル「……戦争を止めるためです」
イズモ「……詳しく聞いても?」
セイルは少し迷った。
やがて、小さく頷いた。
セイル「……あの兵器が投入される予定だった世界線では、もう長い間戦争が続いています」
イズモ「ええ。概要は聞きました」
セイル「敵勢力は、複数の惑星にまたがる補給網を持っています。その中心にあるのが、大規模軍事施設です」
イズモ「……攻撃目標ですね」
セイル「はい」
イズモ「施設には、民間人もいるんですか?」
セイル「……います」
イズモ「どのくらい?」
セイル「正確な人数は分かりません。ただ、軍属だけではありません。工場の技術者、その家族、周辺の居住区……」
イズモ「…………」
セイル「軍事施設と民間の生活圏が、一体化しているんです」
イズモは静かに頷いた。
セイル「司令部は退避勧告を出す予定でした。でも、あの地域では何度も避難命令が出ています。そのたびに住民が移動し、また戻ってくる」
イズモ「……生活の場所ですからね」
セイル「ええ」
男性は、少しだけ声を落とした。
セイル「私たちは、攻撃によって施設が破壊された場合の被害を計算しました」
イズモ「……結果は?」
セイル「軍事施設そのものの破壊には成功するでしょう。ただし、周辺居住区への影響を完全に排除することはできません」
イズモ「…………」
セイル「その報告は提出しました」
イズモ「司令部へ?」
セイル「はい」
イズモ「回答は?」
セイル「……作戦続行です」
イズモは、しばらく男性を見つめていた。
イズモ「……それで、装置を持ち出した?」
セイル「はい」
イズモ「……なぜ、破壊しなかったんですか?」
セイル「…………」
イズモ「装置を使わせたくないだけなら、輸送するより破壊した方が簡単だったはずです」
セイルは目を伏せた。
セイル「……できませんでした」
イズモ「……理由は?」
セイル「……あれを造ったのは、私たちだからです」
イズモ「…………」
セイル「何年もかけて開発しました。安全性も、出力制御も、試験も……すべて自分たちでやった」
セイル「最初は、戦争を早く終わらせられると思っていました」
イズモ「…………」
セイル「でも、完成してから気づいたんです」
男性の指が、シーツを握った。
セイル「……私たちは、何を造ってしまったんだろうって」
イズモは、すぐには返事をしなかった。
窓の外では、補給艇がゆっくりと通過していた。
セイル「……あなたは、私たちが間違っていたと思いますか?」
イズモ「……どの部分についてですか?」
セイル「兵器を造ったことです」
イズモは少し考えた。
イズモ「……兵器を造ったことだけで、あなたのすべてを判断するつもりはありません」
セイル「…………」
イズモ「ただ、その兵器がどのように使われるのかは、重要だと思います」
セイル「……はい」
イズモ「そして、造ったあとで問題に気づいたなら、改善や運用中止を求める方法もあったはずです」
セイル「……求めました」
イズモ「……そうですか」
セイル「何度も」
男性は顔を上げた。
セイル「安全性評価の再検討。攻撃対象の変更。住民退避の徹底。出力制限……」
セイル「全部、提案しました」
イズモ「…………」
セイル「でも、作戦は承認された」
イズモ「……それで、持ち出したんですね」
セイル「……はい」
イズモ「……ただ」
セイル「…………」
イズモ「軍用装置を無断で持ち出したことで、別の危険が生まれました」
男性の表情が曇った。
イズモ「今回、二百十四人が遭難しています。救助隊も危険にさらされました」
セイル「……分かっています」
イズモ「あなたたちの行動が正しかったかどうかは、それも含めて考える必要があります」
セイル「…………」
イズモ「だから、今ここで無条件に正しかったとは言えません」
セイルは、静かに頷いた。
セイル「……はい」
イズモ「でも、なぜそこまでしたのかは理解したいです」
男性は、ゆっくりと息を吐いた。
セイル「……ありがとうございます」
異世界ピースギア・第一機動艦隊
異世界イズモは、輸送船の調査報告を読んでいた。
正規輸送命令の偽造。
軍用装置の無断搬出。
航路記録の改ざん。
そして、装置内部に追加された違法な制御装置。
異世界イズモ「……なるほど」
異世界綾音「追加された装置の解析が終わりました」
異世界イズモ「結果は?」
異世界綾音「……暴走の原因は、航路を隠すための改造です」
異世界イズモ「……航路を?」
異世界綾音「はい。通常の航行認証を使うと、司令部に位置情報が送信されます。そこで認証系統を迂回する装置を追加したようです」
異世界イズモ「…………」
異世界綾音「ですが、その改造で緊急停止系統まで妨害されてしまった」
異世界イズモ「……結果として、船を失いかけたわけですね」
異世界綾音「ええ」
異世界イズモは、画面を閉じた。
異世界イズモ「……被害報告は?」
異世界綾音「乗員二百十四名、全員生存。ただし重傷者三十一名。救助活動中に負傷した隊員は、両艦隊合わせて十一名です」
異世界イズモ「……そうですか」
異世界綾音「幸い、死者は出ていません」
異世界イズモ「……基準世界の協力がなければ、そうはならなかったでしょう」
異世界綾音「はい」
異世界イズモは、窓の外に浮かぶ第一調停艦隊を見つめた。
異世界イズモ「……彼らの技術は興味深いですね」
異世界綾音「ええ。特に空間制御装置の安全性が高い」
異世界イズモ「軍用としても有用でしょうか?」
異世界綾音「……有用だと思います」
異世界イズモ「……そうですか」
異世界綾音「ただし、彼らは軍事利用を想定していない部分が多いです。こちらで導入するなら、別途安全性評価が必要になります」
異世界イズモ「当然ですね」
綾音は、しばらく資料を眺めていた。
異世界綾音「……司令」
異世界イズモ「何ですか?」
異世界綾音「輸送船の乗員についてですが」
異世界イズモ「……ええ」
異世界綾音「全員を、直ちにこちらへ戻す必要がありますか?」
異世界イズモ「…………」
異世界綾音「治療が終わるまで、基準世界側の医療施設に預けるという選択肢もあります」
異世界イズモ「……確かに」
異世界綾音「彼らは救助してくれた側です。治療中の乗員を無理に移送する必要はないと思います」
異世界イズモ「……同意します」
異世界綾音「では、引き渡し要求を修正しますか?」
異世界イズモ「はい。医療上の理由による移送延期を認めましょう」
異世界綾音「了解しました」
そのとき、通信士から報告が入った。
通信士「司令、特別輸送局から追加資料を受信しました」
異世界イズモ「内容は?」
通信士「輸送船の貨物管理責任者、セイル・ハーディについてです」
異世界イズモ「……どうしました?」
通信士「今回の装置搬出について、以前から内部通報を行っていた記録が確認されました」
異世界イズモ「…………」
異世界綾音「……内部通報?」
通信士「はい。作戦の民間人被害予測について、再評価を求める申請が複数回提出されています」
異世界イズモ「……それで?」
通信士「一部は審査中です。ですが、作戦承認後に提出された申請については、処理が停止されています」
異世界イズモの眉がわずかに動いた。
異世界イズモ「……誰の判断で?」
通信士「現在、確認中です」
異世界イズモ「……分かりました。担当部署に照会してください」
通信士「了解!」
異世界綾音「……司令」
異世界イズモ「何ですか?」
異世界綾音「もしかすると、彼らは正規の手続きで問題を解決できないと考えたのかもしれません」
異世界イズモ「……かもしれませんね」
異世界綾音「…………」
異世界イズモ「ですが、それでも軍用装置を無断で持ち出す理由にはなりません」
異世界綾音「……はい」
異世界イズモ「ただし、内部通報が適切に処理されなかったのであれば、それも調査対象です」
異世界綾音「了解しました」
異世界イズモは、静かに端末を操作した。
新たな調査命令を発行する。
『特別輸送局における内部通報処理、および戦略兵装運用審査の独立調査を命ずる』
異世界イズモ「……私たちが正しい判断をしたかどうかも、検証しなければなりませんから」
第一調停艦隊・旗艦
イズモが医療艦から戻ったころ、異世界側から修正された引き渡し要求が届いていた。
綾音「……おかえり」
イズモ「戻りました。何か進展は?」
綾音「ええ。異世界側が、負傷者の移送延期を認めたわ」
イズモ「……そうですか」
綾音「それから、内部通報の処理について調査を始めたそうよ」
イズモ「……へえ」
綾音「意外?」
イズモ「……少し」
綾音「……そうね」
イズモは、自分の席に腰を下ろした。
綾音「セイルさんは、何て?」
イズモ「……戦争を止めるために、装置を持ち出したそうです」
綾音「…………」
イズモ「ただ、装置を持ち出したことで今回の事故が起きました。本人も、その責任は理解しているようです」
綾音「……なるほど」
イズモ「それでも、あの兵器を使わせたくなかったんでしょうね」
綾音「……そうね」
綾音は司令席から立ち上がった。
艦橋正面には、二つの艦隊が並んでいる。
綾音「……イズモ」
イズモ「はい?」
綾音「異世界側のこと、少し分かってきた?」
イズモ「……ええ」
綾音「どう思う?」
イズモは、しばらく考えた。
イズモ「……思っていたより、ずっと私たちに似ています」
綾音「……そう?」
イズモ「はい。彼らも安全性を確認するし、救助活動をするし、部下の意見を聞く。必要なら自分たちの判断も調査する」
綾音「…………」
イズモ「ただ……」
綾音「……ただ?」
イズモ「最後に許容できることが、違うんです」
綾音「…………」
イズモ「私たちは、殺さずに済ませるために方法を探します」
綾音「ええ」
イズモ「彼らも方法を探します。でも、一定の条件を満たせば、殺傷を含む武力行使を選択する」
綾音「……そうね」
イズモ「……同じ問題を見ていても、判断基準が違う」
綾音「…………」
イズモ「だから、難しいんです」
綾音は、静かに頷いた。
そのとき、通信士が顔を上げた。
通信士「司令、異世界艦隊司令部より正式な会談要請です」
綾音「……会談?」
通信士「はい。輸送船の処遇に加えて、戦略兵装の運用について意見交換したいとのことです」
イズモ「……直接?」
通信士「はい。双方の代表者による対面会談を希望しています」
綾音「……場所は?」
通信士「中立区域に仮設会議施設を設置する案が提示されています」
イズモ「……なるほど」
綾音「どう思う?」
イズモ「……いいんじゃないでしょうか」
綾音「……随分とあっさりね」
イズモ「せっかく同じピースギアなんですし、直接会ってみたいです」
綾音「……まあ、そうね」
綾音は通信士へ向き直った。
綾音「会談要請を受諾します。中立区域の設定と警備条件について協議を始めて」
通信士「了解!」
イズモ「……楽しみですね」
綾音「……楽しみ?」
イズモ「ええ。別世界の自分と技術の話ができる機会なんて、そうそうありませんから」
綾音「……あなた、本当に技術のことばっかりね」
イズモ「……否定できません」
二人は小さく笑った。
しかし。
その直後、別の通信が入った。
オペレーター「司令! 異世界艦隊後方に新たな転移反応!」
綾音「……また?」
イズモ「……所属は?」
オペレーター「照合中!」
数秒後。
オペレーター「……ピースギア所属艦です!」
綾音「……増援?」
オペレーター「はい。ただし、先ほどの艦隊とは異なる識別情報です」
イズモ「……どういうこと?」
オペレーター「所属は同一ですが、部隊区分が異なります」
新たに現れたのは、六隻の大型艦。
先ほどの第一機動艦隊よりも、さらに重武装だった。
船体側面には巨大な砲塔。
艦首には、複数のエネルギー収束装置。
そして、艦体中央には大規模な空間制御環が備えられている。
イズモ「……あれも、ピースギア?」
オペレーター「はい。識別情報は一致しています」
綾音「……どこの部隊?」
オペレーター「……多元世界管理機構ピースギア、特別執行艦隊」
イズモ「……特別執行?」
その瞬間。
異世界イズモから緊急通信が入った。
異世界イズモ『第一調停艦隊へ。先ほどの会談について、予定を変更したい』
綾音「……何か問題が?」
異世界イズモ『こちらの上位指揮系統から、特別執行艦隊が派遣されました』
イズモ「……何のために?」
異世界イズモ『輸送船の回収と、軍用装置に関する機密保護措置の実施です』
綾音「……それなら、こちらも協力できます」
異世界イズモ『……そう願っています』
しかし、その表情は明らかに硬かった。
イズモ「……何か懸念があるんですか?」
異世界イズモ『……特別執行艦隊は、我々の第一機動艦隊とは異なる権限を持っています』
綾音「……異なる権限?」
異世界イズモ『場合によっては、我々の指揮下にない行動を取る可能性があります』
イズモ「…………」
異世界イズモ『ですから、先に一つお願いがあります』
綾音「……何でしょう」
異世界イズモ『救助した輸送船の乗員について、引き続き安全を確保してください』
イズモ「……もちろんです」
異世界イズモ『……ありがとうございます』
通信が一度途切れた。
その直後。
新たな艦隊から、広域通信が発信された。
特別執行艦隊司令『こちら、多元世界管理機構ピースギア、特別執行艦隊』
特別執行艦隊司令『第一調停艦隊、および第一機動艦隊へ通達する』
艦橋正面の映像に、別の司令官が映し出される。
制服は、異世界イズモと同じ組織のものだった。
しかし、階級章が異なる。
特別執行艦隊司令『今回の軍用装置無断搬出事件について、中央管理局より特別回収命令が発令された』
綾音「…………」
特別執行艦隊司令『対象輸送船および関係者の身柄を、直ちに本艦隊へ引き渡されたい』
綾音「……現在、負傷者の治療を継続しています」
特別執行艦隊司令『医療上の措置については、我々の医療艦が引き継ぐ』
綾音「……本人たちの意思確認と、安全な移送の手続きが必要です」
特別執行艦隊司令『要求は、すでに正式な命令として発令されている』
イズモが通信に加わった。
イズモ「……一つ確認してもよろしいですか?」
特別執行艦隊司令『発言を許可する』
イズモ「こちらは、そちらの組織とは別世界のピースギアです」
特別執行艦隊司令『承知している』
イズモ「でしたら、そちらの内部命令が、そのまま私たちへの命令になるわけではありませんよね?」
数秒の沈黙。
特別執行艦隊司令『……そのとおりだ』
イズモ「ありがとうございます。では、身柄の引き渡しについては、正式な協議が必要だと思います」
特別執行艦隊司令『…………』
イズモ「もちろん、正当な理由があれば協力します。ただ、医療上の安全と、本人たちの権利は確認させてください」
特別執行艦隊司令『……理解した』
イズモ「……ありがとうございます」
特別執行艦隊司令『ただし、中央管理局の命令には期限がある』
綾音「……期限?」
特別執行艦隊司令『六時間以内に回収手続きを完了するよう命じられている』
イズモ「……六時間」
特別執行艦隊司令『その間に協議を行うことは認める』
綾音「……了解しました」
特別執行艦隊司令『ただし、軍用機密の保護については一切の例外を認めない』
通信が終了した。
イズモは、艦橋正面に並ぶ六隻の大型艦を見つめた。
綾音「……どう思う?」
イズモ「……少し、嫌な予感がしますね」
綾音「……私も」
イズモ「ただ、まだ敵対しているわけではありません」
綾音「……ええ」
イズモ「だから、まず話しましょう」
綾音「……そうね」
そのとき、異世界イズモから個別通信が入った。
異世界イズモ『……最上技術主任』
イズモ「はい?」
異世界イズモ『先ほどの件ですが……』
イズモ「……ええ」
異世界イズモ『我々の組織にも、複数の指揮系統があります』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『そして、すべての部隊が同じ判断基準で行動しているわけではありません』
イズモ「…………」
異世界イズモ『特別執行艦隊は、中央管理局から直接命令を受けています』
綾音「……あなたたちにも止められない?」
異世界イズモ『正式な命令であれば、私の権限では取り消せません』
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ『ですが、違法な命令であれば話は別です』
イズモ「…………」
異世界イズモ『その判断をするためにも、私は会談を続けたい』
綾音「……こちらも同じです」
異世界イズモ『ありがとうございます』
短い沈黙。
そして。
異世界イズモ『……一つだけ、お願いがあります』
イズモ「何でしょう?」
異世界イズモ『もし、我々の組織内部で意見が分かれたとしても……』
相手は一度、言葉を止めた。
異世界イズモ『それを、ピースギア全体の意思だとは考えないでください』
イズモは、しばらく相手の顔を見つめた。
イズモ「……もちろんです」
異世界イズモ『…………』
イズモ「私たちだって、全員が同じ考えというわけではありませんから」
異世界イズモ『……そうですね』
イズモ「だからこそ、組織があるんでしょう?」
異世界イズモは、わずかに笑った。
異世界イズモ『……ええ』
通信が終了した。
会談の準備が始まった。
二つのピースギア。
そして、異世界側の中央管理局から派遣された特別執行艦隊。
同じ名を掲げながら、異なる権限と理念を持つ者たち。
その中央には、救助された輸送船があった。
二百十四名の命。
失われた軍用兵器。
そして、まだ終わっていない別世界の戦争。
誰もが、自分たちの責任を果たそうとしていた。
ただし。
何を守るために、何を犠牲にしてよいのか。
その判断は、まだ一致していなかった。
第四話「引き渡し要求」完
次話「三つの指揮系統」